はじめの1歩(凄く、大きいです)
「やってくれたなあ、ヒヤマ」
「お疲れ、レニー。ヨハンの件だよな。マズかったか?」
「いや、マリーもジェニファーも、こんなのの何がいいのか、ガキの頃から夢中だった」
「なら問題ねえじゃんか」
「もうちょっと、きちんと生活できるか見たかったんだよ。あの2人に、ヒモは付けられねえ」
「それもそうか。まあ、ヤバそうなら俺がケツを引っ叩く。だから、祝福してやってくれ」
「頼んだぞ、ホントに」
苦笑交じりに言ったレニーは、運び屋やロッジ家の皆に祝福されて礼を言うヨハンを見ている。
その眼差しは優しい。心配ではあるが、祝う気がないという訳でもなさそうだ。
「ヨハン、ルーデルが黄金の稲穂亭まで、ヘリで送ってくれるらしい。とっとと行くぞ」
「そんなの申し訳ないって」
「もう準備してんだから、断る方が悪いぞ?」
「ううっ。僕なんかのために、そこまでさせてしまうなんて・・・」
「レニー達も行くか?」
「そうだなあ。露店の片付けも終わったし、行くか」
「なら空母を置く準備もしちまったらどうだ。カリーネ嬢がいなけりゃ、はじまらねえだろ」
「なら、花園は明日にでも工事をして、ヨハン達を兵員輸送車で連れて来ましょう」
空母を浮かべるのはいいが、内装をどうするかだ。
ニーニャは強化外骨格パワードスーツの改造が、まだホプリテス1体しか終わっていない。
「そういやヨハン、下水道の家は誰が作ったんだ?」
「僕に決まってる。カリーネと違って、生活用の建築スキル持ちだからね」
「ほう。死神は、よほど神に愛されてんだな」
「ツイてる時と、そうじゃねえ時の差が酷えけどな。まあいい。ヨハン、ギルド職員としての初仕事だ。シティーの運河に、空母を浮かべて街にする。ジェニファーとの部屋も用意してやっから、気合入れて仕上げろ」
「空母を街に、か。設計は終わってるのかい?」
「ヨハンがやるに決まってんだろ。ティコ、しばらく兄貴を借りるぞ」
「はあっ!?」
「はーい。兄貴、マリーさんも連れて行かないと」
ヨハンが呆けているので、黙ってマリーを含めた花園とヨハン、ティコを無線で繋いでしまう。
すぐに気づいたカリーネが主導して、話し合いと説明がはじまった。
「運び屋はどうする?」
「航空機の回収だな。ヒナが良ければだが」
「ん。はこびやとねーさんもいく。しんこんりょこう」
「ブハッ。な、何を言ってんだこの娘は・・・」
「いい案だ。姐さんは、ブロックタウンをあまり出ねえだろうしな。2人が回収に出てる時間は、ニーニャ達といればいい。無線を繋ぐぞ」
もう説明が面倒なので、リストにある名前をすべて選択して繋ぐ。
(ヒヤマだ。今からシティーに向かう。名前を呼ばれた奴は、同行する人間とよく話し合え。ヨハンはマリーを連れて黄金の稲穂亭へ。プロポーズが終わったら、空母を浮かべるまで待機。せいぜい楽しめ)
(ちょ、聞いてないよ。ブロックタウンの警備は!?)
(ダンさんがいる。何かありゃ、ヘリコなりバイクなりで駆けつけるし、ブロックタウンにはエルビンさんがいるんだ。心配はいらねえよ、マリー)
(そうだね。仕事もないし、警備のシフトに組み込んでもらおう。よろしくお願いしますよ、ダンさん)
(こちらこそ。職業持ちのエルビンがいてくれれば、心強いです。安いですが、日当も出ますよ)
(ほう、給料が不満か。新しい自警団副長を探すかな)
(勘弁してくださいよ、ミツカ団長。こっちは、所帯を持ったばかりなんですよっ)
次は、花園か。
レニー達はやるべき事をわかっているとは思うが、ハンガーに行ってる連中には説明が必要だろう。
(花園は明日から、空母を浮かべる準備。空母を浮かべたら、ヨハンが空母を居住できる状態に改装する。その警備にはジャスティスマンから買う警備ロボットを充てるつもりだが、無理なら俺達のパーティーが空母を警備する)
(カリーネです。予定では、明日中に空母を浮かべる準備は整いますよ。明後日には、シティーの隣に空母が現れます)
(運び屋と姐さんは、ヒナの希望で新婚旅行。しばらくゆっくりしてから、運び屋とヒナは航空機の回収に出る。その時にゃ姐さんは、ミツカやニーニャと一緒にいればいい)
(あの子が、そんな事を言ってくれたのかい・・・)
(旦那から小遣い巻き上げて、ニーニャの実家で仕入れでもするといい)
(まあ、あれだ。こんな時くらい、好きに買い物を楽しめ。金は心配しなくていい)
運び屋の男前な言葉で、元から涙ぐんでいたらしい姐さんが言葉を詰まらせる。
なんだかんだで、良い家族だ。少し羨ましい。
(俺達は明日から俺とウイが回収。ミツカとニーニャは、空母を浮かべたら格納庫で強化外骨格パワードスーツをイジればいい。以上。質問はあるか?)
(ヒヤマさん、ティコは?)
(あー。行きたいなら、ミツカとニーニャと常時行動。それが嫌なら、留守番だ)
(わーい。ミツカさん、ニーニャちゃん、よろしくねっ)
キャイキャイ話し出した3人の声を聞きながら、後は何かないか考える。
そういえば、ルーデル達を忘れてた。
(ルーデルとジュモはどうする?)
(空母の準備が終わるまではシティーの屋根で、終わったら格納庫で改造だな。もちろん、警備やヨハンの仕事に人手が必要なら、そっちに参加する)
(ありがてえ。じゃあ、準備してハンガーに集合な。通信終わり)
通信している間に、テーブルなどはすっかり片付けられていた。
どうやら、飲み物や食べ物の残りは、ロッジ家と孤島の爺さんに渡したようだ。
「足のないやつは兵員輸送車に乗りな。送ってくよ」
「俺達は準備がねえから、ハンガーまで歩くか」
「そうだね。行こう、ヒナ」
テントをヒナがアイテムボックスに入れ、見えているハンガーまで歩く。
すぐに俺達を追い抜いた兵員輸送車の銃座から、双子が手を振っているのが見えた。
手を振り返しながら歩くと、すぐにヘリの前まで辿り着く。
「ルーデル、悪いな」
「なに、スキルを使った改造なんて、どこでやっても一緒だ」
「空母じゃ、ヘルメットを外して暮らそうな」
「おいおい、子供に泣かれるのは嫌だぞ」
「すぐに慣れるさ。空母は自由な街であって欲しい。見た目で差別するような人間は、出て行ってもらうさ」
「グールの街との連携を考えているのか?」
「将来的には、交流を持ちたい」
「ならそのうちに、接触してみるよ。元から、顔を出しに行くつもりだったんだ」
「知り合い、いるといいな」
「怖さ半分だよ。当時の軍人としてはな」
ルーデルが何をした訳でもないだろうが、軍人だったという理由で責められる事もあるのかもしれない。その時に俺に出来るのは、一緒に酒でも飲むくらいか。
無線は繋がったままになっている。慌ただしく準備を済ませた人間から、兵員輸送車でピックアップして回っているようだ。
「ヒヤマ、こちらの準備は終わりました。思わぬ形で、空母を街にする第一歩を踏み出す事になりましたね」
「ご苦労さん。ヨハンが内装工事をやれるなら、1日でも早くと思ってな」
「ですね。スキルがあるとしても、あれだけの広さです」
航空機の回収。強化外骨格パワードスーツの改造。それが終わってからの、ギルド発足になるはずだ。
だが下水道で暮らす子供達は、早く安全な空母で眠らせてやりたい。
「ガキか・・・」
「子供がどうしたんですか?」
「俺もまだ、ガキなんだがなあ」
「何が少年を男にするか。それは人それぞれだろうが、ヒヤマの場合は志なのだな。誇るといい。ヒヤマは、俺の友人は、立派な男だ」
「またそうやって持ち上げる。何も出ねえよ?」
兵員輸送車は全員を乗せて、こちらに向かっているという。
やる事は、昨日までと変わらない。場所が変わるだけだ。
「明日の回収はなしで、俺とウイはジャスティスマンに会いに行くか」
「警備ロボットですか?」
「3体あれば、タラップは守りきれるだろ」
「そうですね。ですが、昇降機にも欲しいですよ」
「6体か。そんなに買えるほど、硬貨があるんか?」
「無理ですね。私達が溜めていた缶詰や服、空母にあった物と交換してもらうしかないでしょう」
「悪いが、上手く交渉してくれ」
「はい。数百の警備ロボットを保有するシティーです。対価となる物資さえあれば、6体くらいは放出するでしょう」
「ヒヤマ、少しだが硬貨を受け取ってくれないか?」
「いらねえって。物はあるんだ。落ち着いたら、いろんな街で硬貨に変えればいいだけさ」
話は終わりだという意味で、ハンガーの前に停まった兵員輸送車に歩み寄る。
「取っておいてくれればいいものを」
「ヒヤマですから。でも、ルーデルさんの気持ちは、喜んで受け取ってますよ」
背中で会話を聞きながら、降りてくる運び屋達を眺める。
一際目立つのは、大きなバックパックを背負った剣聖だ。バックパックからは、剣の柄まで飛び出している。
「なんて荷物だよ、剣聖」
「ブロックタウンは畜産をやってるだろ。だからアイテムボックスには、肉が詰め込んであるんだよ。これは、いつもアイテムボックスに入れてたもんだ」
「なるほどね。早くウイのアイテムボックスに入れてもらえ。そんなんで乗られちゃ、邪魔でしょうがねえだろ」
「では、お預かりしますね」
「ありがたい。よろしく頼むよ」
「しかし、肉がそんなに売れるんか。空母でもやれねえかな」
「可能なら、大儲けだぞ。ブロックタウンは遠すぎて、アイテムボックスのない行商人は来ない。空母で安定的に肉が供給できるなら、シティーの金持ちは喜んで金を出す」
これは、真剣に考えた方が良さそうだ。
空母で商売をすれば、そこに雇用が発生する。安定した仕事があるなら、空母の住民が犯罪に手を染める確率は減るだろう。
ヨハンの設計に、養鶏と養豚場だけでも組み入れてもらうか。
「じゃあ、出発しよう。全員分の、宿があるといいが」
「ああ。ジャスティスマンが言うには、男だけなら宿はあるとさ」
「なら安心か。女連中は、黄金の稲穂亭だな」
「ヨハンのプロポーズは、是非とも見学しようぜ」
「ちょ、勘弁して欲しいんだけど」
狼狽えるヨハンが最後にヘリに乗り、夜の空へ離陸する。
兵員輸送車はウイが収納していたし、忘れ物はないだろう。
新しい街、そしてギルド設立への第一歩。
今日くらいは、したたかに飲もう。ツマミはヨハンのプロポーズの言葉と、黄金の稲穂亭で眠る女達への些細な愚痴だ。