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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
38/55

夜の女王

 ドアを開けば、取り付けられた鐘が、カランと鳴った。

 

 しかし、実にその辺に在りそうなスナックの店内はと言えば、やはりという内装である。

 

 薄暗い照明、大きめながらも、腰の辺りに当たるカウンターと、丸椅子、そして、壁際には、テーブル席が少しと観葉植物に、何故か飲んだくれて居る客。

 

 店内の天井、床、壁まで小豆色なのは、理沙はどうかと思ったが、それにもまして、店長ママさんなのか、一人の女性は実に絵になる人であった。


「…………あら……珍しい………いらっしゃい」

 

 そう言うのは、腰まで在りそうな長い黒髪の女性。

 その声は、理沙にとっても蠱惑的ですらあった。

 固まる明日野が、何か言う前に、カウンターに突っ伏していた客が、頭をガバッと上げる。

 

「ママ~もういっぱい! もういっぱいだけ!」

 

 上擦った酔客の声に、店長らしき女性は、形の良い鼻からフンと息を吹いた。


「……たくもぅ………派手州さん? 結構呑んだでしょ? 奥さんに怒られるわよ?」

 

 やたらと上質なスーツに似合わず、酔客はカウンター越しの店長に絡む。

 ノースリーブのワンピースではあっても、豊かながらも、手足はスラッとした肢体の女性。

 

 ムムっとなる理沙を伴い、明日野は、緊張気味になるべくカウンターから離れた席へと、腰を下ろしていた。


 学生服の少年と、めかし込んだ中学生には、些か問題が在るだろう。

 

 とは言え、要は酒さえ理沙に飲ませなければ言い訳で、店に入って座った。

 と言うだけでは、色々な問題的にはグレーと言えるかも知れない。


 しょうがないとばかりに、店長さんは、酔客の持つグラスに、棚から選んだ瓶から、琥珀色の何かを注いだ。

 

 独特のトクトクトクという、瓶が息を飲む音は、在る意味理彩には珍しく、明日野はそれどころではないのか、眉を寄せていた。


 カウンターの飲んだくれを無視しつつ、トレイ片手に、店長さんはテーブル席の二人へと、ゆったりと近付いて来る。

 

「…………だいぶ、お久しぶりよね? アスモデウス……あら……お連れのお嬢

さんは………」

 

 明日野を知っている口振りで、店長さんは甘い声でそう言うと、水と氷の入ったコップを二つ、ついでに、お絞りを二つ。

 気まずそうに眉を寄せていた明日野は、店長さんへと、頭を下げた。


「……はい……お久しぶりです………あねさん」

 

 そう言う明日野に合わせて、理沙も釣られた様に、ぺこりと頭を下げていた。


 カウンターの酔っ払いは別にして、テーブル挟みつつ、店長さんは、明日野と理沙の対角線に座った。


 「どうぞ…………」

 

 そう言いながら、理彩にはグレープフルーツジュースを、何故かは知らないが、明日野には、グラス入りの香りの良い酒が提供されていた。

 

「………あねさん…………」

 

 咎める様な明日野の声に、店長さんはというと、片手を扇子の如くヒラヒラとさせた。

「良いのよ……出所祝い代わりだもの…………」

 

 そう言うと、店長さんは怪しく笑った。

 

 理沙は、少し困っていた。

 

 貰ったジュースを、ストローで飲むのは良い。

 だが、店長さんに見られると、女の自分ですら、彼女の漆黒の瞳に、何故だか引き込まれそうに成ってしまう。

 それを誤魔化す為か、理沙は、必死に百パーセントのジュースを啜った。

 

「可愛い子…………それで? わざわざ酒飲みに来た訳じゃないんでしょ?」 

 

 恥ずかしがる理沙を、僅かに流し目で睨つつ、そう言う女性の声に、いつもとは違い、明日野は気まずそうに笑う。


「流石………リリスのあねさん…………お見通しですか…………」

 

 明日野が、女性の名前を読んだことに反応してか、理沙が、口の中の果汁を少し吹いた。

 

 少年が発した名前については、語るべくも無いほど有名であろう。

 要するに、【イブの前妻】という肩書きである。

 ただ、理沙からすると相手を疑った。

 しかし、それを確認するより早く、リリスの目が、優しく理沙を見る。

 

「………不思議? こんな所で、スナックのママなんてやってるから……」

 

 そのまんま思っていた事を口にされ、理沙の頭は空白になる。

 心を読まれたという恐怖も在るが、目の前の女性が本当に見たままとは別の何かに、理沙には想像される。

 だが、リリスは直ぐに目を理沙から反らし、面白げに少し笑う。


 「だって……あんな地の底に居たって……暇なんですもの……ねぇ、アスモデウス?」

 「…………あ、はい……そっすね……あねさん」

 

 わざとらしく、明日野の肩に指を這わせるリリス。

 そんな彼女に対して、明日野の態度に、理沙には疑問が在る。

 姉の咲良に向かうそれとは、別のよそよそしさ、と言うよりも、年上の親類に、からかわれている少年その物にも、理沙には見えた。


「あの~…………聞いても良いですか?」

 

 興味が立てば、それが全てに優先するであろうお年頃の理彩である。


「えぇ、答えられる範囲ならね…………」

 

 理沙の質問に、リリスは妖艶な笑顔を向けた。

 

 思わず、理沙はそれだけでも引き込まれそうにすら成る。

 例えて言うならば、もし、この場で、リリスから【其処の貴方、一緒に帰りましょう】とでも理沙が言われた場合、そっくりそのまま、テイクアウトされるほどに。


 とは言え、理沙には同性愛のケはない。

 ブンブンと頭を振って、何とか胸の奥から湧き出る誘惑を撥ね退けた。

 

 「えぇと………その…………」

 聞き出したい事は、それこそ山ほど在るが、ともかくと理沙は質問を考えた。

 

 「…………お二人の関係は?」

 

 まるで、面接でも受けるかの如く、至極真面目な体制で、理彩はそう言った。


 問われたリリスは足を組み替え、少し、上目遣いに顎に指を当てる。

 簡単な仕草ですら、リリスのそれは実に絵になった。

 質問した理彩ですら、思わず見とれる程に。


「昔にね…………アスモデウスが…………」 

 

 リリスが、そこまで言った所で、明日野がガバッと立ち上がった。


「あ、あねさん! 今日は! 俺が聞きたいことが在るから来たんです!」

 

 明日野は、余程言われたくないのか、リリスの言葉を遮ってまで、そんな事を口走る。

 それを見てかリリスは面白そうに少し笑う。

 

「そうね…………お嬢さんには、少し早かったわね…………ま、古い馴染みって事にしておいてあげて…………ね?」

 

 慌てる明日野が、余程面白いのか、リリスは嬉しげに笑うと、理沙の質問をはぐらかした。

 子供扱いされている様で、少し不満げな理沙は、出された豆菓子を必死に頬張っている。

 だが、それよりも、明日野には大事な事が在る。

 

「それで? 明日野坊やは…………お姉さんに何を聞きたいの?」 

 

 そんな妖艶な声に誘われ、明日野はゆっくりと座る。

 

「俺…………さ…友人を困らせているんです………なんて言うか、上手くその人と話せなくて…………」

 

 明日野の声から、理沙はそれが誰なのかをだいたい所か確実に察した。

 第一、明日野がどもるのは、姉の咲良の前以外はほとんどない。

 

 ともかく、理沙にしても、リリスの答えは興味があった。


 だが、当のリリスはというと、明日野が飲み残したグラスを一気に呷る。

 

 年少の理彩からすれば、【わ!関節キス!】と騒ぎはすれども、明日野とリリスの間には、そんなはしゃぎ様は無い。

 

 それどころか、リリスは空のグラスと理沙のコップを手に取ると、椅子からスッと立ち上がってしまった。


 既に、カウンターに突っ伏したまま、寝ているらしき客を放置しつつ、店長さんらしく、リリスはカウンターの中へと戻ってしまった。

 

 鼻をウンと鳴らして理沙は首を傾げるが、明日野は、そわそわと落ち着かない。

 

 だが、答えるよりも、淡々と洗い物をリリスは初めてしまった。

 流石に、困ったのか、明日野も椅子から離れ、カウンターに詰め寄る。


「…………あの、あねさん?」

 

 困った様な明日野の声に、リリスは鼻で笑う。


「くっだらない……わざわざそんな事を聞きに来たの?……そんな事なら、さっさとその人の事を忘れるのね。 第一、そんな事も出来ないようなら、他の人に譲りなさいね? 坊や」

 

 コレが、ブエル辺りで在れば、今から大騒動が始まる所だが、何故かリリスの一言には、明日野は悔しげに俯くのみである。

 

「…………嫌です」 

 

 何とか、絞り出す様な明日野の声に、リリスは首を横へ振る。

 

「馬鹿なの? あんたみたいなのが一番迷惑よ? 独善的で独りよがりで、他人の事をどうとも思えない…………はっ、昔の糞旦那を思い出すから、止めてくれない? そう言うの…………」

 

 そんな、リリスの叱責に混じって、カチャカチャという洗い物の音。

 流石に、親しい隣人が困っているのを見かねたのか、理沙も明日野の横へ並んで頭を下げる。

 

「す、すみません! コイツが馬鹿なのは謝ります! でも……」

 

 理沙の必死の声に、蛇口を捻る音が、静かに混じった。


 途中、いつの間にか起きたのか、酔っ払いが声を上げる。

 

「そうだ~! 結婚なんてするもんじゃない!!」

 と宣いつつ、酔客はまたしてもカウンターへと突っ伏した。

 

 ともかく、三人は酔っ払いを無視していた。

 

 手をタオルで拭いながら、リリスは、先ほどの不機嫌さはどこへやら、少し面白そうに笑う。


「良い子じゃない? 駄目なの? その子じゃ…………」

 

 リリスのその声に、理沙の頬が思わず赤くなる。

 だが、当の聞かれた明日野からは、返事は無い。

 頭を下げ続ける二人に、リリスは、少し鼻から嘆息を漏らす。

 

 「ま、大悪魔足る者、特に一人に限る訳でなし………じゃあ……そうねぇ、坊や」

 

 そう言うリリスの声に、明日野の返事は、「はい」と一言。

 

「もっと自分に自信を持ちなさい? あんただって、伊達に軍団仕切ってる訳じゃないでしょ? それでも駄目なら………そうね、できる限り誠心誠意その人に謝りなさいな……男のいじらしさ、それくらい許せない様な女なら、つまらないものよ?」

 

 そんな、まるで子供を諭すようなリリスの声に、明日野は唾を飲み込む。

 

「ありがとうございます…………あねさん…………行くぞ? 理彩!」


 我先にと店から出てしまう明日野。

 そんな少年に悩みつつも、理沙は、一度上げた頭を、ぺこりとリリスに向かって下げる。

 

「あの、その…………すみません、ご馳走でした!」

 

 それだけ言い残すと、理沙もまた、明日野の後に必死に続く。

 慌ただしい二人を、優しい目でリリスは見送った。

 

「ところで…………派手州さん? 奥さん、そろそろ来るけど?」

 

 そんな、リリスの声に反応したのか、先ほどまでの酔っ払いは、ガバッと顔をあげると、懐から、三枚ほど高額紙幣を取り出し、カウンターに置く。


「……お釣りは入りません! じゃ、また!」

 

 酔っ払いは、そのままの勢いで、店から逃げ出す。

 慌ただしい客達が居なくなると、リリスは、ゆっくりと頭を下げる。


「ありがとうございました」

 

 リリスは静かに、それだけを呟くのだった。

派手州さんは…………そのまんまな人です。

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