男の飲み会
「明かりが少ねえな、スラム」
「超エネルギーバッテリーは貴重品だ。ロウソクや焚き火は、位置を知られて襲われやすい。貧乏人は、体を縮こめて夜をやり過ごすのさ」
「早く空母を、使えるようにしねえとな」
レニーと話しているうちに、ヘリは微かな振動すらなく着陸していた。
ルーデルは涼しい顔をしているし、誰1人として気にもしていないが、これが神ワザってやつだろう。
ヘリから降りると、少し離れた場所で運び屋が手招きしている。
その笑顔に嫌な予感しかしないが、仕方なく近づいた。
「おい、ルーデルと3人で飲みに行くぞ」
「ここには何をしに来たんだった? たしか、新婚旅行だよな・・・」
「ルーデルが降りた。・・・野郎、見て見ぬふりしてやがるぞ」
「俺だってシカトしたかったっての」
「逃すか、あの野郎」
足音も残さず運び屋の姿が揺らぎ、ルーデルの首根っこを掴んで引きずってくる。
手で塞いでいる訳でもないのに、首を振るルーデルは声も出せないようだ。
「何をするんだ。こんな場所で、暗殺系スキルまで使うんじゃない」
「そっぽ向くからだ」
「運び屋がニヤニヤして、困り顔のヒヤマが隣にいる。そんな場所に、誰が好き好んで来るか」
「だよなあ・・・」
「いいか。緊急ミッションだ。3人で飲みに行くぞ」
「俺は遠慮する。親子水入らずで行ってくれ」
「まあ、話しは最後まで聞け。なんでもシティーには、グールの街からも金持ちが遊びに来るらしい。顔を隠して、お忍びでな。今夜行く店は、そのうちの1つだ。うまくすりゃ、街の情報も手に入るぜ」
ルーデルが唸る。
グールの街の情報は欲しいが、運び屋に付き合ったら、ろくな目に合いそうにない、そんな所だろう。俺だって同じだ。
「だから女共を黄金の稲穂亭まで送ったら、そのまま行くぞ。朝まで乱痴気騒ぎだ」
「神に祈ったら、何事もなく終わっかなあ・・・」
「ついでに、悪魔にも祈るか・・・」
「ヘリは収納しましたよ。どうしたんですか?」
「なんでもねえさ。さあ、まずは黄金の稲穂亭だ」
珍しく運び屋が先頭に立って、階段を下りていく。
隣のルーデルを見ると、諦めろとでも言うように首を振っていた。
「お待ちしておりました。シティーは、皆様のご来訪を心より歓迎いたします」
「よう、美人秘書。わざわざすまねえな」
「いえ。これも仕事ですので」
「秘書さん。翌日以降にできるだけ早く、ジャスティスマンに面会したい。大丈夫だろうか?」
「ヒヤマ様は、シティーの危機を救って下さった恩人。いついらしても、ジャスティスマンは面会に応じますわ」
「来客中だったりしたら、悪いからさ」
「それでしたら、明日の午後でしたら予定はございませんわ」
「ありがとう。きっと、顔を出すと思う」
「お待ちしております」
立ち話を終えて、シティーへ。
ニーニャを実家に送ると、姐さんは感嘆の声を上げた。
「凄い。ガキの頃来た時より、品揃えが増えてる!」
「お姐さんは来た事あるんだね。あ、父さんだ。やっほー」
「やっほーじゃねえよ。婿殿、どうした! また戦争かっ!」
「いえいえ。婆さんから聞いてませんか?」
ニーニャの父親、イワンさんが首を傾げる。
聞いてないのかと諦めかけた時、ポンと手を打った。
「アレか。冒険者を行儀よくさせて、死に辛くさせるっつー話」
「ええ。それの準備に入るんで、ニーニャも顔を出しやすくなりますよ」
「そうかそうか。かかあが喜ぶよ」
「それと、紹介しときますね。俺が見た中で、最高の腕を持つ冒険者です」
「婿殿より上だってのかっ!?」
「俺じゃ、足元にも及ばないですよ。これが運び屋。そして奥さん。奥さんはブロックタウンで武器屋をやってるんで、よろしくお願いします」
「同業者か。はじめまして、運び屋さん、奥さん。どうかご贔屓に。うちにある品物でしたら、勉強させてもらいますよ」
大人同士の挨拶をつまらなそうに見ていたニーニャが、たーくんに凭れて船を漕いでいる。
早く寝せてやらないとかわいそうなので、手早くルーデル達も紹介してカチューシャ商店を出た。
運び屋と姐さんは、後日仕入れに訪れるらしい。
「おう、いつかのボウズじゃねえか。元気だったか」
「絶好調。おっちゃんも、元気そうだな。膝の具合はどうだ?」
「相変わらずさ。ずいぶん大人数だな。今、開けるぜ」
おっちゃんに礼を言ってスラムに出る。
黄金の稲穂亭は目の前だ。
「ジェニファー!」
「よ、よう、ヨハン。相変わらず景気が悪そうだな」
「ジェニファー、話があるんだ!」
「そ、そうか・・・」
「こっちに来てくれ」
そう言ってヨハンは、黄金の稲穂亭の壁とシティーのフェンスの辺りにジェニファーを引っ張って行ってしまう。
「なんだ。公開プロポーズじゃねえのか」
「あの勢いで言うのかと、期待してしまいましたよね」
「まあ、あの様子じゃ出来レースだろ。死神が職業持ちを口説くようなもんだ」
「ツンデレだったなあ・・・」
「なんだその日本語。聞いた事ねえぞ」
「暇な時、教えるさ。お、返事したみてえだな」
ヨハンに抱きついたジェニファーが、その手を取って黄金の稲穂亭に消える。
「えーっと、レニー?」
「悪い。舞い上がって、俺達を忘れてるみてえだ。ジェニファーは、黄金の稲穂亭に住んでるからな」
「いいのか、マリー。パックリいただかれちまうぞ?」
「ズルいっ!」
叫ぶと同時に、マリーが駆け出す。
今なら間に合うだろう。
いくら舞い上がっていても、店内で押し倒したりはしないはずだ。
「さて。じゃあ、俺とルーデルと死神はシティーの宿だな」
「あんたらなら、泊まってもいいとは思うんだがなあ」
「なあに、わざわざ波風立てる事もねえ。どうせ部屋で飲んで寝るだけだ。どこでもいいさ」
「ウイ、明日の午後に迎えに来る」
「はい。気をつけてくださいね。シティーでヒヤマがなにかしでかせば、新しい街とギルドの看板に傷がつきますよ」
「あいよ。大人しくしてるさ」
「ルーデルさん、ヒヤマをよろしくお願いします」
「あ、ああ。努力する」
「じゃあ、またな」
「おやすみ、みんな」
全員が黄金の稲穂亭に入るのを見送ると、それはもう嬉しそうに運び屋は踵を返した。
目の前の入り口に声をかけ、ドアを開けてくれた膝の悪い警備員にチップまで渡している。
「こっちだ」
シティーの夜は、明かりが豊富だ。
だがある路地を境に、明かりはその存在意義を変えた。
「ケバい・・・」
「ネオンなんてのは、どこの世界でも同じだ」
「欲の色か。空から見る分には、綺麗なんだがな」
「あら、若いお兄さんじゃない。サービスするから、今夜はアタシにしときな」
「悪いな、姉さん。約束があるんだ。コゾウの代わりにビールを奢るから、それで勘弁してくれ」
「ざーんねん。でも、ありがと」
運び屋が硬貨を握らせた半裸の娼婦は、ブロックタウンの女達より色が白い。
これだけの歓楽街なら、遠くから職を求めて来る女も多いのかもしれない。
「ここだ。せっかくの機会だ。楽しもうぜ」
「看板が裸の女って、大丈夫か」
「完全武装の門番ってのも気になるな」
「それだけ客に気を使ってんのさ。3人、ジャスティスマンの紹介だ」
「お待ちしておりました。どうぞ」
グラサンにスーツ、そしてアサルトライフルを持った男が、慇懃に頭を下げる。
この男にも硬貨を握らせて、運び屋はドアを潜った。
「ルーデル、無事に終わるといいなあ・・・」
「まったくだ。まあ、なにかしら起こるだろうな。気は抜かずに行こう」
「わかった」
店内は暗く、驚いた事に生バンドのジャズが流れている。
運び屋はもう、出迎えた女に何かを告げたようだ。
「案内してくれるとよ。行こうぜ」
「どこにだよ?」
「VIPルームってやつさ」
「庶民派なんで、遠慮していいか?」
「毎日朝から晩まで、スキルを駆使して嫌がらせされてえなら、好きにするといい」
「諦めよう、ヒヤマ。酒と肴は、かなりのものみたいだ。それを楽しもう」
宥めるルーデルに続いて、暗い店内を歩く。
ボックス席では人前にもかかわらず、事に及んでいる男女もいた。
「こちらです」
女はドアを開け、薄暗い廊下に俺達を導く。
驚いた事にドアが閉まると、店内の音楽は聞こえなくなった。
「凄え防音・・・」
「なんだ、聞き耳系のスキルねえのか。そのうち取った方がいいぞ?」
「覚えとく」
「こちらです。すぐにお酒とお料理をお持ちいたしますね」
「おう。綺麗どころもな」
「はい、もちろんです。ジャスティスマン様より、最上のもてなしをと仰せつかっておりますので」
広い部屋の大きなソファーに、運び屋が座る。
「なんつうか、慣れねえから居心地が悪いな」
「おい、少し離れろ。女が両脇に座るんだからよ」
「なるほど。了解」
同行者のすぐ隣に座るのは、マナー違反らしい。
運び屋を真ん中にして、俺とルーデルが左右に陣取った。
「死神はいずれ、シティーのギャングとも関わる事になる。今のうちから、こんな場所にも慣れとけ」
「そうだな。会談の場の雰囲気に気圧されて、上手くやり込められました、なんてのはマズイ」
「さっき思った。体を売る女がいる。金がなきゃ住めないはずの、このシティーにだ」
「そこまで見えてるならいい。答えを見つけるのは簡単だが、それに気がつくかどうかが問題なんだ」
クズは殺せばいい。
だが、人の役に立つクズはどうする。
シティーで体を売る女がシティーに入れなかったなら、スラムで同じ事をするだけだろう。
スラムでそんな仕事をするのは、かなりのリスクを伴うと俺にだってわかる。
「世の中って、難しいな」
「悩め、若人。悩めるうちは登ってるんだ。悩まなくなった時にゃ大人は、ごまかす事に慣れちまってる」
「こんなに長生きするつもりはなかったが、それでもヒヤマの年頃は黄金の日々だった。悔いの残らないようにな」
「オヤジ臭えぞ、2人して・・・」
「大人って言え、コゾウ」
「まあ、おっさんだからなあ」
「認めてんじゃねえよ、ルーデル。綺麗どころとハッスルして、まだまだ若えって証明しようぜ」
「ハッスルなんて言ってる時点で・・・」
ドアがノックされる。
「おう、入ってくれ」
「失礼いたします。本日はわざわざお越しいただき、誠にありがとうございます。わたくしは女将のシャロン。若い女の子共々、よろしくお願いいたしますわ」
文句なしの美人だ。
三十には届かないであろう年齢。
長い金髪をかき上げる仕草は、計算され尽くしたものなのだろう。
俺より多いHPと名前の下には、不夜城の情報屋という職業があった。