狙撃の夜
(フルチャージで即死させられなきゃ、ルーデルを真似て近づくしかねえな。喰らえっ!)
見えないレーザーは、確実にトロッグ兵の眉間に吸い込まれた。
だが、トロッグ兵の死体がない。
あるのは赤黒い、見た事もない不思議な物体だ。
(トロッグ兵が消えたっ!?)
(違うぜ、ミツカ嬢ちゃん。よく見ろ、レーザーで溶けて、ゲル状の肉の塊になったのさ)
(サハギンは、こうはならなかったぞ・・・)
(敵によるんだろ。単独のトロッグ兵は音もなく殺せるんだから、好都合じゃねえか。どんどん殺りまくれ、死神)
(了解。経験値は50か。人の5倍って考えりゃ、まあまあかな)
次も見張り台の上を狙う。
ただ突っ立っているクリーチャーを狙うのだから、狙撃自体は楽なものだ。
殺した後の周囲の確認の方が、ずっと時間もかかるし気も使う。
(これで8つの見張り台は終わり。問題はこれからだな)
(チャージが必要ねえなら、3ぐれえは殺れるだろうが・・・)
(3秒使うからな、フルチャージに。まあ、歩哨を探しながら目星をつけるよ)
直近の道から時計回りで、舐めるように道を見てゆく。
さっきの見張り台の8匹で、すでに1レベルアップしている。この調子なら近いうちに、最上スキルの【武神の目】を取れるかもしれない。
(いた。歩哨だ。他のトロッグ兵の視界にいねえか、確認する)
(慎重にな。まだ夜明けまでは、6時間もある)
崖を登りはじめてからかなりの時間が経過したように感じていたが、どうやらそれは1時間も経っていない僅かな時間であったらしい。
日付が変わるまで、45分。
念入りに周囲を確認したが、他のトロッグ兵はこの歩哨が見える位置にはいないようだ。
運び屋は時間があると言ってくれたが、死体が発見されれば捜索隊が組まれるだろう。
ギリギリまでここで粘るつもりではいるが、夜明けまでは保たないはずだ。
トリガーを、そっと離す。
(始末した。次を探す)
(こんな狙撃手が相手にいたらと思うと、ゾッとするわね)
(そうなったら、死神に狙撃してもらうしかねえからな。まったく、厭らしい兵種だぜ)
これまで触れたどんなスコープよりも、【機械の目】は性能がいい。
有用なスキルを揃え、レベル上げを怠らなければ、大抵の狙撃手には勝てるはずだ。
(運び屋さんの強化外骨格パワードスーツが組み上がったら、狙撃手だって潰しに行けるよっ!)
(ほう、どんなのにするんだ?)
(内緒さ。組み上がっての、お楽しみってな)
(ケチだなあ。教えてくれたっていいだろうに)
世間話を聞きながら、次の歩哨は見つけてある。
だが、それの位置が厄介だ。
(まいったな。本営らしき建物の屋上にも、3人の見張りがいるんだがよ。今狙ってる歩哨が、その視界に入ってそうなんだ)
(無理はすんな。他を狙えばいい。ここで気づかれたら、だいぶ早い撤収になるぞ)
(そうする。まだ数を減らしておきてえ)
反時計回りに道を見ながら、次の歩哨を視界に収める。
ここなら本営から距離もあるし、最初の歩哨と同じく森の木が視界を遮ってくれる絶好の位置だ。
(10匹目、貰った。次)
倒して気づかれない位置にいた歩哨は11。時間は深夜零時を過ぎている。
(本営から1番遠い対空機銃から殺る。トロッグ兵は2。気づかれずに殺れるか、微妙な感じだ)
(もう20以上も片付けてるんだ。それだけで大戦果なんだから、気楽にやりな。無線を飛ばされたら、ケツ捲って逃げだしゃあいい)
(そうだぞ。もう、俺とジュモより倒してるんだ。やはり、陸では敵わんなあと思ってたよ)
(所詮は狙撃だからな、威張れる戦果じゃねえよ。じゃあ、やってみる)
1匹目の眉間を狙って、トリガーを離す。
すぐに引いて、溶けた相棒を探す2匹目を照門と照星で捉えた。
チャージは3分の1。
ここで離せば、HPが残ってトロッグ兵は狙撃されたのだと理解する。
3分の2。まだだ。気づかれれば、ここでおしまい。
祈りながらの3秒。
(間に合えっ!)
トロッグ兵が相棒の肉の塊に気づいたと同時に、自身もそれと同じ運命を辿った。
(よくやった。あの様子じゃ、無線は飛ばしてねえ)
(でも、3匹いたら無理だ。砲のトロッグ兵は、殺れねえな・・・)
(対空機銃だけでも、あと5つはある。それを潰したら、帰投しろ。あまり欲張るもんじゃねえさ)
(了解。さっさと終わらせるわ。緊張してんのか、喉がカラカラだ)
水筒を出して水を少しだけ口に含み、舌の上で転がしながら次の獲物にスナイパーライフルを向ける。
それにしても、トロッグ兵はよく訓練された兵隊だったようだ。どのトロッグ兵を見ても、姿勢を崩したり視線をむやみに動かしたりしていない。
食事や排泄の気配もないので、これが兵士の理想型だと言われれば頷いてしまうかもしれない。
すべての対空機銃に配置されたトロッグ兵を狙撃で殺すと、深く長い息が俺の口から漏れた。
(良くやった、死神三等兵。帰投しろ)
(強いんだか弱いんだか、わかんねえ呼び名だな。帰りは崖から飛び込んで、海中を帰るんだ。ヤバくなるまで、殺しちゃダメか?)
発見されるのは絶対に避けたいし、もし発見されればすぐ逃げ出すが、捜索隊が組まれて発見されそうになるまでは狙撃したい。
(んー。どう思う、ルーデル?)
(ヒヤマ、敵に狙撃手がいないとは限らない。狙撃する時間を決めてもらえるか?)
(5分でいい。狙撃手は、本営の屋上に出ると思う。それを頭に入れておくよ)
(なら、ヒヤマを信用するか。昨日見たが、敵には船も潜水艦もない。島の海岸の壁に、ドックのハッチもなかったしな。艦船を残らず吐き出した後で、こんな姿にされたんだろう)
(よーし、死神三等兵。最長で5分、サイレンが鳴ってから1分の狙撃を許可する。1曲分のダンスタイムだ。ウイ嬢ちゃん、カウントダウンを頼むぜ)
(了解。300カウント、開始します)
時間はない。
歩哨と本営の見張り。どちらから始末するべきか考え、1秒で答えを出した。屋上からだ。見張りは歩哨も見ている可能性があるが、歩哨はわざわざ見張りを見る必要もないだろう。
屋上。奥から狙撃する。
なんとか、気づかれる前に3匹を殺った。
(279、278・・・)
焦るなと自分に言い聞かせながら、歩哨の眼球を撃ち抜く。
次は、本営の入り口に立つ門兵だ。2匹。
(これで6。もう砲手と装填手を狙うしかねえ。サイレンが鳴るぞ)
(263、252・・・)
(さらっとサバ読むんじゃねえよ。狙撃する!)
砲手と装填手は、砲を挟んで向かい合う位置についている。座っている砲手は後回しにして、装填手を撃った。
残るトロッグ兵が消えたもう1匹を探し、なにか言いかけた瞬間にチャージ完了。声を上げられずに装填手は肉の塊に成り果てた。
砲手はもう異常を感じて、立ち上がっている。
(間に合えっ!)
砲手も片付けた。
だが、2つの肉の塊を見られた後だ。
無線は飛ばされたのか。
念のために屋上をズームしたが、狙撃手の姿はない。
(大丈夫だったか、次っ!)
次の高射砲の配置に付く装填手に狙いを定めると、サイレンが闇を切り裂くように鳴り出した。
構わずに狙撃する。装填手、装填手、そして砲手だ。
(50、49、48・・・)
もう1ヶ所砲を担当する3匹を殺し、屋上にあるドアを睨む。
来るはずだ。運び屋とルーデルのためにも、ここで殺しておきたい。
(36、35・・・)
(来た! 狙撃手が3匹っ!)
俺の身長ほどもありそうなスナイパーライフル。間違いはないだろう。
すぐには殺さない。逃げられれば明日の屋上には、目を光らせるこの3匹がいるだろう。
配置に付き、装填を確認した狙撃手を撃った。
早く、少しでも早くチャージが終わってくれ。そう祈りながらの3秒。
2匹目の狙撃手を肉の塊に変えて3人目に銃口を向けると、こちらの方向をスコープでかき混ぜる狙撃手がいた。
間違いなく、手練だ。
色がなく死体は倒れずに肉の塊になるのでどこから狙撃されたかわからないはずなのに、狙撃手を探す方向は合っているのだ。
眉間を狙う。目と目が合った。
フルチャージのトリガーを離したと同時に、トロッグ兵の肩の筋肉が僅かに動いた気がする。
死の覚悟。
言うのは簡単だが、そんなものをとっさに出来るとは思わなかった。
アザラシ装備が破壊されたらどうやって帰ろうと思いながら、最後の狙撃手が肉の塊になるのを見た、直後に俺の頭が爆散した。
(いってえっ! どんな弾頭を使ってやがんだ!)
(まーた死んだのかよ、このバカタレは・・・)
(いっぺん頭の中を見てみたいとは言ってましたが、グロいだけでしたね。大丈夫ですか、ヒヤマ?)
(基地でも手練の3匹だろ。どうしてもここで、潰したかったんだよ。スナイパーライフル収納、アザラシヘルメット装備。潜水システム、オールグリーン。ニーニャ、これ飛び降りても平気か?)
(大丈夫だよ。それより、お願いだから危ない事しないでよう・・・)
ニーニャが言っているのは、最後の狙撃だろう。
相撃ちを確信しても、引き下がる気にはなれなかった。
(ごめんな。次からは、死なないように頑張るよ)
言いながら、海に向かって走る。
(約束だよ?)
(任せとけ。それよりニーニャ、網膜ディスプレイをしっかり見てろよ。ニーニャの好きな、衝撃映像だぜっ!)
全力で、跳んだ。
デカイ夏の月。満天の星空。海は穏やかで、すべてが美しい。
そんな景色の中を、落ちた。
(きゃあああーっ!)
(タマが縮んでらあっ!)
(急降下爆撃だな)
(ただの紐なしバンジージャンプじゃねえか)
(ねえ、ウイ。ヒヤマは今、死んだのよね? そして、何らかのスキルで生き返った)
(そうですね。特殊な弾頭で、頭部が爆散しました。スキルは、【死してなお戦う心】。3日間のリキャストタイム中は無理できませんが、良いスキルです。この間の戦争でも、ヒヤマはこのスキルに救われました)
(死んで生き返って、このバカ騒ぎ・・・)
(紛う事なきバカですから)
(ほっとけ。水中スクーター、起動。これより帰投する)
観光気分で海中を進んでいると、海底にアタッシュケースが沈んでいるのが見えた。
海藻や貝が付着しているが、中に水が入っていなければ金目の物があるかもしれない。
遠慮なく回収して、合流ポイントに向かった。