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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
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怒れる少女達

 ズルズルと、倒れ伏す明日野を引きずる理沙だが、少女にも関わらず、本来可愛らしい筈の彼女の顔は、憤怒に歪んでいた。

 俗に云う、【プンプン】などというレベルではなく、有り体に言えば、本気で怒っている。


 つまり、般若の様であった。

 

 一応、確かに、曲がりなりに、手の切り傷を治して貰った。

 無論、その事には文句を付ける気は無いが、反面、そのやり方と、その後の少年の言葉に対して、理沙は、とにかく怒っていた。

 

 「…うぐぐ……ぐぐむ…」


 頭頂部に、全力で踵を振り下ろされたからか、引きずられる少年は、ウンウンと唸り、頭を抱える。

 其処はソレ、一応大悪魔だけ在るのか、もしかしたら頭蓋骨陥没などという憂き目も無く、引きずられるという事に留まっていた。

 

 此処で、問題なのは、悪魔のやり方云々ではなく、中学生の少女が、細腕にも関わらず、体格の良い明日野を片手で平然と引きずっているという事だろう。

 

 勿論、火事場の馬鹿力というモノが無いわけではないが、それですら、今は別に絶体絶命の現場に置かれて居る訳ではない。

 

 にもかかわらず、少女は、片手にビニール袋、片手に少年の脚を掴みながら、ズンズンと脚を進め、不気味なカップルの姿に、周りからは、白い目や生暖かい目が贈られる。

 

 さて、少年と妹が、窮地にも関わらず、その少年の隣人にして、少女の姉が、何をしているかと言えば、バンドの面々と、長々と雑談に勤しんでいる。


 「ええ、明日野君は、結構モテる…………筈なんですが……なんと云えば良いのか……」


 とりあえず、個人情報をぶっ壊れたダム宜しく、ただ漏れに垂れ流している咲良だが、悪気は無い。

 バンドの面々達からは、次々に隣人への質問をぶつけられ、その度に、おっとりした咲良は、やんわりと個人情報を暴露していた。

 外でドンパチやっていだ割には、バンドの悪魔達が誰も気付かないかと云えば、気づいては居るが、【だからどうした】という、実に悪魔らしい態度ですらあった。

 

 そもそも、高々権天使如きに不覚を取るようでは、大悪魔とは、言えない。

 それどころか、万が一にも負けたと在れば、アスモデスウ率いる軍団全員が、その場でスッ転ぶだろう。

 

 「……あぁ、そうだ…所で…高品さんは………明日野の事なんですが…」


 いよいよもって、ルシフェルは、兄弟分を想い、核心を突かんとするのだが、そんな時、ドカンと控え室のドアが、僅かに悲鳴を上げた。

 開かれたドアから覗くのは、眉を寄せ、眉間に皺を寄せる少女。

 だが、そんな怒れる理沙を見ても、姉の咲良は、妹とは逆に眉をハの字にしていた。

  

 「あらら………どうしたの、理沙…………そんな顔して?」

 

 場違いな咲良の声に、一番最初に、ベリアルがコケた。

 無論、見えない誰かが、足払いを仕掛けた、という事はない。

 明日野も、その場で転びたいのは山々だが、元々寝転がっている事故に、今更転ぶことはなかった。

 

 姉の空気に晒されたからか、理沙の頭も段々と冷めてくる。

 深呼吸をしてみれば、結構な勢いで登っていた血も、山を下るように降りていた。

 

 パッと、少年の脚から手を放す理沙だが、その際、急に離された少年の足が、偶々いい感じにドア止めへと当たり、「……ぐぁ!?」と、軽い悲鳴が響いた。

 

 明日野の悲鳴はともかく、此処に来て、【堕天使】の面々は、咲良に対して、興味を惹かれていた。

 アレほどに怒っていた筈の妹ですら、たった一言で鎮圧せしめる。

 そんな姉の珍妙さに。


 固まる面々に対して、理沙は、咳払いをコホンと一つ。

 サッと顔を笑顔に変えると、片手のビニール袋から中身取り出す。


 「……えーと……サイン………頂けますか?」先程までの怒りは何処へやら、少女は、実に少女らしい笑みを見せていた。

 

 人気バンドのサインを頂いたからか、ホクホク顔の理沙に対して、彼女を助けた筈の明日野は、反対に仏頂面である。

 散々引きずられた背中は元より、ドア止めに当たったアキレス腱は、その持ち主に【痛い】と告げていた。


 痛む脚をさする少年に、バンドのボーカル、ルシフェルが手を差し出す。 

 

 「随分と…………可愛い女の子じゃあないか…………兄弟ブラザー?」明日野に手を貸すルシフェルの声に、手を貸された明日野は、眉を寄せ、「その兄弟というのは………止めろ………淑女レディの前である」と、苦言を呈した。

 

 二人の会話に付いては、諸説紛々だろうが、この場合、大悪魔同士という意味もあれば、別の意味もあるのだが、ソレについては、やはり、大人の都合である。

 

 そんな七大悪魔同士の軽い会話には、ベリアルは混ざらないが、ふと、在ることには気付いていた。

 姉と一緒に成って、パティンとパイモンの二人と対等に話す理沙ではあるが、彼女の変化に、ベリアルの燃える様な髪の毛は、何かを見つけたダウジングロッドの如く、フラフラと揺れ動く。

 

 一悶着在ったとはいえ、概ね、平和な時間が過ぎていた。

 だが、もう一方は、そうとも行かない。

 

 唯一ともいえる天使らしい天使、軽部ことガブリエルは、チンピラ天使、入江の襟首掴んで、金に輝く目をギラつかせていた。

   

 「…………何度同じ事を言わせるのかな? で? 誰なの? あの子を狙えっていうのは?」

 

 そういう軽部ではあるが、彼女に捕まれている入江の顔は、既に原型がどんなだったか忘れる程にボコボコである。

 

 魔女裁判さながらに、問答無用かつ、執拗な尋問に対して、入江も、一つの組を預かる者故か、生半には吐こうとはしなかった。

 もっとも、最上位である熾天使セラフィムからすれば、下から数えた方が早い権天使プリンシパティウス程度、どうとも想っていない。

  

 入江もまた、この時程、縦社会という物を恨んだ事はなかった。

 とは言え、組一つ預けられた時点で、努力を怠っていた事は否めず、その結果が、今、本人に突きつけられる。

   

 「言えましぇん…………」唇までもが、ボコボコな故か、入江の発音は曖昧である。 

 

 そんな、下っ端の発言に対して、軽部の広めのおでこに、血管が浮いた。

 頬を抓りながらに左右へ引きつつ、それを行う軽部もまた、引きつる様な笑みを浮かべる。

 

 「どうしてそうなのかなぁ? オネーチャン怒らないから云って御覧?」

 

 天使らしく、とても優しい口調の軽部ではあるが、言葉はともかく、その音は、地獄から響く様に低い。

 

 口を縦でなく、横に開かれながらも、入江の身体は、軽部の頭に浮かぶ【天使の輪】を見てか、酷く震えた。


 『ほらほら………あんまり云うこと聞かないと……どうなっても知らないよ?』

 

 かつて、明日野との力比べの時と同じく、軽部の声は、独特のエコーを帯び始める。

 もはや此までと、入江は、悲しげに目を閉じた。


 「……実は……」


 本気で怒った熾天使に、敵うはずも無く、入江は、やっとの思いで口を開かんとするが、そんな彼の声を聞いていた軽部の目は、カッと開かれ、そんな軽部の目の先には、入江の背中に突き立つ槍が在った。


 俗に言う、【お仕置き棒】と揶揄される天使の武器だが、名前の是非はともかく、本来、悪魔と対峙できるレベルの天使でなければ、使えない筈の代物であり、それが使える者と在れば、【天上界】でも、幹部クラスだけである。

 

 人体の急所を突かれた入江は、ビクビクと震え、ガックリと頭を落とし、そんな彼に、舌打ちをしながら、軽部は振り返るが、金に輝く軽部の瞳にも関わらず、誰も居ない。

 

 ムゥと唸りながらに、渋々入江を見る軽部だが、そんな彼女に見送られる様に、入江は、光る粒子を飛ばしながら、消えてしまった。

 

 小柄が筈の軽部だが、彼女は、肩を怒らせ、拳を震わせる。

 そして、苛立つ様に、若干八つ当たり気味にコンクリートの壁を殴るのだが、少女に殴られた壁には、易々と穴が穿たれた。

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