子供達の未来
「おかけくださいませ。すぐに、飲み物をお持ちします」
「ここは食堂か。ありがとう」
ハンターズネストよりも広い食堂のテーブルに、長老達と向い合って座る。右にドラグ、左に肩が機械の美人さんだ。
「ネルは紹介しておりませんでしたな。ドラグの妻で、住民の仕事などを割り振る役目についております」
全員で自己紹介をして、出された茶に口をつける。
苦さの奥にわずかな甘さのある、癖の強い風味が悪くない。
「まずは、島の事だよな」
「なんでも、かなり危険だとか」
「ああ。不用意に船で近づけば、砲弾で木っ端微塵かもしれねえ」
「近場のみの漁と決めたのは、正解でしたか」
長老の言葉に、ドラグとネルさんが深く頷く。
無線を繋ぐ許可を長老に送ると、すぐに了承された。
「ちょっと無線を使う。ドラグとネルさんには、後で話してやってくれ」
「わかりました」
「ニーニャ。ミツカとヒナが一緒なら、散歩してきていいぞ?」
「ありがとっ。海の近くに、ジャンクがたくさんあったの。修理できる物があったら、キマエラ族の役に立つかも」
「キマエラ族も、鉄は使うからなあ。直すなら、誰かに聞いてからな?」
「はーい。行こっ、ミツカお姉ちゃん、ヒナお姉ちゃん。たーくんは、キマエラ族の人達にラジオを聞かせてあげてっ」
「ネル、案内をしてあげなさい。話し合いは、後でドラグに聞くといい」
「はい。では皆さん、行きましょうか」
灰皿を出して、長老とドラグの前にも置く。タバコの箱と一緒にだ。
3人で煙を吐きながら、長老とジュモに無線を繋ぐ。
(忙しいトコ悪い。この長老にも、島の画像を送ってくれねえか?)
(簡単なのデス!)
(ありがとう。ルーデルに、急がなくていいって言っといてくれ)
(はいデス)
無線を切る。
長老は身じろぎもせずに、視線だけを動かしていた。
「この規模は、なんとも恐ろしいですな」
「こんな隣人がいたんじゃ、安心はできねえだろう」
「ですな。また一族で流離う事も、考えねばなりません」
「それは待ってくれ。俺達で殲滅できねえか試す。もしそれが可能なら、キマエラ族でその島を使うと良い。建物もここよりはマシだし、鉄も多そうだ」
「そのような・・・」
狼狽する長老は、ドラグへの説明も忘れているようだ。
それを告げると、島の兵器やクリーチャーを、ドラグに話して聞かせる。
「なるほど。対価は防衛戦ですな」
「さすがは戦士長、鋭いな。だが、砲撃を頼むような事態になれば、対価は別に出す。ギルドって組織がな。まあ戦争なんてそんなにあるもんじゃねえし、都合よく射程内に敵が来る事もほとんどねえだろ」
「たしかに。この間見た軍艦でもなければ、無理でしょうな」
「あれか。あれはシティーって街の隣に運んで、新しい街にする。グールの人間も受け入れるから、キマエラ族に希望者がいればいつでも連れて行くぞ」
「このような姿の我等が、街に出るなど。仕事なんて貰えはしないでしょう・・・」
「それが、そうでもねえのさ。ギルドってのを作って、商売しながら冒険者に仕事を斡旋する。仕事がなけりゃ、クリーチャーを狩ったり遺跡を漁ればいい。それに・・・」
「ヒヤマ、まずは空母から来るメンバーの滞在許可を」
それもそうかと、20名にはならないであろうメンバーを滞在させて欲しいと頼む。
長老はヘリの着陸やテントの設営も、あっさりと許してくれた。
(運び屋だ。情報屋が空母に来て、どうやら一緒に行くつもりらしい。どうすんだ?)
(ヘリに乗れるならいいんじゃね?)
(了解。もうすぐ出る。留守は孤島の爺さんと、警備ロボットだ)
(はいよ。気をつけてな)
(ルーデルの操縦するヘリに乗ってくんだ。ミサイルの雨が降ったって、どうにかしやがるだろうさ。じゃあ、後でな)
「今から空母を出るってよ。タリエまで来るそうだ」
「それは楽しみです。水も食料もたっぷりありますから、何人増えても大丈夫でしょう」
テントくらいは、誰かが持ってくるだろう。
なければないで、女は揚陸艇で雑魚寝。男は酒でも食らって、道に転がって寝ても良い。
「えーっと、そんで新しい街の話だったよな。空母を運河に浮かべた、安全な街だ。オーナーはこれからここに来る運び屋って男。酒飲みで気のいいおっさんだが、名前で呼ぶとブチ切れる。爺さんは気をつけてくれ」
「覚えておきます」
「町長も職業持ちで、仕事としてやってくれる。だから人に迷惑がかからなきゃ、法律も俺達で決められるんだ。グールだろうがキマエラ族だろうが、バカにしたりする奴は追い出す」
長老とドラグは、顔を見合わせている。
不可能だと思っているのか、それとも興味があるのか。
「そんで運び屋ってのとルーデルって飛行機乗りの力を借りて、ギルドって組織を起ち上げるんだ」
「飛行機乗りのルーデルですと・・・」
「知ってるのか。空の英雄とか呼ばれてるぞ」
「映画やコミックにもなった、大英雄が・・・」
「ブハッ! ルーデル映画化、ヤバイ。大爆笑、間違いなしだ!」
ルーデルの映画。
それは実際に観れば感心する映画なのだとは思うが、言葉にすると笑いがこみ上げてくる。誰だって自分の友人の生涯が映画化されたら、まずはソイツを指差して笑うだろう。
「笑い過ぎですよ。ギルドの説明でしょう?」
「悪い。あまりに面白くてよ。フィルムとコミック、いつか手に入れてやろうな」
「ルーデルさんも災難ですね・・・」
「そのギルドってのは、冒険者の手助けをする組織なんだ。まず、ギルドに登録できる冒険者は真っ当に仕事をすると【嘘看破】持ちの前で宣言させる。そして仕事の前と後にも、犯罪はしませんしてませんと言わせる。嘘があれば、即時除名。それなら安心して、パーティーを組めるだろ?」
「たしかにそうですね。それなら、うちの戦士だって・・・」
「なるほど。その方法で、住民を選ぶのですか」
ドラグはギルドに戦士を連れていけるか考えているようだが、長老は街の住民の事まで考えたようだ。
そしてこの方法なら、差別のない街というのにも信憑性を見出しただろう。
「ギルドは冒険者に仕事を斡旋しながら、街の一等地で酒場や宿をやる。正直、今の冒険者をキマエラ族に会わせたくはない。ギルドが出来て行儀が良くなったら、まあ大丈夫だとは思うがな。来るたびに土産は持ってくるつもりだが、外貨は必要だろ?」
「そうなのです。自給自足は理想ですが、それではいつかキマエラ族は・・・」
「もう少しだけ待っててくれ。他の街は知らねえが、新しい街はキマエラ族と手を取り合える街にする。船で運河を進んで、魚を売ったり出来るようにな」
長老が目を閉じる。
黙って待っているとシワだらけの顔に、涙が後から後から零れて落ちた。
「お爺さん、ハンカチをどうぞ」
「す、すみませぬ。ヒヤマ殿の言葉が嬉しくて心の中で繰り返していたら、船で運河を進む子供達を想像してしまいましてな。堪え切れませなんだ」
「ヘリの音がする。来やがったな。俺達は、出迎えに行くよ」
「お供しますよ。大事なお客人ですからな」
外に出ると、建物の前にヘリが着陸するところだった。
双子とリーネが飛び出すように降りる。
それに続いたのは、レニーだ。
「なんだ、花園も来たのか」
「お言葉じゃないか、種馬。リゾートだよ、リゾート。金を落としていくなら大歓迎だろうって、姉妹のタリエが言うから来たのさ」
「なるほどな。じゃあ、ゆっくりするといいさ。運び屋、その荷物はなんだよ?」
「見てねえで手伝え。情報屋からの差し入れの医療品と、俺と女から子供の服だの玩具だのだ」
「俺からは、工具と航空機用のオイルだ」
「おお、銀幕スターは気前がいいなあ」
笑顔でヘリを降りたルーデルが、ビタっと固まる。
まるで、音まで聞こえそうな固まり方だ。
「・・・どこで何を聞いた?」
「ここで、映画化された英雄の話を聞いた。ああ、コミックにもなってたんだよな」
「それ以上、喋るんじゃない。運び屋に聞かれたら・・・」
「すんげえニヤニヤしてこっち見てる運び屋がなんだって?」
「き、聞かれたか・・・」
「ヒナはどこだ?」
「あっちのジャンク置き場にいるはずだ」
「そうか。本はヒナのアイテムボックスだ。うまくすりゃ、手持ちにコミックはあるぞ」
「ワクワクが止まんねえな」
「頼むから、止めてくれ・・・」
運び屋はすでに走り出している。
あるなら是非とも読みたいので、止めるつもりなどさらさらない。
「なあ、主役は俳優が演ったのか?」
「知らん。長生きし過ぎて忘れた」
「野外シアターを見つけた事があるけど、フィルムを持ち帰るって発想はなかったんだよなあ」
「そんな発想は、ゴミ箱にでも捨ててしまえ。それより、そちらがキマエラ族の長老殿か?」
運び屋はいないが人数が多いので、ざっと全員を長老とドラグに紹介する。
それが終わる頃に、運び屋がニーニャ達を連れて戻ってきた。
「ちょ、長老! 冷蔵庫が、冷蔵庫がっ!」
「落ち着きなさい、ネル。冷蔵庫がどうしたのじゃ!」
「動くって、ニーニャちゃんが! それと、冷凍庫も直るって!」
「おー、偉いぞニーニャ」
「えへへ。数が多かったから、使える部品に分けて組み直したの。冷凍庫も夕方までには直せるよ?」
冷凍庫があれば、魚の保存か可能になる。
何日か続いて海が時化ても、これで安心だろう。
「あれば使うよな、長老?」
「それはもちろんですが、あんなジャンクから可動品を・・・」
「修理なら僕も手伝おう。手は多い方がいい」
「じゃあ、無理しない程度に頑張ってくれ。ニーニャ、ヨハン」
「私は直った冷蔵庫を運びますね。お爺さん、食堂でいいですか?」
「とんでもない。我等戦士が運びます」
「手で運ぶのではありませんから、お気になさらず」
そう言うと、ウイ達はさっさと行ってしまう。
伺うように俺を見るドラグに大丈夫だからと告げて、全員で食堂に戻った。
「悪いな、爺さん。こんな大人数で押しかけてよ」
「とんでもありません。ヒヤマ殿は一族の恩人。そのヒヤマ殿が頼みとする皆様は、大切なお客様ですよ」
「おいグリン、大切なお客様がはしゃいで、窓から落ちそうになってどうする。レベル上げの話もするから、こっち来て座ってろ」
「俺、目からビームのスキル取るっ!」
「んなもんねえよ・・・」
島の事は、全員に話してあるらしい。
ニーニャとヨハンの修理が終わるまで雑談して過ごし、全員が揃ってから作戦会議がはじまった。