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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
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後腐れ無く

【これで終わりなら、ソレも良い】と、アスモデウスには覚悟が在る。

 嫌われるにしても、愛しい人を守って終われるので在ればと、アスモデウスは、本来の姿を咲良に平然と晒した。

 対する熾天使と比べれば、見るも無残とも言える。 

 秀麗かつ美麗な輪と羽を天使に比べれば、大悪魔の真の姿は、禍々しさその物の権現だろう。

 それでも、咲良は明日野の本来の姿を初めて見ていた。


 理沙は二度目とは言え、少女の身体は震えるが、彼女を守る様に立つ元猫は、飼い主の姿にヒュウも口笛。

 

 悪魔の胴体は腰から竜に繋がり、頭は三つ、真ん中に魔神を置き、左右に牛頭と悪逆な山羊の頭が首を擡げる。 

 中央の魔神の頭上には、天使の輪にも負けず劣らず炎の様な輝きを纏う王冠が、まるで太陽の様に煌めいた。

 太いが足先は爪を伴う鵞鳥の様でもあり、尾は蛇と言うよりは古の竜を想わせる。

 片手には率いる七十二の軍団の威を示し揺らめく三角旗と、片手には猛毒の様な粘液が滴る三つ叉槍。

 

 ポカンとする咲良に関わらず、アスモデウスは、咲良には見せまいと誓った筈の本気の姿を露わにしていた。

 中学校の校舎の天辺に残された咲良は、我が目を疑っていた。

 非日常どころの騒ぎではない。

 コンピューターグラフィックか、特撮とでも言わんばかりの規格外の化け物が彼女の眼には映っている。

 それでも、咲良の眼には、悲しげな瞳の魔神が映っていた。


【見て欲しくない】という、根源的な見栄もアスモデウスには在った。

 軍団と己の威を示すとは言え、見苦しさは拭えない。

 天から突き落とされた殆どの者は、元の美しい姿を奪われている。

 それでも、魔神は宿敵たる熾天使に、毒が滴る槍を向けた。


 『さぁ、決着を着けようぞ……旧き友よ』

 本来、聞こえない筈のアスモデウスの声ですら、今の咲良の耳にはしっかりと届いている。

 恐いことは恐いが、何故か、咲良は自身の胸倉を掴んで込み上げる想いに困惑した。

 

 【知り得ない筈なのに、知っている】

 

 そんな感覚に、サラの生まれ変わりである咲良は、胸が締め付けられる。

 

 いつもで有れば、済まし顔のラファエルですら、その羽を震わせる。

 過去において、天使の軍団は負けであった。

 禁を破り、ミカエルがとっさに【勝利の剣】を持ち出したからこそ、天使は勝ちを納めたが、根本的には、神に反逆を企てた者達の殆どが、今のラファエルよりも遙かに強いからである。

 時は経ち、些か実力が上がったとは言え、悪魔の力量は伊達ではない。

 その証拠に、各地で暴れ回っているアスモデウスの同胞達は、多勢に無勢をモノともせずに、寧ろ、街と人を護ることに尽力してすら居た。

 

 美麗な天使の額に、青筋が浮かび上がり、端正な顔は憤怒へと歪む。

 

『……たかが悪魔如き…いつまでも上司面してんじゃねぇ!!』

 

 三十キロ先まで届きそうな程の大声で、ラファエルは初めて本心をぶちまけていた。

 ハッキリ言って、天使の地上での行動全ては、実のところ悪魔への嫌がらせでしかない。

 何故か問われれば、本気で戦ってくれる悪魔など、中級以下である。

 最上位の悪魔ともなれば、半端な神に等しく、無限の力を携え、その威を示すことすら可能。

 なればこそ、天使の最上位も、胸の内をさらけ出していた。


 ラファエルの手にある【御仕置棒グングニル】、これは遙か昔に、神族と巨人との戦争の最中に失われたと言われた武器の一つである。

 投げれば百発百中、如何に離れた相手で在れ、関係は無い。

 実に素晴らしい武器の一つではあるが、問題も在る。

 巨人との戦争に置いては、猛威を振るった武器の一つではあるが、欠点として、武器を超える存在には余り意味がない。

 仮にラファエルが【御仕置棒グングニル】を投げた所で、大悪魔には毛ほどの傷も望めないという事だろう。

 地上に置いてすら、長らく嫌がらせに止まり、派手な戦争ドンパチを天使がしなかった理由は偏に、勝てないからである。

 

 万の天使を差し向けようが、意味は無い。

 

 元々堕天した者の殆どが、最上位の熾天使を含めれば、それも無理はないだろう。

 過去に記された書物に置いてすら、天使は悪魔に打ち勝つと画かれてはいるが、これは専ら、天使の方が宣伝に使い易いからに他成らず、実際には、天使を崇める者の方が多い。

 

 それでも、咲良の目に映る闘いは、一方的であった。

 

 熾天使セラフィムに従い、上位の天使が必死な形相で悪魔に挑み掛かるが、そのささやかな反抗ですら、アスモデウスの前には意味がない。

 確かに、ガブリエルは強いが、反面、それ以外の天使の力量の低さを如実に現してもいる。

 第一に、人間虐めにかまけて、そもそもの鍛錬を怠っている天使に、年がら年中地獄で内紛を繰り広げている悪魔に、敵う通りは無い。

 

 蟻か蠅の様に寄ってくる天使を、大悪魔はその名に恥じぬ如く振り払う。

 倒した所で、天界へ帰るだけなのであればこそ、遠慮は無かった。

 

 ゲラゲラと大仰の嗤いながら、両手の旗竿と槍を嵐の如く振り回す魔神。

 

 そんな光景に、片目を赤く輝かせる理沙は、怖いと思うどこらか、頼もしさすら感じていた。

 自分を背に庇い、ひたすらに天使を振り払う魔神の姿は、何よりも凛々しく、圧倒的な力を感じさせる。

 幻想的な光景にも関わらず、ふと理彩は、【なんでこれでモテない?】と、疑問を感じていた。

 少女の疑問ではあるが、モテない訳ではない。

 モテるといえば、アスモデウスはモテる方だが、ただ偏執的に咲良に固執しているだけの話である。

 

 絶対的な力の持ち主ではあるが、ただ一人の女性に弱いという可愛い欠点に、其処まで想われる姉に、妹は僅かに妬いていた。

 昔を知らない天使達の中には、悪魔を舐めきっている者が多い。

 余裕で構え、アスモデウスを見守る安藤にさえ、ラファエルが海外から連れてきた【天上会】とは別組織の者では在るが、彼等は、在る勘違いをしている。


 確かに、過去に置いては、アスモデウスともども【ソロモン七十二柱】に数えられたアンドロマリウスではあるが、それは、ミカエルの携える【勝利の剣】と同じく、神が作った【指輪】の効果に他ならない。

 最も、ただ一騎にて、ソロモンに反逆をしたアスモデウスは、だからこそ、他の悪魔達からも一目置かれている。

 だが、反逆しなかったからといって、アンドロマリウスが弱いという訳ではない。

 伯爵級悪魔ともなれば、たとえ上位天使にも引けをとるものではない。

 変身し、本来の姿を現す迄もなく、安藤は、迫り来る天使を、裏剣の一撃にて屠った。

 フゥと、手の甲に息を吹きかける安藤。


「駄目駄目………またバイク壊されたら、敵わないもん」と、安藤の一言。

 

 今や、天使に勝てる道理は無い。

 最終兵器である、【勝利の剣】は、ラファエルの手には無く、そして、今回の戦争ドンパチに関しては、【天上会】は一切関知していない。

 寧ろ、佐田とミカエルの約定に置いて、放置という形であった。

 

 見事な四枚羽も、既にボロボロであり、頭に浮かぶ輪もまた、力無い。

 ほうほうの体のラファエルは、【御仕置棒グングニル】片手に、荒く息を吐いて膝を着いていた。

 そんな、天使を見下ろすのは、三首の魔神。

 グルグルと、獰猛な音を立てながら、その口からは炎が舞った。

   

『して、過去の友よ………言い訳は在るのか? 末期の頼みであれば、俺様とて聞かぬでもないぞ?』

 

 勝ち誇る魔神ではあるが、余裕が在るわけではない。

 既に、自分の醜い姿は、咲良にしっかりと見られている。

 そして、佐田には断らずに力を存分に振るってしまっていた。

 もはや、地獄へ戻されても後腐れは絶ちたい。

 

『在りますとも………サラを、咲良を譲っては頂けませんか?』

 そう言う熾天使の声に、それを聞いた大悪魔はゲラゲラと笑った。

『貴様も馬鹿な奴だ……本当に好きなら、人の身にて彼女に迫れば良いものを……神如きの名を騙り、天使の役目を越えるなど、あるまじき行為だな……兄弟……』

 僅かに、そう言うとアスモデウスたる魔神は目を閉じる。

 

 それを、隙だと見抜いたラファエルは、全てを貫き通す槍を構えて、最後の突進を仕掛けた。

 

 「「「駄目!!」」」

 

 ラファエルの突貫に、三方から声が響く。

 理沙、安藤、咲良と、彼女達の声が。

 だが、一つ忘れているのは、アスモデウスは、竜にくっ付く形で跨がっているという事だろう。

 つまり、目は合計で8つである。

 だからこそ、6つが閉じていようが、あまり意味は無い。

 焔の溜め息混じりに、アスモデウスと連なる竜は、野太い尾で必死な天使を、あっさりと振り払う。

 

『ギャフン!?』かなり微妙な悲鳴が、美麗な天使の口から響いた。

 

 思わず、見ていた理沙が自身の正気を疑うモノだが、当たり前として、七大悪魔に勝てるのは、余程の力がなければ無理だろう。

 

 「やった!やった! さっすが旦那!! 天使なんざ目じゃありやせん!!」

 理沙の前に立つ元子猫も、その場でピョンピョンと飛んだ。

 

 詰みである。

 武器もなく、既にボロボロのラファエルでは、勝ち目無いとみたからか、アスモデウスの大仰な姿は霧と消え、元の少年、明日野の姿へと、戻っていた。

 一仕事終えた少年は、首と肩をゴキゴキ言わせながら、かつての同僚を見ていた。


 「さてと? 天下の天使様………何か申し開きは?」

 明日野の言葉を機に、不気味な空は綺麗な夕焼けへと、変わっていた。

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