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英雄たちの影法師  作者: kim
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屋敷の食堂にて

  屋敷の食堂にて



「どういうこと?」

 鼻歌まじりに朝食の準備をしているシェスさんを目で追いながら、シータに小声で尋ねた。訊かれたほうも首を傾げてる。

 朝になったら自然治癒してるから、って言って放置したのはシータじゃなかったっけ?

 ごきげんなシェスさんの手前、声に出せない。シータとシェスさんを指さして、床下を指さして、さんさんと照らす太陽を指さして。で、最後に首を傾げた。

 俺の質問の意図は伝わった。でも、返答は肩を竦められただけだった。

 不満げに口をすぼめたら、ムッとした顔された。

「私もシェスにたたき起こされたの。

 朝食なにがいい?

 なんてさわやかな笑顔でね。」

「で、なにって答えたの?」

「パン。

 …って、ツッコミどころはそこ?」

 だって、本人問い詰めるわけにもいかないし。

 会話の中からひねり出すしか、答えは見いだせない。

 シータの言ったとおり、テーブルには俺らの顔くらいもありそうなパンが入れられた草編みのバスケットがおかれていた。それと数種のジャムと牛乳の入った大きなピッチャー。ベーコン入りのスクランブルエッグとミネストローネスープ。生野菜と果物がふんだんに盛られたサラダ。

 いやはや朝から豪勢だ。

 こんな気分でなければ、ここ数年感じたことのないような幸せな朝ごはんだった。

「おまたせ。

 口に合うといいんだけど。

 さ、どーぞ。」

 にこやかに手を差し出される。

 俺とシータはちょっとためらいがちにスープに口をつけた。

「わ。おいしい。」

 目をまん丸にしてシータが言った。

「ホントだ。おいしい。」

 なんとなく遠慮がちに上目遣いに俺らを見ていたシェスさんの表情がぱっと明るくなる。裏のない笑顔。この笑顔で毒殺されるなら諦めがつく、ってくらいに満面の笑みだった。

「よかった。

 実はパンも自分で焼いたヤツなんだよ。」

「えー、スゴ…おいしいわ。」

「この屋敷って器材だけは揃ってるから。

 前に住んでたヒトが趣味で集めたみたい。ヴァンパイアってヒマなのね。」

 と何事もなかったかのように笑うシェスさんにとてつもない違和感を覚えた。

 シータと顔をあわせて、お互いうなずいた。


 昨晩の話はしない。

 俺とシータの共通認識。


 朝食後、後片付けがあるからと言うシェスさんに、のちほどまた昨日の話のつづきを聞かせてもらえるようにお願いしてから、先に書庫へと向かった。

「記憶がないんだね。」

「やっぱそう思う?

 あれってウチらをだまそうって感じじゃないよね。」

「と思う。

 あれがフェイクだったら見破れない。」

「そっか。

 私一人の判断じゃ自信なかったのよ。」

「わかる。多重人格化してる感じ。」

 二人書庫の床に染み付いた真新しい血液の跡を見つめた。昨晩の戦闘の痕跡が生々しく残る床から漂う鉄くささに嘔気がした。

「ウィルス性吸血症?

 それとも真祖の魔法?」

「それも判別つかないのよ。」

 シータが困ったように眉をひそめてた。


 ヴァンパイアリズムと呼ばれるヒューマン族の症状には二種類ある。

 一つはヴァンパイアウィルスと呼ばれる感染症。

 もう一つはヴァンパイアの魔法による〈同族化〉だ。

 前者はヒューマン族が生物兵器を作成している最中突然変異によって現れたウィルスだ。もとはリビングデッドウィルス系の一種だった。その特異性から数十年前に名称がつけられ、独立した感染症と認知された。

 で、後者は、冥界からこの世界に具現化した純粋なるヴァンパイア族にしか使えない。純ヴァンパイアは冥界種ヴァンパイア族もしくは真祖と呼ばれる。


「ここの前住人って真祖なんだよね?

 そいつの仕業?」

「それはない。」

「断言?」

「そのヒトって私の知り合いでもあるから。」

 はいっ。またシータの秘密が一つ暴露されました。

 俺だってそれなりに裏仕事もやってきた。ヒューマン族の王国の首都の小学生なんて、種族としてはありえないお仕事をしている。秘密だってある。

 しかし、シータは秘密の一つ一つがやたらと重量級だ。


 詮無きことよのぉ。


 彼女の転生の歴史はずっとそんなだったのだろうから。

「俺にはもうなにがなにやら。」

 苦笑まじりに肩をすくめた。

 そしたら、

「ごめんね。巻き込んじゃって。」

 シータはうつむいたままそう呟いた。

 あらら。

 傷ついてる。

 でも、どーせ、「やーい、だまされた」みたいに舌を出されるのではと疑ってしまう。次はどんな切り返しをしてやろうかとこっちはこっちでほくそ笑む。

 なのに、

「シィちゃん?」

 いつまでたっても舌を出さないから、つい焦れて声をかけてしまった。

「なに?

 いちおう気を使ってんだけど。」

 あれれ。シィちゃんもこんな表情するんだ。

 失恋直後の少女のような顔してるのを笑いとばそうとして、はたと気づいた。


 傷は今ついたものじゃない。


「だってさ、昨日の件だってさ…」

 シィちゃんは必死に傷の痛みに耐えてきたんだ、ってことに、いまさら気づいた。

「怖かっただろーなって。

 ホントは私が戦わなきゃいけないのに。」

 もしかして。

「怖い思いさせてゴメン。」

 自分の傷を隠すために、で、自分を傷つけるナニカが他のヒトを傷つけないためにあんな態度?

 だから。

 他人を拒絶してんのか?

 とつぜん、それこそ雷にでも打たれたように、悟った。


「シータをよろしく頼む。」


 パパさんの言葉を反芻した。

 どんなに強いヒトだって、いつかどこかで倒れることがある。そのときに誰か隣にいれば、なにかしらの助けになるはずだ。

 俺がシータの傍にいるってのは、そんな考えが根底にあったから。

 でも、違かった。

 シータス・ミアロートの傷は、俺が想像してた以上に深いものだったんだ。

 誰かに背中を預けないのは、自分の強さゆえの他人への不信だ。

 そう勝手に思い込んでいた俺自身を恥じた。


「ねぇ、本音で答えてほしいんだけど。

 俺を巻き込もうとした?」

「巻き込まないようにって思ってた。」

「最初は、ってことね。

 じゃあ、今は?」

 書庫を沈黙が支配する。

 どこから入り込んだのか、蛾がひらひらと飛んでいた。ぼんやりと見てたら、天井の光に寄ってってジジっと小さく音を立てて焦げた。


 シィちゃん、ゴメン。

 パパさん、ごめんなさい。


 でも、これだけは自信もって宣言できます。

 俺は巻き込まれたんじゃない。

 自らの意志でシータに寄ってったんだ。

 そう心中で確認しなおした。ホントは一発自分の頭を殴っておきたいとこだけど、シィちゃんに怪しまれるから太ももをつねるだけにした。

 シィちゃんの傷の痛みにはとうてい及ばないだろうけど。


「だったらさ…」

 返答にためらうシータの肩にポンと手を置いた。

「隣に居ていいんだよね。」

「うん。」

「で、ここから逃げるつもりはないんだね。」

「うん。」

「俺に対する言動も変わらないんだよね。」

「うん。うん?

 あ、ゴメン!

 あ、あの…」

 顔を真っ赤にして慌てて否定するシータににんまりと笑ってあげた。

「あはは、だいじょうぶ。

 今の扱いで充分。

 ってか、いまさら言動変えられたら、こっちがどう接していいかわかんなくなる。」

「ん。ゴメン。」

「どこまで役に立てるかわかんないけど、俺もいっしょに戦うよ。

 ガキはガキらしくつっぱしっちゃいましょ。」

 唇を尖らせてムツけた。フクレて、怒った。

 で、笑った。

「お待たせぇ。

 遅くなってゴメンね。」

 シェスさんが降りてきた。

 昨晩どこまで話したか確認した。でも、起こった出来事は黙ってた。

 話はネクロメア市内の様子についてだった。


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