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英雄たちの影法師  作者: kim
11/13

屋敷の書庫にて 3

  屋敷の書庫にて



 異様な緊張感が漂っていた。


 とつぜんシェスさんは話をやめた。

 最初は疲れたのかなとも思ったんだけど、だからといって雑談を始めるわけでもない。

 かと言って「遅いから寝よう」とかそんな提案があるわけでもない。


 豹変ってこういうのを言うんだ。

 

 たしかに話の途中途中思い出し怒りだったり、涙ぐんだり、なにに涙したのかは知らないけど、感情を抑えきれない様子は見られた。

 でも、話題の内容を鑑みれば感情の起伏は当然の範囲。

 どうしても理解できないのは最終的に、その矛先がシィちゃん、シータス・ミアロートに向けられたこと。「過去の英雄」とか「短剣戦争」とかそのあたりの単語が出始めてから、シェスさんはおかしくなってきていた。

 感情を抑えてる様子は、今思えば、シィちゃんに対する怒りを抑えていたのかもしれない。

 

 一触即発ってこういうのを言うんだ。


 たぶん俺は蚊帳の外。

 シェスさんの真っ赤に血走った目は、シータしか見えてないようだ。

 彼女もその異様さにひるんでいた。テーブル越しのシェスさんの視線を冷静に受け止めてはいるが、膝に乗せられた手がぎゅっと縮こまっている。

 取っ組み合いのケンカが始まるっていったレベルでなく、生き死にレベルの空気。

 呼吸ができない。


「あんたの父親を出して。」

 とちぜんシェスさんの口調が変わった。

 シータは無言でにらみつけた。

「出せ。」

 シーン…

「出せって。」

 シーン…

 とうとつに訪れた修羅場に俺は、空気が読めないクソガキを演じるしかない。

「さっきまでニコニコお茶してたじゃんか!」

 シェスさんはナニモノかに憑りつかれている。そうみなすしかないだろう。


 ん?

 父親ってなんだ?


「プルートゥ出せって。

 ミアロートの娘だろ!」


 プルートゥ?


 ヒューマン族の歴史にまだまだうとい俺には聞き覚えがない名前だった。

 妖精種ホビット族はヒューマン族よりはいくらか長命だ。しかも、純粋な妖精界の種族らほどではないにせよ、同族の仲間や家族との記憶や感情の共有が可能である。

「ヒューマン族同士の大きな戦乱…」

 膨大な記憶の中から単語検索をしてみるものの、それ以上の記憶が浮かんでこない。


「シィちゃん?」

「ネクロメアの名前がでたときに予想はしてたけどね。」

 しばらく冷戦状態が続いたのち、ようやくシータが口を開いた。

 それを聞いたシェスさんはニタリと口元を歪めた。

「だったら早く…」

 言いかけたシェスさんを手で制す。

「思考する時間くらいはもらえないかな。」

「だめ!」

 ナニモノかが脳裏で叫んでるとでもいうように、頭を激しく掻きむしる。

「本当は全部話を聞いてからって思ってたんだけど、なんで急に焦り出したの?」

 シェスさんは答えない。


 首都ロムール市の街角で初めて遭遇した時の怒り顔とは、全くもって異なったもの。

 一点凝視で爛々と輝く目も、牙をむき出しに襲ってくる野犬を思わせる笑みも、土気色の皮膚も、あの時とは、いや直前までは一度も見たことはなかった。

 直前までは、落ち着いたらまた一緒にお茶飲みでもしようか、って雰囲気だったのに。彼女の息子さんと友達になって、家族ぐるみで学校行事を一緒に楽しもうかな、なんて思えたのに。

 

 豹変ってのはこういうのを言うんだ。


 俺の思考もまったくもってまとまらない。現実逃避したがる自分が、眼前に広がる景色を否定する。

「シィちゃん、これってヤバイよね?」

 俺は恐る恐る尋ねた。

「ヤバイね。

 ところでさ、今、何時かわかる?」

 なのにその質問。

 素直に時計を確認してしまう自分。

「0時回ったとこ。

 ここまできて子どもは夜更かしするなとか言うんじゃないよね?」

「アホか。

 一週間以上一緒にいたのに気づかなかった私もアホだけど。」

 少し余裕が出てきたか。現在時刻を確認する作業は、意外と現実を直視させてくれた。

「あいかわらず口悪いなぁ。」

「皮肉は後から聞く。

 戦闘になるわ。下がってて。」

 トンと肩を押された。大した力でなかったはずなんだけど、椅子から落ちそうになる。


 

 ガタン!



 それが開始の合図となった。

「ミアロート、プルートゥを出せ。」

「私をミアロートの名前で呼ぶからにはそれなりの対応をさせてもらうわよ、ヴィクセンのお姉さん。」

 明らかにヒトが違っていた。

 深紅の瞳と象牙色の糸切り歯。

 そう。

 ヴァンパイアだ。

「さぁて、正体現したな。

 パパ、ご指名よ。」

「おぅ!」

 シータが腰にぶら下げていた木箱に手をかけた。留め具を外すと表側だけ開いた。


 パィィィィン。


 少し間の抜けた金属音が響く。

 それが木箱に固定された鉄べらからだと気づく。


 次の瞬間、

「ぎゃっ!」

 俺と、ちょっと遅れてシェスさんの悲鳴が重なった。

「あ、ゴメン。」

 誠意の全く感じられない謝罪の文句に、俺はきつく閉じてた目をゆっくりと開く。

 で、さっき俺の頭上をゆきすぎた風切り音の正体を知った。

「それがシータス・ミアロートの武器か…」


 彼女が両手持ちに構えているのは、背丈の倍はあるだろう大鎌だった。

 何度かシータと行動を共にしてたけど、彼女が武器を持つのを見たのは初めてだった。

 それが、俺や彼女と共にミッションをこなしたことあるヒトみんななのかは知らない。少なくとも表世界ではうわさにも上ったことはない。

 心身に負担がかかるから。

 何かしらの制限がかかっている。

 理由ははかりかねる。

 でも、一つだけ理解できた。

 今のシェスさんはそれだけヤバい相手なんだということ。


「プルートゥの大鎌!

 なるほど貴様、そんなところに隠れていたのかぁ。」

 しゃがれた声。おおよそシェスさんに似合わぬだみ声でグフグフと笑う。

「シェスさん…」

 シータと一瞬目が合った。

 シェスさんがゆらりとこっちを見た。始めて視認したみたいにちょっと目を見開き、ニターリと口角を歪めた。

 そう。

 餌を発見した肉食獣を想像させた。


「シェスさん…」

「危ないから下がっててよ。」

 警告してくれたけど、身体が動かない。

「シィちゃん…」

「だからぁ、下がれって。」

 情けないことに俺は震えていた。それが恐怖だけでなく、ヴァンパイア種の魔力だと気づいたけど、時すでに遅し。麻痺と脱力感に襲われてガックリと膝を落とす。

「まずはそっちを喰らおうかね。」

 一歩また一歩近づいてくる。

「あー、もう!」

 大鎌が上段から振り下ろされた。三日月の刃が薄暗いランプの灯りを照り返す。景色が揺らぐ。空間ごと切断されたんじゃないかと、錯覚するほどの鋭さだった。


「マジか。」

 しかし、その刃はシェスさんの身体に届くことはなかった。

「手づかみってなしだろ。」

 シータが懸命に鎌を引っ張ってる。捕えられた刃先はピクリとも動かない。そのまま身体ごと勢いよくほおり投げられた。

 小さな呻き声と大きな破壊音。小さな身体が崩れた本棚と何百冊もの書籍に埋もれてた。

「シ、シィちゃん!」

 口は動く。でも、駆け寄ろうとした足は動かない。立ち上がるために必要な腕さえも動かない。

 代わりにシェスさんが俺のほうへと歩み寄ってきた。そして、ゆっくりとしゃがんで覗き込んできた。

「いいね、その表情。」

 お互いに歪んだ口元。

 向こうは残忍な笑み。

 俺は…

「恐怖は最高のご馳走だよ。」

 口が裂けたんじゃないかってくらいに口腔内が見えた。


「なんでこんなことするの?」

「ミアロートとプルートゥを滅ぼすために決まってるじゃないか。」

「じゃなくて、なんで滅ぼさなきゃならないの、ってこと。」

「滅ぼされなきゃならない存在だからに決まってるじゃないか。」

「あんたが?

 それともシェスさんが?」

「私が、だ。」

 俺は唇を噛みしめた。


 確信した。今のシェスさんは、シェスさんじゃない。シェスさんの中に潜んでいたナニモノか、だ。

「シェスさんの一人称は、あたし、だよ。」

 一瞬だけ戸惑いが見られる。

 でも、苦悶するほどではない頬の歪みを見せただけで、すぐに残忍な笑みってやつを取り戻す。


 ダメかも。

 ヒトは死を覚悟した瞬間、周囲がスローに映って普段認識できないようなものまで見えると言う、よね…


 で、見えた。

「シェスさん、虫歯。」

 ビクッ!

 俺の言葉にシェスさんの動きが停止する。

「マジか!」

 急に自分を取り戻す。一瞬間が空いて、慌てて口元を隠して後ずさった。

「今だ!」

 シータの大鎌が角度を変えてうなりを上げる。寸分たがわず、今度こそ白刃がシェスさんを捕えた。鋭利な切っ先は腹を貫き、床へと突き刺さる。

「ガグ…ガハッ…」

 大量の血が床を汚した。


 刹那、金縛りが解けた。尻もちついたまま距離をはかってから、なんとか立ち上がる。

 シィちゃんは…なんとかだいじょうぶそう。

 俺は腕組みしてシェスさんを見下ろした。がくがくと震えるひざを必死に押さえ込んだ。

 で、一言。

「ふっ、油断したな。」

「こ、こんな稚拙な罠にひっかかるとは…

 やるな、ミアロート…」

 シェスさんの皮を被ったナニモノかが悔しげに言った。

「稚拙な罠かい。」

 シータをチラ見。

 大きなため息。

 呆れともとれるし、安堵ともとれるような。


「なに?

 そのつまんない三文芝居。」

 そう言い捨てて、シータは地下書庫から屋敷に戻る階段へと歩き始めた。

「ちょ、ちょっとシェスさんは?

 いや、それに俺は?」

「とりあえず朝方また来るわ。

 シェスはそのまんま、どうせ一晩経てば自然治癒するわ。

 とうぜん治癒したらあんたが襲われるけど。」

 いつの間にやら大鎌が木箱に戻っていた。


 凶悪な真っ赤な瞳がシータを凝視していた。口から、腹から大量の血を流したまま。

「シェス、そこでしばらく反省してなさいな。

 ここは施錠しちゃうからね。」

 そのまま俺のことも閉じ込めそうな勢いだったから、慌てて彼女の後を追った。

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