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小さな公園には誰もいなかった。俺は公園の時計台の下まで行くと、時計を見上げた。時計は午前九時四十五分をさしていた。彼女との待ち合わせの時間まで、後十五分ある。近くのベンチに腰を掛け、地面に視線を落とした。俺の影は依然として戻らない。どうして消えてしまったのか、未だに答えも見つからない。
ふっとため息を漏らすと、青い空に目を向け、ぼうっと雲の流れを目で追った。雲の流れと共に、雲の影も移動する。
「なにぼうっとしてんの」
目の前に突然大きな影が現れ、俺は我に返った。
白いワンピースを着た麻衣が立っていた。彼女の姿に俺は目を奪われた。化粧を施した彼女の顔は、学校で見る彼女の顔とは程遠いように思えた。普段一重瞼の彼女も、今日は二重瞼になっていた。それに、いつも掛けている黒の眼鏡をかけていない。おそらくコンタクトレンズをしているのだろう。凛とした表情と、きりっとした二重瞼の彼女に、どこか清々しさを感じた。
「で、今日はどこ行くの?」
麻衣は俺の隣に座りながら訊いた。
「遊園地に行こう。俺の記憶がなかった遊園地へ。無くしてしまった記憶を取り戻したいんだ」
「無理しなくていいのに。取り戻さなくったって、また新しい思い出を作っていけばいいんだからさ」
「それじゃ駄目なんだ」
俺は首を横に振りながらいった。
「俺の問題の解決にならない」
「大輝の問題?」
麻衣は怪訝な顔で俺を見つめた。俺は彼女に、これまでの不可解な出来事を全て話した。
このまま記憶を取り戻そうとしなければ、なにも解決しないだろう。俺の周りで起こっている不可解な出来事は、これに関連することに違いないはずだ。しかし、物理的に考えれば有り得ないことだと、頭の中ではわかっている。同じ時間軸の中で、二人の自分が別々の行動をするなんて考えられない。幽体離脱やドッペルゲンガーなどの、非科学的な考え方をしたくなかった。
「そっか。それじゃ、大輝の記憶が戻れば、全ての謎が解けるかもしれないんだね」
「そうだな」
「それじゃ、行こっか」
麻衣は俺の手を握り、立ち上がった。
俺たちが行ったらしい遊園地は、最寄り駅から三駅離れたところにあった。そこからバスに乗り、十五分ほどで着いた。
その遊園地は雑誌にも取り上げられるほど有名な場所で、日曜日ともあり人で溢れていた。俺は麻衣と腕を組み、遊園地の中へと足を踏み入れた。
俺の記憶を取り戻すためといって、麻衣は以前俺と来た時と同じアトラクションを選択していった。しかし、俺には全て初めて目にするものばかりで、記憶の戻る気配は一向になかった。
「どう? 記憶戻りそう?」
二人で少し遅い昼食をとっていると、不意に麻衣に訊かれた。俺は力なく首を横に振って答えた。
「そう」
麻衣は沈んだ顔をした。
「ごめん。やっぱそう簡単には記憶なんて取り戻せないのかな」
「焦ることないよ。きっと取り戻せるって」
「そうかな」
俺は苦笑した。麻衣はそういうものの、内心取り戻せないのではないかと思っていた。
昼食後も、いくつかのアトラクションを回ったが、結局俺はなにも思い出せなかった。いや、そもそも記憶を無くしてしまったこと自体が、間違いなのかもしれない。結局、なにもわからないまま遊園地を後にすることとなった。