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新しい仲間




「さあて、俺の出番だ」

「元気だな、運び屋・・・」

「昨日あれだけ飲んだのに、平気で出撃とは。鉄の肝臓なんてスキルでもあるんじゃないか」

「あり得るな・・・」

「なにやってんだ、運転手。さっさと船を出せ!」

「タクシーじゃねえっての。はい、はっしーん」

「いい若いモンが、覇気のねえ声を」


 無駄にテンションの高い運び屋はシカトして、ドルフィン号を走らせる。

 潜水開始予定の海域まではすぐだ。


「スロットルを離した。慣性航行を終えたら、ハッチを開放する」

「おう、じゃあ行ってくる」


 何の気負いも見せず、近所に飲みに行くような気軽さで運び屋がハシゴを下りてゆく。見ているこっちが心配になるほど、リラックスしているようだ。

 これが、潜り抜けた修羅場の違いか。

 数分後、網膜ディスプレイに運び屋視点のウィンドウが浮かぶ。

 運び屋は心配そうな姐さんに背を向け、ためらいなく頭から海に飛び込んだ。


(ハッチ閉鎖。グッドラック)

(任せとけ。見せてやるよ、年季の違いってやつをな)


 ドルフィン号を下がらせながら、今日も美しい海を見る。

 人のせわしなさを嘲笑うように、遠くをウミガメがゆっくり横切った。


「ゲリラ戦か。姿を見せずに撹乱するんだよな?」

「姿を見せたり音を出したりで、罠に誘い込んだりもする」

「なるほど。臨機応変って言うのは簡単だけど、やれと言われたら出来ねえんだろうな」

(島に取り付いた。これより潜入する)

(気をつけて、アンタ・・・)

(おう。オマエのレベル上げも兼ねてるからな。サクッと終わらせて帰るぜ)


 新婚の旦那が敵地に単身潜入、それを見せられている姐さんは、心配して当たり前だ。

 申し訳ないと思いながら、だからこそ早く自分が強くなろうと思う。


(歩哨発見。見てろよ、死神。これが暗殺スキルだ)


 アザラシ装備から水が落ちなくなったのを確認した運び屋が岩場から上陸すると、すぐ近くの道に立っているトロッグ兵が見えた。

 暗殺スキルがどんな物かは知らない。

 だが運び屋が見ておけというのなら、見た事があるのとないのでは大違いなのだろう。いつか誰かがその暗殺スキルを、俺やウイ達に使うかもしれないと思うと、瞬きすらしたくはない。

 ゆらり、運び屋の体が揺れる。

 そう思った時にはトロッグ兵の口を背後から塞ぎ、ルーデルと同じようにナイフを肩から心臓に入れていた。


(見えたか?)


 運び屋は死体を持ち帰るつもりなのか、アイテムボックスに収納したらしい。


(体が揺れたのは見えた。そこからは、まったく見えてねえ・・・)

(見えねえのがアクティブ暗殺スキルだ。まあ、今のは最上スキルだがな。対象に発見されていない状態から、見えないほどの速さで背後が取れる。そして隠密からの攻撃ボーナスとは別に、背後からの攻撃でさらにボーナスが発生する)

(狙われたら終わりじゃねえか・・・)

(いっぺん死ねる死神なら、まあ大丈夫だろ。リキャストも同じ3日だしな)


 話しながら、運び屋は歩き出している。

 何かを見つけたのか、運び屋が森に素早く身を隠した。


(相当に夜襲を警戒してるな。小隊を巡回させてるらしい)


 運び屋はさっきの死体を出し、その下に何かを置いて離れた。

 道の反対側、少し離れた岩場に身を潜めて、ソードオフショットガンを装備している。


(茂みからトロッグ兵の足が、少しだけ出てるだろ。運び屋はあれで誘うつもりなんだよ)

(指の1本ほども出てねえのに、気がつくんかな)

(見てりゃわかるさ、4匹か)


 見回りの小隊は目ざとく死体の足を見つけ、素早く散って銃を構えた。ずいぶんと手馴れている。

 ハンドサインまで使って周囲を確認し、ゆっくりと死体に近づく。

 1匹が死体の首に手を当て、人間臭い仕草で首を振る。まぶたの辺りに触ったのは、目を閉じてやったのだろうか。

 全員でそっと死体を持ち上げた瞬間、大爆発が起こってトロッグ兵が吹き飛んだ。

 吹き飛んでもまだ生きている1匹を、運び屋がソードオフショットガンで殺す。


(まあ、こんなもんだ)

(死体を動かすと爆発するのか・・・)

(プロなら絶対に、確認もせず死体を動かしたりはしねえさ)


 たった今動かなくなった死体にも爆発物を設置し、運び屋は海に戻るようだ。

 岩場の途中に、弁当箱のような物をいくつも置いている。


(それは?)

(対人地雷だ。中の鉄球が飛び散って、敵をミンチにする)

(使った事ねえな)

(地雷で思い出したけど、最近シティーに出入りしてるミイネって冒険者には注意して。彼女をモノにしてやるって言い回ってた冒険者が、それこそミンチになってスラムで発見されたそうよ)

(女の口説き方も知らねえ冒険者だったんだろうな。来たんじゃねえか、運び屋?)

(そのようだ。音からして、30はいるな。今度は迂闊に死体を動かさねえか、ならこうだ)


 どうやら、手榴弾を使うらしい。

 姿を晒さずに岩の裏から、運び屋はそれを投げた。

 そして、海に飛び込む。

 手榴弾の爆発音。

 すぐにその爆発で動いたらしい死体がまた爆発して、海中まで響くほどの大爆発になった。


(とんでもねえな・・・)

(まだ対人地雷が作動してねえな。ちょっくら離れて顔出すか)


 海中から顔だけ出した運び屋が、岩場を睨む。


(大丈夫だな。そして、生き残りの負傷兵が叫ぶ声。なら、これだ)


 立ち泳ぎしながら運び屋が出したのは、大きなリボルバーを両手持ち用に改造したような兵器だ。

 子供1人では持ち上げられそうにないそれを、運び屋は両手に持っている。


(なんだそりゃ・・・)

(死神は連装グレネードランチャーを知らんのか。ザコ狩りのはかどる、良い武器なんだぞ。ここで、生き残りを救助に来る部隊を待つ)


 立ち泳ぎをしたままの映像を5分ほど見ていると、唐突に運び屋が動いた。


(たーまやー)


 気の抜ける掛け声と共に、連装グレネードランチャーが発射されていく。

 海からでも、岩場の向こうの爆炎が見えるほどの攻撃だ。


(まだいるな。ほいっと)


 何らかのリロードスキルなのか、ジャグリングのように連装グレネードランチャーをお手玉して、また連射がはじまる。

 どれだけのトロッグ兵が集まっていたのかは知らないが、生き残りがいるとは思えない。

 下手をすれば運び屋はこのたった30分で、夜襲に備えて配置されたトロッグ兵を殺し尽くしたのかもしれない。


(おい、アンナ。レベルはいくつんなった?)

(えーっと、レベルはこれだね。23)

(マジかよっ!?)

(ヒヤマが死神なら、運び屋さんは魔王かなにかですか・・・)

(ん? レベル23って、そんなに変なのかい?)

(普通なら何日も戦わないと、23レベルなんて無理なんですよ)

(50は殺った計算だな。昨日の崖から車両があるのか確認して、それから戻るか)


 そう言って、運び屋はさっさと水中スクーターで崖に向かう。

 レベル23になるまでの俺達の苦労を思い出していると、慰めるようにルーデルが俺の肩を叩いた。


「デタラメ過ぎだよなあ・・・」

「運び屋だからな。まあ、貴重な暗殺最上スキルを見せたくらいだ。悪気はないのさ」

「スキルも使わず、崖を登ってるし・・・」

「魔王だからな、そのくらいはやるだろ」


 なんなく崖を登り切った運び屋が、伏せて双眼鏡で島を見渡す。

 運び屋が連装グレネードランチャーを24連射した場所は、煤けて軽く地形まで変わっていた。


(おかしいな。おい、ルーデル。この規模の基地で、車両がねえなんて事があるのか?)

(最後は車両なんて作ってる状態じゃなかったからな。すべて艦船に積み込んで出撃したか、トロッグ兵になると車両は使えないかのどちらかだろう)

(なるほど。そりゃ楽そうでいいや。目に見えて、敵は減ってる。また上空から偵察して、対艦砲にトロッグ兵が配置されてねえなら、3人でカチコミかけるか。本営を落とせば、この島はもうキマエラ族のもんだ)

(思ったより早かったなあ)


 運び屋が崖から跳ぶ。

 大量の泡が散って、海中に見えたのは巨大な魚だった。


(サメだ、逃げろ運び屋!)

(アンタッ!)

(魚類ごときで、オタオタすんじゃねえよ)


 

 サメは今まさに、運び屋の上半身に喰らいつこうとしているのだ。慌てもする。

 この状況で運び屋が出したのは、水中銃ではなくソードオフショットガンだった。


(海の中だぞ、ソードオフショットガンじゃ!)

(こうすんのさ)


 大きく開けられたサメの口に、縦にしたソードオフショットガンを突っ込む。

 それは容易く噛み砕かれるかと思ったがそうはならず、サメが運び屋を喰らうのを防いでいる。


(今だ、水中銃を!)

(あんま好きじゃねえんでな。まあ、これでいいだろ)


 右手に新しいソードオフショットガン。

 だからそれじゃ、そう言おうと思った瞬間、運び屋はソードオフショットガンの太い銃身でサメの眉間をぶん殴った。


(ありゃ、HPザコいな。もう死んじまいやがった)

(軽トラぐらいのサメを、ソードオフショットガンで殴り殺すだって・・・)

(魔王とか、冗談に聞こえませんね・・・)

(強化外骨格パワードスーツのソードオフショットガン、強度が不安だよう・・・)

(そっちかよ、ニーニャ)

(ああ、ソードオフショットガンなら殴っても壊れねえスキルがあるから、バーゲストのソードオフショットガンの強度は気にしねえでくれ、ニーニャ嬢ちゃん)

(わーい、さすがは高レベル!)

(ショック死するかと思った・・・)


 呆然と呟いた姐さんの背中を、ヒナがさする。

 ウイが渡した水を飲んで、姐さんは深く長く息を吐いた。


(驚かしちまったか。こんな魚類に、俺は殺られねえよ)

(信じちゃいるけど、さっきのはね。まったく、流産なんかしたらどうするんだい)

(ははは、え?)

(あ、姐さん、まさか子供が!?)

(こんな中年が恥ずかしいんだけどね。朝、アリシアちゃんが間違いないって言ってたよ)

(いもうと、いもうとがいいっ!)

(いやいや、男の子だ。成人する頃にゃ、運び屋はジジイだからな。俺達のパーティーで、1流の冒険者になれるように仕込んでやる!)

(めでたいなあ。運び屋、早く戻れ。帰ったらすぐ祝杯だぞ)


 網膜ディスプレイに映る運び屋の視線は動かない。

 やっと動いたかと思えば、大きな手が目の辺りを往復した。

 泣いている。それがわかっても誰も何も言わず、運び屋が動くまでじっと待つ。


(いや、あまりに驚いたんでな。すぐに戻る。サメはクリーチャーらしいから食えるだろ、キマエラ族への土産だな)

(・・・えっと、産んでもいいのかい?)

(あたりめえだ。生まれてくる命を喜ばねえでどうする。俺たちゃ夫婦なんだぞ?)

(アンタ・・・)


 ヒナが背後から姐さんを抱きしめる。


(ふうふ。そしてかぞく。いもうとも、あたらしいかぞく。かぞくでいれば、なんでもへっちゃら。だからおかあさん、なかないで?)

(ごめんよ、ヒナ。そして、ありがとう。頑張って、元気な弟か妹を産んでみせるからね)



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