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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
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少女の苦悩

 理沙にしても、明日野の本当の姿は、一度は見ている。

 あの時の恐怖が、無い訳ではないが、それでも、あまりに荒唐無稽な為、少女の脳みそは、この時、隣人の少年の機器に、反応していた。

 

 入江にしても、高々、ちっぽけな銀のナイフ程度では、アスモデウスをれるとは思ってはいない。

 

 だが、入江の狙いは、別にある。

 

 受肉化し、自分と少年もだが、今の姿は、在る程度の擬態に過ぎない。

 で在れば、その身体に、在る程度の損傷を与えれば、中身が本性を現すことも、知っている。

 

 そして、【本性】を晒け出させれば、【協定】に持ち込める。

 無論、自身の立場を知っている入江からすれば、天界へ送り返されたとて、大した問題ではない。


 だからこそ、天使は、うずくまる悪魔の背骨に狙いを定めて、正義の名の下に、銀に輝くナイフを振り下ろした。

 

 肉を切り裂く音と共に、明日野の頬に赤い鮮血が届く。

 だが、入江のナイフは、少年の背には突き立たず、止めに入った理沙の掌を、抉っていた。

 

 「…………痛っ!?」痛みに呻きつつ、それでも、隣人護らんと、理沙は、入江突き飛ばし、明日野を庇うように立つ。

 

 未だに、切られた掌からは、鮮血が滴るが、少女は、頑として動かない。

 それを見ていた天使だが、忌々しげに、唾を吐き捨てた。  


 「……悪魔信奉者がぁ………チョイと燃やしたぐらいじゃ……人間の罪って奴は消えねってか?……」

 

 ナイフを、順手に持ち帰る入江に、流石の理沙も、段々痛みを増していく掌と、寒気がするほどの天使の殺気に、ごく僅かに、足が下がった。

 それでも、確固たる意志を示さんと、理沙は、大仰に足を踏み鳴らす。

 

 「………何やってんのよ!?  それでもアスモデウスなの!?」


 急ぎ、激を飛ばす理沙の声に、明日野は、鼻を摘まみながらも、立ち上がる。

 

 その瞳は、赤々と輝き、本気を示すが、如何せん、鼻を摘まんでいる状態では、如何にも締まらない。

 但し、姿勢がふざけていようが、明日野は半ば本気である。

 彼の影は、より黒くなり、その影は、少しずつでも、明日野を飲み込み始めていた。

 

 大悪魔の殺気に、天使は震えるが、鼻を摘まんだままの明日野が何かをする前に、金髪の知り合いが、トンと悪魔と天使の間に、割り込んだ。

  

 「…………軽部?」「理恵ちゃん?」

 

 明日野が苗字を、理沙が名前を語り、呼ばれた軽部は、ムッとしていたが、直ぐに、入江の方へと向き直った。

 

 「……が……ガブリエル様………あの、何か?」唐突な上位の出現に、入江は怯えるが、そんな彼を、軽部は、金に輝く瞳で睨む。

  

 「天使とも在ろう者が……今やってる事……その意味が分からないとでも?」

 

 普段とは、かけ離れた穏やかな声色ではあるが、その声は低く、怒りを孕んでいた。

 

 「し、しかし………悪魔の討伐は………」

 「誰の指示?」

 

 入江の言い訳に、軽部は、軽く首を傾げそう言うが、言葉は優しいが、声色は、怒気に満ち満ちている。

  

 この間、気が抜けた理沙は、掌の痛みに呻き、うずくまる。

 そんな彼女を、明日野は支えた。


 「大丈夫か!? 理沙!?」相手を心配する明日野は、それなりになのだが、鼻を摘まんだままの姿は、どうにも締まらなず、理沙は、眉を寄せながらも、頬を震わせ笑うと、「スッゴく痛い………大丈夫な訳ないだろ、ばぁか」と、苦言を呈していた。

 

 そんな二人に、金に輝く瞳を向けていた軽部は、直ぐに、入江に眼を戻す。

 

 「で? 言い訳は?」


 有無を言わせぬガブリエルとしての圧力に、入江は、タジタジであり、眼が泳ぐ。

 入江にしても、頼まれただけなのだが、それを明かす事は出来ず、狼狽える。

 急ぎ、踵を返して逃げ出そうと試みるが、ハタと気付けば、軽部は、目の前に居た。

 

 「……雑魚が……弁解すら、無いと?」

  

 笑みすら消えた軽部の声だが、次の瞬間、入江の頭は凹み、その場に倒れ、手の中の生魚は、何処かへと飛ぶ。

 下っ端を、平然と伸した軽部は、ゆったりとした足取りで、慌てる明日野の方へと、足を向けた。

 

 「待ってろよ……今何とか………」必死な姿ではあるが、どうしても鼻から指が離せない明日野は、モタモタとしている印象であり、対して、痛みにウンウンと唸る理沙は、【いい加減ソレ止めて】と、心で祈っていた。

 

 ズチャリと、軽部の革靴が、地面を滑る。

 ハッとなり、理沙を庇う様に立つ明日野だが、やはり、鼻を摘まんでいた。

 

 「かんしゃはしよう」と、鼻を摘まんでいるからか、イマイチな声の明日野に、軽部は、フンと鼻から息を漏らす。

 

 「そんなんで大丈夫? ま、貸しにしとくから………」  

 まるで、安藤の様に気安い態度を見せる軽部だが、ふと、理沙の掌を指差した。

 「ほら、女の子が怪我してるでしょうに……大悪魔なら、それぐらいなんとでもなるでしょう………」

 ほんの僅かに、天使としてのアドバイスを残すと、今度こそ、軽部は帰るが、去り際に、入江を引き摺る事を忘れては居なかった。


 明日野もまた、ハッとなりながらも、理沙の掌を睨んだ。

 意外なほど、傷は深く、今すぐに応急措置が必要なのは明白だろう。   

 

 数限りないプランが、明日野の頭をフル回転で回るが、一つの方法を、少年は思い付いてしまった。

 

 「理沙……我慢してくれよ?」   

  

 生魚が、何処かへ行ったからか、鼻から指を離した明日野は、真面目である。

 だからこそ、理沙も、痛みにもメゲず、僅かに頬を染めてしまう。

 

 「あ、う………うん」

 

 そんな理沙の声を、返事と受け取った大悪魔。

 勿論、回復魔法が使えない訳ではないが、今すぐ、陣を書く暇は無く、少女の手からは、血が止まらない。

 だからこそ、少年、明日野は、最も手っ取り早い手段を選んだ。

 

 自身の舌を、糸切り歯で僅かに傷つけ、血を口に含む。

 モゴモゴと、口を動かす少年の不気味な姿に、理沙は、嫌な予感が走った。

 

 「……かぁ~……」

 

 口を開け、空を仰ぎ、何かを溜める明日野。

 物凄い嫌な予感がする理沙だが、突然の事だけに、体が追い付かない。

 

 「……ぷっ……」


 そんな音と共に、大悪魔は、口から理沙の傷口目掛け、【何か】を発射する。

 少女の第六感が告げた様に、大悪魔の口から発射された【何か】は、ベチャリと、嫌な音と感触を伴い、少女の傷口を覆った。

 

 有り体言えば、【少女がタンを吐きかけられた】としか、周りには映らない。 

 

 強ち、間違いではないのだが、それでも、大悪魔の血液は、少女の傷口をみるみる内に復元せしめた。 

 確かに、ナイフの傷口の痛みは無くなったが、理沙は、酷く不愉快である。

 

 「…………良し、これで大丈夫…………」

 

 ヌルヌルと、自らが発射した何かを塗り付ける少年に、少女の眉間に皺が寄る。

 

 「明日野君……聞いて良い? なに、したの?」


 何処か棒読みな理沙の声に、明日野は、少女の掌を、ハンカチで拭いながら、ウンと鼻を鳴らす。

 

 「あぁ……急いで居たのでな……急にですまなかったが、俺様の血で、チョイと………な?」

 

 明日野の声に、理沙は、【な? じゃねぇだろう?】と、心の中で苦言を呈した。

 

 「血ってもさ……もっとこう、指を歯で噛み切ったり、目から血の涙を出してみたりとさ……ロマンチックに出来なかった訳?」

 

 未だに棒読みな理沙の声に、明日野は、すっかり元通りになった少女の掌を見ながら、ウゥムと鼻を鳴らす。


 「いやぁ……出来ない訳ではないが……まぁ、手っ取り早いからか、な?」


 次の瞬間、明日野の頬に、理沙の渾身の拳がめり込んだ。

 「……おぅふ!?……」

 唐突に、顔面凹まされたからか、明日野の口からは、弱々しい声が漏れ出る。 

 「な、何をする!? せっかく直したのに!?」

 頬を押さえて、苦言を発する少年だが、そんな倒れ伏す彼を、見下ろすように、理沙が立っていた。

 

 「あのね、だからね…………もっとこう……なんで、ロマンチックじゃ駄目なの?」

 

 地獄の底から響く様な理沙の声に、明日野の眉が、ハの字を描いた。

 

 「え? だって………俺様別に理沙にはなん…………」

 

 その先を、言わせぬ為なのか、明日野の頭頂部に、少女の振り上げた踵が振り下ろされ、ゴンという、鈍い音が鳴った。

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