騎士語り・白き覇道2
朝靄の中に敵を探す。
マーカーはない。それでも、身じろぎもせずに川辺を睨んだ。
「マスター、マスター!」
「おはよう、イグニス。そんなに大きな声を出さなくても、聞こえてるよ」
「ごめんなさい。おはようございます。早いんですね」
「ああ。身についた癖でね。川の周辺に敵の姿はない。テントを片付けたら、川辺で食事にしよう」
「はい。すぐに準備しますね」
イグニスが、アイテムボックスにテントを収納する。
目の前で物体が消えてしまうというのは、何度見ても不思議なものだ。
準備が出来たので、河原にゆっくり近づいてゆく。
慎重に、慎重にだ。
「敵影はなし、と。まずは、流木を集めようか。焚き火を2つ分と、アイテムボックスに少し入れておきたいんだ」
「はい。なぜ2つなんですか?」
「空き缶や空きビンがたくさん落ちてるだろ。フタのあるビンを煮沸消毒して、水筒代わりにするんだよ」
「なるほど。では、始めますね」
流木を集めては、河原に積み上げる。
ある程度集まったところで、大きめの石をアイテムボックスに収納していった。
「マスター、なにしてるんですか?」
「かまどにしないと、鍋を乗せられないだろう」
「さらになるほど。煮沸消毒する鍋は、これでいいですか?」
イグニスが出したのは、大きすぎるほどの大鍋だ。これなら、使えそうなビンはほぼ煮沸消毒できるだろう。
「それでいいよ。石はこれくらいかな。流木の周りに出すから、ちょっと待ってて」
アイテムボックスの石は、思った場所に出す事が出来た。即席のかまどを作り終え、それをイグニスに任せて、アタシはビンを集めて回る。
使えそうなビンは30。アイテムボックスに入れて、大鍋を取りに戻る。
「30くらいしかなかったよ。イグニス、大鍋を借りるね」
「はい。火はつきました。私は、鹿肉を焼きますね」
「ありがとう。楽しみだね」
「はいっ!」
大鍋をぶら下げて川に向かう。
足で深さを探りながら、大鍋を沈められる深みを探した。
かなりの清流だ。アタシの膝までの深みに大鍋を入れ、半分ほど水を入れて持ち上げる。そのままアイテムボックスに収納と念じると、腕にかかる重さは消えた。
「こんなに便利な世界だから滅ぶんだよ、神様」
独り言を漏らしながら腰を伸ばす。遠くに、巨大な山脈が見えている。
その中腹に、人工的建造物のような物が見えた。
アタシの視力では、それが何かまでは確認できない。
急いで、焚き火のそばにいるイグニスに駆け寄った。
「どうしたんですか、マスター」
「望遠鏡か何か持ってないか、イグニス!?」
「ありますが、UI専用装備です。残念ですけど、マスターは使えませんよ」
「なら来てくれ、見て欲しい物があるんだ!」
イグニスが濡れてはかわいそうなので、お姫様抱っこで持ち上げる。
「なっ! こんなの恥ずかし、じゃなくて、肉が焦げます!」
「おお、じゃあフライパンを下ろすといい」
下ろしたイグニスがフライパンを石の上に置いたので、またお姫様だっこして川に向かう。
「だから、なんでこんな格好させるんですかっ!」
「かわいいイグニスが濡れたら困るじゃないか。まだ朝なんだよ?」
「わざわざエロく言わないで下さいっ!」
「ほら、あれだよ。あの正面の山の中腹」
「聞いてないし。・・・ちょっと待って下さいね」
双眼鏡を出したイグニスが、それを覗いてツマミを回している。
どうやら、ズーム機能があるらしい。
「これは、軍事基地か何かですね。樹木に覆われていますが、山を繰り抜いて滑走路か格納庫があるみたいです。あの陸上戦艦の残骸で気づいたのですか?」
「陸上戦艦? アタシは鉄の建造物だと思ってたよ」
「なるほど。肉眼で見えたとしたら、陸上戦艦の艦橋部分でしょうね」
陸上戦艦。そんな物は、アタシの世界にはなかった。
何年前の物かはわからないが、ヘルプには滅んだ文明の遺物は缶詰なら食用になるし、銃や弾、状態が良ければ車両等も使えると書いてあった。
「ツイてるね。お宝の山じゃないか」
「危険なクリーチャーがいる可能性もありますけどね。行くんですか?」
「イグニスが、いいって言うならね」
「武器がある可能性は高いです。反対はしません」
「なら、目的地は決まり。朝ご飯にしようか」
河原に戻って、イグニスを下ろす。
空いている方の焚き火に流木を足して、大鍋を火にかけた。
「お湯を沸かしてるけど、まだまだかかりそうだね」
「慌てず行きましょう。目的地は、もう見えているんですから」
「基地か。どんな武器があるのかな」
「屋根のある車両が欲しいですね。それも暖房付きの。まあ、望み薄ですけど」
「アタシは閃光の騎士の知識でしか知らないけど、車両なんて本当に動かせるのかな」
「大丈夫でしょう。スキルは裏切りません。操縦系のスキルがあるマスターなら、心配はいりませんよ。はい、鹿肉ステーキです」
「ありがとう。いただきます」
厚めのステーキにフォークを突き刺す。
新鮮な肉なんて久しぶり過ぎて、会話も忘れて貪るように口に運んだ。
「ふう。こんなに美味い肉を食べたのは、生まれて初めてだよ。イグニスは料理上手なんだな。ごちそうさま」
「塩だけの味付けですが、料理スキルがありますからね。もっと焼きましょうか?」
「いや、食べ過ぎると戦闘に支障が出る。このくらいがちょうどいいよ。それより、もう少し小さな鍋はない?」
「このくらいのですか?」
「いいね。貸して」
川の水を満たして、料理に使っていた焚き火に乗せる。
「こっちが飲料水。大鍋が煮沸消毒用ね」
「なるほど。そうなると、まだまだかかりそうですね」
「ふふっ。イグニスは、なるほどばかりだな」
「仕方ないじゃないですか。イグニスは生まれたてなんですから、知らない事ばかりなんですっ!」
「かわいい赤ちゃんか、悪くないよ。昼までに出発できたら、良い方かもね」
その言葉の通り、焚き火を消してそこを離れたのは、太陽が中天に昇る直前だった。
面倒だからと、昼食は済ませてある。
使えそうなビンを探しながら、北の山へ歩き出した。
「イグニス、川に何かいる。数は3」
「まだ黄マーカーですね。マッドガザミ、食用にすれば美味なカニです」
「へえ。お、赤になった。ナイフが通るといいな」
「イグニスがやりますよ。アサルトライフルなら1発です」
「なら、お願いしようかな。リボルバーの弾は30しかない。無駄撃ちは出来ないからね」
近づくと川から、赤ん坊より大きなカニが這い出して来た。
セミオートの銃声が響く。3発。
パッパラー。
「余裕か。ありがとう、イグニス」
「レベル3になりましたね。マッドガザミと、塩茹で用の川の水を収納します」
「水はアタシがやるよ。鍋を」
「ありがとうございます」
マッドガザミには、大きなハサミが付いている。これが、ヘルプにあったクリーチャーという化け物なのだろう。ウサギの経験値は5。鹿でも10だったのに、こんなに小さなマッドガザミの経験値は10だ。
これらを殺し続けて、レベルを上げるのがここでの目的になる。
戦争しか知らないアタシが、どこまでやれるのかは知らない。それでも、やる事がないからレベルは上げるだろう。
自分が弱いと思うだけで、言い知れぬ恐怖が背を這い上がる。イグニスを守るためにも、アタシは強くなろうと思う。
「水、ここ置くよ」
「はい。マッドガザミは収納しました。行きましょう」
遠く見えていた陸上戦艦の下に辿り着くのに、丸3日かかった。
マッドガザミは数の多くないクリーチャーで、この辺りには他のクリーチャーはいないらしく、経験値はまったく増えていない。
「敵がいるといいね」
「倒せるくらいの敵ならです。あれ、陸上戦艦は探索しないんですか?」
「先に基地だよ。ここをウロウロして、基地の敵に先制されるのは悪手。こんな真っ二つになった陸上戦艦とやらに、ろくなものがあるとも思えないし」
「いったいどうすれば、こんな事が出来るんでしょうね」
「ドールでも無理だろうし、わからないな」
「えっと、ドールってなんですか?」
「アタシの世界の、巨大な人型兵器だよ。味方の歩兵を踏み殺すしか能のない、エリート様が乗り回すんだ」
深い森を進むと、山に大きな穴が開いていた。
「なんだこれ」
「これは・・・」
穴は基地でも滑走路でもなく、ただの岩肌が剥き出しになっている大穴だった。
奥は暗くて見えないが、わざわざ探りに行く意味があるとも思えない。
「大型ミサイルでも撃ち込まれたみたいです」
「なるほど。なら、そのぶん陸上戦艦に期待しよう。しかし、クリーチャーってのはいないもんだね」
寝ていてもサイレンが鳴らない日々が、こんなにも退屈だとは思わなかった。あれほど文句を言っていた西軍の攻撃も、なければないで寂しいものだ。
リボルバーを抜いて、錆びた陸上戦艦の割れた部分に足を踏み入れる。
「思ったより、暗いね」
「フラッシュライトを点けます」
敵ならマーカーで判別できても、障害物はそうはいかない。
闇を舐めるように照らされた地形を記憶して、すり足で進む。
「こっちから登れそうだった。照らしてもらえるかい?」
「あっ、はい。ホントですね。瓦礫が重なって、坂道みたいになってる」
「ここは機関部だったみたいだね。外から見て広そうなのは、あっちか」
「ドア、開くといいですね」
たしかに、ライトに照らされる陸上戦艦の壁は、酷く錆びついている。
ドアの前まで歩いて、壁に耳を当てた。
「なにしてるんですか?」
「しっ。敵がいれば、音でわかる。室内探索の基本だね」
「なるほど。じゃあ、静かにしてますね」
敵らしき音はない。
耳を何かに押し付けていると聞こえる音と、自分の鼓動が聞こえるだけだ
「大丈夫そうだ。開けるよ?」
「はい。照らしながら、いつでも撃てます」
イグニスの左手にはフラッシュライト。右手には自動拳銃だ。これも、専用装備なのだろう。
そっとドアを押すと、軋む音を出してそれは動いた。
マーカー。赤。
崩れた顔。濁った目と目の真ん中に、抜いたナイフを刺して抉った。
「マスター、本体は首の下の8つ足です!」
ナイフでそのまま持ち上げ、腐った首を高く掲げる。
大人の拳より大きな本体に、リボルバーの弾を撃ち込んだ。跳弾なんて、知った事か。
8本の足を痙攣させながら、腐った生首が吹っ飛ぶ。
パッパラー。
素早く周囲を探ったが、敵はこれしかいないようだ。
リボルバーの1発を交換して、油断せずに闇に目を凝らす。
「なんだってんだい、あのバケモノは」
「寄生型のクリーチャーです。隠密系のスキルがあるので、マーカーが表示されません。さらに隠密状態からの攻撃には、3倍のダメージボーナスがあります。だからHPが少ないのに、30も経験値があるんですよ」
「面倒な敵だね。でも、レベルアップは大歓迎だ。ドアを閉めて、スキルを見ようか」
「そういえば、レベル4になってスキルポイントが3になりましたね。新規スキルが楽しみです!」