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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
39/55

行列は長く

 場末のスナックにて、程よく時間を過ごした明日野と理彩だが、理彩は、在る変化に気づいていた。

 前を、長身の明日野が歩くというのは変わらないのだが、彼の背中が、さっきよりも、僅かとは言え、頼もしく見える、

 

 スナックのママが、彼に言った事は差ほどのモノでもないにも関わらず、少年の背には、自信と呼べる何かを帯びていた。 

 

 時間通りなのか、咲良サラのバイト上がりの時間よりも、大凡、二から三分前に、明日野と理彩は、咲良のバイト先である、薬屋へと辿り着き、ソッと中へはいる。

 今時、自動ドアが当たり前なのだが、其処は其れ、薬屋がテナントとして入っているビルが些か古いからか、ドアは手動であった。

 

 「いらっしゃいませ…………て、どうしたの?」

   

 カウンターにて、白衣姿の店主、ユフィールは、珍しい来客に首を傾げる。

 理沙も、面識こそないが、一応、頭を下げた。

 

 「いや……ちょっとな」

 片手を上げて挨拶を交わす明日野だが、それに対して、彼の後ろに位置する理彩は、相手の薬屋の正体を勘ぐる。

 もっとも、理沙の勘ぐりは間違いではないが、だからと云って、一々其れを口に出すほど、少女は短絡的ではない。

 「…………あ、もしかしてゴム?」

 「…………おいおいおいおい………そういう事を未成年の前では言うな」

 お客様が女連れだからか、何かを思い付いた様に掌を鳴らすユフィールの声は、どことなく妖しい。

 だが、当たり前なのか、明日野は即座に否定して見せた。

 「なんで? 大事な事よ?」

 「おいこら、俺はそういう事を聞きに来たのではないし、ましてや買いに来たのでもないぞ?」

 「またまたぁ…………」

 「良いから、俺様の話しを聞くのだ…………」

 ただ、性教育云々に関して言えば、女性の方が遥かに進んでいる。

 行為自体に経験は無くとも、それが何かを知っている者は実に多い。

 勿論、理沙もその一人であり、彼女は、ユフィールの何の気なしにの一言に、俯き恥ずかしさを隠していた。

 

 「良いか、ユフィール? 俺はな……何度でも云うが、そういう事聞きに来たのでも、ましてや買いに来た訳でもない。 第一、そろそろ咲良がバイト上がりだから、迎えに来たのだ……他意はない」

 腕組みしながら、自信満々に明日野は答えるが、それに対して、ユフィールは笑った。

 何故笑ったかと言えば、アスモデウスの、特定の奥手ぶりは有名であり、知らぬ者の方が少ないだろう。

 「へぇ? でもさ、後ろの子も可愛いじゃない? 唾付けないの?」

 他人事だからか、世間話代わりに話をふるユフィールなのだが、彼女はあくまでも、悪魔である。

 だからこそなのか、その言葉は悪意の無い悪意に満ちており、実にキラーパスと言う他はない。

  

 「……いいや、俺と後ろのチンチクリンはそういう関係…………痛っ!?」

 

 明日野の言葉を遮る様に、彼の背後からは、遠慮のない理沙のパンチが明日野の脇腹、肝臓の位置を深くを抉る。

 殴られた場所を押さえ、悶絶する明日野を余所に、理沙は、フンと鼻を鳴らす。

 勿論、女性の体格についての偏見へとお仕置きも在るが、其れと同時に理沙の拳に含まれていたのは、自分への明日野の意見への意趣返しが在った。

 そんな、明日野と理沙の二人を、ユフィールは、生暖かい目で愛でる。

 「うごご…………名、何をする…………うごご…………」

 千の天使にも引けを取らない大悪魔様は、極普通の少女の拳に、呻いていた。


 「…………あ、二人とも来てたの?」と、そんな言葉と共に、咲良が店の奥から姿を現す。 

 仕事用のエプロンは付けて居らず、学生服の彼女は、バイト上がりの為、店内へと戻って来たのだが、其処で、不思議な光景を見ていた。

 

 面白げにカウンターに上半身を預ける雇い主と、バイト上がりにコンサートへ行く約束をした妹と、何故か脇腹押さえてうずくまる同級生。

 

 ともあれ、咲良が姿を表したと在れば、話は別である。


 痛みを忘れたかの如く、すっくと立つ明日野は、咲良に向かって、実にぎこちなく片手を上げた。


 「……や、やぁ……さ、さ、咲良………」

 

 棒読み所の話ではない。

 聞き取り辛いとも取れる明日野の言葉に、名を呼ばれた咲良は、一瞬キョトンとしてはいても、直ぐに、柔らかく微笑んだ。

 

 「…………なんか、新鮮なのかなぁ?」

 

 名前を呼ばれた事は初めてではないが、何故だか、必死な明日野の姿は、何処か微笑ましく、咲良は笑っていた。

 

 咲良を迎え、三人となった明日野御一行だが、ついでとばかりに、ユフィールを、咲良が誘ってしまう。

 とは言え、ユフィールは、ゆっくりと首を横へ振る。

 

 「ごめんなさいね………音楽は好きよ? まぁ、ただ、あんまり激しいのとかは、好きじゃないのよねぇ…………」

 

 そう言って、ユフィールは、明日野の理想通り、咲良のお誘い断った。

 ただ、幾つか嘘も在る。

 これから、明日野達三人が行くのは、悪魔の間でも有名なグループではある。

 それにもかかわらず、ユフィールが断った理由は、咲良の後ろから、怨念を遥かに超える何かを放つ明日野の姿が在ったからに他ならない。

 

 本来であれば、わざとらしくついて行き、明日野をからかってやろうとも思うユフィールだが、これ以上事をこじらせ、蠅野の胃に穴を空けようとも思えず、この場は、仕方なく同輩に譲ってあげていた。

 

 コンサート会場へは、さほど遠くはない。


 「へー…………じゃ、ボーカルの人って、結構格好いいんだ?」

 「そうそう、そうだよお姉ちゃん……ボーカルのルシフェルって人はさ、あの前の木偶の坊よりも、全然格好いいんだよ?」

 「こらこら、そんな事言わないの……明日野君のお陰で、コンサート行けるんでしょ?」

 「………そりゃあさ、そうだけどさぁ…………」

 「でも、格好いいんだ?」

 「あー、うん……それは保証しますよ、お姉様」


 ただ、先頭を行く明日野の後ろでは、高品姉妹が、これから行くコンサートへと話に花を咲かせていた。

 無論、街中でも在るため、高品姉妹に声を掛けようと画策する者が現れた所で、不思議ではないだろう。

 だが、話に夢中に成るあまり、高品姉妹は、明日野の肩がビクビクと震えて居ることには、気付いてはいない。


 それでも、路上の人達は、モーゼに分けられたら海の如く、明日野達三人に道を譲り、同時に、姉妹に近付こうなどと思う輩も、足早に退散すらしていた。

 理由は、難しいモノではない。

 知り合いとは言え、他の男への咲良の声が、殊更に明日野の不機嫌を煽る。

 それは、焚き火に薪どころの話ではなく、原子炉に燃料を入れるが如く、沸き立つどころではなく、消し飛ぶ様なものであり、無表情を超え、表現し難い顔色を呈する明日野は、実に恐ろしかった。

 

 さて、一行が到着したのは、コンサート会場ではあるが、端から見ると、建物である。

 勿論、箱型ではあるが、外観から察するに、一般的なクラブとも言えるが、この日ばかりは、人気バンドのコンサートの為か、その為にわざわざ貸し切られ、外では、何人ものスタッフが、独特なTシャツを纏い、チケットのもぎりをしていた。 

 

 「へぇ……結構、あの人も人気なんだな…………」

 

 会場外では、多数の人が、行列を為して並んでいるからか、明日野は、素直な感想を漏らす。

 そんな明日野の感想を、咲良は、目ざとく聞き取っていた。

 「え、何? 明日野君て、バンドの人とお知り合いなの?」

 そんな咲良の声に、明日野は渋々頷くと、コホンと咳払い。

 「………あぁ、コンサートの後、少し話せるかもな…………」

 この時、偶々昔の同輩へと思いを馳せていたからか、明日野の言葉は普段の咲良へのぎこちなさは無く、自然であった。

 だからなのか、咲良もまた、目を見開きはすれども、嬉しそうに笑う。

 そんな二人を、実に複雑な思いを込めて、理彩は見ていた。

 

 明日野と、バンドの【堕天使】が知り合いなのは、温泉旅行の際に知ったが、それ以上に、最近は富に在ることについて勉強しているからか、明日野と、ボーカルのルシフェルが知り合いだといっても驚きはしない。 

 そんな事よりも、理沙の心を掻き立てるのは、姉と隣人の関係であった。

 

 確かに、明日野が、姉に好意を寄せているのは、誰でも分かるだろう。

 しかしながら、そんな少年は、姉にはいつもぎこちなく、何処か他人行儀であり、姉は、それを寂しいと感じても居るのだろうと、理沙は考える。 

 

 万が一、二人が付き合うと言うことに成るのを、理沙は歓迎すると同時に、反対だとも考えている。

 何故反対するのかを、素直に言える程、理沙も短絡的ではない為か、胸に潜める想いを出せず悩んでいた。

 

 俯き、悩む理沙の頭が、ソッとポンポンと叩かれる。

 ハッと成る理沙は、自分を見下ろす明日野と目が合い、思わず、焦った。

 

 「どうした? 並ぶぞ?」

 「………あ、うん………」


 素っ気ない明日野の言葉に、理沙の返事は少ないが、頬を膨らませながらも、彼女は、黙って明日野と姉に続いて列へ並ぶのだった。

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