隣人は笑う女2
そんな、大学生活でもっとも充実した時間を過ごすことが出来た僕は、昼休みが終わり公園に人がちらほらとしかいない状況に少し寂しさを感じたあと、昨日同様に魔法少女の探索に力を注ぐことにした。
昨日、アキちゃんに出会った場所である図書館に行けば、おそらくまた彼女に出会うことができるだろうしし、ナツミちゃんに至っては小学校のグラウンドに行けば野球をしている姿を見ることが出来ると思う。
しかし、問題はナツミちゃんと接触するには小学校の敷地内には入りにくいということだ、図書館ならまだしも小学校のグラウンドを覗き見ているとなると、さすがに危険すぎる。
やはりここは図書館にアキちゃんが現れるのを待つしか無いのかもしれない、おそらくナツミちゃんよりかはすこしばかり好感は持ってもらえていると思う・・・・・・あくまで個人的な意見だが。
それでも魔法少女かも知れない彼女たちを距離を縮めることで最終的には魔法少女と関係を持つことが出来るっていうのはなんともありがたいこと、魔界にいるライトたちには感謝しなければならない。
そう思いながら僕は小学校の授業が終わるであろう時間まで公園でしばし休憩することにした。
そして時は進んで時刻は3時、僕は図書館で机に突っ伏しながら時間をつぶしていた、特にすることもないし、活字をよむのはあんまり得意ではない僕はなんとなくボーっとしていると、小さな声で「あのぉ」とまるで僕に話しかけてくる様な声が聞こえてきた。
そしてこれまたなんとなく僕はその声がする方に顔をむけると、そこには昨日出会った魔法少女(仮)であるアキちゃんがいた。
そんな彼女の姿に僕は驚いてとっさに立ち上がると、アキちゃんは少し怯えた様子で僕を見上げた。
そんな様子を悟った僕はすぐに平静を取り戻して椅子に座り直した。
「あはは、えっと昨日の、アキちゃんだっけ?」
「・・・・・・はい、こんにちは」
あ、今「何で私の名前知ってるの?」みたいな顔した、意外と彼女は表情豊かでわかりやすい。
「今日も本を探しに来たの?」
「はい、ちなみにアキじゃなくて秋葉なんです、ちなみに苗字は茜です」
「茜 秋葉ちゃん?」
「・・・・・・はい」
なんとも言えない変な間に僕はとりあえず笑うことしか出来ず、秋葉ちゃんはそんな僕の顔を不思議そうな顔で見上げていた。
「それで、僕に何か用だった?」
「あっ、それはえっと、その、見かけたから・・・・・・じゃなくて、えっと」
「なに?」
「昨日のお礼をちゃんと言っていなかったのでっ」
秋葉ちゃんはそういって勢い良く頭を下げた。
「あぁ、気にしなくて良いよ、別に大したことはしてないし」
「いえ、私が落とした本なのにお兄さんに拾ってもらって、本当にありがとうございました」
普通に良い子だ、最初合った時はすごい警戒心が強そうなイメージだったけど、意外と社交性はあるのかな。
なんて、思いながらふと彼女の足元に視線を落とすと、秋葉ちゃんは何やら足をプルプルと震えさせながら今にも膝から崩れ落ちそうになっていた。
「だ、大丈夫?」
「え?」
アキちゃんはその場で不思議そうな顔をしていた、が、表情は明らかに緊迫した様子だった。
「足、すごい震えてるけど」
「え、えへへ、そんなこと無いですよぉ」
どうやらかなり頑張っていたようで、僕は今にも倒れそうな彼女を支えながら座らせた、椅子に座らせると、アキちゃんはなんだかがっかりとした様子で俯いている。
「大丈夫?」
「はい」
「もしかして人と話すの苦手?」
僕がそういうと 秋葉ちゃんの身体はビクンとはねた後、ぐったりとうなだれた。
「昨日からずっと謝らなきゃって思ってて、でも、いざ加藤さんの前に立つと緊張しちゃって」
「え、でも昨日ちゃんと謝ってくれたんじゃ・・・・・・」
「ちゃんと面と向かっては謝れてなかったので」
「そんな気にしなくても」
「いえ、謝罪というのはしっかり相手の前に立って相手の顔を見てするべきなんです・・・・・・って本に書いてあって」
「あはは、そっか」
ずいぶんと律儀な子だ、だったらこっちもその勇気ある謝罪にちゃんと答えなければならないのかもしれない、それで彼女はようやく自らが持つ罪の意識を取り払うことが出来るのかもしれない。
「そっか」
「・・・・・・はい」
「じゃあ許そう」
「え?」
「今回の件は、茜 秋葉が自らの罪を正直に話し、正しい謝罪を行ったため無罪とする」
「あ・・・・・・ありがとうございます」
そう言った瞬間、秋葉ちゃんはぽかんとした様子だったが、徐々に頬がゆるんできて、最後には僕の言葉に対して笑顔を見せてくれた。
「うん、だからもう気にしなくて良いから」
「はい・・・・・・それで、あの」
秋葉ちゃんは、そう言って突然伏し目がちに僕を見てきた、なんだろう、まだなにか僕に言いたいことでもあるんだろうか?
「何?」
「お兄さんはここによく来るんですか?」
「ん、まぁ最近はよく来るかな」
「本、好きなんですか?」
秋葉ちゃんは少し表情を明るくしてそう言った。
「まぁ、本を読むのはそれなりに好きかな、それにここって落ち着いて良い所だから」
「そうですか」
「うん、秋葉ちゃんもよく来るの?」
「はい、時間があればここにきます」
「いつもどんな本読んでるの?」
「小説をよく読みます」
「小説かぁ、僕もよく読むなぁ、唐揚げ棒が大好きな魔女の本とか、チョコレートが大好きなアンドロイドの女の子の話とか、まぁ基本的に女の子がよく出てくる話なんだけど」
「唐揚げ、チョコレート・・・・・・今度読んでみようかな?」
そんな僕の個人的な小説の趣味を語ると秋葉ちゃんはなんだかぶつぶつと小さな声でつぶやいていた。
「あれ、どうかした?」
「い、いえ・・・・・・本好きなんですね」
「まぁ、それなりに、でも、アキちゃんほどじゃないかな」
そう言ってたくさん抱えている本を指さすと彼女は恥ずかしそうに顔を俯けた。
そんな彼女ともう少し距離を縮めるためにも普段はめったにしない話題提供を彼女になげかけてみることにした。
「実は秋葉ちゃんに相談があるんだけど」
「何ですか?」
「探してる本があるんだけど、なかなか見つからなくてさ、秋葉ちゃんここによく来るみたいだから良かったら探すの手伝ってくれないかなと思って」
「本ならパソコンで簡単に見つけられますよ?」
「あー、パソコンとかそういうのには弱くて、携帯とかもスマフォっていうんじゃなくてパカパカ開くやつを使ってるくらいでさ・・・・・・」
「そうなんですか」
「うん、何なら手紙で連絡とりあう位が僕にはちょうどよいくらいでさ」
「わ、わかりますっ・・・・・・手紙良いですよね」
僕としてはあんまり人と連絡を取り合いたくないからそう言ったんだけど、アキはそんな手がっ身という言葉に敏感に反応した。
彼女としてはまるで本に出てくる昭和時代の文通なんかを思い浮かべているんだろうか?
「う、うん手紙良いよね」
「はい・・・・・・あの、もし、良かったら私がその本を探すのお手伝いしましょうか?」
「いいの?」
そんなまさかの返答に僕は思わず大声を上げると、秋葉ちゃんは身体を跳ね上げて驚いた、そしてそんな秋葉ちゃんは驚いた後急にむっとした顔になった。
「・・・・・・図書館ではお静かにお願いします」
うわー、なんだろう小学生に叱られるって何でこんなにむず痒いんだろう?
そんなお茶目にもしーっという仕草を見せた秋葉ちゃんは椅子から立ち上がり、本を探しに付き合ってくれた。
小学生の秋葉ちゃんと図書館めぐりをする僕はまるで父親にでも鳴った気分で彼女の後を付いて歩いた。
今までは図書館なんてめったに入らなかったし、むしろこの静すぎるところとか閉鎖された感じが物凄く居心地悪かったけど、今はなんというか、本当に幸せだ。
そして僕の前をちょこちょこと可愛らしく歩く秋葉ちゃんは、僕のお目当ての本が置いてある場所まで案内する道中、彼女自身が読んでいた本をがおいてあった場所や、好きな本の題名など、さっきまでとは違い、随分と饒舌な様子で僕の前を歩いていた。
そんな秋葉ちゃんはしばらく歩いた所で急に立ち止まった。
「多分、この辺りに・・・・・・あっ、あの一番上の所にありますよ」
「え、どこ?」
「あ、今取りますね」
そう言うと秋葉ちゃんは遥か上段の棚に必死に手を伸ばしながら背伸びをしている、その姿がなんともほほえましいというか、僕なんかのためにこんなにも必至になってくれることが素晴らしい、と思いながら僕は本当にあった「地球戦争」という本を取ると、秋葉ちゃんは「あっ」と声を上げた後、なんだかもじもじとしていた。
「ありがとう、本当にみつかるなんて思わなかった」
「い、いえ、私、本のことなら結構詳しいので」
本当、適当に言った本を見つけるなんて・・・・・・
「へー、じゃあこのへんにある本とかも結構知ってるの?」
「はい」
秋葉ちゃんは、なにやら ポケットから何か棒のようなものを取り出したかと思えばそれを目一杯引き伸ばした。
なるほど、指差し棒ね・・・・・・
先端には何やら星のようなものがついていて、本当に魔法使いのように見える彼女は心なしか楽しそうにチョコチョコと歩きまわり、本の紹介をしている。
そんなほほえましい姿に僕は思わず「そうやってると秋葉ちゃんは、まるで魔法使いみたいだ」と言うと彼女は突然立ち止まり、持っていた本を落とした。
そんな秋葉ちゃんが落とした本を僕はすぐに拾い上げて彼女の顔を見るとどこか気の抜けた様子の彼女。
僕は彼女の目の前で手を振って意識があるかどうか確かめると、急に目を覚ましたかのように身体をはねあげて、辺りをきょろきょろと見回した。
「大丈夫?」
「あ、はい」
「はい、本、落ちたよ」
やはりどこかおちつかない様子の秋葉ちゃんは先ほどの楽しそうな笑顔とは裏腹にまるで何かに怯えたような焦燥感あふれる顔をしていた。
「あ、ありがとうございます」
「大丈夫、どこか体調悪い?」
「い、いえ・・・・・・あの、今日は失礼します」
「え、ちょっと秋葉ちゃん」
秋葉ちゃんそう言うといそいそと僕のもとから逃げるように去って行ってしまった。
あの反応、僕も意識してあんな言ったわけじゃないけど、無意識のうちに口から出た「魔法使い」という言葉、この言葉に異常なまでの反応を見せた秋葉ちゃん。
間違いない、彼女はきっと魔法少女だ、僕が魔法使いと口にしただけであんな反応をするのはどうにも異常としか思えない。
そう思った僕はやはり秋葉ちゃんとの関係を保ちつつ魔法少女四人との友好関係MAXを目指しながら、さらなる精進に励むことを心に思った。
そう心に決めた僕は、この勢いに乗ってその後も大学近辺で小学生がいそうな場所探しつつ、もう一度秋葉ちゃんに出会えないものかとぶらつくも、ひとりとして魔法少女達は僕の前に現れてはくれなかった。
そんな当たり前の収穫なしの一日に終わった僕は帰り道、自分の夕飯とチクマへのちくわを買うためにコンビニで買い物をしていると、笑う女とばったりであってしまった。
「「あっ」」
二人揃って同じ言葉を発した。
僕は顔を歪ませ、笑う女はやはり笑顔で僕をみていた、なんでこうも彼女との出会う確率が高いんだろうか?
っていうか、笑顔は人に好印象を与えると言うけど、こうも常に笑顔でいられると、もはや無表情の人間と対して変わらないように思えてくる。
「や、やぁ」
「こんばんは加藤さん」
「こんばんはぁ」
「お買い物ですか?」
「うん、晩飯を買いにね」
「コンビニでですか?」
「そうだけど、君は何を買うの?」
「私はお菓子を買いに来たんです、コンビニのお菓子は良いですね、色んな種類があって、特にチョコレートの品揃えは郡を抜いていますよね」
チョコレートという物に対して非常に関心がある喋り方をする笑う女、チョコレートがそんなに好きなんだろうか?
「まぁ、確かにコンビニのチョコはやたらと品揃えが良いように思えるけど」
「はいっ・・・・・・ところで加藤さん、コンビニのご飯は美味しいですか?」
「おいしいって、そりゃ何と比べるかによるけど、普通に美味しいんじゃない?」
「じゃあ、私が今日渡したおかずとどちらが美味しいですか?」
「え・・・・・・」
そう言った彼女からは妙に威圧感を感じるというか、思わず後ろ足を踏みたくなった。
しまったな、こんな話題に持っていくべきじゃなかった。
「どっちですか?」
「そ、それは、今日もらったやつのほうが美味しいに決まってるでしょー」
そういうと、笑う女は口をぽかんと開けて驚いた表情をしてみせた、珍しい、こんな顔も一応は出来るみたいだ。
「で、でしたら今晩のおかずも良かったら食べますか?」
「どうしてそうなる?」
「私、これから晩御飯作るんです、一緒にどうですか?」
平然と最近知り合ったばかりの男にこんなことを言う彼女、もしかすると彼女は僕を何かの罠にはめようとする闇組織の女スパイ・・・・・・
なんてことを考えながら笑う女を見つめると、どうにも彼女は笑ったまま首をかしげ僕の返答を待っていた。
「ありがたいんだけど、僕らまだ知り合って・・・・・・」
「今日の夕飯はタコと大根の煮物、そして鰆の西京焼きです」
「い、言っても良いんですか?」
「はいっ」
そんな大好物をつらつらと述べられれば僕の欲望は歯止めが効かなくなるというもの、僕はチクマのためのちくわと飲み物を購入した後、笑う女とともにアパートへと帰宅した。
笑う女から晩御飯ができれば呼びに行きますね、と声をかけられた僕はひとまず自宅の戻ることにした。
玄関の鍵をあけて、部屋にはいると、すぐにチクマがピョンピョンと僕のもとに飛び跳ねてきた。そんなチクマに癒やされ、軽くじゃれあった後、僕は畳の上に寝転がった。
あぁ、早くご飯出来ないかなぁ、そんなまるで母親が料理を作り終えるのを待つ子どものような懐かしい気分を味わいながら笑う女のことを考えていた。
よく考えれば、笑う女はスタイルは良いし、顔だって可愛い、普通に考えればめちゃくちゃ喜ぶべき状況なんだろうけど、そんな彼女が僕なんかにこんなにもアプローチをかけてくる理由がわからない。
確かに変わってないねとか、相変わらず、とか言って僕の事を知っているような事をこちにしていたが、それが本当に僕なのかはわからない、そっくりさんだっていう場合もあるし、何より僕自身彼女の事を知らない。
そういう意味ではこれから晩御飯でも頂いて彼女の僕への接し方に対する真相を聞いてみても面白いかもしれない。
それで、僕はただの人違いだとわかったらもうこれからは相手にされなくなるかも、いや、それはそれで悲しい気分ではあるが、今のこの微妙な運命感と勘違い感が僕の頭のなかで渦巻いているのをどうにかしたい。
それに僕には魔法少女たちがいるから何も寂しくない、彼女たちを見守って生活することができればそれだけでもう十分だ。
そんな事を考えながらまだ晩御飯には早いと思いしばしの間仮眠でも取ろうと思って僕は瞼を閉じた。
再び目を覚ました時、僕の腹の上ではチクマが僕の呼吸に合わせるようにして膨らんだり縮んだりしていた。
そんなチクマをそーっと持ち上げ、どこか安全な場所に移そうとした時、突然部屋の中にインターフォンの音が鳴り響いた。
注いてそんな音にチクマは驚き飛び上がると、真っ先に僕めがけて飛び込んできた。
随分とビビリな悪魔だと思いながらもチクマをなだめていると、玄関から少し大きめの声で僕の名前を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。
おそらく笑う女だ、何も僕の苗字を読んでまで急かすことはないだろう。
僕はチクマをなだめた後、すぐに玄関をあけると、笑う女がエプロン姿で立っていた。
「加藤さん、ご飯出来ましたよ」
「う、うんありがとう」
そう言って僕は隣の部屋に住んでいる笑う女の部屋に招待されることになった。
改めて考えると、普段の僕からは想像できないような行動をしていることに戸惑いつつも、かすかに香る美味しそうな匂いに釣られるがまま僕は笑う女の部屋に入った。
中に入ると特に家具がおかれている様子は無く、ダンボールが部屋の隅っこにたくさん置かれていた。
「ダンボール」
「あ、すみませんお見苦しい所を見せてしまって」
「いや、そういや引っ越してきたばっかりだもんね」
「はい・・・・・・あ、それよりご飯できてますんで、座って下さい」
「でも、よくあったばかりの男を家にいれようって思えたな・・・・・・まぁ、お世話になる僕も僕だけど」
「それは、ここで年の近い人は加藤さんしかいなかったので」
そう言った笑う女は笑うことを止め少しだけ真顔を見せた、やっぱり、笑顔の彼女も可愛いが、真顔になると今度は美人といった風に見える、何なら、真顔でいてくれても良いのに。
「確かに一回は管理人さんしか住んでないし、2階は君と僕、そして氷川さん位だからね」
「はい、氷川さん所に挨拶しに言ったり、おかずを持っていったんですけど、あっさり断られちゃいましたし」
「そうなんだ、あの人結構良い人だと思うんだけど」
「そ、そうなんですか?」
「うん、よく実家から送られてきたものをおすそ分けすると、ペコペコと頭下げながら受け取ってくれるよ・・・・・・でも、まだここにきたばかりだから警戒してるだけかも」
「警戒ですか?」
「うん、僕も警戒したでしょ、他の所あたってくださいって言ってさ・・・・・・あぁ、煮物上手いね」
「そう言えばそうでしたね・・・・・・あ、ちゃんと野菜も食べてくださいね、小皿にとっておきましたから」
「あ、ありがとう」
「・・・・・・」
「・・・・・・どうかしましたか?」
「いや、よくよく考えたら昨日今日知り合ったばかりの人にご飯をごちそうになるっていうのがかなりおかしい状況だなって思って」
「気にしなくて良いんですよ、私誰かと食べるの大好きなんです、多少ご飯がまずくても誰かと食べてるほうが断然美味しいですから」
確かに、一人飯ほどくそまずいものは ない、そこには 同感する、しかし、人を選ぶということも誰かと食事する上ではたいせつなことだ、例えば僕みたいな見ず知らずの男をいきなり部屋にあげて一緒に飯をくったところで 、相当心を許していないと飯を上手くは食べられないはず。
しかし、この笑う女はそれをへいぜんとやってのけて、しかも上手いと言わんばかりの表情をしている、いや実際には彼女の真顔は笑顔だから本心は分からないが・・・・・・
とにかく、このモヤモヤとした気持ちが僕の中からいち早く拭い去りたい。
「あのさ」
「はい?」
「もしかして、前に君とあったことあったっけ?」
しばしの沈黙が流れた後、笑う女はゆっくりと箸を置いて、食事を中断させた。
「どうしてそう思うんですか?」
「いや、なんとなく」
「・・・・・・」
そんな少し気まずい空間ながらも机に出された料理をひたすら口に運び位に流し込む作業を止めることの出来ない僕は、やはり笑う女の真意が見て取れずにいた。
そんなとき、突如として部屋に鳴り響いたインターフォンの音が僕達の気まずい空気を切り裂かれた。
笑う女は「チョット出てきますね」と言って小走りで玄関の方へと、向かっていった。
誰だろうと思っていると、どうにも 聞き覚えのある声が聞こえてきた僕は思わず背筋が凍りつくような悪寒に襲われた。
そして、その予感が的中したのか、部屋の中で大きな声が響き渡った。
「あれー、加藤なにしてんだこんな所で」
「こ、こんばんは管理人さん」
そういったのはこのアパートの管理人である唐草 涼子さん28歳、彼氏募集中の独身女性だ。長い髪の毛をオールアップにしてポニーテールを作っている端正な顔立ちをした綺麗な女性、しかし、そんな管理人さんはいつも管理人としての仕事を放棄してあらゆる国へ旅行しに行く趣味を持ったとんだ風来人だ。
何でもおばあちゃんから受け継いだアパートだとかでとても大事にしているのかとおもいきや、僕がここに入ることになった時、このアパートは見るも無残な状態で、雑草は生えてるわ、いろんな設備がボロボロになっているわで大変だった。
そんな状況でも管理人さんはまるで感知せずひたすら旅行や遊びを繰り返す毎日、僕はそんなぼろアパートに住んでいる間、暇な時はこのアパートを修復する作業に没頭した。
そしてそのなれのはてが 今の小奇麗なアパートというわけだ、何なら僕がこのアパートの管理人だと名乗ってよ言うくらい、むしろ管理人さんは僕にアパーtの権利を譲って欲しいくらいだ。
そんな管理人さんは僕の音をまるで不審者でも見るような目つきで見つめてくる。
「加藤、まさか胡麻に手をつけようってんじゃないだろうな?」
「胡麻・・・・・・あぁ、管理人さんって胡麻が好きでしたっけ?」
机の上に置かれているほうれん草のおひたしに乗っている胡麻を指さしながら言うと、頭を叩かれた。
「いてっ」
「その胡麻じゃない」
「じゃあ、何なんですか?」
「は、知らないのにこの家で飯食ってんの?」
「知らない?一体何の事ですか」
「本当お前は・・・・・・大体、胡麻も胡麻だ、こんな見ず知らずの男をつれこむなんてどうかしてる、こいつじゃなかったら今頃何されてたかわかったもんじゃないぞ?」
ごま、ゴマ、胡麻・・・・・・・はて、一体なんのことを話しているんだろう、そう思っていると、管理人さんに次いでやってきた笑う女がリビングに戻ってきた。
「すみません、私がお誘いしたら快く承諾していただたもので」
「それなら、自己紹介くらいしろ」
「そうでした・・・・・・えっと加藤さん」
笑う女は律儀にも僕の前でゆっくりとお辞儀をした。
「あ、はい」
「自己紹介が遅れてしまって申し訳ありませんでした、私、白河 胡麻と申します、これからよろしくお願いします」
「しらかわ、ごま?」
「そうだ加藤、この子は胡麻っていうんだ、可愛い名前してるだろ、私もこんな名前が良かった」
「いいじゃないです管理人さん、涼子って呼びやすくて良い名前だと思うんですけど」
「な、名前で呼ぶな、恥ずかしいっ」
そう言うと管理人さんは僕の方を叩いた。
「胡麻って呼んで下さい、あ、まを上げるんじゃなくてごを上げるんですよ」
「あ、あぁ・・・・・・胡麻」
そんな突如としてあらわれた管理人さんを加えて、僕たちは三人で食事をすることになった。
それにしても「白河 胡麻」なんてめったにお目にかかれないような名前、確かに個性的な彼女にとってはピッタリの名前なのかも知れないし、笑っている顔がアザラシに見えなくもないから胡麻っていう名前は意外とハマっているのかもしれない。
しかし、そんな目立つ名前を聞いた所で僕がピンと来ないということは、やっぱり僕は彼女のことについて何も知らないということになるのかもしれない、そうなると、どうして彼女が僕のことを知った風な事を言うのかが気になる。
いっその事、幼なじみの胡麻ちゃんだよ、ぐらいのことをうちあけてくれるほうがすっきりするというのに・・・・・・
そんな事を思いながら二杯目となるご飯をお代わりしていると、胡麻はニコニコと僕の茶碗を受け取ってくれた。
そんなまるで幼き日のことを思い出すような状況に少し懐かしみながらご飯が来るのをお待っていると、管理人さんが急に話しかけてきた。
「しかし、加藤お前大学には行ってるのか?」
「い、行ってますよ、ちゃんと復学したんですから」
「そうか・・・・・・ならいいんだが、どうにもお前は心配だ」
結構的確でいたい所をついてくる管理人さんに僕はせっかくの美味しいご飯が少しだけまずく感じた。
「何でですか?」
「お前の部屋をみたら誰しも心配するだろう、あれは確実に犯罪者の部屋だ」
「また勝手に入ったんですか?」
「管理人は部屋を管理するのが仕事だからな」
「こういう時だけ管理人面して・・・・・・そんな管理人ぶっ壊れてしまえば良いのに」
「それそれ、その壊れろっていうのやめたほうが良いよ、そしたらあんたもマシな人間になれる」
僕は胡麻から茶碗を受け取り、管理人さんを横目に再びご飯をかき込んだ。
しかし、管理人さんはここでご飯を食ってるけど、胡麻とはもうそんなに仲が良いのだろうか?
「ところで 管理人さんは胡麻、と仲良いんですか?」
「ん?」
「いや、こんないきなりおじゃましてご飯を一緒に食べたり、親しそうに話したり、もしかして彼女、管理人さんの姪っ子だったりするんですか?」
「違う」
「え、じゃあ妹だったり」
「他人だよ」
じゃあ、何でこんなに仲よさげなんだよ、と思ってると胡麻がクスクスと笑いながら僕達の様子を見ていた。
「仲が良いんですね、お二人は」
「「良くない」」
と、僕と管理人さんは声を揃えてそう言い、顔を見合わせたあと、まるで咬み合わない僕と管理人さんは互いに顔をそむけた。
そんな僕達の様子をみて相変わらず笑っている胡麻は、少し静かになった空間を打ち破るように管理人さんとこうして食事するキッカケになった話をしてくれた。
どうにも胡麻はここに引っ越してくる際にいろいろと世話になったらしく、その時に二人は仲良くなったらしい、更に言えば、管理人さんが全く仕事を出来ないため、胡麻のようなしっかり者を随分気に入った管理人さんは度々胡麻と仲良くしていたらしい。
僕は尾の話を聞いて「それならそうと、早く言ってくれればいいものをめんどくさい人ですね」と、隣で僕同様ご飯にがっついていた管理人さんは突然涙目になりながら食べるのを止めた。
「そ、そうだよ、私はめんどくさい女だよ」
「え?」
「どうせ、めんどくさい女だよ、見た目の割に甘えん坊だし、男の人に尽くしまくるし、それが悪い方向に行ってしまって結局捨てられるし、無理矢理にでも行こうと思ってがっついたら警察呼ばれそうになるし」
これにはさすがの胡麻も苦笑い、僕も同様に苦笑いしつつ、地雷を躊躇なく踏んづけてしまったことを管理人さんに謝ってなだめようとするも、管理人さんの目から涙が収まることはなかった。
すっかり空っぽになった食器と料理をごちそうしてくれた胡麻に感謝の意を込めて合唱すると、胡麻は「はい」とても満足気に返事をしてくれた。
「本当久しぶりにこんなうまいご飯を食べたよ、ありがとう」
「いえ、また来てくださいね」
「え?」
そんな胡麻からのお誘いに思わず聞き返してしまうと、彼女は手で口元を覆い隠した。
「あの、嫌でしたか?」
「いや、嫌とかじゃなくて迷惑だろ・・・・・・」
「いいえ、そんなことありません、また来てくださいね」
隣ではたかがビール一杯で酔いつぶれそうになっている管理人さんが甘ったるい声で「行くいくー」なんて言いながら机に突っ伏していた。
「ごめん、ちゃんとこの人連れて帰るから」
「は、はい」
ズルズルと管理人さんを引きずりながら玄関を出て胡麻が見送ってくれたあと、僕は白河と書かれた表札をじっと見つめた。
こんな珍しい名前と個性のある人間、もし知っているなら忘れるはずがない、だとするとやっぱり僕は彼女に誰かと勘違いされていてこんなにもめんどうを 見てくれているということになるんだろうか?
いや、そうでも思わないと僕の記憶に白河胡麻なんて人間はいないわけだから。
そんな事を思いながら図体のでかい管理人さんを何とかおぶって管理人室まで運び、適当に床に転がすと、その衝撃で彼女が目を覚ました。
「あ、加藤お前今から晩酌付き合えよー」
「無理です」
晩酌するのは勝手だがビール一杯で酔っ払う人に付き合うもなにもないだろう、むしろそんなのに付き合うものならば晩酌というよりただの介護になってしまう
。
「うーん、じゃあ、私と付き合うか?」
「遠慮しておきます」
「なんだよ、みんなして私をめんどくさそうに相手しちゃって、いいよ、氷川ちゃんとこ行くからっ」
「あ、氷川さんも忙しいんですからあんまり迷惑かけないほうが」
「知らないっ」
そういうと、管理人さんはふらふらとした足取りで部屋を飛び出して行ってしまった。せっかくここまで運んだのに・・・・・・とそんな届かぬ思いを心に秘めたまま僕も自室へと戻ることにした。