エクスクラメーションメテオ!
テントの椅子でタバコを吸いながら雑談していると、ウイとミツカがやって来た。
運び屋達に挨拶して、たくさんの食い物をテーブルに並べはじめる。
「なんだこれ。ウイ達の料理じゃねえよな?」
「はい。スラムから移住してきた女性たちが、屋台を出しているんですよ。皆さんもどうぞ」
「ありがてえ。ルーデル、飲もうぜ」
「運び屋は朝から飲んでるじゃないか。まあ、俺も飲むかな」
「死神に見せびらかしながら飲む酒は美味えぞ」
1本くらいなら、そう思うと同時に、湯気の立つカップが渡される。
仕方なくそれを啜っていると、双子とリーネがテントに駆け込んできた。
「ヒヤマ兄ちゃん、兄ちゃんのロボットも見せて!」
「早く早くっ!」
「もうっ、見せて欲しいならちゃんと頼んでっ!」
「いいって、リーネ。今、外に出すから、飲み物もらって料理を食ってろ」
「やったー!」
「いっただきまーす」
「ああもう、そんながっつかないで。恥ずかしいって。あ、ウイさんすみません」
テントの前に、装備しないでハルトマンを出す。
いつものパイルバンカーを地に付けた姿勢ではなく、片膝を立ててその上に右腕を置いた姿勢だ。
「すっげー。なんか下のより痩せてる」
「顔も人間っぽくてカッコイイ!」
「スマートなんですね、ヒヤマさんのは」
「下の強化外骨格パワードスーツは、剣と盾を持って戦う機体だからな」
「へえっ。傭兵っぽいねー」
「お前らがいた地域の傭兵は、剣で戦うのか?」
「普通はそうだよ。村長の息子が傭兵になるからってさ、父さんの銃とリーネを寄こせって言ったんだ。嫌なら、村を出て行けって」
「ろくでもねえな。村を出て正解だ」
俺なら殺してる。その言葉は飲み込んだ。
この世界に来てからこっち、思考まで物騒になっている自覚がある。
クズを見かけたらその場で殺した方がいい。そうすれば、ソイツが殺すはずだった人間は生き残るし、奪われるはずだった物は持ち主のもとに残るはずだ。
「ヒヤマ君、立派な強化外骨格パワードスーツだね」
「エルビンさん、奥さん。孤島の爺さんも一緒か。上手くやっていけそうかい?」
「すっかり年寄り扱いされて、老け込んでしまいそうじゃよ」
「故郷の父を思い出しましてね。ついつい余計な世話を焼いてしまいます」
「根っからの善人だからか。大したもんだ。テントに酒と肴がある。せっかくだから、楽しんでってくれ」
「ありがとう。賭けはしないが、応援しているよ」
双子を順番に肩車してハルトマンのコックピットを見せていると、ミツカの両親や武器屋の姐さんもやってきてテントに向かった。
「お兄ちゃん、そろそろ模擬戦開始だってー!」
「わかった。ほら、俺がリングに下りるまでテントに行っとけ」
「頑張ってな、ヒヤマ兄ちゃん!」
「負けたら許さないぞ!」
「おう。任せとけ」
コックピットで準備をはじめると、マイクテストと喚く運び屋の声が聞こえてきた。
(何やってんだ、運び屋は?)
(スピーカーを使って、放送するらしいです。実況が運び屋さんで、解説がルーデルさんみたいですよ)
(バカな事を思いついたもんだな。このまま飛び下りればいいのか?)
(聞いてみます)
アナウンサーなんて職業持ちがいれば実況放送も盛り上がるだろうが、運び屋とルーデルでちゃんと出来るのだろうか。
うるさいと苦情が来たら、盛大に笑ってやろう。
(実況放送に合わせて、飛び下りて欲しいそうです。それと話を振ったら、外部スピーカーで答えてくれと)
(道化じゃねえんだがなあ)
(住民の皆さんは楽しみにしてますし、盛り上げてあげてもいいと思いますよ)
(へいへい。とっととはじめろって言ってくれ)
(わかりました。怪我に気をつけて、頑張ってください)
MN28改・アクティベーション。
立ち上がると同時に、運び屋が観客を煽りはじめた。
(へえ。上手いもんだな)
(ホントですね。露店の方から、歓声が聞こえてきてますよ)
「青コーナー、剣撃用強化外骨格パワードスーツ・ホプリテス。獣面の剣闘士は、コロッセウムに勝利の雄叫びを響かせるか! 救国の剣聖、ダルクッ・ルーアンッ!」
「おおおおっ!」
(本当に歓声が聞こえるな。どれだけ刺激に飢えてたんだか)
(模擬戦ですが戦闘も実況も、いえ、お祭り騒ぎすらはじめてなのかもしれませんね)
剣聖はリングの中央で右手の人差し指を天に向け、左手を腰に置いている。
「たった今入ってきた情報によると、賭けは剣聖が圧倒的な人気だ。何か一言あるかっ?」
「損はさせねえ。勝つのはこの、剣聖様だぜっ!」
「うおおおっ!」
俺、投票券の売上負けてんのか。
これは、頑張ったらいい金になるかもしれない。
「そして赤コーナー、汎用強化外骨格パワードスーツ・ハルトマン。得意の銃なしで無様に踊れ、全世界の男の敵っ! 白い死神、コウジッ・ヒーヤーマー!」
「ミツカさんを返せーっ!」
「せめてウイちゃんと別れろー!」
「ニーニャちゃんは僕のお嫁さんになるんだ!」
(すっげえアウェー・・・)
(ハーレムの主として男性には蛇蝎の如く嫌われてますし、職業持ちでない女性ばかりですからね)
それなら仕方ないかと、リングに飛び下りて剣聖に近づく。
「死神、なんか言いやがれ!」
「あー。先日、俺の大事な友人であるダンが、幸せな家庭を持つ事になった。全員拍手!」
俺の事は嫌いでも、ダンさんは好かれているらしい。
万雷の拍手が続く。
「よく言った。じゃあ、そのダンになんか言葉を送ってやれ」
「・・・勝利の栄光を、キミに!」
微妙な拍手がまばらに聞こえる。
「さあ、どこぞの過激派の言葉でスベったバカは放っといて、そろそろはじめるぜっ!」
(ヒデエ・・・)
「うおおおおっ!」
(お兄ちゃん、頑張ってー!)
「模擬戦、開始っ!」
スピーカーから、高らかに鳴るゴング。
突進してきたホプリテスをいなして、日本拳法の構えを取る。
敵は1人。ならば中段でいい。すり足は、道場で言われたほど意識しない。
この世界で何人も殺し、自分のHPバーを砕かれてわかった事がある。
どんな優れた人間が研鑽を重ねた武術であっても、戦闘で実際に使うのは俺で、負けたら死ぬのも俺だけなのだ。
真剣さは創始者にも負けるはずもないし、教えられた通りに動いて死んで、悔いを残すなんてゴメンだ。好きにやればいい。
「ちっ。狙撃手のくせに、マトモな構えじゃねえかよ」
「ありがとよ。剣がねえから、そっちの動きはヒデエな。まるで素人のタックルだったぜ」
「ほんの小手調べだ。それに剣がねえなら、こうすればいいのさ。ホプリテス、ザトウモードッ!」
ホプリテスの右拳から、剣身が伸びた。
手首から肘くらいの長さ。
決して長くはないが、立派な仕込み刀。れっきとした武器だ。
「おおっと、ホプリテス早くも奥の手のザトウモードだ! 今回の模擬戦に合わせ、仕込み刀は刃引きのされた物になっているが、これはハルトマンピンチ!」
「反則じゃねえのかよっ!」
「どうなのですか、解説のルーデルさん?」
「え、ああ。仕込み剣はホプリテスの標準装備。それが刃引きまでされているなら、反則にはならないだろう」
「だそうだ、死神! 醜態晒して泣きやがれ!」
これもう、ただのイジメじゃね?
17歳の少年をボコボコにするためのショー。
なんか、腹立ってきた・・・
「さっさと降参した方が身のためだぜ。【挑発】、【オフェンスソード】。そして、【イッカク突き】!」
突き出された剣を、紙一重で避ける。
右肘を至近距離の顔面にぶち込むと、ホプリテスはその衝撃を利用して距離を取った。
「いてて。あ、痛くはねえんだった。やるじゃねえか、素手のくせに」
「刃引きしてたって、突いたら意味がねえだろ。反則だ!」
「どうですか、ルーデルさん?」
「あれは危険だ。次に突いたら、ホプリテスの反則負けだな」
「次かよ!」
「え。いや、運び屋が朝の作戦会議で・・・」
「おおっと、ここでまたホプリテスが仕掛けるっ!」
斬撃が止まらない。
避けても避けても、剣は戻ってハルトマンを狙う。
「チョコマカ逃げるな!」
「うっせえ。テメエらグルだろ!」
「勝てばいいんだよ!」
「最低だな。ああもう、ウゼエ!」
ホプリテスの手足は、ハルトマンの2倍はある太さだ。
威力はあるが動きが鈍いのでなんとか避けているが、このままでは消耗させられて、いずれ斬られる。
「男は度胸っ!」
ハルトマンの肩を両断しようと迫る剣の腹に、左の裏拳を当てた。
「剣を、素手で弾いただとっ!」
「もらった!」
右の拳。
力を抜いたそれを直線的に突き出しながら、徐々に力を入れていく。
インパクトの瞬間、打ち抜く場所が俺と線で繋がったその時に、ようやく拳を握り締めた。
「うわああっ!」
ホプリテスが吹っ飛んで、穴の壁に当たって止まる。
「なんとか勝ったか・・・」
「ニーニャ嬢ちゃんの組んだ近接型が、そんなんで終わると思ってんのか?」
「いや、現にホプリテスは、って、マジかよ・・・」
「いてて、マジで痛え。ヘットギアあって良かったあ。もう許さねえぞ、死神!」
全力の突きをお見舞いしても、ホプリテスは平気で動いてしまうらしい。
(なんて頑丈な強化外骨格パワードスーツを組んでんだ、ニーニャ)
(えへへっ。頑張ったの。でも今日の朝ハンガーで運び屋さんと剣聖さんが、お兄ちゃんを有利にしてもいいんだぞって言うから、そんな事しなくてもお兄ちゃんは負けないって、剣も斬れないのをちゃんと付けたんだよ)
(そうか、偉いぞ。俺が負けるはず、ねえもんな)
(うん。だから勝って、お兄ちゃん!)
「任せろ。来いよ、卑怯モン。武器なんか捨てて、かかって来いよっ!」
「捨てる訳、ねえだろうが!」
「やっぱりかー」
剣を大上段に振り上げて、ホプリテスが走る。
その勢いがあれば、破れるかもしれない。鉄壁の、防御を。
足場を確認して、膝に力を溜めた。
「終わりだ、死神。【葬世炎獄灰燼と帰す】発動!」
「そうはいくかよっ!」
跳び込む。
体を銃弾にする。
決まるなら、もう動けなくてもいい。
弾頭は右肘。当たれ!
「かかった!」
「なにっ」
「ホプリテス、前面クッション展開! 行けっ、セイズアームッ!」
衝撃は、まったくと言っていいほどなかった。
網膜ディスプレイには、青い何かが画面いっぱいに映っている。
「なんだこりゃ。カメラ切り替え。頼む、ハルトマン」
もがきながら現れたウィンドウを選択すると、高く上げた左手首内側の小さなカメラの映像だった。
青いのは、エアバッグのような物らしい。
ホプリテスの背中からは4本のアームが生え、ハルトマンを締めあげている。
「【研ぎ直し】発動。終わりだな、死神!」
仕込み刀が振り下ろされ、ハルトマンの左腕が斬り落とされた。