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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
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悩める天使と女の子

明日野と、高品、そして、蠅野が住むアパートは、実に平和な時が流れるが、時を同じくして、別の場所では、別の意味で時間が流れていた。


 【天上会】の総本部、そして、やたらと豪華な建物内の、これまた豪華な会議室では、異様な喧騒に空気が揺れる。

 血の様に真っ赤なカーペット、天井は、何故か青空が描かれ、子供の天使達が、可愛いラッパ片手に飛び回ると、実に明るい様相ではある。

 

 しかしながら、その反面、会議室にずらりと並べられた椅子に陣取る者達は、どう贔屓目に見ても、カタギとはいえず、端から端まで、ビッシリと柄の悪い者達が、犇く。

 

 そして、二列に並べられた椅子とは違い、列の端には、列の真ん中に陣取る様に、大仰な椅子が在り、其処では、難しい顔をしたミカエルが、眉を寄せていた。

 

 この度、わざわざ【天上会】の面々を集めたのは、他でもない。

 雑魚の組とはいえ、親を無視してまで、勝手な喧嘩でいりに走った。

 それが、天使達の議題であった。

 

 「先ぃ……言うときますけどぉ………た、確かに、あ、彼処ん所は、ワシの舎弟やけど………アレやで、子分の勝手で、破門とか…ぜ、絶縁は無しですぜ?」

 

 言葉は、荒いが、一人の壮年は、酷く怯えた口調でそう言う。

 

 そして、近くに腰掛けていた別の中年男は、サッと立ち上がると、近くのサイドテーブルを蹴り飛ばす。

 

 「じゃかぁしいんじゃボケェコラァ!? お前、事の大きさが……分かっとんのか? お? テメェのしまのカスが、彼方さんに戦争ふっかけてんねんで!? この始末ぅ…………どない落とし前付けるんじゃい!? おぅコラ!?」

 

 会議室内に、中年天使の怒号が飛び、余りの声の大きさから、ビリビリと空気は揺れ、会議室に居た面々もまた、顔を青くし、中年天使に続く様に、かの入江の親分に、ブゥブゥと遠慮のない非難を浴びせる。

 云われた天使にしても、何故いきなり、子分が親を裏切ってまで、悪魔に喧嘩を売るような不始末をしたかについては、弁解の余地もない。

 

 今の今まで、一応は取り決めた協定のお陰により、ある程度は天使達も地上においての地位を確立する事が出来てはいても、此度の一件は、その天使と悪魔の間に、亀裂を入れかねない程の珍事であった。

 

 何時までも止まない喧騒に、【天上界】の長であるミカエルは、ザッと羽織をはためかせて、立ち上がると、両手を開いた。

 

 【一応熾天使】のミカエルの所作に、智天使ケルビムである組長達は、渋々ではあるが、舌打ち混じりに、腰を下ろした。

 

 「集まって貰ったのは、他でもない………誰がやったかではなく、悪魔共に、喧嘩を買う理由を与えてしまった………それが問題なのだ」

 

 美麗の青年、ミカエルは、可能な限り落ち着き払った声でそう言う。

 だが、彼の子分達にしても、自分の部下や領地シマが在れば、如何に長の命とはいえ、黙っては居られるモノではない。

 

 「会長………分かっとるんですか? 彼方さんが本気になれば、ワシ等なんぞ、あっという間ですが?」

 そう言う組長の一人に、隣に座る白いダブルスーツの小太りも、立ち上がる。

 「そうでっせぇ………今すぐ、佐田に詫びぃ入れな、アカンとちゃうんですか?」

 そんな小太りの声に、会議室は、騒がしさを増していく。

 「おまはん…………今なん言うた? 悪魔如きにぃ………詫び入れろだぁ? …………舐めとんのかい!?」

 【詫び】という言葉に、天使達は、猛然と反論を上げた。

 

 「ワレコラァ!? だぁれに向かって私語ペラ回しとんじゃボケェ!?」「あぁん!? テメェこそ誰に向こうて口開いとんじゃ!? おいゴルァ!?」


 皆、自分の為に、侃々諤々に怒号を飛ばし合う。

 天使にもかかわらず、その様は、余り誉められたモノではない。

 それどころか、実に浅ましくさえ、ミカエルには映った。

 

 このままでは仕方ないと、ミカエルは、わざわざ携えた【勝利の剣】の鞘を払うと、古めかしい剣を、僅かに縦に振り下ろした。

 柄と鞘の古ぼけた見た目を無視すれば、かの熾天使が持つ剣は、実に素晴らしい。

 水に塗れたように輝く刃は、僅かに高い音を立てながら、空気を切り裂き、止まる。

 

 そして、振り下ろされた切っ先が、僅かに床に触れた時、まるで、過去起こった様に、赤色のカーペットが、二つに端まで断ち切れた。

 

 【勝利の剣】が奏でる、僅かな耳鳴りにも似た音が、静まり返った会議室内に、僅かに響く。

 そんな、神の武器を肩に担ぐミカエルは、フンと鼻から息を吹いた。

 

 「身内で争っても、問題は解決しないはず…………それとも、ソレもわからない程に、愚か者しか居ないとでも?」

   

 そんな会長の静かな声に、【天上会直系幹部】達は、実に簡単に静かに成っていた。

 

 罵り合いから、本来の会議を取り戻してはいたが、問題の組に関して言えば、端っぱも端であり、余りに情報が乏しい。

 何とかミカエルが分かったのは、幹部会ではない何者かが、外からわざわざ入江を焚き付け、アスモデウスに喧嘩を売らせた事だけであった。


 今後の問題として残すには、余りに大きい事柄故か、明日にでも、直接佐田との会談を決めたミカエルではあるが、幹部会の納得は余りに少ない。 

 元々、悪魔に反発どころか、やる気なら在る幹部会からすれば、会長の及び腰には、遺恨が残る。

 

 とはいえ、サタンですら討ち果たした【勝利の剣】は、実に大きな抑止力として、機能していた。

   

 翌日の事である。

 学生や、仕事人サラリーマンが、普通に朝を迎える中、ミカエルの顔は青ざめ、汗すら額に滲ませていた。

 

 何故かと言えば、門番を蹴散らし、単騎で彼の元に駆けつけた一人の人物に因って、ミカエルの豪華な朝食は、とっくに冷めてすらいる。

 それでも、合い向かいに座る金髪の天使同士は、片方が深刻な顔をし、片方は、ほっそりした脚を組んで、実に余裕綽々であった。

   

 「で? 会長殿…………罪もない人間を襲うほど、天使は落ちぶれたとでも?」

 そう言うのは、学生鞄を横へ放り出し、小首を傾げるガブリエルもとい、軽部理恵である。

 そんな、学生服姿の少女に、【天上会 会長】は、僅かに膝を振るわせていた。

 

「ミカエル? 私も、そんなに暇じゃあないんだけど?」なかなかに返事が返ってこないからか、不満を平然と軽部は口にした。

 

 だが、だからといって、ガブリエルの訪問に対して、ミカエルは簡単に返事が返せない。

 なにせ、言い訳らしい言い訳は無く、【全く何も分からない】というのが、ミカエルの中には在った。

 

 カチカチと、アナログ時計だけが、無情に時の流れを告げる

 

 「…………すまない…………なにも、分からないんだ」と、ミカエルは、ようやく正直な意見を、同じ熾天使に告げる。

 

 反論したいガブリエルにしても、証人足る入江を、【お仕置き棒】で始末されてしまっており、手が出さない状態に在った。

 このままでは、遅刻するからか、仕方なしに、椅子から立ち上がる軽部は、フゥと鼻から嘆息を漏らす。

 

 「別にね……ミカエルが何をしても、特に云わないけど……あんまり、悪いことはしないでね?」と、学生鞄を拾いながら、軽部は、同じ天使に、【天使としてのあり方】を、説く。

 

 静かに部屋を後にする軽部に、万を超える天使の長は、独り、悩ましく頭を抱えていた。

 

 「分かっては居るんだ……ガブリエル……分かっては……それでも…何をどうすれば良いのか………それでも神は何も答えてはくれないのか?……」

 

 独りの天使は、拾い応接室にて、悲しげに一人語ちていた。

 

 学業を優先する軽部と違い、ミカエルは在る意味多忙である。

 地方は元より、世界中に散らばった同胞から、それこそ山の様な収益が齎されてはいても、彼は、孤独であった。

 悪魔の最高峰、サタンにすら匹敵出来る【勝利の剣】を持っては居るが、その神の武器にしても、武器以外の使い道は無く、要は、ただの剣に過ぎない。 

 

 そして、星ですら斬り裂ける筈のつるぎでも、その実質は、ミカエルの悩み一つ、斬ることも出来ないナマクラなのだと、現実は告げていた。

 

 そして、朝が忙しいのは、何も天使だけではない。

 半分人間止めた、とはいえ、高品理沙は、ごくふつうの女子中学生である。 

 特徴的特徴は、特にない。 

 友人は両手両足の指で足り、身長は中の下、成績に関しては、平均以上、優良未満と、まさしく普通であった。 

  

 と、そんな普通なら少女ではあるが、今朝の理沙は妙に嬉しげに街を歩いていた。

 いつもで在れば、つまらない登校でも、全てが新鮮。 

 目に映る景色は違い、街を行き交う人々すら、違って見える。

 

 特にびっくりしたのは、主婦らしき柔らかい顔の女性が居たとして、そんな女性に、可愛い幼子が付いていたとて、不思議は無いだろう。

 そして、偶々、そんなお母さんと子供の臀部に、フリフリと揺れ動く尻尾が見えても、理沙は、感慨深くウンウンと頷いていた。

 

 一人悦に入った理沙は良いが、逆を言えば、この時点で、少女の方が在る意味不審である。

 周りを気にせず、突然腕を組んでウンウン首を縦に降っていれば、無理もないだろう。


 事実、子供が小さな声で、「おかーさん……あのねーちゃんなにしてるの?」と、そう言えば、その子のお母さんは、「しっ! 見ちゃいけません」と、我が子を窘めてすら居る。

 

 小声故に、理沙の耳には届かないのが、幸福なのか不幸なのか、本日の高品理沙の朝は、実に愉しげで在った。


 学校へ近付くに連れ、理沙は、ふと在ることを考えていた。

 【自分の教室クラスに、天使や悪魔が居たらどうしよう?】と。

 しかしながら、学校へ近付くに連れ、理沙の期待外れは膨らみ、夢は萎む。

 「おはよう!」と、声を掛けられる事は在るのだが、勿論、返事を返したとしても、相手は、いつもと同じ学友達である。

 

 そして、ふと、理沙は足を止め、「あ……サイン、持ってくるの忘れた」と、寂しげに呟いてしまった。


 下駄箱に、通学用の靴を収めつつ、上履きを出す。

 その間に理沙は、自慢しようにも、証拠が無いからか、蠅野に窘められた溜め息を漏らしてしまう。

 コンサートの前日、あれだけ友達に自慢したにもかかわらず、それを立証する術が無いからか、理沙は鬱々とした気持ちで、教室へと向かっていた。

 

 【あぁ、また今日も同じ一日か】

 

 そんな思いに、理沙は駆られるが、ふと、向こうから歩いてくる女性教師に、眼をが止まった。

 歴史担当の眼鏡が似合うキツい感じの人ではあるが、人当たりは悪くない。

 それでも、頑強な性格からか、裏で魔人とも揶揄される彼女の頭に、光る輪を見つけて、理沙は、思わず、手から鞄を落としてしまう。

 

 【自分は、半分悪魔である】という考えから、プルプルと小刻みに震える理沙。

 だが、そんな少女を見ても、女性教師は、廊下に落ちている鞄を、ヒョイと拾い上げると、ソッと、生徒に差し出す。


 「はい、落としたわよ?」授業中はともかく、始業前だからか、実に柔らかい物腰の先生に、理沙も思わず、「す、すみません」と、鞄を受け取る。

 

 「じゃ、早く教室に行きなさいね?」

 そんな、当たり前の言葉と共に、スッと、理沙の横を通り過ぎる女性教師。 

 思わず、そんな先生の所作に、理沙は振り返るが、生徒に背中を見られた女性教師は、ふと、脚を止めた。

 

 「別に、天使の全部が全部……ヤクザじゃないから」


 振り返りもせず、女性教師はカツカツと足音を立てながら、生徒から遠ざかって行き、そんな彼女の背に、理沙は、受け取った鞄をギュッと抱き締めていた。

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