バラとスーツ
「何をしてるんだい。さっさと入りな」
「おう。マリーが門番なんて珍しいからよ。ちっと固まった」
「あんたらの模擬戦があるんで、ダンはそっちに行ってる。新婚だし、少しばかりサボって嫁を連れてけってね」
「粋な事をするじゃんか。タバコとキャンディと、飲み物は何がいい?」
門内のテーブルに、タバコと駄菓子を適当に置く。
「差し入れか。飲めればなんでもいいよ」
「では、詰め合わせで。冷えているので、すぐにアイテムボックスに入れてくださいね。それとヒヤマ、マリーさんにも無線の許可を」
「了解。アイテムボックスもあるんか。保安官代理は正解だな」
「容量は、レニー達よりずっと少ないけどね。今承認した無線も便利だって聞いてるし、死神ハーレムには感謝してるよ」
「こっちこそだ。ブロックタウンをマリーとダンさんに任せられるから、俺達は好き勝手に動けるんだ。じゃあ、またな」
ハンガーまで行く途中、俯きながら広場を歩くヨハンを見つけた。
至近距離でローザを停めても、俺達に気づく様子はない。
「おい、ヨハン」
「ヒヤマ、どうしたんだ?」
「そりゃ、こっちのセリフだ。考え事はいいが、前見て歩け」
「そうか。そうだな、うん」
「で、何を悩んでるんだ?」
「ヒヤマ、私はちょっと夕飯の買い物をしてきますね。ちょうど、食料品店の前ですから」
「おう、気をつけてな」
気を使ったらしいウイが食料品店に入ると、頬を掻きながらヨハンが顔を上げた。
どうやら、照れているらしい。白い頬が真っ赤だ。
「昨日はキャンピングカーに泊まって、朝には自宅が決まった。それで、昔なじみに挨拶をってね」
「マリーか?」
「あ、ああ。門にいるそうだからね」
「惚れてんのか?」
「な、な、な・・・」
「よし、ちょっと来い」
ヨハンの腕を掴んで、武器屋に引っ張って歩く。
「痛い、痛いって!」
「姐さん、まだいるか?」
「おや、色男。優男の腕なんか持って、剣聖に掘られて目覚めたのかい?」
「冗談でもゴメンだ。花はあるか? バラかなんかの、小洒落たのがいいんだ」
「うちを何屋だと思ってるんだか。あるよ。複製スキルで作られた、本物みたいな造花だけどね」
「それを包んでくれ。キザったらしくだ!」
「男が世話になってるし、あの子の情夫だ。包装代はオマケだよ。硬貨500」
「おう。硬貨500取り出し」
「お、おい、僕は5枚しか持ってないぞ!」
「そのうち儲けたら返せばいい」
武器屋の女主人は、純白の紙で1輪のバラを包んでいる。
最後にリボンを結んで、それをヨハンに渡した。
「いいかい。昨日見た限りじゃ、アンタに相手の出方を見るなんて芸当は無理だ。どうせ相手は跳ねっ返りだろう。やるなら仕事と自宅が決まったと伝えて、プロポーズまで済ましちまいな」
「おお、さすが姐さんだ。推測から助言まで完璧だぜ。それで行って来い、ヨハン!」
「無理に決まってるだろ。それに、ジェニファーだって・・・」
「これは驚いた。類は友を呼ぶって言葉を、昨晩聞いたばかりだよ」
「姐さん、バラはまだあるのか?」
「1本だけね。今まで売れた事はないし、予約にしておくよ」
「よし、まずはマリーからだ。ジェニファーはまだ、スラムの黄金の稲穂亭だからな」
「どっちにも求婚しろって言うのか!?」
コイツは、誰に何を聞いているのだろう。
「俺は誰だ?」
「ヒヤマ」
「ヨハンは俺の何だ?」
「・・・と、友達かもしれない」
「俺の嫁は何人だ?」
「た、たくさん?」
「なら問題ねえな。さあ、行って来い!」
「意味がわからないよ!」
ドアが開いたので振り返ると、呆れ顔のウイが立っていた。
「やはりここでしたか。いくら治安の良いブロックタウンでも、ローザを停めっぱなしは不用心ですよ」
「ウイ、服をくれ。こざっぱりしたのが良い」
「えっと、何がどうなって服をくれなんですか?」
「あたしが説明してやるから、服を渡してあげなよ」
「はあ。これでいいですか?」
「ありがてえ。さあ脱げ、ヨハン」
「こんなとこで脱ぐんじゃないよ。せめて棚の向こうで着替えな!」
姐さんが怖いので棚の裏に回り、服をヨハンに渡す。
「アイテムボックスに入れて、今の服を収納。これを装備状態で取り出しだ」
「そんな裏技があるのか。収納、取り出し。む、窮屈だな。これ緩めていいかい?」
「我慢しろ。ネクタイ緩めてアピール出来る色気なんて、欠片もねえんだからよ」
細身のスーツに着替えたヨハンとカウンターに戻ると、瞳を輝かせたウイとニヤニヤしている女主人がいた。
2人共、明らかに楽しんでいる。
興味を隠すつもりすらなさそうだ。
「いいですね。見るからに真面目そうです」
「あ、ありがとう?」
「まずお姐さんの言う通り、家と仕事とヒヤマの親友だと言う事をアピールですよ。そして心のこもったプロポーズをして、ジェニファーさんにもプロポーズするので、彼女が受けてくれたら3人で幸せになろうと言うのです」
「なるほど。その方が、OKと言いやすいねえ」
「ええ。仕事の事を訊かれたら、これでも冒険者ギルド総本部開発総責任者だからと言うんですよ?」
「ぼ、冒険者ギルド・・・」
「冒険者ギルド総本部開発総責任者!」
「ぼ、冒険者ギルド総本部開発総責任者!」
「よろしい。では、吉報を待ちます」
ウイの気迫に押されたヨハンは、コクコク頷いて店を出て行ってしまった。
プロポーズの心構えというより、ウイの言葉を間違わないための心構えをしたように見えたが、あんなんで大丈夫だろうか。
「すっげえ心配なんだが・・・」
「ヨハンさんは悪い人ではありませんが、勝つには奇襲しかありません。後は結果を待つだけです」
「あんな男が好きだって女もいるから、可能性はゼロじゃないさ。それより、時間は大丈夫なのかい?」
「やっべ。行くぞ、ウイ」
「はい。ではお姐さん、また夜にでも」
「アンタに賭ける予定だから、負けるんじゃないよ?」
「任せとけ。またな、姐さん」
急いでハンガーまで行くと、ニーニャとティコが道まで出て待っていた。
どうやら怒っているニーニャを、ティコが宥めているようだ。
「お兄ちゃん、遅いっ!」
「ごめんな、ちっとヤボ用でよ。ハルトマン待ちか?」
「パイルバンカー外して、手足にグローブを付けるのっ。ハンガーでハルちゃん出して、早く準備しないと間に合わないよー」
「わかった。すぐにやるよ」
「ウイさん。ジャンク置き場、確保して片付けました。あとは適当に出すだけ」
「ありがとう。じゃあ、私達はそっちね」
ハンガーには、すでに誰もいないようだ。
いつも騒がしいハンガーが静まり返っているのに違和感を覚えながら、ニーニャの言う通りにハルトマンを静止モードにしてはまた動かしてを繰り返す。
「準備おっけー。早く行かないと遅刻だよっ!」
「あいよ。装備解除」
地上3メートルから落下して、ニーニャとウイ達を待つ。
タバコを1本吸い終える前に、2人は姿を見せた。
「お待たせしました。歩いて行くのですか?」
「ああ。ハルトマンには、手袋と靴下みてえのが付けてある。ニーニャが作ったなら丈夫だとは思うが、一応な」
「早く行こっ。遅刻しちゃうようー」
「あいよ。あの人垣がそうだろ?」
ハンガーの前から、北にかなりの人間が見えていた。
いくら娯楽に飢えているとはいえ、どいつもこいつも暇なもんだ。
5分と歩かずに、人垣に到着する。
「凄えな、こりゃ」
「レニーちゃんが腕相撲やってる。勝ったら賞金だって!」
「俺の出番か?」
「お兄ちゃんの出番は模擬戦っ!」
「ヒヤマ、私は我が家の人数分の制限まで賭けてきますね」
「負ける気はねえが、そんなに金が必要か?」
「この先、どんなに使うかわかりませんよ。新しい街とギルドを作るんですから」
「なるほど。無線は繋いでおくから、後で合流しよう」
我が家の全員とティコを選択。無線を繋ぐ。
(ミツカ、ヒナ、どこにいるんだ?)
(あたしは賭けの手伝い。もう少しかかるかな)
(ひな、たーくんとてんと。はこびやたちもいる)
(テントってのはあれか。じゃあ、終わったらあそこに集合な)
(了解)
「では、行ってきます」
テントは人垣から少し離れている。
歩きながら、ティコに探りを入れてみるか。
「ティコは、兄貴が結婚とかしたら寂しいか?」
「うーん。逆にホッとする」
「そうか。優しい男だ。仕事も決まったし、結婚も近いかもな」
「あれで不思議とモテるんだよね、兄貴は」
「人柄だろ。俺は隠しスキルとやらで職業持ちの女には好かれるが、男としちゃヨハンの方がずっと上だ」
「そんなスキルあるんだ。でも、ティコはそんなの関係なく、ヒヤマさん好きだよー。ニーニャちゃんがお嫁さんになったら、次はティコだかんねっ」
「ねーっ」
それは勘弁してもらいたい。
これ以上増えたら、まるで本当のハーレムじゃねえか。
「ギルドの受付の向かいが酒場だ。ティコならいい男なんて、選り取り見取りだぞ」
「だからヒヤマさんを選ぶんじゃない。あ、ヒナちゃんだ。やっほー!」
「走るのはいいが、転ぶんじゃねえぞ。って、聞いてねえか」
「お兄ちゃん、ティコちゃん嫌い?」
「そんな事ねえさ。いい子だと思うぞ」
「良かったあ」
ニーニャは、本当に安心しているようだ。
「嫁になるって、ティコは本気なのか?」
「うん。もう決めたんだって。ここまでいたら、少しくらい増えても一緒だって言ってたよ」
「俺の意思は関係ねえのかよ・・・」
屋根だけのテントには、運び屋とヒナとたーくん。それにルーデルとジュモがいた。
「よう、死神。剣聖は、もうウォーミングアップしてるぜ」
指差された方を見ると、深さ10メートルはある大穴の中央で、動作チェックをする強化外骨格パワードスーツが見えた。
「あれが、剣聖の乗機か・・・」
「うん。ホプリテス。銃弾を受ける前提で設計した、重装甲の強化外骨格パワードスーツだよっ」
「獣の顔か。勇ましいな」
「やれそうか、ヒヤマ?」
「まあ、剣も盾もなしだからな。スキル構成にもよるが、いい勝負は出来るだろ。ハルトマンは高性能らしいし」
「そうか。ニーニャ嬢ちゃん、ハルトマンは回避する前提で組んだんだな?」
「うん。お兄ちゃんのスキルなら、大丈夫だと思って。でも戦争が終わって修理した時に、運動性能を落とさず、コックピットはガチガチに守るようにしたの」
「そりゃ凄え。無様を晒すなよ、死神」