ヒャッハー登場
「黄マーカー。3だね」
「人間なのです。廃墟をねぐらにしているようなのです」
「とりあえず離れて観察か、迂回して先を急ぐ。どっちがいい?」
「んー。マスターの童貞を捨てるのに丁度いい相手なのです。狙撃しちまえなのです」
「なんだって!」
「声が大きいのです。ああ、マーカーが赤に」
「うわ、ごめん。でも人間なのになんで赤なのさっ!」
「クソヤロウだからなのですよ」
ボルトアクションの猟銃をいつでも撃てるように構える。でも、相手は人間だ。敵じゃないと話せば、わかってくれるかもしれない。
「すいません、敵じゃないですー!」
「ヒャッハーッ! 晩メシが何か言ってやがるぜー!」
晩メシ!? 僕を食べるの!?
「どうしようウイ、あの人ホモだ」
「ちげえです。食事的な意味で食うって言ってるのです」
タタタンッ。瓦礫に身を隠しながらウイが撃った。
「人が人を食べるっていうの!?」
「名前を見るです」
タタタン。
「ヒャッハー・ヒデオ。ヒャッハー・アース。ヒャッハー・ベンジャミン。変わった名字だね」
「望んで人肉を食うと、ヒャッハーになるのですよ。そうなればもうクリーチャー扱いなのです。いいから撃ちやがれなのです!」
「うへえ!」
ヒデオがバットを持って突っ込んできた。モヒカン頭のおじさん。ウイのアサルトライフルで削られたのか、HPはわずかしかない。胴体に狙いをつけて撃つ。
「ぎゃあっ」
崩れ落ちるヒデオ。経験値10の数字が跳ねた。僕は、人を殺した。
「経験値少なっ!」
「そっちかよなのですっ!」
「恋人を守るためなら人殺しするくらいなんともない! もう覚悟はしてたんだよっ!」
「重いわー、引くわーなのです」
「うっさいよっ。【ファーストヒット】ッ!」
パァン。バイバイ、アース。君のモヒカンは忘れない。
残るはベンジャミンだけだ。ボルトを操作して次弾を装填する。
「くそっ!」
うわ、銃持ってんじゃん。ヒデオとアース、バットを持って突っ込んできたんだよ。銃持ってんなら早く撃てよベンジャミン。モヒカンの誇りを忘れたか!
でも残念、僕のほうが速い。パァン。腕を撃たれてベンジャミンが銃を落とす。僕は右手でサブマシンガンを抜いた。
「【パラライズマガジン】!」
ウイを真似た指切り射撃。3発で、ベンジャミンのHPが消えた。
「思ったより簡単でしたのです。予想した葛藤もなかったのです」
「重い男だからね、好きなだけ引いてればいいさ」
「根に持たないで欲しいのです。忘れてくれたら、今夜はえっちい下着を着てあげるのです」
「さて、剥ぎ取り剥ぎ取り」
「さすがエロマスター、ちょろいのです」
「聞こえてるよ?」
1番近い死体はヒデオ。『木のバット』、『手縫いのレザーアーマー』、『タバコ(11)』、『野球ボール』。
「ろくなもんがないねえ」
「ウイのアイテムボックスに入れといて、町で売るです」
「そっか。ベンジャミンの銃だけ取るよ? 自動拳銃だから、マガジン系のスキルが使える」
「好きにするです」
ベレッタっぽい『密造9ミリ自動拳銃』と、9ミリ拳銃弾12発だけアイテムボックスに収納する。取り出して点検。ホルスター付きだ。
「凄い、マガジンに2列に弾が入れられるよ。12発でちょうど半分っぽい」
「拳銃は攻撃力が低いのです。2丁拳銃のスキルを取っても、室内戦くらいしか使い道ないのです」
「2丁拳銃! いいね。男心をくすぐるね」
「中2心の間違いなのです。アースが剣を持ってたけど使うですか?」
「ナタあるからいらないー。ウイが使えば?」
「銃があるのに剣なんか使わないのです。回収完了なのです」
「なら次は、廃墟を探索しよっか」
「やめたほうがいいのです。なんでヒャッハーになったかは教えたのです」
「あー。確かに見たくないや。でもここに住んでたなら、町は近いんだろうね」
「それなりだと思うです。遠すぎれば餌がなく、近すぎれば討伐されるのです」
「なら次の遺跡が町かもね。後どのくらい?」
「数時間なのです」
「いい町だといいなあ」
「期待はしない方がいいのです」
そう言いながらも、ウイも楽しみなんだと思う。歩き出した足取りが軽そうだ。自動拳銃を右脇に装備しながら後を追う。
「待って。なんか来る、右。1回、左に逃げよう」
「はいです」
走って距離を取り、小高い丘の瓦礫に身を潜める。
猟銃を狙撃銃に変えて、サブマシンガンのマガジンを交換。対応弾薬マガジン自動装填のスキルは地味に役に立っている。
「来たです」
双眼鏡を覗きながらウイが教えてくれた。僕もスコープを覗く。
ヒャッハーの死体に群がるクリーチャー。緑色の肌で、汚い腰巻姿の小さなバケモノだ。
「うえっ。食べてる。何あれ?」
「ゴブリンなのです」
「HPが10しかない。ザコ?」
「だからああやって群れてるです」
「発見される前に行こうか。いくら弱くても、30を超える数は怖い」
「了解なのです」
狙撃銃をショットガンにして、這うように歩き出す。隠密の効果で、2人とも靴音はほとんど出ない。
離脱できる。そう思った瞬間、正面に赤マーカーが見えた。ゾンビドック。1匹だ。どうする。ナタでやれるか。やれるならゴブリンには気づかれないかもしれない。
「ナタで迎撃する。無理そうなら撃って」
「無理をっ。待つのです」
制止する声を振りきって、ナタを抜いて振りかぶる。振り下ろした場所に、ゾンビドックはいなかった。ヤバイ!
タタタンッ。
「ふうっ。スキルもねえのに刃物で倒せる訳ねえのですっ!」
「ありがと、助かった。それより戦闘準備、来るよ!」
30以上のゴブリンが駆けてくる。
なかなかの迫力だ。・・・嘘ですごめんなさい。何あれめっちゃ怖い。
「【スプリットブレット】!」
1発で何匹かはじけ飛んだ。これなら行けるか。
「くたばれザコヤロウなのです!」
ウイのアサルトライフルも火を噴く。瞬く間にゴブリンは数を減らした。撃ち切ったショットガンを収納して、サブマシンガンを抜く。撃つ。撃つ。撃つ!
パッパラー。
「なんだ、最初っから殺ってれば良かった。楽勝じゃないか」
「レベルも来たし結果オーライなのです」
「待ってろよ、【2丁拳銃】!」
「ふざけんななのです。まずはそのモヤシ体質を何とかするです」
「マジですか・・・」
「大マジなのです。それよりウイはゴブリンを収納するので、周囲警戒をお願いするのです」
「人肉を食べてたよゴブリン!?」
「胃を洗えば関係ねえのです」
侮れないね異世界。それでいいのか。
弾を補充しながら周囲を見回す。あの弱さのヒャッハーやゴブリンの群れが跋扈する地域なら、オーガすらいないのかもしれない。
「おっけいなのです。さあ、行きましょうなのです」
「はーい。僕達もうレベ10か。ついに2桁だね」
「まだまだひよっこなのです。でも焦らずにゆっくり頑張るのです」
「そうだね。時間だけはたっぷりあるんだ」
雑談しながら歩くこと数時間、何かの集積所みたいなフェンスと建物が見えてきた。よく見ると、建物にコンテナも混ざってる。間違いない、町だ。
「ついに見つけたね」
「気に入らないのです。周囲に高台がないのです」
「瓦礫も少ないよね。とりあえず、そこの車の陰に隠れて監視かな」
「テントも出して、明日の昼まで見張るのです」
「じゃあ僕はスコープで観察するね」
「ウイはテントを張るです」
体をなるべく晒さないようにして伏せて、スコープで町の入口を覗く。あれは、見張り台かな。
人は、いた。良かった、モヒカンじゃない。自警団、ダン。その名前で自警団に入るんだ。凄いなダンさん。
大きなフェンスの門には、大型車両注意と火気厳禁の標識がつけっぱなしだ。
「テントは用意したのです」
「お疲れ様。やっぱり町だったよ。見張り台に自警団の人がいる。あ、モヒカンじゃないから安心して」
「別にヒャッハーがすべてモヒカンじゃねえです。一般人にもモヒカンはいるですよ」
「・・・聞いてて良かった。町にモヒカンの人いたら、問答無用で撃ってたかも」
「車両はあるですか?」
「見える範囲にはない。夜まで監視するから、あったら教えるよ」
「1時間交代で見張るのです。飲み物は何にするですか?」
「水でいいや。ありがと」
『ぬるい水』をちびちび飲みながら、タバコが吸いたいのを我慢して町を見張る。ここまでぬるいと、生きるための水分補給だと自分に言い聞かせながら飲むしかない。日本って恵まれてたんだなあ。
お、交代した見張り台の人、けっこう美人。わわっ。1人になったからってそんなに胸元を・・・
「マスター、どの銃で撃たれてえか3秒以内に言いやがれです」
「撃たれたくないです!」
「残念、そんな選択肢はねえのです」
「なかったら死んじゃうじゃん!」
「死ねって言ってんですよ?」
「ごめんなさい。もう見ませんから許して」
「ふん。今夜の態度次第で考えてやるです。それより見張りを交代するから、テントの入り口をしっかり閉じてからタバコを吸うです」
「ありがと。ずっと我慢してたんだ」
「吸い終わってもすぐ出たらダメなのですよ?」
「はーい。じゃあ、ちょっとだけ行ってきます」
テントに入ってタバコを吸いながら汗を拭う。それにしても、ウイが心を読めるの忘れてた。今夜しっかりご機嫌取りしなくちゃ。
1本目のタバコの火で、2本目に火を点ける。町にはどのくらいの人がいて、どんなお店があるんだろ。ホテルはあるのかな。高くて泊まれなかったらやだなあ。
効果はないかもしれないけど、空中でパタパタ手を振って煙を散らす。
煙が落ち着くまでまだかかりそうなので、網膜ディスプレイにスキル一覧を映して眺める。凄い数だ。くだらない物から有用そうな物まで、いろいろありすぎて困る。変なの多いなあ。
たとえば、【攻受自在】パッシブ。男性が男性に与えるダメージ10パーセントアップ。性的な会話に男性が食いつきやすくなる。
意味わかんないよ。攻守自在じゃないところから、何かが間違ってる。
そろそろ大丈夫かな。そっとチャックを開けて、テントから這い出る。車の残骸より低くなるように、そのままウイの所に向かう。わかりやすい点数稼ぎだ。後は夜テントの中で褒めまくって、ウイの好きな体勢で頑張ろう。