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英雄たちの影法師  作者: kim
8/13

ネクロメア市にて(シェスの語り 2)

  ネクロメア市にて

 (シェス・ヴィクセンの語るところ)



 程なくして、あたしたちはロミアン家の屋敷へと到着した。

 先に連絡が入っていたらしく、当主自ら出迎えてくれた。おおげさに両腕いっぱいに広げて。

 と同時に、付き添ってくれたというべきか、監視してたというべきか、最後まで残ってた自警団の面々も解散となった。

「ふーん。なかなか。」

 その後姿を見送りながら、シェスが呟いた。

「何か?」

 ひととおりの挨拶と握手を交わした後、そう訊ねてきたのはネクロメア当主スクル・ロミアンだ。

「噂どおりだな、と思って。」

「と言いますと?」

 俺らを屋敷の奥へと案内しながら、彼は続きを促してきた。

「ネクロメアはいい男が多い。」

 あたしの一言にぱちくりと一つまばたく。

「当主様含め、いろんな人種がいるから目移りしちゃうわ。」

 次の一言にびくりと大きな体を震わせた。

「お気づきでしたか。」

 半分ホント。半分皮肉。

 ロミアン卿が苦笑してた。


 彼曰く。

 ネクロメアは一種の都市国家である。

 どの種族が建設したかまでは明らかではないが、歴史的には古く、ヒューマン族の王国では大陸最古の王国、ローム・トリアール王国建国時とほぼ同時期に存在してたらしい。

 海岸の漁業と市壁周辺の農業でしか生計を立てられないような小さな集落だったのが、海運業を中心とした街となり、他の王国と交易するに至った。陸路としても周辺の海岸都市や内陸の王国への交通の要所となりえた。

 また、北に広がる森に住むエルフ族や平原の民たちとの交流からも、文化や技術の恩恵を受けていた。

 独自の発展を遂げたネクロメアはそうして他の追随を許さぬ存在となる。

 栄華を極めたネクロメアだったが、時を経た今となっては大陸内においてさほど権限はない。自治権こそ認められているが、今現在の国際条約上ではローム・トリアール王国の属州扱いだからだ。

 同盟という名の植民地化。

 ローム・トリアール王国が他国からの保護を名目として城壁で囲み、国家資本を投入し、神殿を建設した。つまり軍事、経済、信仰を植えつけたのだ。

 王国の手によって過去とされた文明は、急速に衰退した。

 ヒューマン族以外の種族らは、固く門を閉ざした。海の向こうへ航海する技術は秘匿された。

 ネクロメアが単なる漁村と揶揄されるまで、さごど時間はいらなかった。

 そして自治都市とされたのが、つい百年ほど前。

 とりたててレアな特産物があるわけでもなく、交易こそあれど国家資本に見合う産業があるわけでもないのに、王国の庇護の下、この街は存在しつづけた。


 何故か?

 そこには王国のもう一つの思惑があったのだ。

「私の出自は、確かにここではありません。

 街の自警団にも多くの種族、民族がいたでしょう。」

 とロミアン卿が言ったとおり、この街には種々雑多な種族民族が生活していた。

 しかし、ローム・トリアール王国は、どちらかというと選民思想の強い国である。宗教的に信仰の自由を謳っている。ただ、多種民族国家は国家の分裂や反乱が起こる。ってのが王国の主張。

 単一民族国家を主張してきた王国にだったが、ある国家単位の変化が訪れる。西の王国が滅亡したのだ。

 それにより大陸西部に住んでいたさまざまな民族種族が難民としてローム王国へと流れてきた。結果、単一民族国家建設を目指す王国が根底から揺らいできた。

 日に日に王国領内に増えていくローム系ヒューマン族ではないヒトビトをどう処理するか。王国の南征が始まった。

「そこで王国がとった形が、王国領内のローム系ヒューマン族以外の種族を一定区域内に集めて属州とすることでした。

 属州は、自治権や宗教言語といった文化思想の自由は認められていますが、領土拡張や他地域への軍事的進行は認められていません。」

 当主ロミアン卿の話に大きくうなずく。

 あたしの情報と合致する。

 ちなみにその情報は前の晩、頭の中に詰め込まれた。デルの熱血指導の賜物である。

 転じて、選民思想の強い王国が、多種族が住みかつ存続されたところで利益の見込めないこの街を庇護する理由だ。とロミアン卿は語った。

「そうそこ。」

 デルは手をポンと打ち、当主に訊ねる。

「数少ないサティファイ系ヒューマン族が、ローム系ヒューマン族だけでなくエルフや魔系種族まで住んでいる街の当主でいられる理由を聞かせて欲しいのです。

 王国がなぜロミアン卿に市政をゆだねたのか、いまだしっくりこなくて。」

「初めてお会いしたときはそんなこと訊かなかったですよね?」

 はぐらかすように質問で返してきた。やはり言い辛い、というか言っていい事柄なのかの判断がつかないのかもしれない。

 デルが初めてネクロメア当主に挨拶したのは、六年も前のこと。

 ネクロメア市郊外にあるカタコンベの管理について、誓約書を交わした。

 と同時にこの街の死体管理について契約した。

 って言ってた。

 自警団のリーダーに見せたのは、その契約書である。

 ちなみに、一般市民が文字として使っているコモン語と呼ばれる言語と、国家や種族間交渉等の場で文字として使われる言語は、全く別物である。

 従って、後者の類の言語で書かれているあの契約書を見たことで、自警団や市民が自分たちの死について契約されていることを知ることはない。

 死神が来た、って表現は、真実を知らないヒトビトの恐れみたいなもんだ。

「まだ、正確な情報ではなかったもので。一応黙ってました。」

 デルが困ったよう曖昧な笑みを浮かべてた。

「死体の契約自体が非人道的な裏の取引だというのに、更なるタブーがこの街にあると想像するのがいやだったこともありますが。」

 デルは、死体の契約という、一番だいッきらいな単語を吐き捨てるように言った。

「そうですね。王国にとってはこの街は禁忌の街です。」

 そう前置きしてから、ネクロメア当主はこの街の成り立ちを話し始めた。

 

 彼曰く、

 ネクロメア周辺の地は、もとはといえば自然神信仰に基づく種族の集落で成り立っていた。

 その集落はローム系ヒューマン族のもあったし、妖精族や、半獣の一族のも存在した。

 それらは互いに独立を認め合い、物産のやり取りもあった。

 しかし、約四百年続いた素朴で平穏な日々は、対王国防衛線のための城壁建設が始まったことにより幕を閉じた。四二五年のことである。

 その三年程前から、版図拡大に伴う侵略は始まっていた。王国の南下政策により、次第に平原を追われて南岸へと逃げてきた反王国派ローム系ヒューマン族は、同じ自然神を崇める種族に助けを求め、そして徹底抗戦を呼びかけた。

 その行為は、王国の自然神信者の大虐殺という最悪の結果をもたらした。

 さらには、「自然に帰る」という死への信仰すら認めず、虐殺したヒトビトを次々と〈聖別〉し、王国の神のもとへと送ったのである。

 それを避ける為に造られたのが、カタコンベと呼ばれる地下墓地である。

 カタコンベの多くは、現在のネクロメア市から北へ半日ほど歩いた森の中に造られた。

 戦乱が続くにつれ、そこは信仰の場所というだけでなく、ゲリラ戦の拠点となっていく。


「で、王国はネクロメア市を属州化することで、南の拠点を作り、地下ゲリラの殲滅にかかったってことか。」

 デルは腕組みをして呻るように言った。

 納得できた。

 西の王国の崩壊と他種族の流入。ローム王国の民族統制と南征。ネクロメアの対王国防衛戦と属州化。そんな過程を経て今のネクロメアがある。

 と同時にカタコンベの意味合いも変わってきたのだ。この街に着く前に寄り道したカタコンベが、憶測の塊であるわけを理解した。

 今でも死体で埋め尽くされてるって話も。多くの宝物が眠る場所としてまことしやかに噂されるわけも。対王国の反逆者が眠る地として忌避されるわけも。なのにこの街では英雄の眠る地として護られているわけも。

「ネクロメアの役割は、それで終わりではないんですよ。」

 自嘲気味に笑う。

 こんな悲しげな、辛そうな笑みを、あたしは見たことがない。

「説明はしてもらえますか?」

 弟は先を促した。

「様々な種族がこの街には住んでいます。

 なぜなら、差別され、種族を追い出されたヒトビトが住む街だからです。

 だからこそ、種族を超えて、この街を守ろうとする仲間も増えてきた。

 しかし…」

 少し言い淀む。遠くを見て、しばらく言葉を探すように「しかし…」を繰り返し呟いてから、しっかり顔を上げた。

「王国はそれを歓迎してるんです。」

「大規模な反乱が起これば、また死体が大量に生まれるからか。」

 露骨に嫌悪感を見せながらも、デルはさらに促した。

 正直この辺までは予測できた範囲だ、って表情をしていた。

「様々な種族の死を売りたいんですよ、王国は。

 時間が許すならば、口で言うよりも直接街を見てもらったほうが良いでしょう。

 ついて来てもらえます?」

 当主が王国と無関係だと言い切れないがゆえ、デルはあたしに眼で問う。

 で、あたしが肯くのを確認して、

「お願いします。」

 と彼に頭を下げた。

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