コイネーと古代日本語
パソが止まる。
デルタサーチも直ってないし。なんかパソ止まる。ネットカフェに行ったら、そこのパソもおかしくなってて、フリーズ。再起動。それまでの作業がまっしろ。
ちょっと逃避中。しても良いよね、逃避……。
***
ゲームの「アルトネリコ」、音楽がわりと好きなので(ゲームはやってない)、ユーチューブでオープニングアニメの動画とか、見ていました。
この世界では独特のヒュムノス語というのがあって、それで歌が作られたりしていますが。オープニングでもヒュムノス語の歌が出てきます。
聞いているだけでは意味不明なんですが、発音を表記して、日本語訳をして、アップしてくれている人がいました。
見ました。
「ああ、……うーん、これ、……、なるほど」
文字で見て、なんとなくわかった。英語とラテン語とフランス語か、これは?
それを全部ぐしゃっとまとめて、たらっと流したみたいな? 言葉になってる。
部分的にラテン語と、……たぶん、縄文時代の。日本語の発音の感覚が出てくるけど。基本部分は英語がくずれましたみたいな感じ。
で、文字を追いながら意味を見ていたら。
「ああ、……う~~~~~ん……。これは……にゃるほど」
さっきと似たようなこと言ってますが。
万葉集と古事記?
なんか、そんなイメージが。ええっと。この世界って、
万葉集と古事記の世界を、ラテン語で表現して、それを現代人の感覚でSFちっくに再現してみたら、こうなりました。
……みたいな感じ???
すごいね、異文化コミュニケーション。
いや、まあ。トランスレーション(翻訳)はむずかしいですよ。文化が違うという意識が常にないと、まちがえると言うか。
ちょっとね、ギリシャ語で悩んでて。そんな古いギリシャ語じゃなく、新約聖書の時代のギリシャ語なんで、比較的やさしいはずなんですが。
「なんでここで、ホティじゃなく、ホースが出てくるんだよう……」
たぶん、慣用句。慣用句的に使われている。でもなあ。
ホティ、ホースというのは、英語で言うなら、thatにあたる言葉なんですが。ニュアンスがちょっと違うらしいのですよ。
ホティの場合は、普通。でもホースを使うと、しゃべっている人間は、そのことに対して、同意していない、とか。認めていない、みたいなニュアンスが入る。
あ、ちなみに、言葉というのは古代にさかのぼるほど、文法が難しくなります。
その時代、その場所で使いやすいように変化してゆくので、現代の言葉は、かなり簡略化されて今の形になっています。
英語などは、どんどん簡略化されました。
英語、フランス語、ドイツ語が、もともとは同じ言語だった、というのは、歴史で習ったことがある人もいるのではないでしょうか。今はかなり違う言葉になっていますが。
その中で、古い言葉の形跡が良く残っているのは、ドイツ語ですかね……。
ドイツ人、頑固な人? 多いから。あんまり変えたくなかったみたい。文法とか見たら、古代ではこんな感じだったのかなあ、みたいのが、なんとなく推測できます。
なお、日本語の場合、古代の言葉の発音が比較的良く残っているのが沖縄の方言。
古代の言葉の文法が比較的良く残っているのが、東北地方の方言です。
人の行き来が活発な地域や、商業が盛んだった地域、争いが多発していた地域などは、長ったらしくしゃべっていると、商売できなかったり、命に関わるので、どんどん言葉が短くなり、文法が変わりました。
発音とか、今とかなり違うし、日本語でも。
古代の日本語の発音は、さしすせそ、はひふへほ、の音は濁っていました。
スズメはジュジュメ。鳴き声を聞いていると、なるほどと思えます。じゅんじゅん、じゅわじゅわ、鳴いてるし。
はひふへほは、ぱぴぷぺぽ(pa pi pu pe po)とか、ばびぶべぼ(ba bi bu be bo)でした。
つまり、ヒミコ(Himiko)は、ピミコ(Pimiko)だった。なんか別人のようです。
あ、でも、ぴっかー! という感じは出ている。もともとは、日御子か日巫女の意味だったんだろうし。そしたらお日さまでぴっかー! ……ピカチュウかい。
そして古代日本語では、「母(haha)」は、「ぱぱ(papa)」、もしくは「ばば(baba)」でした。なんてこった。ママはパパだった。
実は世界中で共通しているのですが、母親を意味する言葉は、M、P、B、Dなどの音のくりかえし、もしくは組み合わせです。
どうしてかと言うと、赤ん坊が口から出す音が、「まー」とか「だー」とか「ばー」とかだからです。
口を動かして、音を出す。その音で、「ごはんがほしい」とか、「おかあさん」とか呼んだりするわけです。
その場合、「まーまー」とか、「だーだー」とか、「ばーばー」とかいうのが、言いやすい。
そういうわけで、お母さんを意味する言葉、ごはんを意味する言葉が、「まんま」とか「まー」とかになっていった。世界の言語を見てみたら、だいたい、どこの国でも、お母さんを意味する言葉は、ママ、とかマー、とかバーとか。
でも日本語だけ、「はは(haha)」。赤ん坊にはものすごく言いにくい発音。
なんでやねん。で調べてみたら、平安時代ぐらいに、それまでぱぴぷぺぽとか、ばびぶべぼと発音していたハ行の言葉が、はひふへほに変わっていってる。手紙文化の発達で。
で、「ぱぱ」が「はは」になったらしい。
……うん。雑学。どうでも良いことをぐだぐだ書いてます。いやまあ。このギリシャ語も、別に訳さんでも良いんですがね。でも気になるって言うか。なんでわたしこんなことやってんだよもう。
マタイ福音書の五章四十八節。
伝統的な訳では、こうなります。
「だから、あなたがたの天の父が完全であるように、あなたがたも完全なものになりなさい」(確か新共同訳がこうだった。調べてませんすみません)
原文のギリシャ語を見たら、命令形じゃなく未来形。でも古代ギリシャ語、未来形で言う場合、必ずそうなるという意味で使う。
そして、……ホースが。あなたがたの父、に、かかっていて。天の、が、形容詞なんだけど主語扱いにもなってる。完全、も主語扱いになってる。で、……エスティン(英語のbe動詞にあたる言葉)。これ、強いよな、意味。
「あなたがたが父と呼ぶ天のお方は、完全なお方は、実在する。だから、あなたがたは、完全的なものに、なりつつあり、なるのです……???」
現代語に訳すと、「神は生きている。あなたがたは、自分たちの父、自分たちの神と言うが、神の方がわたしたちを所有している。
そして、神とは、完全なものであり、全ての源である。だから、わたしたちは、この世において、神(完全)のものとなりつつある。そのように心がけなさい」
でしょうか。
これ、説教台の上からの発言だったら、かなり強い口調での言葉だろうな、と思った。
と、いうわけで。とりとめなく雑学。ちょっと逃避していました。レポートにもどります。
2013年 07月06日 活動報告より