会話
わたしと妹との会話は、大真面目にされているのだが、聞いていると、たまに、ものすごく変らしい。
ある日、父の髪の毛が、後ろだけ少しはねていた。寝癖がなおりきらなかったのか、気がつかなかったのか。
「あれ、お父さん、頭……、髪の毛はねてるよ」
通りかかった知り合いのNさんが、気がついて、妹に言った。妹は、父の後ろ頭を見た。その時初めて、彼女も気がついたのだろう。
そして、言った。
「ちがうよ、Nさん。あれはね、
『主人公の証』。
なんだよ」
大真面目な顔で。
Nさんは、一緒、ぽかんとし。次の瞬間、笑い出した。
「主人公!? 主人公なの!?」
「そう、一本だけはねている、あれこそが。主人公の証。モブにはない、主人公だけの特権」
「なんの主人公!? なんの!?」
「さあ。忍者になったり? あ、カメハメハしたりするのかも」
ちなみに父は、超真面目系。
「意外と宇宙で巡り合っちゃったりする系かもよ。お父さん、SF好きだし」
聞いていたわたしが口をはさむと、妹は、「ああ、そうだった」と真面目な顔でうなずいた。
「あ、でもスタートレック系だよね。好きなの。じゃあ、未知の世界を目指したりする話?」
「最後のフロンティアに分け入り、海賊王を目指すのでは」
「それでカメハメハを撃つんですね、分かります」
繰り返すが父は、超真面目系。
「そして父は叫ぶのです。俺の歌を聞け〜っ!」
「ああ、カラオケ好きだもんね。そのために宇宙を我が手にするのか。壮大な話だなあ」
「だって父は、主人公だから! その証があそこに! ほら、髪がはねている!」
「素晴らしいな、父!」
「だれか止めてこのふたり〜!?」
Nさんは笑いすぎて立てない状態になっていた。けげんな顔をした父が、こちらを見ていたが、わたしたちは笑顔で、なんでもないと手を振った。
主人公には、隠れなければならない時もあるのだ。
「すごいな、父」
「すごいね、主人公」
「もうやだ、この二人〜!」
……と、いうような事が。よくあります。
なお、この間の会話。
「最近、こういうゲームしてるんだけど」
妹がスマホで見せてくれたのは、農園を経営する系のゲーム。
「でもさ、謎なんだよ。ここに、豚がいるんだけど。育ててきたら、ハムができるんだけどね。
でも、豚の数は減らないんだよ……」
え?
「ハム、作るんなら、フツー、豚は減るよね」
「だよね。なぜ減らないんだ」
「生きながら、身を削って作ってるのかな、と思うんだけど」
「なにそのスプラッタ。拷問?」
しばし画面の、のんきな顔の豚を眺める。
「あー、あれだよ。きっと、
この豚は、卵を産んでいるんだよ」
わたしの言葉に、妹は「おお」と言ってうなずいた。
「卵か!」
「異世界だし」
すごいな、異世界。
「なるほど。世話をしていると、豚が毎日、ハムの素とかベーコンの素とかの卵を産むんだな」
「それを育てると、ハムになる、と。たまに失敗して、ニワトリが生まれたりする」
「いや、ここは、意味のないものの誕生だろう」
「この世界の意味のないものってなんだ。カモメ?」
「画面の端でクルクル踊っているだけの、ネズミとか」
「妖精さんが産まれるんだな! 豚の卵から!」
ホントにすごいな、異世界。
「育てるのに失敗すると、画面の端に、踊る妖精さんが増えていく」
「で、だんだん画面が侵食されて、なんも見えなくなってしまうんだな。失敗が続くと」
「画面全部が踊る妖精さんでいっぱいになったら、ゲームオーバー」
「その前に、コンテストか何かで、連鎖をして消さないといけない、と。大変なゲームだなあ」
普通、農園育成系のゲームにそんな設定はない。
「あ、あとね。ネコがいるんだよ。ほら。ここで、トマトジュースしぼってくれてるの」
妹が画面を見せてくれた。
「エサやったら二十四時間、しぼり続けてくれるんだよ」
「労働基準法って知ってるか」
ナチュラルにひどい、異世界。
「他にもネコがいるんだけど、二十四時間、木に水やりをし続けてくれてる」
「昔、そういう拷問があったよね。虐待じゃないのか、それ」
「わたしは、ニャ工哀史って呼んでるよ!」
ハムを産む豚も、ジュースをしぼり続けるネコも、のんきな顔をしながらピコピョコと動いている。
でも、実際は、涙をこらえ、目の下にクマを作りながらの労働ではないのか。そう思えた。
「恐ろしいな、異世界」
「しばらくは、このゲームをやり込もうと思います」
「踊る妖精が、豚やネコに反乱を指導するようになったらしらせてくれ」
このような会話なんですが。だいたい、会話した端から忘れていってるので、横で聞いてる人の方が、腹筋の痛みに悶絶する分、覚えていたりします。
なお、こうした会話中、わたしたちは大真面目な顔をしているので、ギャップが余計、笑いを誘うらしいです。
2014年 04月01日 活動報告より
コメントへのお返事。
24時間のニャ工哀史が続きすぎると、豚の卵の失敗で、なぜか骨が生まれるように。
骨がたまりすぎると、トマトジュースをしぼるネコの顔に、だんだん青筋とかつくようになっていって、そしてある日、ユーザーは気づくのです。
「ネコが! ジュースじゃなく、血を絞ってるう!!!」
華麗にネクロマンサーにジョブチェンジ。そして農園は、阿鼻叫喚の世界に。すごいな、農園系ゲーム。




