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分身  作者: エンデバー
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 伊勢崎刑事のいう通り、俺は留置場に入れられることになった。留置場に入れられると同時に、もしかするともうここから出ることはできないのかもしれない、という不安が一気に胸の中に広がった。もう一人の俺の存在なんて、誰も信じることはないだろうし、科学的に立証することも不可能だ。俺自信でさえも、もう一人の自分の存在など信じたくない。

 信じたくはないが、ずっと頭に引っかかっている言葉があった。黒い影がいった『お前は俺。俺はお前』という言葉だ。それの存在を認めれば、この言葉にも納得できる。

 伊勢崎によると、麻衣の証言は聞き入れられなかったということだった。やはり、同じ時間軸の中で、同一人物が別々の行動をとっているということは考えられないらしい。警察は麻衣の証言よりも、物的証拠である銀行の映像のほうをとったのだ。それが、正しいことなのだろう。証言よりも、物的証拠のほうが確かなのだから。

 留置場に入れられ、一週間、二週間と月日が経っていった。無情にも時間だけが悪戯に過ぎていくだけで、事件に進展はないようだ。いや、捜査はすでに終わっているのかもしれない。同じ顔の犯人は捕まっているのだから、捜査する必要もないのだろう。

 ある日、留置場にいくつもの足音が重なって聞こえてきた。ひんやりとした空間に、地下道を歩いているように響く靴の音。その足音は、俺の留置されているところで止まった。俺が顔をあげると、伊勢崎と若い男の刑事が立っていた。

「朗報だ。君は釈放されることになった」

 伊勢崎がいった。

「釈放……真犯人が捕まったんですか?」

 自分でも情けないくらい、力のない声だった。留置されてだいぶと疲れきっているようだ。

「いや、犯人が捕まったわけではない」

「それじゃ、なぜ?」

「新たな事件が起きたんだよ。犯人の顔はちゃんと防犯カメラに収められている」

 それを聞いて、俺はまさかと思った。事件が起きて、俺が釈放されるとなると答えは一つしかない。

「事件を起こしたのは、俺だったんですか?」

「そうだ。君が留置されている間に起こった事件なのだから、我々警察も混乱している。君の無実は明白となったが、事件は洗い直しだ。全く、面倒な事件だ」

「今度の事件はどんなものだったんです?」

「コンビニ強盗だ。銀行強盗のときと同じように、店員は頭を撃ちぬかれ殺された。それに客が一人殺されている。捜査により、銃は以前に使用したものと同じということがわかっている。これで犯人の持つ銃は弾丸がなくなった」

 いいながら、伊勢崎は留置場の鍵を外した。

 銀行強盗で四人射殺し、コンビニ強盗で二人射殺した犯人の持っていた銃には六発弾丸が装填されていたことになる。さらに、警察を一人殺しているから犯人は七人もの人を殺しているということになる。

「犯人の足取りはつかめているんですか?」

 伊勢崎は首を振った。

「銀行強盗のときと同じだ。目撃情報などは一切ない」

「すみませんが、その映像を見せていただくことはできますか?」

 俺は二人の刑事の顔を交互に見た。

「別にかまわんが、なにか引っかかることでもあるのか?」

 伊勢崎がいった。

「引っかかることというよりは、ちょっと気になることがあるんです」

 コンビニのビデオを見て、俺の考え通りなら、銀行のビデオを見たときに感じた違和感が拭い去られることになる。

 伊勢崎と若い男に連れられ、俺は取調室へと入った。伊勢崎は部屋を出て行くと、しばらくしてから、ビデオテープを持って入ってきた。

「これが問題のビデオテープだ」

 といって伊勢崎はビデオデッキにビデオテープを入れ再生した。

 テレビに映し出されたのは、銃を構え店員を脅している俺だった。銀行の時と同様に、変装は一切していない。店員は怯えながら、レジのお金を鞄に詰め込んでいる。店員が詰め終えると、彼は銃の引き金を引き、店員の頭を撃ちぬいた。そして、店を出る間際に、客を一人撃っていった。

 ビデオテープを見て、俺の違和感は拭い去られた。足りなかったものの正体がつかめたのだ。そして、今まで起きていた不可解な出来事も全てわかった。あとは、もう一人の俺をどう捕まえるかが問題だ。

「なにかわかったことでもあったかね」

 真剣にビデオを見ている俺に、伊勢崎が訊いた。

「ええ。もうビデオを止めていただいても結構です」

 伊勢崎はビデオを停止させ、俺に顔を向けた。そして、口を開いた。

「このビデオから一体なにがわかったんだ」

「もう一人の俺の正体ですよ」

「なんだって! それは本当か?」

 伊勢崎は目を剥いた。

「はい。しかし、もう一人の俺を捕まえることは不可能でしょうね」

「どういうことかね?」

「部屋を明るくしてもらえますか」

 伊勢崎は照明のスイッチを押した。薄暗かった取調室は、ぱっと明るくなった。俺は立ち上がった。

「俺を見てください。影が無いでしょ」

「どうして……」

 伊勢崎は驚きながら、ぽかんと口を開けていた。もう一人の人間が存在するだけでも不思議だというのに、人間に影がないということまで目の当たりにしたら、驚きも隠せないだろう。

「そう、もう一人の俺の正体は、俺の影だったんですよ」

「そんなことが有り得るのか」

 俺はため息をついた。

「今更そんなこといわないでくださいよ。これだけ不可解なことが起こっているんですから、不思議でもないでしょう」

「それじゃ、犯人の足取りがつかめなかったのは……」

「おそらく、周りの影と同化したんでしょうね。影の中を移動することができるんじゃないでしょうか。銀行強盗のほうのビデオも確認してみてください。犯人には影がないと思います」

「ああ、わかった。だが、これじゃ犯人を取り押さえることは無理だな」

 伊勢崎は考え込んだ。

 俺は今までに起こった不可解な出来事を思い出してみた。あの夢を見た次の日から、事件は起きていたのだ。全ては、俺の影の一人歩きが原因だった。ゲームセンターで母が見た俺も、麻衣から告白を受けた俺も、隼人が見た俺も、全て俺の影だったのだ。不可解な出来事が、全て日中に起こっていたのは、夜は影ができないからだ。陽がないと、影は行動することができなかったのだ。

 影の一人歩きを食い止める方法が、一つだけあるかもしれない。影と本体は一心同体だ。俺が自分の影に触れれば、俺の影は戻るのではないだろうか? しかし、そうするには、やつが俺の目の前に現れなければならない。

 伊勢崎に連れられ取調室を出ると、俺は釈放されることとなった。警察署の入り口付近で、麻衣が椅子に座って待っていた。俺は彼女の許へと駆け寄った。

「どうしてここに?」

 座っている麻衣に尋ねた。彼女はなにも答えず、俺に抱きついてきた。俺は優しく彼女を抱きしめた。

「伊勢崎さんが教えてくれたの。今日、大輝が釈放されるって」

 俺は後ろに立っている伊勢崎のほうに首を捻って彼を見た。伊勢崎は、笑顔だった。そんな彼に向かって、俺は軽く頭を下げた。

「大輝のバカ。心配だったんだから」

 麻衣の声は涙声だった。

「それじゃ帰るか。なにか奢るよ。心配かけたからな」

 麻衣は顔をあげると、微笑んだ。彼女の目には涙が含まれていた。俺はそっと彼女に口付けした。

 警察署を後にした俺たちは、小さな喫茶店に入った。ほんのりと、コーヒーの香りが漂う店内にはカウンター席に男が一人と、奥のテーブル席に若いカップルがいるだけだった。俺と麻衣は、窓側の席に着いた。俺はコーヒーを注文し、彼女はコーヒーとサンドイッチを注文した。少ししてから、ウエイトレスがカップを二つとサンドイッチを運んできた。

「なんだか顔色悪そうだけど大丈夫? だいぶ疲れてるんじゃない」

 麻衣は心配そうに訊いた。

「そりゃ……二週間以上、牢屋にぶち込まれていたんだからな。あんなところ、二度と入りたくないね」

 麻衣は、ふふふと笑った。

「笑い事じゃないって。麻衣も入ってみたらどうだ。罪を犯せば経験できることだぜ」

「私はそんな罪を犯すような人間じゃありません。一生縁のないところね」

 麻衣は周りを一瞥すると、

「大輝が釈放されたってことは、真犯人が捕まったってことなの?」

 と声のトーンを落として訊いた。どうやら、彼女は本当のことを知らないようだ。俺は話そうかどうか迷った。

「いや、捕まってないよ。けど、俺の疑いが晴れたってことだ」

 本当のことは話さず、彼女を誤魔化すことにした。これ以上、彼女に心配をかけることはできない。俺の問題に巻き込むわけにはいかない。

「そっか。でもよかった。大輝が釈放されて」

 麻衣はそういうと、コーヒーを啜った。視線を窓の外に向け、ほっとしたような顔をしている。

「ねぇ……さっきから私たちつけられてない?」

 麻衣は俺のほうに顔を近づけると、小さな声でいった。

「つけられてるって誰に?」

「ほらあそこの人。新聞読んでるようにも見えるんだけど、さっきからずっとついて来てるよ」

 麻衣は窓の外を指さした。俺はその指先を辿った。帽子を深く被り、新聞を読んでいる男が立っていた。その男は俺の視線に気づくと、口をぱくぱくと動かした。誤魔化せ、といったように思えた。

「気のせいだろ。気にすること無いって」

「そうかな、でもずっとつけてきてるんだよ」

「たまたま、同じ道だっただけなんじゃないかな」

 麻衣は依然として訝しげな目で男を見ていたが、それ以上なにもいわなかった。


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