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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
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天使と悪魔

 天使は人を操る様な真似はしない。

 騙すと言うのも弊害が在る。


 彼等は欺瞞と偽善者ではあっても一応は悪党ではない。

 文字通り他人を手段を問わずで操り動かし、己の手を汚すことなく己の基準に合わせた正義を行うからこそ、人は彼等を信じ崇め奉るのだ。


 【ああ、天使様。 私をお救いください】と。


 ユフィールは医者や科学者であって戦闘狂ではない。

 戦えない訳ではないが、戦うのを渋る理由もある。

 端的に言えば、人間の身体は脆すぎるのだ。 


 刺せば死ぬ。

 撃たれれば死ぬ。

 極々簡単な毒でも死ぬ。


 首を絞めたら、やはり死ぬ。


 それこそ、蟻を踏み潰すのと大差は無く、自己防衛の名の下に相手を鎮圧するだけならば、中級の悪魔で在れば天使擬き如きに遅れはとらない。


 だからこそと言うべきか、ユフィールは無意味に苦戦を強いられていた。


 鉤爪の様に振るわれる学生の手をソッと払い、草刈り鎌の様に襲い来る足蹴りを避け、ユフィールはひたすら自分の大切な店と店員を守っていた。


 頭に偽物の輪を乗せた学生達と人払いの陣を見て、ユフィールがソドムとゴモラをを例にしたのは過去の事件が絡んでいる。

 かつて滅ぼされたソドムとゴモラは死海のほとりに在り、コレの原因は元天使の【大悪魔ベリアル】の責任とされていた。

 彼は天使でありながら同性愛や獣姦を推奨していたと、人が記した記録にはある。 

 だが、謂われの無い濡れ衣にも関わらず、口八丁のベリアルとはいえ、神に反逆する事は叶わず、彼は渋々、共を連れて、在るお使いをさせられていた。


 記述や史実がどうであれ、後生にベリアルが汚点として残されている事件では在るが、これとは別に、過去のベリアルは【人払いの陣】を用いて、街を燃やした。


 文字通り、ソドムとゴモラの建物だけを。

 その際、彼はこんな言葉を報告として残している。


 【えぇ、はい…………確かにソドムとゴモラは燃えましたよ? 跡形も無く】


 天使として神に逆らえず、頓知とんちを効かせたベリアルだが、結果として神に逆らった彼もまたその身を悪魔へと落としてしまった。

 だが、彼自身はこれ以降も口での話術を高め、より一層その技術を磨いたという。


 神に付いては諸説紛々だが、有名な悪魔払いはこう述べている。


 【神は居る。 だが、それは瓶に蟻を飼う子供と同じ。 言うことを聞かなければ殺すことすら厭わない。 第一、祈っても助けてはくれない。 自分で何とかするしかないのさ】と。


 だからこそ、ユフィールは人を、人間を殺すことを躊躇っていた。

 天使と違い悪魔は直接的な介入を著しく嫌う。

 理由としては非常に単純明快で、単に【めんどくさい】からである。


 サラの一件は特別な例であり、かの有名な【少女、悪魔憑き事件】に至っては、聖職者に名前を聞かれた被害者は上から順にサタンを初めとした上位六強を上げたが、コレは話として無理がある。

 それだけの大悪魔が、一カ所に集まれば、それだけで宇宙戦争が始められるだけの戦力である。

 たかが人間の小娘一人に拘るのはアスモデウス位のものであり、彼にしてもサラに何かをするということは無かった。


 天使擬きは、何者かの手によって時折人の間に現れる奇妙で歪な存在である。

 人は時に彼等を英雄と崇め、悪魔から世界を救う何かと勘違いしていた。

 詰まるところは突然変異アノマリーの一種であり、偶々ほんの少し強いか賢いに過ぎない。


 だが、そんな紛い物でも本来の力を解放せずに戦うのは限界が在る。

 ユフィールの白衣がボロボロになり始め、衣服から彼女の白い肢体が艶めかしく露出しそうな頃。


 人払いの陣の破り、法規制九十六デジベルを遥かに超えたバイクによる咆哮が陣の中に轟いた。


 天使擬きの学生達は見てしまう。

 憤怒に燃える大悪魔の少年が、相乗りのバイクから勢い良く跳んでくるのを。


 空中で丸まり一回転。


 体制を立て直しつつ、明日野は脚をビシッと伸ばして叫んだ。


 「デビルゥ! キィッッックゥ!!」


 要するにタダの跳び蹴りなのだが、バイクの勢いを利用しての蹴りの威力は凄まじく、天使擬きの学生一人を六メートルは蹴り飛ばしていた。 

 敵に回せば恐ろしい存在ほど、仲間にすれば頼もしく見えてくる。

 ユフィールはコホンと咳払いしつつ、久しい顔を見て笑った。


 「…………お久しぶりよね?アスモデウス…………」 

 

 そう言われ、腰に手を当て公然と明日野はユフィールを指差す。


 「…………此処では明日野だ。 明日野大…………覚えておいてくれ」


 ビシッと決めたは良いが、周りには昼間見た顔が何人も居た為か、明日野は指を下ろし盛大に溜め息を吐いた。 「…………言った筈である。 次は無いと……」明日野の言葉に呼応するかの如く、彼の両目の瞳は黒から赤へと変わり、その瞳は僅かに輝く。


 本来であれば、ああでもないこうでもないと言い訳を付けて力を解放する事はしないアスモデウスだが、友人の服がボロボロとあってはそうもいかない。

 司るモノが何であれ、アスモデウスは実に律儀な悪魔であった。


 元々短期であり、断じて気長ではない明日野。

 我慢している理由は咲良一人の為であり、それに近付こうなどと言うのは昔と変わらず断固許す気は無い。

 相手の目的がなんであれ、協定がどうであれ、動く時は動くからこそ大悪魔であり、部下が慕い同時に恐れる地獄の統治者たる威厳を保つのだ。


 殺しはしないものの、ユフィールは両手で口を押さえてどうしたものかというポーズを見せる。

 そんな彼女の横には、暖機を続けるバイクに跨がる安藤真理の姿に、ユフィールは鼻から溜め息を吐いた。


 「…………貴方も昔は伯爵様でしょうに? 何で今更そんな姿に?」どこか惚けた様子のユフィールに、安藤もヘルメットを取って笑い返す。

 「そういう君こそどうなんだい? ベルゼバブ直下の部下………そして今も昔も彼の健康管理をしている…………お互い様だろう?」安藤がそう言うと、ユフィールは一言だけ「…………そうね」と呟いた。


 いまだに薬屋の倉庫で鼻歌歌いながら在庫管理に咲良が精を出している頃。 近くの店の外ではたった一人の少年が八面六臂の活躍を見せていた。

 

 太古の昔、天使との小競り合いでそうした様に。

 襲い来る敵を手加減しつつ投げ飛ばし、跳んでくるのを上げた踵で打ち落とす。

 ユフィールはそれを見ながら、同時にソッと目を横に向けると、僅かに頬を染めた安藤真理の姿が在った。


 何人もの屍、もといウーウーと呻く程度には生かしておき、それとは別に級友でもあり、今は敵である天使擬きとなった近藤を明日野は捕まえていた。


 「お前は最後に回すと約束して置いたな…………」明日野の優しげな言葉に、今や戦々恐々の近藤は哀願するかの視線を明日野に投げかける。

 「…………そ、そうだ! 明日野、助けてくれ!」近藤がそう言うと、明日野は大悪魔らしい非常に不気味な笑顔を浮かべ、一言だけ呟いた。


 「残念だが…………アレは嘘だ」その言葉と共に、明日野は近藤を下から顎を殴り飛ばした。


 左手を高々と上げ、まるで勝ち名乗りの様に立ち尽くす明日野。

 未だに腰が抜けた様に震える天使擬き達に、左手をゆっくり下ろしながら悠々と近付く。

 それを、遠くのビルから見下ろす影一つ。

 頭から真っ黒なローブを被っているため顔は様として伺えないが、その美麗な口はつり上がり、明らかに明日野を嘲笑っていた。


 唐突にがくりと倒れ伏す学生達から何やら白い湯気が立ち上る。

 それは一塊に成っていきながら在る形を形成していった。

 筋骨隆々を通り越し、象か何かの様に膨れ上がった筋肉の塊の上半身に白い羽。

 無駄にフサフサな金髪と頭の輪が、ソレを大天使アークエンジェルであると示していた。

 体格は全く違えど、その顔には明日野は覚えが在る。

 ソイツはミカエルに詫びを入れに行った際、殴り飛ばした下っ端天使である。


 『よう!糞悪魔! この前はよくもやってくれたなぁ!?』


 人間にはきこえずとも、悪魔達には聞こえる大音量の罵声に、ユフィールも安藤も耳を押さえるが、明日野は睨み付けるだけに留まる。

 象の足の如き太い太い腕を持ち上げ、明日野を指差し、羽をナイフの様に飛ばす。

 爆音と共に土煙が少年を覆い隠し、それを見た天使は勝ち誇る様に叫んだ。


 『テメェをれば俺も金バッジ! 上位の権天使プリンシパティスウに格上げよ!! 要はテメェをぶち殺せなくとも、後はあのチンケな咲良とか言う小娘をチョイとひっ捕まえれば…………』


 大天使の言葉は止まる。


 足元の土煙の中にいた筈の少年が、少しボロいYシャツとスラックスを纏いつつ、すぐ目と鼻の先に居たからだ。 防御する間もなく、少年は引いていた腕を伸ばして三メートル以上はゆうに在る大天使を殴り飛ばした。

 

 『べぶぅ!?』そんな何とも言えない悲鳴を吐きながら大天使は後ろに転がり、目を爛々と赤く輝かせる少年は軽々着地を決める。


 若い天使の中には勘違いしている者も多い。

 天使と大天使の戦力比は実に二十倍だが、彼等は実は悪魔との交戦経験は無く、天使を遥かに凌駕する大悪魔の存在を知らない。

 年を経た天使は決して上位の者と戦おうとはしない。

 絶対的な戦力の差は例え相手が本来の力を出さずとも覆る事は無いからだ。


 咲良の事を明らかに狙われた明日野は、大悪魔アスモデウスとして怒っていた。

 何かないかと手近にあった鉄の集合物を見つけ出し、呆気に取られるユフィールと安藤の元にズカズカと近寄ると、明日野は深々と頭を下げる。


 「頼む安藤…………バイク貸してくれ」


 真面目な声と真剣な表情に見とれ、安藤はどうぞ愛用のバイクから降りたが、彼女は勘違いをしている。

 怒っている明日野はバイクを乗り物としては見てはおらず、あくまでも手近にあった金属の塊と見なしている点だ。


 ユフィールと安藤は同じ様に首を傾げたが、安藤は先に明日野の意図に気付いてパッと首を元に戻す。


 「ち、ちょっと待ったぁ!!」

 

 そんな安藤の叫びも虚しく、ブォンという恐ろしい音を立てながら明日野は砲丸投げの選手の如く回り始めていた。

 

 鼻っ柱をへし折られ、激痛に呻きつつも怪我の再生を終えた大天使が見たモノは、百キロ以上のバイクを軽々とバットの様に振り回す少年の姿であった。


 「天国へ送り返してやる!!」


 叫びと共に微塵も手加減せず、明日野はバイクを大天使の胸にぶち当てる。

 戦車砲ですら耐えられる筈の大天使の肉体は、爆音と共に圧倒的な圧力から派手に飛び散り消えていく。


 「ああっ!?」と気付いた安藤は、悲しげに見ていた。


 飛び散った天使と同じ様にひしゃげ、飛び散る自分の愛車の無残な姿を。

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