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暗い、暗い闇の中に俺は立っている。四方を見回しても、暗くてなにもわからない。手を振り回してみる。しかし、周りには触れるものさえなにもない。一体ここはどこなのだろうか?
突然、ぱっと視界が明るくなった。暗闇の世界から、一瞬にして光の世界に変わった。俺は反射的に、手で目を覆った。が、一瞬遅く、目が眩んでしまった。
徐々に慣れてくると、光の中に、人のシルエットが浮かび上がっていることに気付いた。それは、俺の真ん前に立っていて、手を伸ばせば、触れることができるだろう。だが、俺は躊躇い、手を伸ばそうとしなかった。
「おっ、お前誰だよ?」
俺は黒い影に向かって、おそるおそる声をかけた。しかし、黒い影は俺の問い掛けになにも反応を示さなかった。
「おい、なにかいえよ」
「俺はお前。お前は俺だ」
黒い影はやっと口を開いた。だが、俺にはいったことの意味がわからなかった。
「どういうことだ?」
「そのうちわかるだろう」
「そのうちって……ここはどこなんだ?」
「お前自信の中だよ」
黒い影はそういい俺に背を向け歩き出した。
「待てよ。意味わかんないって」
俺は黒い影を呼び止めたが、影は俺を無視し光に向かって歩き続けていた。どうやら、立ち止まるつもりはなさそうだ。
俺の足は、自然と黒い影を追っていた。だが、距離が縮まる気配は一向になかった。むしろ、徐々に遠ざかっているようだ。黒い影との距離はどんどん開いていく一方だ。俺は走って追いかけているのに、何故追いつかないのだろう。
しばらく追いかけていると、黒い影は光の中に吸い込まれるように消えていった。それと同時に、俺の周りには暗闇が戻った。先ほどと同じ、ただ暗闇が俺を包んでいるだけだ。俺は、一人取り残されたような孤独感を覚えた。
どれくらい取り残されていただろうか、俺は意識が遠のいていく感じがした。その瞬間、この世界から出られる、という安堵が胸の中を支配した。
不快な電子音が響いていた。目覚まし時計を止めると、まだ眠気の残る目を擦り、重い瞼を開いた。あれは、夢だったのだろうか。黒い影が俺にいったこと。まるで意味がわからない。
頬を軽く叩きベッドから起き上がると、勢いよくカーテンを開いた。朝の日差しが、部屋に注ぎ込まれる。その後、机の上に出しっ放しにされた数学のノートと問題集を見て、俺はため息を漏らした。それは、今日提出しなければならない課題なのだ。昨夜取り掛かっていたのだが、眠気に負け投げ出してしまった。たとえ投げ出さなかったとしても、数学嫌いな俺は、おそらく課題をこなすことはできなかっただろう。
教室に入ると、俺は坂倉麻衣のところへ向かった。彼女とは幼なじみで、小学生の頃から仲がよかった。小学生の頃は、男とよく外で遊んでいたためか、お転婆娘といわれていた。彼女はソフトボール部に所属しているため、黒光りした肌をしている。ショートヘアーの髪の毛は茶色がかっている。
「頼む、数学のノート貸してくれ。提出するまでには返すから」
「また」
坂倉は呆れた顔をした。それも仕方ないことだろう。今までに俺は、彼女に何度か宿題のノートを写させてもらっていたのだから。
「悪いな。どうも数学だけは苦手なんだよ」
「はいはい、わかったわよ」
坂倉は鞄から数学のノートを取り出すと、それを俺に差し出した。
「サンキュー。必ず借りは返すから」
俺はそれを受け取りながらいった。
「ちょっと待って」
坂倉に背を向け歩き出したところを呼び止められ、俺は首を捻り彼女を見た。坂倉は、なんだか照れているような顔をしていた。
「んっ? どうしたんだ?」
いおうかどうか迷っているようで、少しの間、彼女は口を開かなかった。
「ごめん、やっぱりまた今度でいいや」
「なんだよ。気になるじゃん」
「いいから。気にしないで」
坂倉は微笑んだ。
坂倉のおかげで、なんとか宿題を提出することができた。彼女の成績はクラスの中でもトップクラスだ。だから、解答に間違いは少ないだろう。数学が苦手な俺にとっては、宿題などの提出物で、点数を稼ぐ必要があった。宿題が出される度、毎度、彼女に写させてもらっているため、俺の数学の成績も平均を保てているのだ。