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英雄たちの影法師  作者: kim
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チェナ市近郊の屋敷にて

   チェナ市近郊の屋敷にて



 俺らが連れてこられたのは、山路を登りきったとこに建てられた城郭とも言えるような屋敷だった。

 山尾根を利用した左右崖の切立つ一本道の途中。山肌をえぐるように平地に均された一角に、屋敷は一切の光を発することなく佇んでいた。

 北斜面に建てられた屋敷はまだ陽が落ちてないというのに、黒い影にすっぽりと覆われていた。


「なんかヴァンパイアの居城って噂される理由がわかった。」

 その屋敷の朽ち具合、すすけた壁や錆びた門扉を見て呟いてみる。

 あえて北側斜面に建てられているのは陽光を避けるためだ、と言われてる。

 仮にヴァンパイアの住まいと仮定しての話。本人が高位種族であれば太陽で即炭化ってことはないけど、使い魔とか眷属が闇属性だからって理由らしい。

 余談。

 風通りがいい山尾根や崖近くにあるのも特徴で、カビや湿気を嫌う石造りの建物の管理が比較的容易だから。 日中、布団を干せないヴァンパイアがカビやダニによる肺疾患で、泣く泣くヒューマン族の薬剤魔術師を頼るなんて話もちらほら。


「あの窓なんて今にも大量のコウモリが飛び出してきそうじゃない?

 うわー、ドキドキする。」

 俺は大げさに怯えて見せた。で、女の子二人をチラ見。

 平然と空を見てる二人。

「それとも人獣?

 ライカンスロープってやつ?

 急に暗雲立ち込めて、稲妻が走って…」

「うん。雷に打たれて、少しくたばってろ。」

 ようやくリアクションを得た。

 女子二人の間に流れるなんとも不穏な、ってほどじゃないけど、微妙な空気。殺気立った感じではないにせよ、どうも「過去になんかありました?」感が気になってしかたない。

「ヒドっ!

 お化け屋敷みたいな演出欲しくないっすか?」

「テンション上がりすぎ。」

「えーそれだけ?

 ここはさ、やせガマンするな!

 怖がりなの隠してんだろ?

 みたいなツッコミを待っていたんだけど。」

「まず私に対する自分勝手な期待値を下げて。

 お笑い勉強してないし、キャラじゃないし、それにコウモリもオバケも怖くない。」

「ヴァンパイアの屋敷ってウワサされてんだよ?

 怖いもの見たさ。子どもの好奇心。

 くすぐられない?」

 ヴァンパイア、怖いって。

 正直言おう。俺はこの屋敷に足を踏み入れたくない。たとえシェスさんのご実家だとしても。

 うんざりしきったため息がシータの腹の底から漏れ出てきた。

「シェス、はやくこいつ黙らせて。」

 ウチらの掛け合いを困ったように眺めるシェスさんに助けを求めてる。

「はぁ…でもまぁ、

 実際ヴァンパイアが住んでたもん。とうぜん巨大コウモリくらい飛ぶんじゃない?」 

 シェスさんがさも当然のことのように言った。

「へ?

 えっと…このお屋敷は…」

「うん。あたしンち。

 今はあたしと弟で住んでんだけどね。ヴァンパイアの知人から譲り受けたの。」

 ビタリと俺は足を止めてしまう。

 ヴァンパイアの知人って…

 たしかに存在否定はしないけど。

「またまたぁ、ホントですかぁ?」

 ヒューマン族がヴァンパイアと顔見知りなんて、いくらなんでもありえんでしょ。ヒューマン族と、ってか昼間の種族と仲良くできる冥界の住人を耳にしたことがない。

 鼻で笑い飛ばしたら、

「あんたの存在も否定してやろうか?」

 とシィちゃんにイヤミで返された。


 現在、この世界に具現化している冥界出自の住人の割合は、妖精界を抜いたという。

 そんなデータが最近の街の話題にのぼってたな。


「にしたって、ヴァンパイアだよ。あのひきこもりたちと友だちなんて。

 しかも、大人しくヒッキーさせときゃいいものの、ヒューマン族はそろって吸血鬼狩りなんてやってんじゃん。

 それで友だち?」

「吸血鬼狩りって最近始まった話じゃないの。

 あんたこそ種族差別すんな。」

 シェスさんをさしおいて口げんかがつづく。

 最終的には「バーカ」だの「バカっていうほうがバカなんだよ」なんてレベルに堕ちた。

「まぁまぁ、ケンカしないの。」

 シェスさんが子どもをあやすように飴玉を差し出してきた。

「ガキ扱いするな。」

 とぶつくさ言いながらも、二人そろってとっさに手を差し出してしまうのは子どもの特性なのだろうか。


 ガーゴイルって呼ばれる対魔術用の奇怪な石像がてっぺんに飾られた石造りの門をくぐる。あまり手入れのされていないバラ庭園を抜けると、どでかい石造りの屋敷にたどり着いた。シンメトリーに設計されているから、マントを広げた巨大コウモリに見えてくる。

 玄関の両開きの扉もやたらでかい。

 ギギギと軋んだ音をたてて開いた扉の先には豪奢な世界が広がっていた。

 出迎えたのはきらびやかに光を放つ巨大なシャンデリアと、真正面からT字に枝分かれする赤絨毯の階段。手すりはおそらく黒檀、床石は大理石。玄関ホールは吹き抜けになっていて二階の部屋の扉が見えた。

 振り向くと玄関扉の上に出窓らしきものが並んでいたが、すべて分厚い遮光カーテンで覆われていた。


「こっちよ。」

 手招かれ、向かった先は家族用のリビングルームだ。

 レンガ積みの暖炉や豪奢な長ソファーやユラユラ前後に揺れるリクライニングなんかが置かれている。

「なんか生活感がない気がするんですが。」

「だろうね。

 ここで一家団欒なんてなかったから。」

 ガラス細工のシャンデリアがキラキラと外の光を照り返し、空調用の三枚羽が天井でゆっくりと回ってた。生活感どころか、現実味が希薄だ。なんとなくヴァンパイアのお住まいってのは理解できる気がした。

 小説に描かれた屋敷をそのままに造っちゃったみたいな。こうすればヒューマン族を招いても敵意を感じさせないで済む。本人の趣味というより、そんな浅はかな媚を裏読みしてしまう。

「弟さんは…」

 言いかけた俺のことを無言で咎めるシィちゃん。

「あ、シータ、気にしないでいいよ。

 そのあたりのことも話さなければならんからさ。」

 口調こそあっけらかんとしてるけど、軽い話題ではないだろうことは察する。


「こっちよ。」

 シェスさんはリビングをまっすぐ突っきると、正面の書棚に並んでた本を数冊抜いて奥の壁を押した。

「隠し部屋だ。すげー。ホントにあるんだ、こういうのって。」

 ガタガタと歯車が回る音がして書棚が縦に割れたとおもったら、下に降りる階段が現れた。

「絶対見られたくないってわけではないみたいだけど、開放的すぎるのもね。」

 自動で〈灯り〉が点るシステムが設置されてる階段を降りきったところの扉を開けると、やけにヒンヤリした空気が流れてきた。続いて、かび臭いとまではいかないまでも、とっても古びた匂いがした。

「自慢の書庫よ。」

 シェスさんが胸を張った。

 自慢するだけのことはある。

 その蔵書量もさることながら、きちんと分類された書棚は塵一つ見られない。本の虫がわいてる感じもしない。日のあたらぬ書庫が古びた臭いがするのはしかたがなし。

「偉そうに。ヴィクセン家のじゃないでしょ。」

「あら。譲り受けたんだから、あたしんちのよ。」

「全管理、弟に丸投げのくせに。」

「いいじゃない。適材適所。

 あたしはこんな暗闇にひそむ女じゃないの。」


 シェスさんが、俺とシィちゃんの関係性に迷ったのと同じくらい、この二人の関係性には首を傾げてしまう。

 知り合いみたいだが、あまり仲がいい感じでもないし。かと言って、全面戦争な雰囲気もない。

「昔、いっしょに仕事したの?」

 二人を見比べながら訊いてみた。

「誰と?

 あんた?」

「シェスさんと。話の流れから察しなって。」

 マジぼけだったのか、いくぶん焦りぎみに言い返してくる。

「うるさい。ばか。偉そうにさ。

 やっぱだまってろ。」

「シィちゃんこそ、なんでそんなに偉そうなのさ。」

「うるさいなぁ。

 それは、私が偉いから。以上。」

 憎まれ口を吐き捨てて、「トイレ」と席を立つ。

 それを横目に大きく嘆息してしまった。

「俺はなんでこんなのに関わっちゃたんだろ…」

 ホント、後悔先に立たずってやつだ。


「仲いいんだね。」

 シェスさんが話しかけてきた。思わず頭を下げてしまう。

「あ、なんかすみません。依頼のジャマばかりして。」

「いいよ。

 あんなシータはじめて見たから楽しいのよ。」

 柔らかな声。

 じぶんちだから気が緩んでいるのだろうか。

「その話も半端だったわよね。」

「そうですね。

 と言っても、小学校のクラスメイトで、ヒューマン族の六歳児で話せないグチをこぼしあって、たまにお互いのネタで仕事を手伝いあう、そんな関係でしかないんですがね。」

 多少なりともシィちゃんのことを知ってるなら、説明しなくとも彼女の仕事ってのがなんなのかは察してくれるだろう。

 案の定、

「じゅーぶんディープでしょ、それ。」

 苦笑まじりの返答。

「まぁ、あたしのほうもいっしょに戦ったり、斬りあったりしたくらいでたいした関係じゃないわよ。」

「そうなんですね。

 シィちゃんってホント強いですよね。俺も何度助けられたか。」

「そう強いのよ!

 おかげで何度殺し損ねたことか。」

「ですよね…はぁ?」

「あ、助けられたこともあるわよ。」

 いやいやいや…

 つまり敵対関係だったってことかい。思わず一歩後ずさり身構えてしまう。

「でね、そのときにシータがね、この屋敷の元家主のヴァンパイアの首斬って、腹刺して、血だらけにした床がソコ。」

 と本棚の合間を指差した。

 いやいやいや、それにどうコメントしろと?

 そもそもシィちゃんの武勇伝は数あれど、ヴァンパイアネタなんて初めて聞かされた。

 そしたら、背後から

「わー、真っ黒だね。」

 と当事者の声がした。

「あら、長かったわね。」

「シェス、ずいぶんと私の過去をばらしてくれてるみたいだけど、なんか恨みでもあるの?」

「ないけど。」

「じゃあ、余計な話はすんな。」

 で、俺のほうをにらんで、

「あんたも余計なこと訊くな。

 帰すぞ。」

 なんてすごまれた。

「わかったよ。」

 しかたがないので、しぶしぶ話を依頼ネタに戻すことにした。

 正直言えば、シータの過去話のほうが気になっていたんだけど。


「で、こんな辺境まできた理由は?」

 ため息まじりに俺は二人に尋ねた。

「情報収集、情報共有、行動確認。」

 とシィちゃん。

「で、この屋敷を選んだ理由は、機密情報の保持と情報量を考えてってとこかしら?」

「そんなとこ。」

 シェスさんの問いに表情を変えずに即答する。

「機密って…」

「今、話すから。

 あと、ウォフの言い分は聞かないわ。もう関わっちゃったんだから、最後まで一緒に行動してもらうわよ。

 それから、機密情報って言ったからには洩らしたら即私が殺す。」

「ちょっと、シータそんな言い方…」

「シェス、甘い。」

 問答無用に言い捨てた。

「あ、だいじょうぶです。いつものことなんで。」

 埒があがかない。そう判断した俺はわざとおちゃらける。ホント言うと、関わらなきゃよかったと思ってる。

 シータの目が怖い。口調も殺伐としている。

 どこに本心があるか、さっぱりわからない。

 でも、一つだけ言えること。

 小学校では愛想こそよくないけど、恐怖を押し隠したような表情を見せてはいなかった。

 だからこそついてきたんだ。

 興味本位では決してなく、シータの「覚悟」みたいなのが何なのかを知りたかった。

「いいんです。最初っからそのつもりですから。」

 だから、シェスさんに強い決意をこめて言った。

「ふぅ…わかったわ。

 巻き込んじゃってゴメンって思ってたけど、それだけじゃないみたいだしね。」

 シェスさんは半ば諦めたように話し始めた。

「発端はネクロメア市の内乱なんだけどね…」


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