試合前夜の歓迎会
「おかえりなさい。あれ、ヒヤマさん達も一緒でしたか。剣聖さんも」
「ああ。それと、新顔が2人だ。すぐにミツカと無線を繋ぐ」
「お願いします」
(ミツカ、移住希望の職業持ちが2人。許可くれ)
(ああ。ずっと無線は繋いでたから、ほとんど見てたよ。ダン、2人の入町を許可する)
(了解です)
(ミツカ、ルーデルはハンガーか?)
(これからみんなで晩ゴハンだよ。そっちの人数分も準備してある)
(すぐに向かう。ありがとうな)
夕焼けのブロックタウンを抜けて、兵員輸送車はハンガーに到着した。
キャンピングカーの前にテーブルがいくつも並べられ、大人数が席に着いている。
「こんなに、人がたくさん・・・」
「いい機会だから、紹介すっか」
「すでにヨハンさんは、緊張で震えてますが?」
「このメンツなら大丈夫だろ。ほら、自己紹介だ」
「・・・ヨヨヨヨヨハン・シュタインだだだ」
「ティコ・シュタインでっす! よろしくー!」
ヨハンのダメ過ぎる自己紹介を笑う者などおらず、次々と自己紹介が続いていく。
運び屋と武器屋の女主人。ルーデルとジュモ。空母の街の責任者になる爺さん。ロッジ家の5人。それに剣聖、花園の3人と、うちのパーティーだ。
晩メシと聞いたはずなのに乾杯の唱和があり、すぐにヨハンも飲まされている。
「派手な歓迎会だな」
「このくらいの方が、ヨハンさんも馴染みやすいかもしれませんね」
「逆効果じゃねえといいがな」
「お兄ちゃん、剣聖さんと模擬戦やるってホント!?」
「お、おう。マズかったか?」
至近距離まで近づけられたニーニャの顔から距離を取る。
「ううんっ。ニーニャ、頑張って調整するねっ!」
「よろしく頼む。ハルトマンはいいから、剣聖のを仕上げてやってくれ」
「ホプリテスは、明日の午前中で最終調整が終わる予定。午後から模擬戦だから、早めに帰ってきてね?」
「午後からか。運び屋、明日の回収は午前中だけでいいか?」
「おう。俺も参考に見ておきてえから、休みでもいいぞ」
「仕事は山積みだ。少しでもやるさ。運び屋の強化外骨格パワードスーツは、どんなのにするんだ?」
「見てのお楽しみに決まってらあ」
「ケチだな。ルーデルは?」
「まだ複座としか決めていない。たぶん、強襲用にしてもらうとは思うが」
職業が狙撃兵の俺からしてみると、とんでもなく憧れる響きだ。
強襲用強化外骨格パワードスーツ。
「いいな。羨ましいぜ」
「でも、思念反応チップが足りるか微妙なの・・・」
「ナノマシン充填型の思念反応チップなら、僕の荷物にあるが?」
「ええっ!」
「使えるのか、ニーニャ?」
「うん。ナノマシンタイプなら個人の親和性が関係ないから、すっごい使いやすくなると思うのっ」
「ウイ、小遣いくれ。ヨハン、あまってる分だけでいいから売ってくれねえか?」
「ティコを助けてくれた礼に、受け取って欲しい。それにほら、僕は人付き合いが苦手だから・・・」
「アホか。いくら友達でも、対価は取っとけ。ニーニャ、相場は?」
「と、友達だなんてそんな・・・ いや、嬉しいけど、嬉しいけど僕なんかが、そんな」
「見せてもらえないとわかんないよう」
それもそうかと、気持ち悪いほどニヤけているヨハンが正気に戻るのを待つ。
「あー。ダメダメ、ヒヤマさん。こうなってる兄貴には、こう!」
立ち上がったティコの手刀が、座っているヨハンの脳天に振り下ろされた。
鈍い音がして、ヨハンが頭を押さえて呻いている。
「なんでお前はいつもっ!」
「いいから、早くナントカっての出してよ。ニーニャちゃんが困ってるじゃん」
「だから、引越し荷物の中にあるんだ!」
「これですよね。同じ物が、あと30ほどあります」
「借りるねっ。【検品】発動!」
俺にそんなスキルはないので黙って待つが、ニーニャの笑顔を見る限り問題はなさそうだ。
「充填率は最大。それに、ナノマシンの質が最高なのっ」
「良かったな。8つでいいのか?」
「うんっ。1個、5000かな」
「了解です。ヨハンさん、ここに出しますね」
「待て待て、ウイ嬢ちゃん。俺達が出すに決まってるだろ。研究者、これは俺と娘の分な。硬貨10000枚、取り出し」
運び屋が硬貨を出すと、次々に硬貨が積まれていく。
口をパクパクさせているヨハンは無視して、ティコに目配せをする。
頷いたティコが、素早く硬貨をアイテムボックスに収納した。
「え・・・」
「この硬貨はティコと山分け。そしてヨハンの取り分は、ティコに管理してもらえ。欲しい物を言ってそれが認められれば、小遣いとして貰うって形がいいだろ」
「うん。じゃないと兄貴は、街中のガラクタを買ってくると思うの。はい、これ明日のお小遣い」
「たった5枚、そんなっ・・・」
うなだれるヨハンはスルーする。
テーブルを見回すと、武器屋の姐さんと2人で皿の料理をつつく人間形態のヒナが見えた。
運び屋がニヤリと笑う。
どうやら、継母との折り合いは悪くないらしい。
「カリーネ、何を書いてんだ?」
「明日の会場の設計よ。舞台は穴を掘っただけでいいでしょ。飲み物と軽食の露店に、賭けの受付カウンター。レニーの腕相撲コーナーと、隣にアリシアの臨時病院。あ、姐さんも何か売ります?」
「やめとくよ。見物を楽しみたいんでね」
「了解です。賭けもよろしく」
「頼むから、あんまぼったくるんじゃねえぞ?」
「購入制限かけるから大丈夫よ。これでいいかな。レニー、アリシア、工事に行くわよ」
「無線で町長の許可は取った。明日の朝には、町内放送で告知してくれるってよ。ごっつぁん。美味かったぜ」
花園が慌ただしく席を立つと、食事を終えた双子とリーネが移動してきた。
「なあなあ、ヒヤマ兄ちゃん。明日、何があるのさ?」
「あそこにあるでっかいので、試合をするんだよ」
「試合?」
「ああ。こっちにゃスポーツもねえんだな。戦闘の練習をするんだ」
「あんな大っきいのでっ!?」
「おう。3人も見に来るといい。ニーニャとは、友達になったか?」
「うん。ニーニャちゃん、リーネより年下なのに、凄く仕事が出来て羨ましいの」
「リーネだってすぐに出来るようになるさ。ギルドで働いてくれるんだろ?」
「うんっ。今から楽しみなの!」
いい笑顔だ。
たった1日で、血色もだいぶ良くなっている。
レベリングに連れ出す頃には、今よりずっと頬もふっくらしているかもしれない。
「しかし、死神と模擬戦か。銃は使えねえのに、どうやってこの俺に勝つつもりなんだか」
「え。銃はあるよ?」
「は?」
「だから、銃はあるよ。電動のペイント弾」
「うっそ・・・」
「剣聖様と模擬戦か。剣と盾しか使えねえのに、どうやってこの俺に勝つつもりなんだか」
「銃を持った相手なんて、相当の技量差がねえと無理だって・・・」
「なんなら、お互い素手でやるか?」
「いいのかっ!?」
「おう。少しは観客を盛り上げねえとな」
「ありがてえ。恩に着るぜ、死神」
「貸し1つだ。そのうち返してもらうさ」
ウイが何か言いたそうに見ているが、気にせずにグラスを飲み干した。
明日も早いので、缶詰や飲み物をテーブルに出して帰る。
「見事にひっかけましたね。新スキルを隠して、貸し1つだなんて」
「あのとんでもないスキルか。出来ればニーニャちゃんやヒナの前では、あんな戦闘はやめて欲しいね」
「あそこまではしねえさ。あん時は、少しばかりアタマにきてた」
素手で生きた人間の首を千切るなんて、正常な人間なら絶対にしないだろう。
オマエはまだまだガキだと、自分に言い聞かせる。ガキでいい。だが、ヒトデナシにはなるな。殺すなら、普通に殺せばいい。
「どしたの、ひやま?」
「ヒトデナシにはなるなって、子供の頃に言われたのを思い出した。遠縁の親戚の兄ちゃんに。汚れ仕事の家系だとかで親戚中に嫌われてたけど、姿勢が良くてカッコイイ人だったな」
「どんな家系ですか、あの時代のあの国でそんな・・・」
「兄ちゃんも知らないって笑ってたな。知ってるのは、時代遅れの剣術だけだって。僕にも剣術を教えてって言ったら、戦う人生を選んでもいいから、ヒトデナシにだけはなるなって」
「まるで、将来を知っていたような話ですね・・・」
会った事があるのは、祖父の葬式の時だけだ。
兄ちゃんのお爺さんとうちの祖父が戦友だったとかで、わざわざ東北地方から線香を上げに来た。
子供心に、北の空を見上げる姿勢の良い青年の後ろ姿が、なぜか焼き付いている。
「自分を僕なんて言うヒヤマか。ちょっと見てみたいね」
「今のニーニャより小さな頃だぞ。あの人がこっちにいたら、楽しいだろうなあ」
「それこそ、覇王にでもなってそうですね」
「いいな。コネで将軍にでもしてもらおうぜ」
たわいのない話をしながら家まで歩き、風呂に入って眠った。
朝早くにブロックタウンを出て、ローザを走らせる。
ミアットを2機回収したところで、ニーニャからの無線。
(お兄ちゃん、そろそろ戻ってねー)
(了解。ずいぶん楽しみにしてるんだな、ニーニャ)
(えへへ。ハルちゃんは、もう手持ちにない材料を惜しみなく使って組んだでしょ。剣聖さんのホプリテスは、その廉価版みたいな感じなの。でも、心を込めて組んだから、いい勝負が出来ればいいなって)
(ハルトマンは、そんなに豪華な機体だったんかよ。ヨハンのジャンク品を買い取ったら、他の連中のもハルトマン並になるか?)
(無理だよう。ハルちゃんの関節に使ってるのは、宇宙船用の金属部品だもん)
レシプロエンジンの航空機を使ってたこの世界に、宇宙船があったなんて。
エンジンは、どこにやったんだ。
(ロケットエンジン、あるのか?)
(カチューシャ家にはもうないけど、探せばどこかにあるんじゃないかなあ)
(なるほど。もう、ないのか)
(うん。姉ちゃん達を飛ばしたので最後)
(はあっ!?)
姉を、飛ばした?
聞き間違いじゃなければ、そう聞こえた。
(セミー姉ちゃんとイェーガー家のチッタ姉ちゃんがね、ロケット操縦のスキルがあるから大丈夫だって言って、強化外骨格パワードスーツを二人乗りして飛んでったの。いつ帰って来るのかなあ)
まず、生きているかの心配をするべきだと思うが、それをニーニャに言える訳もなく、すぐに帰ると言って無線を終わらせた。