人の心、悪魔知らず
蠅野の好意、とはいえ、ルシフェルという先輩からの計らい。
それは、明日野少年には有り難いモノである。
なかなかチケットが貰えない位の人気バンド。
そんな、ファンからすれば喉から手がでそうなモノをコネを使ってとはいえ、少年には関係無い。
実際、理沙にアルバムを聞かせて貰っていたが、【ね? 良いでしょ?】という理沙に対して、明日野は、かなり微妙な顔をしていた。
アルバムジャケットに付いては、各種様々だが、どう言うわけか、蝙蝠羽をキッチリ十二枚、背中から生やしたルシフェルについて、ウゥムと明日野は唸っていた。
元々、余り接点が無いとは言え、在る意味は在る。
だが、それについては、なんとしても咲良に知られる訳には行かない。
無論、その理由云々については、所謂、男女の●●●(自主規制)に関わる為、十八歳以下は断固、拒否(NG)で在ろう。
ともかく、明日野主観では、妹というオマケは付いては居るが、咲良と二人と言うことだけでも、実に嬉しい限りである。
町内会主催のこじんまりとした催しとはいえ、なかなかに人気が在るのか、学校内でも、【何で誘ってくれないの?】という質問に、明日野は晒されたが、寧ろ、彼は首を傾げた。
ある程度、地上暮らしが板について来たとはいえ、本質は変わっておらず、明日野は相も変わらず咲良一筋である。
成ればこそ、他の誰にどう思われようが、余り考慮にいれてはいないのだ。
とかく問題なのは、昼休みだろうか。
偶に昼食を共にする安藤だが、一年先輩の割には、二年の明日野や、高品と一緒につるんでると、同じ学年の生徒達からは揶揄されている。
だが、実年齢、確実に不詳という安藤は、同年代の高校三年生達と居ても、安藤からすると、幼稚園と一緒に居るようで、気が引けると拒んですらいた。
無論、表向きは仲の良い人間が居ない訳ではないが、なにせつまらないのだ。
やれ、あのゲームが、やれ、何処其処の何がと、安藤に言われた所で、何千年と人間を見てきて思うのは、媒体こそ違うが、やっている事自体は、百万年前から、余り進歩していない、と言うのが、安藤の感想であった。
「それで? 今度はコンサート行くんだって?」
「えぇ、安藤先輩は行かないんですか?」
ふと、安藤は咲良に質問を振って、それをそのまんま返されると言う形だが、答えにくいモノである。
会いたいような、会いたくないような、それでも、今度ばかりは、一応学年が下の友人に、譲ってやろうかとも思うが、それ以前に、咲良の後ろから、猛烈な視線と念を送って来る人物が、居た。
無論、言うまでもなく、それは、明日野少年である。
念話こそ使わないものの、彼の視線から在る言葉が受け取れる。
【くるなくルナくるなくルナ来るな!】と、あからさまに安藤に拒否反応をぶつけまくっている。
此処まで、つっけんどんにされると、さしもの安藤もまた、気が引けた。
「…………ごめん、僕もさ、用事が在ってね」
「えぇー…………あ、まぁ、先輩がそう言うなら、しょうがないですよね」
溜め息混じりの安藤の言葉に、咲良も仕方ないと、少し残念がる。
そんな二人を見てか、ホッと、胸をなで下ろす明日野であった。
安藤自体、確かに明日野を好ましくは思っていても、たかがコンサート程度では、告白どころか、手すら握れないだろうと、既に思っている。
実際の所、そんな安藤の予言が当たるか外れるかどうかは別にしても、安藤は、在る理由から、余り頓着はしていていない。
理由としては至極単純である。
明日野の本体が、悪魔であり、それとは関係無く、咲良はただの人間の少女に過ぎない。
人間など比べるべくもない長命の悪魔からすれば、咲良がどれほど長生きしようと、精々が後八十年程度でしかない。
それ故、安藤は、少しの間くらいは、友を尊重しようかとも考えていた。
また、安藤お付きの軽部だが、今は誰も気にしていないのは可哀想とはいえ、彼女がこの場に居ない理由は、前に飲まされた得体の知れない怪しいドリンクに因るものであった。
遠巻きに、明日野と咲良、そして、敬愛する安藤を、遠巻きには見てはいるが、何故だか近寄ろうとは思えない。
無論、明日野すら居なければ、いつもの様に安藤にくっ付いて居るのは変わりないのだが、今の彼女は、何故だか、明日野に近寄ろうとはおもえなかった。
嫌いは嫌いなのだが、訳が分からないのは、胸の内に在る思いだろう。
かの少年との短い付き合いの時、何かは知らないが、言葉にし難いモノを軽部は得ていた。
それは、明日野自身が咲良に何故か告白出来ない理由と同じく、言葉では説明が出来ないモノであった。
ともかく、明日野は、いつもの学生生活を堪能しつつ、放課後を待つ。
本日のプランとしては、咲良のバイトが終わり次第、理沙を伴い、咲良を迎えに行ってから、二人+オマケでコンサートへ行く、というものだ。
しかしながら、授業そっちのけで、明日野は悩んでもいた。
前回の軽部錯乱事件の際、老人のバイクを修理した為、財布には、幾ばくも入っておらず、ムウッと唸るのだった。
放課後、自転車に跨がる咲良に、明日野はいつもの様に手を振る。
「じゃあ、バイト終わりに来てくれるんでしょ?」
「…………はい、お迎えに上がりますです」
相も変わらずな明日野を見てか、咲良は少し寂しげに笑った。
「明日野君てさ…………」
「………はい…………」
「ううん、なんでもない…………じゃ、またね!」
何かを言おうと、そして、それを噤んだまま、挨拶混じりに咲良の自転車は走る。
それを、明日野は見送りつつ、そこら辺の草村から出てくる子猫の項を掴んでグイッと持ち上げる。
『旦那ぁ…………そこ掴まれると、あっしは動けにゃいんでさぁ……』
「挨拶はよい、ちび助、咲良の言葉の意味、なんだか分かるか?」
眼を細める猫に、明日野はそのまま頭をくっつけんばかりに近づける。
子猫はと言うと、寧ろ目の前の飼い主が、とんでもなく鈍感なのではないかと、頭を悩ませていた。
『旦那、言っても怒りやしやせんよね?』
「知れた事を……使い魔の猫ごときに一々怒っていては、大悪魔は務まらんよ」
摘ままれたままとは言え、渋々とばかりに、子猫はため息を吐いた。
『良いですかい? 旦那が恥ずかしがるのは勝手でやすよ? でも、咲良のお嬢は寂しいんですよ…………』
そんな、子猫の言葉に、明日野は猫を思わず放す。
離された猫は、そのままストンと華麗に着地を決めるが、当の飼い主は、脱力した様に固まってしまっていた。
「……ど……ど…………どういう、ことだ?」
なんという事だろう。
同じ大悪魔級と、対峙しても、最強と唄われるガブリエルと、真っ向勝負をしても、微塵も狼狽えなかった筈の大悪魔は、子猫の一言に、かくも脆く、声が裏返る程に狼狽えていた。
『旦那、咲良お嬢も女の子ですぜ? それなりにいい仲の雄が、いつまでもよそよそしい態度でいたら、寂しいのは当たり前ですぜ?』
子猫の指摘に、大悪魔は膝を着いた。
幼いという事は、時に真実をありのままに語ってしまう。
裸の王様を見ても、大人達は誰として、彼を恐れて、そのナリを指摘はしなかった。
だが、大仰なパレードの中、素人観衆の中から、子供が一人、王様を指差し、指摘したのだ。
【王様は裸である】と。
それと同じく、アスモデスウの使い魔は、鋭く指摘を続ける。
『それに、旦那は理沙のお嬢とは普通に話しやしょう? それって、実は最低ですぜ? 妹には普通に話すのに、咲良のお嬢にはよそよそしい………これじゃ、咲良のお嬢が寂しいと思うのも、無理はないでやしょ?』
トドメの一撃が、明日野の心臓をぶち抜いたかの如く、少年の頭は、アスファルトにひびを入れるほどの勢いで、ガックリと落ちた。




