山賊と竿師
男だけの飲み会のはずが、帰りにはそれぞれ女を連れて宿に向かう事になり、俺は情報屋の部屋で昼近くまで眠った。
寝起きのコーヒーを受け取って、タバコに火を点ける。
「おはよう」
「はい、おはよう。朝食、用意できてるわよ」
「あいよ。これ吸って、顔を洗ったらもらう」
下着とジーンズだけを身に着け、ブーツをつっかけて顔を洗う。
リビングのテーブルが目に入った瞬間、驚きで時間が止まったような気がした。
「こ、こりゃ・・・」
「米食文化の国から来たんでしょ。懐かしいんじゃない?」
丼に山盛りの白米、湯気の立つ味噌汁。お浸しらしき野菜にはカツオ節が乗っているし、焼き魚の皿には赤黒い汁が見える。
「なんてこった。こっちにも米があるのかよ?」
「缶詰だけどね。まだあるから、UIの女の子にも持って行ってあげて」
「そりゃありがてえ。ウイも喜ぶ」
「さあ、食べて。今日も忙しいんでしょう?」
「このまま川に行って、工事がどうなってるか見る。手伝える事がなけりゃ、飛行機の残骸を回収だな」
久しぶりの和食は、絶品としか言いようがなかった。
こんなにうまいメシが、この世界にあったのかと思うほどだ。
瞬く間に平らげ、情報屋に見送られて、一人暮らしにしては広い部屋を出る。
(ヒヤマだ。もう工事に入ってんのか?)
(おはようございます、ヒヤマ。まずはこれをご覧ください)
無線を繋いだ瞬間、網膜ディスプレイに浮かんだウインドウを選択。
頬に手形を付けた運び屋が、犬型のヒナに腕を咬まれている。
あの老いぼれ、バレやがったな・・・
(また怒られてんのか。懲りねえな)
(これを見ても、自分は無関係だと言いますか)
切り替わったカメラの向こうでは、ルーデルがジュモに飛び付きチョークスリーパーを決められて耳元で怒鳴られている。
(ルーデルまでかよ。何をやらかしたんだ?)
(宿に女性を連れ込んでいたそうですよ。ヒヤマは違う宿だったんですか?)
(ああ。2人が酔っぱらってて、危なそうだったんでな。違う宿に泊まったんだ)
(そうですか。工事は順調です。運河はそのままの直線にして、横のスペースを削ってそこに空母を浮かべるそうですよ)
(なるほどな。このままそっちに向かう。何か必要な物でもあるか?)
(特には。ああ、黄金の稲穂亭に寄って、ヨハンさんを連れて来てくれたら助かります)
(了解。ヨハンをピックアップして、そっちに向かう)
無線を切り、3番出口に向かって歩く。
情報屋の事はウイ達にも紹介するつもりだが、ここは1日か2日だけ後回しだ。巻き添えで殴られてはたまらない。
黄金の稲穂亭のドアを押して顔だけ入れると、カウンターに立つマリーが見えた。
「うーっす。ヨハンいるか?」
「よう、ヒヤマ。ちょっと待ってくれ、すぐに連れてくる」
「ゆっくりでいいぞ。外で待ってる」
黄金の稲穂亭の前にローザを出して、タイヤからブレーキワイヤーまで点検する。
どこにも異常はない。このままレースに出ても、表彰台を狙えそうだ。
「今日も美人だぞ、ローザ」
「大切にしてるんだな、バイクも喜んでる」
「おはよう、ヨハン。恥ずかしいトコ見られたな」
「何が恥ずかしいものか。元の持ち主もバイクも、喜んでると思うぞ」
「なら嬉しいがな。行こうか。もうすぐ、空母を浮かべるそうだ」
「ついにはじまるか。僕も家庭を持ったんだ。仕事は、全力でやらないとな」
「やる事は山ほどある。倒れねえ程度に頑張りな」
ヨハンを乗せて、橋のそばの工事現場に向かう。
運び屋とルーデルは自分の浮気がバレたからといって、俺の事を売ったりはしないだろう。
それでも、恨みがましい視線は容赦なく浴びせるはずだ。正直、気が重い。
「初夜は楽しんだか、ヨハン?」
「な、なんて事を聞くんだ。言える訳がないだろう」
「そんなもんか。見えてきたな。あれが、空母を浮かべる場所だ」
「本でしか読んだ事がないが、やはり空母というのは大きいのだな・・・」
空母を浮かべるのは、橋のこちら側になる。
戦争になれば、空母がシティーの盾になる格好だ。
「まあ、1000人が住んで畜産もやろうって場所だ。広くねえと、なんも出来ねえだろ」
「畜産か。時間と資材が許せば、シティーの隣をフェンスで囲って麦も育てたいな」
「それはいい。飢えるガキが少しでも減るなら、いくらでも協力するぞ」
「なんかもう、ギルドとやらが何屋なのか、わからなくなるよ」
「職業がないのに戦う事を選んだ奴等を助けながら、職業持ちで余裕のある奴等が、誰かのためになる事をする組織だと思っておけばいい」
「僕にも、その手伝いが出来るのかな」
「出来るさ。ヨハンにしか出来ねえ事が、たくさんあるんだ」
「本当にそうなら、嬉しいな」
皆が集まっている堤防の前にローザを停める。
堤防は10メートルはあり、ちょっとやそっとの洪水ではビクともしそうにない。
「立派な堤防だな、カリーネ」
「おはよう、ヒヤマ。空母のせいで運河が氾濫した、なんて言われたら大変でしょう。この辺だけだけど、丈夫にしといたのよ」
「助かるよ。ウイ、空母を浮かべたらジャスティスマンと交渉だ」
「はい。予定より早く工事は終わってますので、もう出せますよ?」
「なんだ。なら浮かべちまえ。時間はいくらあっても足りねえんだ」
「了解。アイテムボックス内、空母を指定。座標入力、OK。出します」
なんの問題もなく空母が現れ、俺とヨハンを影で包んだ。
「こりゃ涼しくていいな」
「で、でかい・・・」
「とりあえずは艦橋に、関係者の部屋を頼む。人数や部屋割りは、誰かに聞けばいい」
「わかった。水は、川の水を濾過して使う」
「頼んだ。行こうぜ、ウイ」
堤防の上のウイが階段を下りると、全員がそれに続いた。
ウイが出したヘリに、次々と乗り込んでゆく。
「空母に乗り込むのも、一苦労だな」
「昇降機やタラップは、空母に人がいないと動かせないそうですからね。行きましょうか」
「あいよ。そういや土産がある。晩メシを楽しみにしててくれ」
「それは、この香水と関係があるのですか?」
ウイは背伸びをして、俺の鎖骨辺りの匂いを嗅いでいる。
バレるかもしれないと思ってはいたが、こうも早くその時が来るとは。
「まあな。1人増えた。そのうち紹介するよ」
「1晩あれば、事は済むのですね・・・」
「縁があったんだろ。悪い女じゃねえし、出来る事も多い。まあ、許してくれ」
「はあ。ヒヤマはどう思っているか知りませんが、ヒナは新婚気分なんですからね。傷つかないようにしてあげてくださいよ?」
「わかってるさ」
ウイを乗せて、シティーまで走る。
ジャスティスマンはすぐに俺達を部屋に通し、コーヒーを出してくれた。
「その節は、世話になったね」
「こちらこそ、儲けさせてもらったよ。再攻撃もしばらくはなさそうだし、ゆっくり眠れるな」
「情報屋のお嬢さんが大丈夫と言っているうちは、枕を高くして眠れるね。10体だ」
「何が10体だ?」
「次にヤツラが攻めてくる前に知らせてもらう、その依頼料が警備ロボット10体さ。ヒヤマ君に渡してくれと言われたよ」
「余計な事を・・・」
「ふふふ。愛されてるじゃないか。良い事だよ」
「ヒモになる気はねえんだがな。いつ引き渡せる?」
「帰りに連れて行くといい。設定は、ニーニャ君がしてくれるだろう」
プログラミングにどれだけの時間がかかるのか、ニーニャに無線で訊ねてみる。
侵入者に警告してそれに従わなければ殺すだけなら、1体5分もかからないと返事が来た。
「ありがてえ。今日から警備につけるそうだ」
「それは良かった。隣町の治安が良ければ、お互いにとって有益だからね。ギルドとやらにも、期待しているよ」
「まだどうなるかわからねえ。でも、必ず形にしてみせるさ。コーヒー、ごちそうさま」
「もう行くのかい? 忙しいね」
「貧乏暇なし。座右の銘になりそうだよ」
「暇を持て余して、ダメな人間になる金持ちは多い。それくらいがちょうどいいのさ」
「金持ちは金持ちで、大変なんだな。行こうか、ウイ」
「はい。では、失礼します」
秘書さんから警備ロボットとそのメンテナンスキーを受け取り、ゾロゾロ連れ立ってシティーを歩く。
「情報屋さんとやらに、挨拶はしなくていいのですか?」
「いいさ。暇ができたら、無線を飛ばす」
スラムを抜けて空母を見上げると、甲板でティコが手を振っていた。
すぐに、20メートル四方ほどの昇降機が下りてくる。
警備ロボットと一緒に甲板に上がると、テントの日陰で作業していたニーニャが駆け寄ってきた。
「この子達が新しい家族っ!?」
「ま、まあそうだな」
「ウイお姉ちゃん、メンテナンスキーちょうだいっ!」
「はいはい。日陰で作業しましょうね」
「はぁい。あ、お兄ちゃんは運び屋さん達が、艦橋に来てくれだって」
「了解。ウイ、警備ロボットは任せた。プログラミングは、ニーニャと話し合うといい」
「そうですね。艦内を巡回と、屋外での見張り。数も考えてみます」
艦橋に向かうついでに、日陰のデッキチェアで昼寝しているミツカの鼻を抓んでやる。
「んがっ!」
「なんつー声を出してんだか・・・」
艦橋へのドアの上には、『ようこそ、冒険者ギルドへ』と書かれた看板が掲げられていた。
気の早さに苦笑しながら、艦橋の階段を上って運び屋を探す。
操舵を見守る艦長席に運び屋、副長席にルーデルがいた。
「来たか、裏切り者」
「裏切った覚えはねえな」
「ヒヤマはまだ、バレてないのか?」
「自分でゲロったよ。空母で宿をやるそうだし、付き合いも長くなりそうだ」
「賢明だな。ウイちゃんも慣れたもので、怒られもしなかっただろう」
「1晩でも目を離したらそれかと、呆れられたがね」
巨大な操舵輪に寄りかかり、タバコに火を点ける。
飛んできた缶コーヒーを飲みながら、警備ロボットの件を話した。
「味方が多いのは、もう死神の才能だな」
「警備ロボットは、今日から使えるらしい。ヨハンの作業次第だけど、孤島の爺さんやロッジ家の引っ越しは、ルーデルに任せていいか?」
「もちろんだ。順次やっていくよ」
「航空機の回収が終わったら、ブロックタウンの狩人と羊飼いを口説きに行くだろ。次はどうする?」
「ガキ共の部屋を用意して、孤島の爺さんに預けるのがいいだろ。なにしろ生まれてこの方、ロクに教育も受けてねえんだからな」
「運び屋が先生やるか?」
「冗談。全員が冒険者になっちまうぜ」
「あり得そうで怖えな・・・」
空母で海に乗り出して海賊行為をする子供達の未来が、はっきりと見えたような気がした。
「あれだ。ヒヤマと運び屋には仕事がたくさんある。子供達は、老人に任せるのがいいと思うぞ!」
「運び屋と一緒にすんなっての・・・」
「こっちのセリフだ、女ったらしが・・・」