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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
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悪魔は地上に現れる

 カラッと晴れた空の下。

 愛しのサラによく似た、と言うよりもそのままの人を見つけ出したアスモデウスだが、彼はまたしても彼女を見つめていた。


 彼が居るのは、今もっとも天に近く、バベルの塔もびっくりのスカイツリーという塔。

 

 馬鹿と煙は高い所が好きだと言われるが、一応、アスモデウスは、結構な博学である。

 幾何学や数学はもとより、天文学や工芸についても図抜けた才能を持つ彼だが、同期の悪魔からはどうせモテたいからだろうと揶揄されていた。 

 無論、間違いではないし、色々と経緯もあるがソレについては後に語ろう。


 遠目に見えるサラに良く似た少女を眺めているアスモデウスの頭上に、人間には決して聞こえないのだが、天から轟くどこか疲れた声が聞こえてきた。


 『あー、あー。 もしもーし! アスモデウス君アスモデウス君。 サタン様がお待ちです! 急いで最寄りの職業安定所【嘆きの穴】へとお越しください! あ!因みに力は使わず歩いて来てください!! 繰り返します!アスモデ…………』


 大仰な悪魔の技を用いている筈なのだが、その声はどう聞いても迷子の案内に近く、どこか惚けた声であった。


 「あの馬鹿野郎ベルゼバブめが……わざわざこんな嫌がらせするとはな……しかし、歩いて来い……か…………」


 この後、何故かスカイツリーを素手で降りる人物がインターネットの動画に公開されていたは余談であろう。


 バベル塔もとい、スカイツリーより降り立ったアスモデウスだが、歩く内に一緒に写真撮影を頼まれた事数十回。

 だが、何者の誘惑であろうとアスモデウスはそれを跳ね除ける。

 色欲を司る故なのか、よってくる女性が後を絶たずとも、彼自信は実に律儀で一途であった。 


 そんなアスモデウスは歩く中、一人語とを呟いていた。 


 「下らん…………俺が愛する人はたった一人だ」と、そんな風に。


 アスモデウスが辿り着いた場所だが、かなり微妙なビルである。

 地上は三階程しかないのだが、地下へと続く階段がデンと在り、それを降りるのは厳めしい者や妙に艶々している女性達であった。 

 さて、職業案内ともなれば、其処へ一般人が入るかと言えばそうでもない。

 端的に、地下への階段の前にはこんな立て札が在る。 


 【一般人間立ち入り禁止 入るのであれば全ての希望を捨てよ】と。

 

 だが、時折其処から出てくる一応一般人に見えなくもない彼等も、アスモデウスを見れば黙って目を伏せ道を譲る。 

 それに気を良くしたのか、アスモデウスは、悠々とビルの中へと進んでいった。


 「…………総長! お勤めごうろうさんで~す!!」


 何十人という、愛想は良いが柄の悪い男達が、アスモデウスに対して頭を深く下げる。 

 だが、アスモデウスは、片手をあげて軽く返すだけで特に取り合うことはなかった。


 エレベーターの前で、アスモデウスは、たっぷり三分間待っていたが、いつまでも動かない為に、仕方なく、若干ムッとしながら階段を使う事にする。 

 何故、人相の悪い男達が、アスモデウスに【スイッチを押しなさい】という声を掛けないかと言えば、下級悪魔と大悪魔の戦力は蟻と戦車に等しく、天地が裂けようと変わることは無い。 

 

 そのため、アスモデウスを含めた大悪魔は、仲間内からも、非常に畏れられていた。

 悪魔らしく、ドアをノックする習慣が無いアスモデウスが、ふと姿を見せた時、三十半ばの端正な顔立ちの紳士が、其処には居た。


 「お待たせしました……サタン様」さしもの大悪魔でも、跪いてこうべを垂れる。 

 

 アスモデウスの前に立つのは、ビジネススーツの紳士。 

 そう、彼の姿は違えど、悪魔の長と言われた程の悪魔の最高位、サタンであった。


 「いや~、頭を上げてくれないか?」意外なほど軽い調子のサタンの声に、アスモデウスもゆっくりと首を振り、「いえ、私程度の者では……」と、アスモデウスがそう言うと、サタンは、ゆっくりとしゃがみこんで、優しく子分の肩に手を置いた。


 訝しむアスモデウスに、サタンは、現代の世に付いて懇切丁寧に説いた。

 

 結局の所、最終戦争ハルマゲドンは起こらず、天使と悪魔は領地しまを分け合い、尚且つ、人に混ざって暮らしているという。 

 呆気に取られるアスモデウスを尻目に、サタンは疲れた様に窓の外から街を眺めていた。


 「いやぁ、もうね、天使むしけら戦争ドンパチなんて時代じゃないんだよね?  そりゃあ若い頃は俺も天使相手に一人で戦争してたよ? でもな、時代は変わってしまったんだよ。 でさ、お前…能力パワー使ったよな? アレ駄目なんだよ……この後ベルゼバブが天使の所に詫び入れに行くからさ、お前も行ってくれる? ほら、俺とかルシフェルが行っちゃうとそのまま大戦おっ始めちゃうからさ………それに、子分の面倒みないといけないしね……」


 サタンは、何処か疲れた声でそう言った。 

 今の彼は子分達の仕事を見つける事であり、それに奔走しているらしい。 

 納得が行かなくとも、上位の命令には悪魔は逆らえない。

 と言うよりも、単純に喧嘩で勝てないのだ。


 ビルから出る前に、アスモデウスはスマートフォンをサタンから見せられたが、それが何なのかはアスモデウスには分からない。 

 

 首を傾げる少年に、サタンは笑った。


 「すげーよな? そんな小箱一つでも、俺達の魔法と同じ様な事が出来るんだぜ? 人間って奴は面白いよな? …………そうは思わないか?」


  挨拶もそこそこに、ビルの外を目指すアスモデウス。

  本当なら、一刻も早くサラの元に向かいたいアスモデウスだが、上位の命令とあれば逆らうわけにも行かない。

  渋々ビルから出たアスモデウスの前に、作業服姿の青年が苦笑いを浮かべていた。


 「……お久しぶり…」そんな風に、疲れた声を出す青年に、アスモデウスは訝しい顔を浮かべていた。 

 「よう、ベルゼバブ。 相も変わらず中間管理職ご苦労様」どう聞いても皮肉なのだが、ベルゼバブと呼ばれた青年は取り合わず、掛けている眼鏡をグイッと上げる。 


 「今は蠅野と言う名なんですよ? ていうかね、アンタのお陰で行きたくもない所へ行かなきゃ成らないんだから、少しは気を使っても良いんじゃないですか?」


 詰め寄る蠅野の目には酷いクマが在り、その目は血走る。

 さしもの大悪魔も罪悪感を覚えて「すんません」とだけ返していた。


 馬が無いのに走る車。 

 所謂タクシーなのだが、その車内では蠅野がこれまた懇切丁寧に人間界の常識と、今の天使との協定についてしつこく説明を繰り返していた。 

 

 因みに、運転手も同じく悪魔なので気にしてはいない。


 アスモデウスが聞かされた協定は、大きく分けて三つだ。


 ①領域内では許可無く能力は使っては成らない。その気になれば町一つ灰燼に帰すため。

 ②天使と悪魔のいざこざは遥か彼方、もしくは立ち会いの元なるべく話し合いで解決する事。

 ③一応人間として暮らしている為、人間のルールはなるべく守らねば成らない。


 至極簡単だが、アスモデウスにとっては問題が多かった。

 一分一秒といえどもサラの近くから離れる事は彼には容認出来ず、尚且つ彼女に降りかかる一切の全てを振り払わねば成らないと豪語するアスモデウスに、蠅野は頭を抱えて深い深い溜め息を吐いていた。

 

 だが、ふと思い付いた蠅野は悲しい事実を切り出す事にした。


 「アスモデウス………気の毒ですが、サラはお亡くなりになりました」


 そんな蠅野の言葉に、アスモデウスは固まってしまう。

  当たり前の話だがサラが居たのは千年も昔の話であり、人間である彼女はあの事件の後、極普通に結婚しその生を終えた。 

 だが、アスモデウスには寝耳に水であり、激しく蠅野の襟首を掴んでタクシーの車内で振り回す。


 タクシーを外から見ていると、何か巨人に振られる如くタクシーは怪しくギッタンバッコンと動く。


 「どぉいう事だぁ!? サラが? 死んだ? 何を言ってるんだお前は!? 地上暮らしで頭がとうとう腐ってしまったのかぁ!?」


 叫び散らすアスモデウスにタオルの如く振られる蠅野。


 運転手も、流石にタクシーを路肩に止めて泣いてアスモデウスに縋り付いていた。 この間、緊急突風注意報が発令されていた為か、怪しく揺れるタクシーを見た人間は少ない。

 

 「勘弁してください! 仕事無くしたら、奥様かあちゃんに叱られるんです! 勘弁してください!」

 

 いくら下級悪魔といえども、譲れないモノは在る。

 アスモデウスと同じく泣きながら運転手は止めてと叫んでいた。


 ようやく落ち着いたアスモデウスに、蠅野は荒く息をしながら在る事実を打ち明けた。 

 「…お…落ち着け……サラは……産まれ…変わって………」そんな蠅野の言葉に、アスモデウスの歓喜の叫びが炸裂した。


 余談ではあるが、アスモデウスの高揚は、タクシーを中心とし、半径五十キロ以内のカップルは、結婚を決意させ、喧嘩していた夫婦は、その場で仲直りをさせてみせた。 

 

 この十ヶ月後、ちょっとしたベビーブームが起こったという。


 「今の彼女は【高品咲良たかしなさら】と言う名前で普通に生活しています。 …………ちょっと!?何処へ行くんです!?」


 蠅野は、喜び勇んで咲良の元へと駆け出そうとするアスモデウスを必死に抑えた。 

 彼にしてもサタンからお願いされており、お願いと言う名の命令を遂行せんと真剣だったのだ。


 「悪魔の情けだ!! 放してくれベルゼバブ!! 後で地獄のカジノを一軒丸ごとくれてやるから!!」


 流石に蠅野もこの申し出には、決心がぐらついたが譲る訳には行かない。

 此処で、蠅野は悪魔の囁きを使うことにした。


 「ほら、今やることやってスッキリしましょうよ? ね? そうすれば、私がコネを使って彼女の近くに住めるよう手配します………だから、ほら、ちゃっちゃと片付けましょうよ?」

 

 そんな蠅野の言葉に、アスモデウスは大悪魔らしくどっかりと後部座席に腰を下ろす。


 「…………行け!! 全速力だ!! いざ、天使の元へ!!」


 アスモデウスの言葉を機に、タクシーは少年の言葉と裏腹に交通ルールをしっかりと守ってゆっくりと走り出した。

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