教師と生徒
「おお、ずいぶん賑やかだなあ」
「おはよう、ルーデル。ティコのコミックの読み聞かせが、とんでもなく巧いんだよ。世が世なら、名女優だぜ」
「読み聞かせるんじゃない、頼むから・・・」
身振り手振りを交えたティコの熱演はもう13巻の佳境で、撃墜された傷だらけのルーデルが親友を担いで基地に辿り着いたところだ。
翌朝早く、ベッドに横たわる親友に牛乳を飲ませたルーデルが、「これで治ったな。さあ、出撃だ!」そう言ったところでティコがお辞儀をする。
キマエラ族の大喝采の後に来たのは、ルーデルを見つめる尊敬の眼差しだった。
「勘弁してくれ・・・」
「この歴史に名を残す英雄は、キマエラ族の窮地を救うために今夜出撃する。全員、もう1度拍手!」
「煽るなあ、運び屋」
「模擬戦の時に止めなかった俺への罰か・・・」
「もうすっかり夜だ。いつでも行けるぞ?」
「ならもう行こう。この視線はキツイ・・・」
ドルフィン号に乗るのは、うちのパーティーにタリエ。運び屋夫妻とルーデルとジュモだ。
食堂を出ようとした俺達に、また歓声が上がる。
「いやあ、盛り上がったなあ」
「ギルドの酒場でやってもいいかもな」
「それはいい。きっと流行るぞ」
「ティコちゃん、シティーにも出張してくれないかしら」
「抱かせろって客が多くて、苦労すんじゃねえか?」
「それはそうでしょうねえ。あのかわいらしさは、金持ちのオジサマのストライクだもの」
操縦は【夜鷹の目】がある俺がする事になっている。
5分ほど巡航速度で進むと、ウイのストップがかかった。
「もう危険なのか?」
「そうらしいですよ。これは砲の射程を知る、ルーデルさんが指定した距離です」
「では、出かけるとするよ。無線はOK。映像も行ってるよな?」
「バッチリだ。気をつけてな。前部ハッチ、開放」
親指を立てて、ルーデルがリビングに下りる。
前部ハッチから出て海に潜るのだ。
俺達は少し下がって、いつでも2人を回収できる構えで待つ。
ちなみに無線と映像は、仲間内の職業持ち全員に繋いである。
信頼の証とルーデルは笑っていたが、どこかで同じタイプのクリーチャーに出会った時に、少しは役に立つからだろう。
真剣に礼を言うと、ルーデルは気にするなと言ってくれた。
「わあ、きれい・・・」
ニーニャの呟きに、全員が頷く。
暗視スキルがかかった海は見惚れるほどに美しく、思わずドルフィン号を下がらせるのを忘れたほどだ。
「前部ハッチ、閉鎖。1キロ下がる。リビングでゆっくりしてていいぞ」
「俺は、ここでいい。ルーデルの戦いぶりを、死神に解説してやらんとな」
「どんなに金を積んでも、見れねえはずの戦闘だもんな」
「ああ。いい勉強になるぞ。ちっとばかし、子供達には刺激が強いがな」
「エルビンさんは、リーネも見ておくべきだって言ってたな」
「あの見た目で、ゴリゴリの戦闘職だ。冒険者にするつもりはねえだろうが、見といたほうがいいさ」
「この辺でアンカーはレッコすっか。って、もう島なのかよ」
「見てなかったのか。泳ぐジュモ嬢ちゃんに掴まって、あっという間さ」
アンカーを下ろして、シートベルトを外さずにウィンドウを拡大する。
明日の夜には、たった1人で潜入する島。たった1人で立ち向かう敵。これ以上、見逃すつもりなどない。
「岩場から上陸か・・・」
「身長より背の高い岩が、ゴロゴロしてっからな。死神ならどうする?」
「左に突き出してる崖かな」
「狙撃手らしく、高所を取るか。登攀スキル、あるんかよ?」
「腕力を上げるスキルがある。それにほら、1回だけなら死ねるから、逃げる時は飛び下りればいい」
「なんてスキルを、アテにしてやがるんだか。ほう。歩哨がいるな」
「まるっきり軍隊か。あんなナリしてんのによ・・・」
岩場から道に出る場所に立っているのは、トカゲかコモドドラゴンのような顔をしたクリーチャーだ。
トロッグ兵(偵察)・00287。HPは480。
「名前じゃなくて、番号なんだな・・・」
ルーデルとジュモは、這うようにしてトロッグ兵に接近する。
ルーデルがナイフを抜くと同時に、音もなくジュモが飛びかかった。
口を塞がれたトロッグ兵はもがくが、すぐにルーデルのナイフが心臓に突き立つ。
ルーデルが死体と装備を収納すると、2人は道の向こうの森に入っていく。
「道沿いに片付けてくんじゃないんだな」
「自信があるんだろう。死神は真似するんじゃねえぞ?」
「当然だ。写真でしか知らない島で敵に囲まれるなんて、考えただけでゾッとする」
「ここから進むとなると、最初の目標はこの高射砲かしらね」
タリエの声に振り向くと、座席の背もたれに板のようなものを出して、それにペンを走らせていた。
シートベルトを外し、立ち上がってそれを見る。
「こりゃ、島の写真か。プリントアウト出来るのかよ」
「情報屋のスキルでね」
「便利ですね。みなさん、飲み物をどうぞ」
「ありがとう、ウイ。見えてきたな」
「3匹か。砲手が1。装填手が2」
「1匹多いな。銃を使うんだろうか」
「さあな。さっきの殺り方を見る限り、ナイフのスキルも持ってるようだ。性能の確認のためにいつかは銃も使うだろうが、ここじゃどうかな」
トロッグ兵は無駄口の1つも叩かず、満天の星空を見上げている。
高射砲の右に座る砲手、装填手は左だ。
どうやら砲手から始末するらしい。
忍び寄り、右手で砲手の口を塞ぐと同時に、ナイフを肩に刺した。
そのまま飛び出したジュモが、鉈で装填手の頭をカチ割る。
もう一人はルーデルのナイフで、心臓を貫かれた。
「なんつー早技。【隠密】ぐれえしかスキルがねえって、言ってなかったか・・・」
「長く生きてりゃ、スキルは増えていくんだよ。砲手の殺り方、覚えてるな?」
「肩に刺したナイフ。あれで即死なんてするんだな」
「肩の骨の間から、心臓を突くんだ。死神もいつかナイフを使うなら、あのくらい長いのも用意すると良い。あれなら、邪魔な木の枝を切り払ったりもできるからな」
「覚えとくよ。あんなんが、俺に出来るとは思わねえけど」
話しているうちにも、ルーデル達は進んでいる。
ウイとタリエが見る写真の上では、ペンの先がゆっくりと進んでいる。これが、ルーデル達の現在位置だろう。
「もう1つの高射砲か」
「違うみたい。微妙にルートがズレてるわ」
「なんでだろな。運び屋、わかるか?」
「このルートなら、1番外側の対空機銃狙いだろう」
「数を減らすのが目的なのにな」
「単独での潜入だと思われねえようにするんだろう。次の対空機銃とその先の海の歩哨は、銃で始末するかもな」
「欺瞞工作か・・・」
「明日は死神の狙撃だ。大規模な捜索隊を用意されたら、危険も増えるだろう。兵を散らしておきたいのさ」
「こうやって、知らない内に助けられてばかりなんだな」
今までも、何も言わずに助けられていたのだろう。
俺は幸せ者で、酷く未熟者だ。
「助けてばかりじゃ、人間が歪んでくる。たまには助けられておけ」
「ありがてえ話だよな」
コーヒーを飲みながら、少し離れてタバコを吸う。
ルーデル達は迷う事なく、これまで見た事がない緑の森を進んでいる。
「植物、こっちにもあるんだな」
「ミサイルなんかで陥落した島じゃねえからな。島ごと実験場にされたか、たまたまトンデモ兵器を撃ち込まれたかだろう」
「姿を変えられて、名前まで奪われた仲間か。ルーデル、悔しいだろうな・・・」
「顔にも言葉にも出さねえが、ハラワタは煮えくり返っているだろうよ」
「なあ、悪の秘密組織ってのはどうなったんだ?」
「知らん。陸の英雄が敵の本拠地で首領を巻き込んで自爆したって本はあったが、話の展開が稚拙だったんで信憑性は低いな」
「もし生き残りがいるなら、いつか皆殺しにしてやる」
「そうだな。次の陸の英雄になるといい。まだ十代だ。なんだってやれるさ」
英雄になりたいなんて思わない。
ただ、許せないヤツを殴れもしない男にはなりたくないだけだ。
「アサルトライフルを出したぞ。対空機銃には2匹か」
「ナイフであの威力の攻撃だろ。アサルトライフルなら、どうなるってんだ・・・」
「銃の威力は筋力で変わらん。ナイフなんかの攻撃は、筋力補正がかかるのさ。剣聖がソロでシティーの3強に数えられてるのも、それが理由だ」
「拳もか?」
「ああ。それとレベルが25ごとに、ステータスには大幅な補正がかかる。はじまるぞ」
タバコを消して、写真の前に戻った。
網膜ディスプレイの景色は、少しも揺れずに2匹の機関銃手を睨んでいる。
何の予備動作もなく、ルーデルのアサルトライフルが銃弾を吐き出した。
「6発で1匹か。火薬の音がまったくねえな」
「機構の動作音だけだ。こりゃ、いい買い物だったな。ここが終わったら、死神達で使うと良い」
「金を受け取ってくれるなら、使わせてもらうよ」
「欲のねえ。ルーデル達は思った通り、海へ向かうか」
ルーデルは歩哨をアサルトライフルで始末して、そのまま海に向かった。
「死体はそのままか。最初のは回収したよな」
「サンプルだろう、キマエラ族に見せる。まさか食えとは言わねえさ」
「怖えって。海に潜った」
「ナイフでやった方の逆だな。今度は自動拳銃か、水中銃か」
場所を変えて再度上陸したルーデルが水中銃で歩哨を殺すと、大きな建物や各所の見張り塔から、けたたましくサイレンが鳴りはじめた。
ルーデルとジュモは慌てるでもなく、海に戻って潜水をはじめる。
「良い引き際だ。これが何より重要だからな、死神?」
「ああ。ルーデルも俺に見せたくて、すぐに撤退したんだと思う」
「いい生徒だ。まるで優等生じゃねえか」
「本当に、勉強になった。運び屋やルーデルには、敵じゃねえもんまで見えてんだな」
「慣れだよ。殺して殺して、息をするように殺せるまでになった。こんな稼業を若いモンに勧めるつもりはねえが、死神はもう決めてるみてえだからな」
「いつか辿り着く。アンタにも、ルーデルにもだ」
「楽しみにしとくぜ。見ろよ、まるで人魚だ」
「機械仕掛けの人魚姫か。映画が1本撮れるな」
操縦席に戻り、ルーデル達の受け入れ準備をリビングのミツカ達に頼む。
あのスピードなら、すぐに帰ってくるはずだ。
ルーデルに礼を言って、一緒に酒を飲もう。
ナイフの使い方や森の歩き方、聞きたい事はたくさんある。
ルーデルは微笑みながら何でもない事のように話すが、それはきっと俺への授業なのだ。
からかって困らせるのはほどほどにして、良い生徒になろうと思う。