5
待ち合わせ場所の小さな公園に戻ってきた俺たちは、ブランコに腰掛けた。午前中とは違い、公園には数人の親子がいた。砂場で砂山を作っている子供たちに、少し離れたところからベンチに座って子供たちを見守る母親の姿。夕方の公園によくある光景だ。
「大輝って、ジェットコースター苦手だったよね?」
麻衣は確かめるように訊いた。
「ああ、苦手だ」
俺は高いところが苦手なのだ。それに、ジェットコースターともなると、スピードが加わるのだから尚更。しかし、今日は仕方なくそれにも乗ったのだった。
「今日の大輝、前とは別人のような気がした」
「別人って?」
「前行った時、ジェットコースターに乗ろうって誘ってくれたのは大輝だったの」
「俺から誘った……」
ジェットコースターが苦手な俺が、そんなことをするはずがない。
「だけど、今日は違った。ジェットコースターに乗った時、大輝はずっと怯えてたし」
「それじゃ、麻衣と行った俺は誰なんだ」
「わからない」
麻衣は首を振った。彼女の頭の中も混乱しているのだろう。
「確かに大輝だったわ。だけど、今日の大輝とは違った。やっぱり二重人格とかじゃないの?」
「そんなはずはない」
俺はつい怒鳴ってしまった。
「二重人格とか多重人格って、本人には自覚がないものよ。それにその時は記憶がないんだし」
仮に俺が二重人格としても、ほかの不可解な出来事は解決できない。突然身体に走った痛みや、忽然と物がなくなっていたりしたことの説明がつかないのだ。
しばらくすると、子供たちは帰っていった。公園に残されたのは俺たち二人だけだ。空は赤く染まりつつある。俺は立ち上がり麻衣の前に立つと、彼女の手を引っ張って、公園の端にある大きな桜の木の下まで行った
「これ覚えてるか?」
桜の木の幹に、二つの横線が刻み込まれている。二つの線には、三センチくらいの隙間がある。
「私たちが小学生のころに測った身長だよね。確か……小学四年生の頃だったかな」
「そう」
上に刻まれているのが麻衣のもので、下が俺のものだ。
「あのときは、大輝ちっちゃかったもんね」
「今は違う。身長測ろうぜ」
俺は桜の木の幹に背をつけ、背筋をぴんと伸ばした。麻衣は少し尖った石で、俺の頭上に一本横線を刻み込んだ。次に、麻衣が桜の木の幹に背をつけ、俺が彼女の頭上に横線を刻み込んだ。
「少し目を瞑ってくれないかな」
麻衣はこくりと頷くと、目を瞑った。俺は彼女の唇にそっと唇を重ね合わせた。柔らかな感触が伝わってきた。彼女は目を開けると、驚いた表情で俺を見つめた。
「これが俺の答えだ。俺、麻衣のこと好きだよ」
一言出てこなかった言葉。俺が出した答え。今日、俺から告白しようと決めたことだった。麻衣からすると俺に告白して、俺から告白されたことになるのだろう。
「ありがとう」
麻衣は今にも泣き出しそうな顔をしている。俺は彼女をぎゅっと抱きしめた。
「ごめんな、俺が記憶ないばっかりに悲しい想いさせて」
「ううん、大輝の気持ち聞けたから、もうそれでいい」
俺は桜の木に彫られた二つの横線に目を向けた。二つの線は十センチくらいの差がある。その二つの線は、俺と彼女の新たなスタートラインが刻み込まれた証でもある。