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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
25/55

勝利者と敗者

 空を照らすは、星明かり。

 とは言うものの、妙に周りが明るい。 それこそ、何かで照らされて居る様に。

 ハッと成った理沙が、グルリと回って其方を振り向けば、何十台という大型トラックが、目に入った。

 一番先頭のトラックには、やけに趣味の悪い装飾が施されているのだが、逆光に照らされている為か、そのトラックの姿は、理沙には確認出来なかった。

 同じく、隣に立つのは明日野だが、此方はと言えば、ポケットに手を突っ込んだまま、微動だにせず、ただ、目を細めるばかりである。

 呻くマルコを余所に、トラックからは、一人、誰かが降り立つと、その手を叩き、パチパチと拍手をし出した。


 「お見事!! いやはや、ホントに見つけるとはなぁ…………」

 そんな、野太い声の持ち主は、理沙と明日野の前にと、立つ。

 近づいた為か、ようやく理沙にも、その人が誰だか分かると、首を傾げる。

 理沙の記憶の中には、一応佐田の姿は在っても、それは、大食い大会の際、解説兼司会を勤めていた彼の姿だけ。

 ともあれ、益々理沙が疑問に感じたのは、佐田の頭であろう。

 黒色の逆十字を纏った、黄色いヘルメットには、【安全第一】と、記されていた。

 「どうも、大将…………所で、あれほど貴方と蠅野からは、力を出すなと言われていましたのに…………俺は、禁を破りました」

 そう言うと、明日野は、ポケットから手を出し、丁重に佐田に向かって頭を下げた。

 状況が飲み込めない理沙だが、それとは関係無く、彼等の横を、派手にトラックは抜け、走っていく。

 何か言う前に、佐田は、少し鼻を鳴らした。

 「そうさなぁ…………ま、一応やっちまったんだし…………どうしたもんかね? お嬢さん?」

 そう言うと、佐田は理沙を見る。

 佐田に見つめられた理沙は、少し自分の中に、怯えを覚えた。

 何せ、相手は二メートル近い長身に加え、明日野以上に得体の知れない何かを纏っている。

 とは言え、先程見てしまったあの恐ろしくも美しい、明日野の本来の姿に比べれば、それほどのモノではない。

 だが、見てしまった以上は、それが何なのかを知りたくなると言うのが、人情と言うものだろう。

 パッと明日野と佐田から離れる理沙。 目を丸くする二人に対して、少女は、ビシッと指差す。

 「あ、明日野は…たぶん私を護ってくれたし………てか、何者なの!? アンタ達!!」

 トラックの走る音を除けば、実に高めの理沙の声は、明日野と佐田に届く。

 ポカンと口を開ける明日野に対して、佐田はというと、わざわざヘルメットを脱いでまで、理沙に頭を少し下げた。

 「…………これはこれは、御婦人に対して、礼を欠きました事、深くお詫び申し上げます…………」

 何故か理由は知らないが、それはともかく、理沙は佐田が懐から取り出した名刺を渡される。

 

 【職業安定所 嘆きの穴 代表取締役 佐田】


 何はともあれ、そんな内容の名刺を渡された理沙はと言うと、先ほど見た事への恐怖も忘れて、ペコリと佐田に頭を下げていた。

 それに満足したのか、佐田はヘルメットを被り直すと、明日野の肩をポンと叩いた。

 「ま、アレでチャラって事にしとくよ。 でも、それじゃ俺の示しが付かないよな明日野、後でアンドロマリウスのバイク代と、マモンの借金分は俺が払っておいてやるよ…………お嬢さん、明日野は馬鹿だからな、庇ってやってくんな…………」

 そう言うと、佐田は手をヒラヒラさせながら、原油らしき物が噴き出る現場へと、実に軽い足取りで歩いていった。

 

 乱入者は遠くへと行ってしまった為、今だに地面に転がるマルコと、それを心配そうに見る理沙。 加えて、どこか安堵した様な顔の明日野達が残されていた。

 未だに、仰向けに寝転ぶマルコの視界に、明日野が映る。

 「さてと、兄弟…………勝負は着いた…………何か、言うことは?」

 そう言う明日野の言葉に、マルコの口からは、フッと笑いが漏れる。

 「完敗です。 どうぞ、ジュデッカでも何処へでも、落とし…………」

 悲しげなマルコの言葉を遮る様に、明日野の拳骨が発した痛そうな音が、少し離れた理沙の耳にも届き、彼女はと言うと、少しビクッとなる。

 「この馬鹿モンが…………他に言うことが在るだろうが?」

 そんな明日野の言葉に、マルコは悔しげに口を開くと、「…………すみません」と、これまた悔しげに発した。 

 小声のマルコの謝罪に対して、明日野は、腰に手を当てると、満足げに頷く。

 

 「ではと、マルコシアス…………聞こうか、誰に頼まれた?」一応、頭は働くのか、裏を取ろうとする明日野。

 だが、聞かれたマルコは、寝転んだまま、モゴモゴと口を動かす。

 「すみませんが…………分かりません…………ただ、頼まれた………それだけですので…………」 

 欲に負けたとはいえ、マルコシアスの言葉は、どことなく暗い。 

 勿論、拷問や他の方法に因って、在る程度の言葉は聞き出せたとして、相手が尻尾を出しているという保証もなく、加えて、今更、相手が嘘を吐いているとも思えず、明日野は、深く息を吸い込んでいた。


「…いよし! さて、マルコシアス……勝者として、貴様に罰を言い渡そう!」

 明日野の言葉に、マルコは勿論、理沙ですら息をのむ。

 

 少し間を置くと、明日野は閉じていた目を開いた。

 「マルコ…………今後百年! 竈屋にて、店員の刑を申し渡す!」

 そう言うと、明日野は、軽々とマルコを担ぎ上げ、肩に抱えて佐田とは反対の方向、皆が待っているであろう宿へと向かって歩き出す。

 理沙はというと、少し悩んでいた。

 恐いことは恐い。 だが、普段の姿や、先程の言葉を思えば、例え本物の悪魔だとしても、それ程憎めない。 

 いつしか、恐怖よりも好奇心に駆られて、理沙は明日野の後に続いた。


 竈屋の玄関では、久座が、あたかも当然の様に待ち受けていた。

 肩のマルコを、明日野は久座に預けると、頭を下げ「…………御迷惑を」と、少し呟く。

 小柄な身体に、何処にそんな力が在るのか、久座もまた、マルコを軽々と引きずりながらも「気にすんな、坊主」と返した。

 ふと、足を止めた久座は、理沙を見る。

 「嬢ちゃん…………ソイツは、馬鹿だが良い奴なんだ、あんまり虐めないでやってくんな…………」

 佐田と同じく、久座もまた、理沙に何かを頼む。

 理沙には何のことだがさっぱりだろうが、それでも、当の明日野にしても、そっぽを向いて口笛を吹いていた。


 ようやく、部屋へと戻る事が出来た理沙だが、襖を開けた彼女が見たモノは、凄まじいの一言だった。

 いつの間にか、蠅野まで加わったらしく、お行儀良く寝ているのは、理沙の姉の咲良のみである。

 「おー! かえってきたかー!? のもーよー、あーすのくーん!」

 既に呂律が怪しい安藤。 だが、彼女に寄りかかる様にしている軽部はと言うと、何故だかグスグスと鼻を鳴らしていた。

 「…………どうして? どうして人は争うの?」

 流石は天使なのか、意味不明の悩みを一人ブツブツと何やら呟く。

 小さいテーブルを挟んだ反対では、物凄い暗いオーラを纏った蠅野。

 「あの馬鹿野郎…………どうすんだよ…………」

 ドスの効いた低い低い蠅野の呟きだが、敢えて理沙はそれを聞き流す。

 ともかく、そんな酔っぱらい三人など頓着を見せず、明日野は、咲良の隣の布団へと潜り込もうと画策するのだが、唾を飲み込む明日野の隙を突き、理沙が素早く潜り込む。

 「…………お、おい?」

 狼狽える明日野に対して、理沙は、さらに隣の布団を指さすと、頭から布団を被ってしまった。

 明日野の思惑は潰され、仕方ないと咲良の隣を見る。 だが、謙虚を旨とする咲良らしく、彼女は壁際に居る。

 涙ぐましい努力の甲斐もなく、居たたまれなさからか、明日野は、酔っぱらい達の方へとトボトボ歩いていく。

 だが、そんな明日野の背中を、ソッと布団の隙間から、理沙は残念そうに、見送っていた。


 翌朝、いつもどおりスッキリと目を覚ました咲良。

 だが、彼女は周りを見て、ウンと首を傾げる。 隣に寝ている妹は、まだ良いだろう。 だが、少し離れた所では、雑魚寝より酷い格好で、天使と悪魔が横たわっていた。

 「あらら…………まぁ、偶には良いんじゃないかな…………あ、理沙、朝だよ? 起きて…………」

 そう言う咲良に起こされた理沙だが、そんな妹の顔を見て、理沙は眉をひそめた。

 「…………なに?」

 寝不足からか、若干不機嫌そうな理沙の声に、咲良は柔らかく笑うと、妹の眼の下を指で少しつついた。

 「どうしたの? 酷いクマだけど? 昨日、何かあった?」

 天然か疑いたくなる咲良の言葉に、理沙の頭はがっくりと落ちたのだった。


 「おはようございます。 朝食のご用意が出来ました故」

 そんな声と共に、襖を開けるのは、体中と頭に包帯をグルグル巻きにしたマルコだった。

 咲良の心配そうな視線と、理沙の訝し視線を受けても、あまり気にしないマルコだったが、昨晩雌雄を決したとは言え、床に転がる明日野の姿を見て、悲しげにため息を漏らしていた。

 

 朝食の間、咲良は不思議なモノを眼にする。

 げんなりと、テーブルに突っ伏す蠅野は置いて置く。 頭を押さえてウンウン唸る軽部と安藤、コレも然り。 平然と飯をパクつく明日野は良しとしても、自分の隣で、何故か御上品に、チラチラと明日野の方を見る妹を、咲良は興味深げに見ていた。


 たっぷりと、リフレッシュした者は良いとして、コレから運転をする蠅野は、何処か怠げであり、女子とは言えども、軽部と安藤も同じであった。


 「此度は、竈屋を御利用いただき、ありがとうございます。 またのお越しを、お待ちしております」

 そんな挨拶と共に、久座とマルコの二人は、頭を下げ、相対する明日野も頭を下げた。

 車へと移動する間、またしても明日野は荷物持ちだが、今回は違いがある。

 彼の両隣では、高品姉妹が並び立ち、自分の荷物を抱える。

 「結構、良いところだったよね…………また、いつか来れると良いよね? ねぇ、明日野君…………」

 「…………はぃ、そ、そうですね…………きっと…………」

 明るく話す姉に、対して、明日野はいつもどおりのあたふたした態度ではあっても、理沙は、そんな二人を面白げに見ていた。

 

 一行いっこうは気付かなかったが、山道の途中に、【この先工事中 御迷惑お掛けします 代阿久間建設】と、可愛い牛が頭をペコリと下げているこんな奇妙な看板が、何時の間にか立てられていた。 


 帰りの車中。 後部座席の女子達寝こけてはいても、運転手の蠅野と、助手席の明日野は難しい顔をし、ジッと流れる道路を見る。

 「大丈夫なのか? 昨日、本気でドンパチしたろう?」

 そう言う蠅野に、明日野は溜め息を漏らすと腕を伸ばした。

 「…………あぁ、マルコシアスとな…………でも、大将は良いと言っていたぞ? それにな、友よ…………聞いてくれ、借金が、無くなった」

 意外な程、あっけらかんと語る明日野に、今度は、蠅野は安堵の溜め息を漏らす。

 「…………良かったよ…………ホントにな…………」

 「…………おうよ…………」

 そんな蠅野と明日野の二人の会話だが、ソッと薄目を開けると、理沙は盗み聞きをしていたのだった。

 途中、休憩の為に、サービスエリアへと車は立ち寄る。

 皆を起こさぬよう、ソッと車から降りる蠅野と明日野だが、同時に、一人誰かが降りるのに気付いた。

 「お姉ちゃんには、バラされたくないでしょ? だったらさ、アイスでも奢ってよ…………お二人さん?」

 そう言う理沙の意地の悪い声に、蠅野の頭はがっくりと落ち、明日野の頬はピクピクと蠢いていた。

 

 余談ではあるが、明日野と蠅野が理沙に色々と奢らされている間、軽部も、トイレにと寄った際、売店で何かを買っていたのだが、其れを見た者は居なかった。


 ようやく、車はアパートの前へと到着。 高品姉妹と、明日野を降ろすと、運転手の蠅野は、疲れを隠さずに語る。

 「後ろのお嬢様方をお送りしてきますから…………後、宜しく…………」

 そんな疲れた蠅野操る車を見送る三人。

 洗濯と夕飯の支度があると、咲良はアパートの階段を駆け上がるが、理沙も続こうとする前、明日野に肩を掴まれた。

 二人の距離は近く、思わず、理沙の心臓は勝手に躍り出す。

 近付く明日野の顔に、思わず、理沙は眼を閉じるべきか考えたが、その前に、明日野の顔の接近は止まった。

 「理沙、ちょっと付き合え」

 そう言うと、明日野は、自分の部屋に理沙を連れて行く。

 何をされるのかと、益々理沙の心臓は激しく脈打ったが、部屋のドアが開け放たれた時、一匹の子猫が、明日野の脚に、その身をゴシゴシと擦り付けていた。

 「…………この子…………」

 「あぁ、大家には内緒だぞ? それにな、保健所が連れてく所を、俺様が引き留めたのは良いんだが、コイツは何故だか俺様から離れようとせんで困って居るのだ…………」

 理沙は、子猫を抱き上げる明日野を、信じられないと言う眼で見る。


 信じられない程の力を持ちはすれども、姉に弱く、同時に動物に優しい悪魔を、理沙は、面白げに見ていた。

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