ロムール市のケーキ屋さんにて
ロムール市のケーキ屋さんにて
「いらっしゃいませ。」
笑顔で斜角三十度にお辞儀された。
接客業の基本。心の中では「なんだこいつら」と思っていても、それをおくびにも見せない仕草で僕らを招き入れてくれた。まぁ、しょせんは営業スマイルとはいえ、清潔感あふれる笑顔にイヤな気分にされることはない。
で、連れ合い二人の女の子を見比べる。
「なにか?」
「なによ。」
二人ともキレイな顔立ちなのにな。笑顔は好感度にこれだけの差をつけるものなのかと、いまさらながら思い知った。
「いえ別に。」
余計なことは口にせず、ウェイトレスのほうへと向き直った。笑顔で
「三人。」
と伝えた。
「お待ちください。」
一瞬だけ怪訝そうな表情を見せたけど、すぐにそれも消えた。
表での騒ぎを見てたか、てんでバラバラな三人の関係性に戸惑ったのか。
客案内の「お煙草はお吸いになられますか?」の問いに迷いなくうなずくシェスさん。
こげ茶メインのシックな調度品に囲まれた店内に客はまばらだった。カフェバーではあるけど酒飲みが来るような店じゃないからかもしれない。
奥のほう空いてんなぁ。
「あのさ、子連れなんだから禁煙スペースに座ろうよ。
えっと、ヴィクセンさん?」
その袖をクイクイと引っぱってそれを妨げてみたけど、問答無用に拒否された。
「やだ。
そもそもヒトにタカっておいて何好き勝手言ってんのよ。しかも子連れって、あたしの子じゃないだろーが。」
お店の一番奥の窓際に陣取った。
うわぁ、マジか。これじゃ外でやりあってたときと変わんなくない?
大きなガラス越しに突き刺さる好奇の視線が痛い。このヒトは周囲の目ってやつを全くもって気にしない人種らしい。
おしゃれな店内にもそれなりにお客さんがいたけど、横目でチラ見されただけでそれぞれの会話を続けている。
窓際に座っていたグループは、たぶん外の騒ぎを見ていたのだろう。ちょっとだけウチらを見ながらひそひそ話していたけど、すぐに興味を失ったようだ。
こっそり嘆息する。
「さて、あたしにここまでやらせたからには、きちんと話するんでしょうね。」
女のヒトはふんぞり返って、タバコに火をつけた。ちょっと甘い香りが漂う。
シィちゃんはむすっとした顔で窓の外を見てた。
その二人の態度から察するに、交渉だの妥協だの歩み寄りだのは皆無だ。
だよね。
首突っ込んだのは自分ですからね。
「幼女誘拐で捕まるかもしれなかったのに?」
だとしても皮肉くらいアリでしょ。
「ずいぶん計算高い男だねぇ。
モテないだろ?」
「いらぬお世話。
こう見えても、けっこうクラスの人気者なんだけどね。」
ちょっと胸を張ってみた。
「うそつき。
シィちゃんは同じクラス?
このチビが言ってんのハッタリだろ?
ホントはいじめられっこだったりしない?」
シィちゃんがびくりと体を震わせた。同レベルの口喧嘩を傍観ってかシカトしてたところに、急に話をふられ戸惑う様子が見られた。
ふーん、そんなリアクションすんだ。
なんて考える。
そこにウェイターが注文品を持ってきた。
俺の前にチョコブラウニーとミルクティ。シィちゃんのとこにイチゴのショートケーキとオレンジジュース。で、ヴィクセンさんはホットコーヒー。
ようやくシィちゃんが前を向いた。
「知りません。
っていうか、あなたにシィちゃんって呼ばれる筋合いはありません。
話くらいは聞きますから、小学生の子どもと同レベルのケンカしてないで私を解放してもらえませんか?
終わりしだい、即。」
口調と表情はマジメぶってるけど、瞳がキラキラしていた。
「シィちゃん!」
「あんたもシィちゃんって呼ぶな。
馴れ馴れしい。」
きっちりとイチゴのショートケーキをほおばりながらシータが言った。ぜったいにオカワリするつもりだ。ときどき横目でケーキのショーケースを見てる。
「…いいわ。とりあえず好きなもん、好きなくらい頼みなよ。」
そう言って、女のヒトはプカプカとタバコの煙で遊びだす。
お金がないのか甘いものが苦手なのか、頼んだのはコーヒーのみだ。
「ケーキ、キライなんですか?」
「べつに。」
「おいしいですよ。
せっかく有名店にきたのにもったいないですよ。」
「あんたは流行のスウィーツ男子か。」
「それって小学生にも使う表現?」
「こまいわねぇ。
やっぱあんたモテないわ。」
とりとめない雑談を続けつつ、場の空気をさぐる。
「このケーキなんて、三ツ星職人の考案した人気作なんですから。」
「そうなんだ?
よく知ってるわね。オタク?」
「ケーキオタクってのが存在するなら。」
ケラケラと笑う仕草はとてもやわらかい。初見に見せたあの殺気が夢幻だったんじゃないかと疑うくらいに。
あいかわらずなのはシィちゃんだけ。
「あの、だから早く本題に入ってください。
フリングはいいかげん黙っててよ。」
シータの心底迷惑げな声にいちおう黙る。
三つも平らげておいてよく言うよ。なんては思っても口にしない。
そんな俺を横目にその女性は「そうね」とあらためて自己紹介から始めた。
「あたしはシェス・ヴィクセン。ご存知の通り光明神高位神官ヴィクセン家のニンゲンよ。
で、確認なんだけどあなたはミアロート家のシータスさんで間違いないのよね?」
「はい。です。」
シェスと名乗った女性が厳しい視線を送るが、たじろぐことなくシータは真正面から受け止めていた。
「あたしのことは覚えてない?」
「いいえ。覚えてます。絡まれたくなかったんでウソつきました。」
「…正直ね。
で、こっちのカレシは?」
いやぁ、カレシなんて。とボケるいとまは与えてくれない。
「カレシ?
あぁ、同じ小学校のたしか隣のクラスの男子です。その程度しか知らないヒトです。」
シータは冷たく言い放った。
もちろん、前半は彼女の言ったとおりなのだが。その程度かい…
シェスと名乗った女性は「お役ゴメンだ。席を外せ。」とばかりに俺を睨んでいた。
空気の読めない男のフリしてどこまで居座れるかと思ったのだが、意外なことにシィちゃんが居座れる雰囲気を作ってくれた。
「なんのお話かわかんないですけど、たぶんコレに聞かれたとこで害はないです。
カレシでもなんでもありませんけど、ときどき仕事を手伝ってもらってます。」
実は俺を頼りにしてる?
心細いからここにいてほしい?
「私が転生を繰り返してることも知ってるし、そのヒトもヒューマン族ではないのでたいして興味を示さないと思います。
友だちもいないから外部に洩れる確率も低いです。
だから、実害ほぼゼロです。」
だよね…
別にシータ狙いで学校生活を送っているわけではないんだけど、ここまではっきり言われればがっかりもする。
それが男心ってもんさ。
「ウォフ・フロウア? ボケッとしてないで自己紹介くらいしたら?」
「わざとだろ?」
「なにが?」
「名前。」
「うん。」
シェスさんは、がっくりと肩を落とす俺をちょっとだけ同情してくれたらしい。ついでに、警戒も解けたらしい。仕事仲間を強調してくれたからだろう。
ホントは通ってる小学校で、なにやら表ざたにできない事件のの手伝いをした程度なんだけど。
まぁ、そこはそれ。
「えっと…ウォフって呼べばいいのかしら?」
戸惑ってはいるけど疑ってはいない、かな?
「…それでいいです…」
「で、この場に残って話を聞きたい?」
「まぁ、できれば。
シィちゃんがシェスさんのことを警戒しているみたいですし。」
「シータのナイト?」
ブンブンと頭を横に振ったら、ニヤニヤされた。
たぶん、いやぜったい勘違いしてる。むしろ、勘違いしてるフリをして楽しんでる。
「普通の小学一年生が話せないような話をするときがあるだけ、です。」
「ふーん。」
あ、墓穴を掘ったどころか、共同墓地レベルに広げてしまった。
案の定真横から冷たい視線が刺してきた。冷汗がどっと流れた。
「いいから話始めてください。」
シィちゃんの声は、彼女の視線以上に冷淡なものだった。
さて、かいつまんで説明しよう。
シェスさんは仕事の依頼にきた。
依頼内容はローム・トリアール王国南方の都市ネクロメアの調査。
ネクロメア市は現在俺たちのいる首都ロムールから南南西に二週間ほど歩いたところにある海岸沿いの街だ。公共の馬車を乗り継いでなら約半分程度で着く。
つまり遠い。
小学生に依頼する内容だろうか。否、本来ありえない。
それにここ数年、あの街のいい噂を聞かないし。
建国時の亡霊が彷徨ってるとか、内戦が勃発するんじゃないかとか、冥界族の襲撃にあってるとか。
建国時の亡霊は眉唾物だとして。内戦ってのを周辺国の情報操作だとしても、冥界族の襲撃の噂は信憑性がある。
ちなみに冥界族とは、言ってしまえばアンデッドとかリビングデッドとか地獄からの使者とか闇の眷属とかそんなのだ。
つまり危ない。
いずれにせよ小学生に依頼するような内容ではない。
「だれ相手にぶつぶつ説明してんの?」
「いや、別に。
ずいぶん遠くで、危険極まりない依頼だなって思って。」
いちおう忠告はした。
なのにシィちゃんはあっさり受諾した。
「いいですよ。出発はいつがいいですか?」
「行くンかい!」
思わず大声を出してしまって、慌てて口を手で押さえた。
周囲をキョロキョロと見回していたら、
「挙動不審。それにいらぬお世話よ。」
なんてヒトの心配をよそに契約書を書き始めていた。
わかってた。冥界がらみの依頼を彼女は断らない。
通常のヒューマン族にとってどんなに遠くて、危険だとしても、それでもシィちゃんに依頼がくる理由は、彼女が死霊術師であり冥界族と戦う能力があるからだ。
俺は声をひそめて尋ねた。
「さっきまで応対すらイヤがってなかった?」
「しゃべんのが億劫だっただけ。」
「とつぜん依頼受ける理由は?」
「知ってどうすんの?
…金。光明神殿のお嬢様よ。金とれるでしょ。」
「知らんかった。キミがそんなに貧乏だったなんて。」
「ウザい。」
微笑ましい三文芝居をニコニコと眺めてくれるシェスさん。
通りでからんでいた怖い女から一転、いいお姉さんだ。
依頼にむちゃぶり感がなければの話だが。
「シィちゃん、学校どうすんの?」
「休学するわ。だから、いらぬお世話。」
「いや、小学校で休学って、両親だってなんて言うか。」
「親?
そんなのとっくにいないわよ。
ねぇ、いいかげんいらぬお世話だって。」
絶句する。
いままで何度かシィちゃんにつき合わされてるけど、そんな話されたことがない。
「あ、生きてるわよ。私が縁切りされただけ。
どうせ実親のようで実親じゃない感じだし。」
さらにリアクションに困る話を淡々とされた。
「同情はいらないわ。」
「そんな強がらなくても…」
「いらぬお世話っていうか、勘違いしてるし。
私が家族を捨てたの。家族に捨てさせたの。そうしないと仕事がしづらいし、両親も世間体気にしなくていいし。」
「両親にバレたの?」
「バラしたの。あのさ、話を脱線させないでもらえないかな?」
丁寧に説明してくれる割に最終的には全拒否。
イマイチ感情が読みづらい。
「パパがいるって言わなかったっけ?」
シータの手のひらが俺の口元をぺしりと叩いた。
黙ってろってことだ。
しかたなしにすっかり冷めてしまったホットココアに口をつけて黙る。
「で、相手は誰なの?」
「相手?」
会話の対象は俺からシェスさんへ。
突然話題をふられてって様子ではないのだが、首をかしげてた。
「とぼけないで。私への依頼が調査だけってことはないでしょ?
誰がターゲットなの?」
ターゲット?
また口を出してしまった。
「シィちゃん、それって…」
「いいから、黙っててよ。」
びしりと宣告されたから、言葉をつまらせながらシェスさんを見た。彼女は困ったような、でも納得してるような、へんな笑みを浮かべてた。
「ホントに調査のつもりだったんだけどな。
まぁいいか。
黒幕が誰かは確認できてないからだけど、現段階、スクル・ロミアン。ご存知、ネクロメアの市長さんね。」
「ロミアンだと!」
ん?
「公共の場なんだからしゃべんないでよ。」
「いや、俺、ちゃうし。」
「知ってる。あんたに言ってない。」
だって、ロミアンって名前を復唱したのが明らかに男性の声だったから。
俺はキョロキョロと周囲を見回した。
ケーキ屋さんの中には、少ないながらも男性がいた。でも、ざわめいた店内の隅っこに陣取った俺らに注意を向けるヒトはいない。
「挙動不審。
どうしようかな…コイツじゃ極秘任務ムリそうだなぁ…」
「どういうこと?」
シェスさんと質問がかぶった。
「ネクロメアの名前が出たとき予想できたけど。あれよね…
短剣戦争期の英雄が集結しつつあるって噂されてるとこよね。」
「そうみたい。」
探検戦争の英雄=建国時の英雄。眉唾物って切り捨てた噂が真実ときたか。
「私が表立って動いたら問題ありなの、そこ。」
大きくため息を漏らす。
「多少なりとも私も関係しちゃってて、顔が割れてんのよね。
なので、協力者が必要なんだけど…」
「そういうことなら俺に任せて。」
ドンと叩いて胸をはる。
なぜ沈黙…
無言の時間がしばし。やっとのことで返ってきたのはため息まじりだった。
「頼りない胸。
でも、あの街に絡んでない知り合いって、たしかにウォフくらいしかいないのよね。」
じとっと見つめられた。
隣のクラスの見知った顔。
学校ではこんな顔してない。たしかにイヤミくさくて、つっけんどんとしてて、俺に対する態度はホント冷淡そのものだけど。
「なんでさんざん貶されてまでシータについていくの?」
ってクラスメートの誰かに訊かれたこともある。貶されてはさすがにオーバーだろって笑っちゃった。
今、シィちゃんは何を思ってるんだろう。見る角度でどうとでもとれるような表情だ。今の今まで、こんな表情はされたことがない。
「ちょっと考えさせて。」
俺とシェスさんは彼女の意向をくんで黙った。
オレンジジュースが三分の一くらいで止まってた。溶け出した氷が橙色を薄くしていた。俺は二杯目に頼んだカフェオレをちびりとすする。せっかくホットで頼んだのにこれまた冷めていた。
シィちゃんの思索はしばらくかかりそうだ。横目で確認する。
そしたら、
「キミたちの関係性がいまいちわかんないんだけど。」
シェスさんが首をかしげた。
しゃべっちゃダメなわけでもないだろうけど、俺は一応確認しようとシィちゃんを見た。
そっぽ向いてたから肩をたたこうとして、一瞬その手を止めた。
「シィちゃん、どうかした?」
シータは心ここにあらずといった雰囲気であっちを見ていた。俺を無視したくて、そっぽを向いているわけではない。
視線の先は窓の外。二人が口げんかしていた大通り。
声が届いていないのか、なんらリアクションもないから少し耳元で大声を出してみた。
「知り合いなの?」
やっぱり返答なし。
彼女の目路を追うと二人の男女が路上に立っていた。
男は齢七十を越えているのではなかろうか。白髪白髭で猫背だ。モスグリーンのマントですっぽりと覆われているから、体躯は見て取ることはできない。
反して、女は年齢も背格好もシェスさんと同じくらい見える。金に近い茶色のウェービーヘアと真っ黒なサングラス。真っ赤な唇が不遜な笑みをたたえていた。真っ赤なエナメル質のパンツスーツは明らかに危険人物だ。
二人ともいろんな意味でアブないヒトだった。
「トモダチ…?」
無駄なの承知で訊いてみた。
べチン。
ようやくリアクションを得た。得たけど、凝視したままなのは変わらない。俺ももう一度その視線の先を見つめた。ふと気づく。
どこか不自然だ。
通行人が二人のいる空間を避けていく。しかも人通りのまん真ん中で、明らかに通行の妨げになっているにもかかわらず、一瞥することもなくだ。
言うならば、濁流の中州のようだった。
そこだけ刻が止まっているか、もとから存在してないか、そんな感覚を覚える。
「シェスさん?」
シータを諦めてテーブルを挟んだシェスさんに声をかけた。
あらら。おんなじリアクション。
異なるのは憎々しげなシィちゃんと違って、シェスさんは恐々といった表情でおんなじ二人を見ていた。
敵なんだな。
俺はカフェのテーブルの下でこっそりと短剣を握り締めた。
その手を小さな手のひらが押し止めた。
俺の方は見ない。
「場所変えましょ。」
シィちゃんの呟きは震えていた。