表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
活動報告を花束にして。  作者: ゆずはらしの
日常的なあれこれ
24/41

誰がと何が


教会の中高科でいま、マタイ福音書の、山上の説教のところを読んでいる。二月半ばまで、これをやっています。


右の頬を打たれたら、左の頬を、とか、幸いである、天国は彼らのものである、とか、格言にもなった、有名な言葉が出てくる辺り。


それに関連して、いじめの話をしました。起きるきっかけ、いじめをする人が、なぜやめられないのか、…構造のような? ものを。


こういう話は、中学、高校ぐらいになったら、人ごとではなくなってくる。自分がされなくても、知り合いや、知り合いの兄弟や姉妹がされたとか、相談されたとか、そういうのが出てくる。


教会に通う子供というのは、日本ではどうしても少数派になります。それだけの理由でいじめられる子もいるし、下手をすれば、社会人でもそれを理由にクビになったりする。さすがに、あからさまに、クリスチャンだからクビとは言わないけどね……。


私が知っているだけでも、クリスチャンが嫌いな担任に、何かとあげつらわれたり、ささいなことで立たされたりと、集中攻撃を受け続けた高校生がいます。クリスチャンだと知った途端、上司から、態度が悪いとか協調性がないとか言われ、クビになりかけた人もいます。


高校生の男の子は、あまりにあからさまだった為、クラスメートが抗議に行きました(良い友達持ったな…ホロリ)。


クビになりかけた人は、なんだか空気が変だと不安になり、親しくしていた別の上役の人に相談して。そちらから注意が行って、なんとかなったらしい。


しかし、怖いのは。その話を聞いた人が、


「被害者が悪い」


と言い出すことがあるところ。です。


信頼したい先生から、あざけられ、攻撃を受け続けた高校生や、真面目に働いていただけなのに、突然叱責を受け噂の的にされた人に、


もう既に十分傷ついている人に、「キリスト教なんか信じるから馬鹿なんだ」とか、「教会なんか行くからダメなんだ」とか言った挙げ句、「あんたが悪いんでしょ」「自業自得」と言う人が、必ずいる。


さらなるいじめが起きる。


そういう発言が出てくる土壌は何なのか。


「違ったところがあったから、被害者が悪い」と言っているわけですが。これは違う。


この二人は、ごく普通に学校に通い、ごく普通に仕事をしていました。


高校生は、多少、やんちゃはしたかもしれない。でも十五ぐらいの男の子なら、まあやるだろうな、という程度。寝坊して遅刻したり、友達と騒いでいて、授業開始の合図に気がつかなかったり、授業中、つい隣としゃべってしまったり。


もう一人の方は、真面目も真面目。日曜日こそ出勤ができなかったが、その分、他の日は決して休まなかったし、同僚の都合が悪い時には、積極的に仕事を代わりに引き受けていた。


それが突然、攻撃を受ける。それも、担任や、仕事の上司という、逆らいづらい、権力を持っている相手に。


パワハラ(パワー・ハラスメント)じゃん。と聞いた時に思った。


キリスト教とか教会がとか言ってるけど、それ、あんまり関係ない。単にきっかけになっただけで。起きていた出来事に関しては、


あいつ、気に入らない。で、立場を利用して、弱い立場の相手に嫌がらせをする、


パワハラ=いじめです。



これね。やっていた本人は、たいてい、「自覚がない」です。セクハラもそうなんですが。


ちょっと強く、なんか言ったかもしれないけど、とか、たいしたことないのに騒ぎやがって、ぐらいの感覚。


理由が単に、「気に入らない」という感情的なものだけなので、した側には、自覚がなかったりする。無意識にやってるんです。嫌がらせを。


意識してないから、何回も繰り返す。


やられた方は、たまったものじゃないんだけど。


そういう訳もあり、問題が発覚した場合も。一応、形だけは謝ったりしますが、後であれこれ愚痴をこぼしたりしますね……たいしたことないのに、騒がれた〜みたいに。自覚してないから。


で、被害者を直接知らない人とかが、え〜、かわいそう、みたいに言い出したり。被害者が悪い発言をしたりする。


あるいは、いじめに気づいていたが、見て見ぬふりをしていた人が、罪悪感から目をそらす為に言ってたり。(良くある。)


でも、パワハラをした人が、悪いことをした、という事実にかわりはない。


被害者が悪いから、いじめが正しいということには決してならない。


便乗して噂を流す真似をしたなら、やった人も悪いことをやったことになる。いじめに荷担したことになります。


……ちょっと脇道それた。戻ります。



***



話をしたのは中学生で、ここまで突っ込んだことは言わなかったのだが、


「誰が」正しいと、「何が」正しいは違う、と話した。


聖書の、「右の頬を打たれたら、左の頬をも差し出しなさい」のあの有名な箇所。


あれは、悪いことされても黙ってガマン。という意味ではない。誤解されやすいが。


二千年前のパレスチナで、右手の甲で、相手の右の頬を叩くのは、



「おまえ、バーカバーカ」


みたいな侮辱の意味があった。


された方は怒る。取っ組み合いのケンカになるのは当たり前。下手すりゃ怒涛の流血沙汰。


だいたい、こういうことする人は、頭に血が登っている。された方もかーっとなる。


で。


キリストが言ったのは、その辺りを踏まえた上でのユーモア混じりの発言。


「右の頬を打たれたら(おまえ、バーカバーカみたいに言われたら)、左の頬を向けてやりなさい(へっ、こっちを打つんなら、おまえがバーカになっちゃうぞと笑ってやんなさいよ)」



右手の甲で左の頬を打ったら、侮辱にならんのです。


それでも無理に右の頬を打とうとしたら、腕を変な風に曲げないとできません。


で、頭に血が登っている人というのは、そんなこと考えない。腕をねじって無理に当てようとするのは、ある程度、冷静な人がやることです。


戸惑います。


勢いがそこで、止まります。クールダウンのきっかけになります。


そうしたら、二人で解決策を考えなさいね。とキリストは言ってる訳です。


この箇所の直前に、「悪人に手向かうな」というのがありますが、これ、ちょっと日本語訳に問題ある。これは「悪さする人にからまれても、まともに相手するな」ぐらいの意味。「悪に悪で返すな」という。つまり、この辺りは、伝統的な日本語では、



「罪を憎んで人を憎まず」


です。


これに近いこと言ってます。


「悪さされたからって、悪さで返すな。泥沼になるよ? べつに、怒っても良いよ。でも、相手に怒りをぶつけるんじゃなく、同じことがまた起こらないように、解決策を考える方向でね」



当時の法律では、目には目を。が普通でした。かなり画期的です。


で、何が言いたいかと言うと。



いじめの構造は、「誰が」正しいと言い合うことで始まり、続く。



ということです。


「あいつが悪い」「私は悪くない」「〇〇さんが言ったから」「だって、みんなやってるし」


これ、全部、「誰が」正しいかを言う言葉です。


「あいつが悪い(私は正しい)」「私は悪くない(私は正しい)」「〇〇さんが言ったから(だから私は悪くない、私は正しい)」「だって、みんなやってるし(だから私は悪くない、私は正しい)」



自分が正しい側にいる。それだけを証明するために、言い続けます。場合によっては、さらにいじめを続けます。


でも、これ言っている人は、実は何も考えていません。


言ってさえいれば、「正しい」側にいられると思っているからです。手段と目的が一緒になっちゃってるので、何か考える余地もない。ただひたすら、言い続けさえすれば、平和なのです。


だから、「では、いじめをなくすにはどうしたら良いの?」「どうしたら、誰にとっても良い結果になりますか?」と問われると、黙ってしまいます。言い続けさえすれば「正しい」だったので、なに言ってんの? 状態。さらに問い掛けても、「誰かを責めたら良いじゃん」としか出て来ないのです。


これでは、標的が変わるだけで、いじめはなくなりません。


***



「何が」正しいか。「何をするのが」正しいか。


これを真面目に考えるのは、かなり大変です。


「誰が」正しいかは、責任を誰かに丸投げして、標的を責めていれば良い。楽です。


しかし、「何が」正しいか。「何をするのが」正しいか。では。


何があったのか、原因を調べ、事実を把握し、


自分自身の無意識に持っている偏見や怒りを見つめ、


怒りによるのではなく、忍耐を持って、お互いに、歩み寄る努力をする。



ことが。行われるからです。と言うか、……これ本来、当たり前のこととちゃうの。見知らぬ者同士で人間関係作るのに。


まあ、重要なことはシンプルなものです。


で、シンプルなことは実行が難しい。人間ってなあ……。


とりあえず。


何かあった時には、考えてみてください。


「誰が」正しい、「誰が」悪い、では、そこで頭が止まります。それしかないから。


「何が」正しいの?


「何をするのが」誰にとっても、良い結果になるの?


そのためには、「どうしたら」?


「私は何を」したら良い? 「何が」できる?



こういうことを。考えてほしい。



……とね。日曜日に話した。大急ぎで。時間なかったから。


中学生、どこまで理解してくれてるのかわかりませんが。少しはどこかに残ってりゃ良いな。


4時間かかったんですよ〜、渡すテキスト書くのにf^_^;



2013年 01月29日 活動報告より


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ