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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
12/55

親分と子分と不良少年

 天使と悪魔は地上では死なない。

 と言うよりも、元々居た場所へと送り返されるに近く、だからこそ身の程知らずの天使は悪魔に挑んだ。

 無知の蛮勇と罵られようと、死ぬことがないからこそ、天使は堂々と悪魔でもしない様な事が出来る。 


 飛び散った天使の下半身が霧の如く消えていくのを、残ったバイクの残骸を握りながら明日野は悠々と見送る。 だが、彼は背後から襲い来るおどろおどろしい気配に気付いてしまった。

 それでも、明日野は振り返る事も出来ずにいたが、そんな少年の肩に幽鬼の様な安藤の顎がソッと乗せられた。


 「アスモデウス様……一応聞いておきますよ? 僕の愛車バイクをバット代わりにしなくてもさ……君なら簡単に勝てたよね……ねぇ?」


 答えとしては「ハイ勿論」なのだが、安藤の暗く澱んだ声に、明日野は答えに窮した。 

 無論、出来なくはない。

 やろうと思えばそれこそ息をする様に出来るが、【その場の勢いでした】とは言えず、ひたすら額とは言わず全身から冷や汗を流していた。


 怪しい空気に包まれる二人を無視し、ユフィールは淡々と辺りの事を探るが、どうにも人払いの陣は消えたらしい。 

 大天使にも勿論古代魔術は使えるがそれを露骨に使う者は今までほとんど居ない筈だった。

 意識を失い寝転ぶ学生達の息が在るのを確認すると、明日野を囮にコソコソと安藤から離れていく。

 無論、一応小声で「ごめんなさい」とは呟いていたが、悪魔らしい雰囲気を隠そうともしない安藤がユフィールは怖かった。


 ボロボロの白衣を片手に、溜め息付きながら店舗の中に戻るユフィール。

 肩と首をゴキゴキ鳴らしながらため息を付いていると、店の奥からクリップボード片手の咲良と出くわす。 

 最初言い訳を考えていたユフィールだが、彼女の思惑と咲良は関係なかった。

 

 「あぁ店長……絆創膏と風邪薬が少し足らないと思いますけど…………どうしたんですかその服? 転びました?」


 ユフィールの服装から連想した咲良はそういうが、寧ろ今言われた事でユフィールは倒れた。 

 

 「ちょ!? 大丈夫ですか?」心配する咲良を余所に、悪魔は悪魔らしくなく首をぐりぐりと横へ振っていた。  

 平和な薬屋の中とは違い、その店の外ではエラいことに成っていた。


 呪いを掛けんと勤しむ安藤に、必ず弁償すると言い残し、明日野は【人払いの陣】を探していた。 

 時折悲しげにバイク屋に電話をする安藤を恐々見ながら、明日野は残った術らしき気配を近くから悟り、薬屋の店舗がある建物の壁をよじ登っていた。

 未だに周りに人影は無く、誰かが見たらこう言うだろう、【あ!蜘蛛人間だ!】と。


 ちっぽけなビルの屋上には、確かに人払いの陣の跡はある。

 だが、筆跡から誰かを特定されるのを恐れたのか、足で踏み消した様に成っていた。 

 舌打ち一つで明日野は口惜しく思うも、コレでは証拠に成らず、彼は悩む。

 何がどうであれ、地上に置いて、しかも市街地で力を振るったことに。

 どうしたものかと頭をポリポリ掻くのだが、電話を掛けようにも、明日野は渡された機械の使い方が分からなかった。


 少年が一人悩む頃。  

 

 その少年の住まいでは保護者役の蠅野も悩んでいた。 


 遠くからでも明らかに誰かが【パワー】を解放した余波を感じ、だいたいソレが誰なのかも察しはついている。

 頭痛と胃痛を同時に覚え、悩む蠅野を余所に、明日野のアパートのドアがコンコンとノックされた。


 ドアの向こうからは明らかに只ならぬ雰囲気が漂い、蠅野の胃がますます痛みを覚える。

 それでも、渋々ドアを開ければ、作り笑いを浮かべる紳士が居た。


 「よう蠅野…………チョイとドライブに付き合わないか?」


 言葉の主は佐田であり、いつになく膝下まである高級なロングコートと背広を纏う彼に、蠅野は悲しくなりながらも頷いた。

 

 どう見てもヤクザの幹部らしい人物に引っ立てられる蠅野を、高品理彩は、ドアの隙間から見守る。

 近くに越してきた奇妙な少年と共に、何故だか妙に好奇心が湧き上がっていた。


 黒塗りの高級セダンが走る中、居心地悪そうな蠅野に、佐田は相も変わらず作り笑いを浮かべている。 

「……蠅野……そう気にするなよ? 子分の不始末は親分がけつ拭いてやらないといかんからなぁ…………」

 そんな佐田の言葉に、蠅野は安堵の溜め息を漏らしていた。


 たった一人の王に悪魔達が従うのは、それが王たる者だからだ。 

 

 威張り散らす事もせず、普段は何もしない。

 だが、誰よりも強く、子分の面倒見が良いからこそ、全ての悪魔は彼にこうべを垂れる。

 

 黒塗りの車は一路、在る場所へと向かっていた。

 蠅野は二度と来たくはなかったが、今度の相方は明日野とは段違いにたちが悪いともいえた。

 喧嘩っ早いと言うよりも、単に強すぎるというのは弊害が有る。

 小細工など必要無く真っ向からたった独りで天使丸ごと相手にしかねない佐田の横で、蠅野は益々酷くなる胃痛に悩んでいた。


 またしても、蠅野はあのドデカい天上会の門の前に居た。

 笑いながらもズカズカ足を進める佐田は、開かれるのを待つつもりはないのか、素手でその門を押し開いていく。 

 止め木の爆ぜる音と共に半ば無理やり門は開かれるが、其処にはチンピラ天使達の姿はなかった。

 居ない訳ではないが、皆出てこれないだけの話である。


 天上会の屋敷の庭。


 それは二メートル程の幅がある石畳の道の周りには、白砂が張られ大変な豪勢さだが、庭の真ん中には剣を片手に携えるミカエルしか居ない。

 例えどれだけの戦力を出そうとも、意味が無いからだ。


 「よう兄弟!……元気してた?」


 佐田の気軽な挨拶にも、組長たるミカエルは微塵の瞬きもせずに身構えている。

 それを気にもせずに佐田はポケットに手を突っ込んだままミカエルの間合いの僅か外に居た。  

 「今回は………アレだ………うちの若いもんがチョイと暴れちまったけどよ………テメェの所のが先に仕掛けたんだろ? 相子って事で収めてくれない?」

 顔だけニコニコ笑いながら佐田はそう言うが、ミカエルま僅かに口を釣り上げる。


 「ほう? 逆に聞きますけど……此方が手を出した証拠でも在るんですか? 詫び入れて済む話もあれば、今回は此方の方が被害が大きいと思いますがね? さらに断って置きますが、今回の件は私の指図ではありません」


 そう言うと、ミカエルは鞘から剣を引き抜く。

 見た目は地味な剣なのだが、コレはある種の最終兵器とも言えるモノだ。 

 かつて天上での反乱の際、神の武器庫から持ち出された【勝利の剣】、コレによって実力不足のミカエルでもサタンに打ち勝ち、辛くも勝利を納める事が出来た。 


 自信満々に剣を携えるミカエルだが、佐田も同時に笑う。 


 「ほ~ん? んで、じゃあ何か? アスモデウスを地獄へ戻せとでも言いたいの?」

 佐田の言葉と共に彼の笑顔も消え、星が見えていた筈の空も暗く澱む。 息を僅かに飲み込み、ミカエルの膝の笑いは彼が履く袴によって隠されていた。 

 熾天使としての面子も在ってか、ミカエルも引くことは出来ない。

 たった一人とはいえやられた分は親分としてケジメを付けさせねば成らず、ジッと佐田を睨んでいた。


 「まぁ、そうですよね? 協定通りなら…………」

 其処まで言った所でミカエルの言葉は止まる。

 今や黒い霧を身体の周りに纏わせつつ在る佐田と同じ様に不機嫌そうな蠅野の姿に。 

 【勝利の剣】は一振りしかない。 

 これ自体は非常に強力な武器では在るのだが、同時にたった一人しか相手に回せない事を示す。 


 大悪魔二人に睨まれ、ミカエルが降参しようか悩む頃。

 後ろからコソコソと近付くチンピラ天使が一人。

 ブルブル震えながらも何とか彼はミカエルに耳打ちをするのだが、それはただの悪いニュースだった。 

 ポケットから手を出し、肩をグルグル回す佐田はニヤニヤと笑う。


 「おっとぉ? 言い忘れたけどさ…………子分共がお前等に挨拶したいって屋敷の周りでまってるんだよな?」


 佐田の言葉通り、天上会の屋敷の周りは老若男女の人影が溢れている。 

 年齢から服装性別まで千差万別だが、特徴としては全員の目が赤く光っているという点だろう。


 「…………俺もよ、もう丸くなる歳だからさ…………此処は穏便に、相子って事で納めちゃくんねぇか? …………兄弟」


 佐田の申し出を、ミカエルに断る術はなく、悔しげに剣を鞘に収める事で了承の意を示した。


 「…………卑怯なやり口ですよね?」

 ほとんど負け惜しみなミカエルの言葉に、踵を返しつつあった佐田は笑う。


 「そりゃそうよ! 俺は悪魔わるもんだからな」そんな風に、佐田は気軽に返した。


 屋敷の周りに集まっていた子分達も、佐田の帰りに人には聞こえない声で盛大に勝ち鬨を上げた。

 

 帰り道の車の中。

 蠅野は佐田に頭を下げる。

 「すいません……なんか、手間取らせてしまって………」気まずそうな蠅野の肩を、佐田は少し叩くと豪快に笑う。 

 「何言ってんだ? 子分が困ったら、それを助けるから親分て言うんだぜ? 第一、恋する悪魔こぶんってのも可愛いもんだろ?」

 上機嫌な佐田に、蠅野も少し笑って返していた。


 何とか保護者としての面目を蠅野が守ったのと同じ頃。

  

 相も変わらず赤い溶接面を付けた店員の手によってトラックに載せられていくバイクの残骸とは別に、その作業の横ではペコペコと安藤に頭を下げ続ける明日野少年の姿があった。

 屋上から降りた明日野だが、安藤はしっかりと待っており、彼女はこめかみをピクピクいわせながら苦笑いを浮かべている。


 「……いいよ?…別に僕は怒ってないよ?…しょうがないよね?……うん…ちゃんと弁償してくれればさ…」


 そうは言うがどう見ても怒っている安藤に、明日野は上位ながらも頭が上がらなかった。

 例え大悪魔とは言え義理も人情もある明日野である。

 なんとか安藤を宥めようと努力したが、無論ソレには裏がある。

 

 あわよくばバイクの件は無視を決め込もうと考えていたが、そうは問屋が卸さず、結局の所は明日野が全額弁償の運びと成っていた。


 バイクの残骸を積み終えたトラックの窓からは、赤の店員が安藤に手を振る。


 「ようお嬢さん! やっちまったもんはしょうがねぇだろ? 送ってやるから乗って来な!!」如何にも面倒見のいい赤の店員の言葉に甘え、安藤はトラックの助手席に乗り込むが、その目は微塵も笑ってはいなかった。


 去りゆくトラックからは、安藤の呪い節が明日野に届けられる。

 「……明日野君!…請求書、贈るからね!…」見た目だけならば、別れを惜しむ様に手を振る安藤と苦笑いの明日野だが、その言葉はソレとは程遠いモノであった。


 倒れ伏す学生達など一切気にせず、明日野もへたり込む。

 疲れたと言うよりも精神に来ていた。 


 どれくらい座っていたのか明日野が忘れた頃。

 

 明日野の頭には【やっちまった】という言葉が浮かんでいたが、ふと近付く気配に、頭を上げると、心配そうに自分を見下ろすバイトを終えたらしい咲良が其処には居た。


 「どうしたのこんな所で?大丈夫?」


そんな心配そうな咲良の声に、明日野は立ち上がり不動の姿勢を見せる。

 だが、彼の口から出たのは「…はい……大丈夫です…」コレだけだった。

 不幸にも咲良に気が向いていた為か明日野が気付いていないことが一つ在る。

 それは、少し離れた薬屋からコソコソ逃げ出すように帰宅しているユフィールの姿であった。


 今日のバイトを終えた咲良は、自転車を押して帰ろうとした時、何故か道端でへたり込む明日野を見つけたそうだ。 無論少し離れた所には他の学生達や無駄に抉られた地面が有ったが、偶々御近所さんが居たために彼女が事件の跡を見て、首を傾げていた。

 妙に学生服がボロボロなのについては咲良も心配していたが、明日野が転んだと言えば咲良は口を噤む。 若干寂しげな彼女の横顔に明日野は逆に心配したが、自転車を押しながら咲良は少し笑う。


 「喧嘩…………したの?」

 意外に鋭いのか、直球な質問をぶつけてくる咲良に、明日野は答えに窮す。

 勿論戦闘はしたのだが、それを言おうとは思えず、今度は明日野が口を噤む。

 そんな彼の頭を、咲良はソッと撫でていた。

 「…………駄目だよ?喧嘩なんかしちゃ…………」そう言う咲良に、明日野は「……すみません……」としか返せなかった。


 見る者が見れば、【気にするのは其処じゃない】と指摘したくなるだろうが、そんな呑気な咲良だからこそ、大悪魔は恋をしたのかも知れない。


 魔法すら使える悪魔達だが、出来ない事も在る。 

 それは無いモノは生み出せないと言うことだ。

 元々化ける時点で服を生成すれば、それは力によって元通りにするのは簡単だが買って着た着衣を直すことは出来ない。

 コレは天使も同様であり、強いてコレが出来る者を上げるとするならば神だけだろう。


 色々遭った一日。 それでも、咲良と一緒にアパートに帰れる事だけが明日野少年には救いである。

 「本当に大丈夫?」そんな咲良の言葉に感謝を覚えつつ、明日野は相も変わらず恥ずかしがっていた。 

 

 「…はい…あの……はい……だ、大丈夫…です…」結局の所、明日野はまたもろくに話すことが出来なかった。

 だが、今日の所は彼女を守れたという事だけで良かったと、明日野はそんな風に考えていた。


 余談ではあるが、後日明日野に一通の書類が送られて来た。

 勿論バイク屋【PALE riders】からの請求書であり、内容は端的である。


 【 パーツ代と車両代金含めて百七十五万円を請求します。 安心してくれ、工賃は引いといてやったぞ! 赤の店員より】


 ソレを見て、明日野は感謝と同時に深い深い溜め息を吐いていた。

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