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ヒモの流儀




 ヨハンとティコの家は、驚いた事に下水道にあるそうだ。

 マンホールを開けて下りたが、悪臭は感じない。


「臭くねえんだな」

「ああ。もう臭いの元まで、空気に還ってしまってるらしいぞ。ジャスティスマンから買った警備ロボットを巡回させてるから、女子供はほとんどここに住んでんだ」

「下水道の街が、空母の街になるって寸法か」

「ここには店なんてねえんだ。住んでるのが、貧乏人ばかりだからな」


 俺達の前を歩くヨハンとティコは、暗い下水道をどんどん進んでいく。

 やがて何もない壁の前で立ち止まり、ポケットから何かを出した。


「なにやってんだ、ありゃ」

「なんて言うか、あれだ。バカの本気?」

「意味わからん」


 前に出てティコが持つ物を見ると、それは小さな鍵だった。

 壁の隙間にそれを差し込み、捻って抜く。

 どこからか、駆動音が聞こえて来た。


「まさか・・・」

「はっはっはっ。驚くがいい。そして跪いて崇めるがいい。これぞ僕の、玄関隠蔽システムだっ!」

「すっげぇ無駄じゃね?」

「それに面倒だし、寝てる時に兄貴が帰ったら、うるさいのなんの」

「ちなみに、制作費は?」

「5000ちょっとだ!」

「オマエ、本当にバカだろ。それだけありゃ、シティーに住めるだろうが」


 妹がいるのにわざわざスラムに住むなんて、俺からしてみれば許せる事ではない。それでも金がないなら仕方ないのだろうと思っていたが、そうではないらしい。


「まず、金は妹のために使え。言ったからな? 次にこんな事してんの見たら、全力でぶん殴っから」

「し、死んでしまうじゃないかっ!」

「【熱き血の拳】は、アクティブスキルだ。発動してなきゃ、ただの腕力100超えの突きでしかねえよ」

「それでも死ねるだろう!」

「ってゆーか、兄貴は収入ないじゃん」


 思わず、ティコを振り返ってまじまじと見つめた。


「・・・生活費は?」

「ティコが酒場で踊って稼いでるの。今度、ヒヤマさんにも見てもらいたいかな、なーんて。きゃっ、言っちゃった」

「・・・これの制作費は?」

「お給料、アイテムボックスに入れ忘れてたの。あれは痛かったなー」

「がばあっ!」


 蹴り。

 手加減はしたが、直線的にヨハンの腹にぶち込んだ。

 ヨハンが開いている玄関の中にぶっ飛んで転がる。


「ヒヤマ、殺す気ですか?」

「手加減はした。あまりにも酷え話だったから、ついな」

「骨折多数。脾臓破裂。このまま殺す?」

「一応は助けてやってくれ、アリシア」

「わかった」


 玄関には、何かわからない部品やスクラップが溢れている。

 まるでスクラップヤードだ。


「よくもまあ、こんなに集めたもんだな」

「ただで拾ってくるから放っといてるけど、やっぱり邪魔なんだよねー」

「そりゃそうだろ。ウイ、頼む」

「はい。ティコちゃん、全部アイテムボックス入れちゃうから、引越し先に着くまでに必要な物をまとめてちょうだい」

「えっと、アイテムボックスに、こんなたくさんのガラクタが入っちゃうの?」

「ええ。私のスキルみたいなものでね」

「すっごーい。えっとね、ティコの生活用品は、全部アイテムボックスに入れてあるの。昨日みたいに攫われた時のために」


 笑顔で言っているこの子も、兄貴と同じで1本ズレてるんだろうか。


「まず、攫われない努力をしような?」

「無理だよー。スラムで踊り子なんてするなら、お金持ちの愛人になって護衛を付けてもらうか、冒険者の恋人になって守ってもらうしかないもん。どっちも嫌なティコは【個人用シェルター】のスキルを使って、相手が嫌になって諦めるか、レニーちゃんの無線を待って助けてもらうかしかないの」

「【個人用シェルター】があるのに、拉致されんのか?」

「小さな部屋を出すだけだから、大の男が5人もいれば、ひょいっと持ち上げられちゃうの」


 使いづらいスキルだなと思いながら、網膜ディスプレイを開いて検索してみた。

 【個人用シェルター】アクティブ。身に危険のある限り、バストイレ付きの自分しか入れない狭い部屋を展開する。あらゆる攻撃を遮断する壁は地形に合わせて形を変え、展開中ならいつでも色を指定できる。


「凄えスキルだな」

「ティコ達の母親が言うには、辛うじて人類が生き残ったのは、このスキルのおかげなんだとさ」

「あり得る話だな。おいヨハン、生きてっか?」

「生きてるから、足でつつかないでくれ。また蹴られるんじゃないかと、怖くてたまらない」

「まあ、俺は他人だから強制はしねえがよ。ヒモがやりてえなら、自分の魅力なり体なりで縛れる女から絞れや。妹から金を引っ張るなんて、普通ならしねえぞ?」

「僕に出来る、仕事でもあればそうするんだが・・・」


 仕事がなけりゃ、このままって事か。

 見るからに腕力はなさそうだし、ティコと違って顔も地味。覇気もなければ、まともな気遣いの1つも出来そうにない。

 これでは、普通の仕事は無理だろう。


「研究ってのは、何をしてるんだ?」

「発明や機械の改良なんかだ」

「そっち関係を仕事に出来ねえのか?」

「無理だよ。妹のスキルすら把握せずに、チンピラ冒険者に脅されてほいほい従う男だ。他人と関わって、硬貨を得られるはずがねえ。硬貨を貰うはずが逆に借用書にサインさせられてた、なんて事になるのがオチさ」


 レニーの言葉は乱暴だが、的確な表現だとは思う。


「しかし、仕事がなけりゃこのままなんだろ。なんかねえかなあ」

「ギルドで雇って、冒険者の役に立つ装備でも作らせたらどうだ?」

「それを素直にやるなら、こんな生活はしてねえだろ」

「おい、ヨハン。幼なじみのよしみで、1度だけチャンスをやる。ヒヤマが作るギルドって組織で、人の役に立つ物を作れ。出来るか?」

「・・・僕でいいんだろうか」

「研究者らしくこだわるのはいい。ただ、求められている物を作る気があるかどうかだと思う」

「人間は苦手なんだ。人の足元を見て、際限なく要求を増やしてくる」


 人間に上下はない。だが、自分より上か下かを狡猾に観察し、下と見れば残酷になるのも人間だ。ヨハンのような男にとって、他人とはクリーチャーのような存在なのかもしれない。


「ギルドの職員は、職業持ちで気持ちが真っ直ぐな家族だ。その家族だけと関わるならどうだ?」

「ヒヤマやレニーみたいな人達か。それなら、怖くないかも・・・」

「なら、試してみようぜ。リハビリみてえなもんだと思って、気楽にやればいい。ダメならまた考えよう」

「兄貴、荷物はアイテムボックスに入れてもらったよー。って、みんなで真剣な顔してどしたの?」


 戻ってきたウイとティコに説明しながら、地上への道を戻る。

 そのまま黄金の稲穂亭の横に停めてある兵員輸送車に乗り込んで、ブロックタウンに出発した。


「いっそ、オークション会場でも作っか」

「そこまでしなくても。大体、何を売るつもりなんですか?」

「冒険者が必要とする物なんて、僕にはさっぱりわからないよ」

「別に、冒険者用じゃなくてもいいだろ。日用品や、商売道具でも売れるはずだ」

「ギルドの他に、お店までやるつもりなんですか?」

「いや。艦橋と機関部はいつか空母を動かすかもしれねえから、一般人は入居禁止にするだろ。そうすっと、艦橋は空き部屋だらけだ。酒場や商店、ヨハンの作業場なんかも、ギルドが管理運営すればいい」

「ヒヤマさん、酒場があるならティコも働きたいっ!」

「おう。責任者に紹介してやるよ。ティコはかわいいし職業持ちだから、たぶん問題ねえだろ」

「やったっ」


 これでギルドで働く人間は7人。

 ジャスティスマンから警備ロボットを何体か買えれば、空母の守りはなんとでもなるだろう。

 警備ロボットで出来ない事は、6人で手分けしてやればいい。

 ヨハンは徐々に、他人に慣れてもらうしかない。無理やり接客なんかをさせても、人嫌いは悪くなるばかりだと思う。


「なんとかなりそうですね、ギルド」

「やってみなきゃ、問題点は出て来ないだろうけどな」

「それはそうでしょうね。それより、ジャンク品を置ける家なんてあるのでしょうか。ヒヤマは見てないでしょうけど、生活スペースにもかなりあったんですよ」

「俺達の家くれえなら大丈夫か?」

「無理です。二軒なら、あるいはやっとですかね」


 どんだけガラクタを溜め込んでたんだ。

 野ざらしにしたら錆びるだろうし、子供の遊び場になって怪我でもされたら困る。


「ルーデルに頼み込むしかねえか。ヨハン、家とジャンク置き場が離れててもいいか?」

「構わない。ただ、出来れば作業できる場所に置いてほしい」

「ハンガーの使ってねえ部屋を、借りる事になると思う」


 立ち上がって、後部から運転席まで行く。

 花園の3人は仲良さそうにお喋り中だった。


「悪いが、ハンガーまで送ってくれるか?」

「いいわよ。もう少しでブロックタウンだから、そのまま向かうわ」

「ヨハンのジャンク置き場は、ハンガーになると思う」

「あそこまで集めてたら、それしかねえだろうなあ」

「俺達は明日も飛行機の回収だ。ヨハン達は頼むぞ?」

「任せとけ。ティコは妹みてえなもんだ」

「ヨハンも頼むって。他人が苦手なら、買い物すら苦痛だろ」

「ブロックタウンに、犯罪者はいねえ。ビシバシ鍛えるさ」

「お手柔らかに頼むぞ・・・」


 兵員輸送車は丘を登らず、迂回するようにブロックタウンへ向かうようだ。

 その丘に、人影が見える。

 大きく手を振る男は、剣聖だった。【鷹の目】がなければ、手を振っている事にも気が付かないだろう。


「カリーネ。丘の上に剣聖がいる。乗せてってくれってんじゃねえかな」

「あら。じゃあ、登りましょうか」


 丘の中ほどで兵員輸送車が止まると、すぐに剣聖が乗り込んで来る。


「ありがてえ。やっぱり涼しいなあ、車両の中は」

「ブロックタウンに用事か?」

「ニーニャとの約束でよ。明日の朝から、強化外骨格パワードスーツのテストなんだ」

「仕事が早えな。もう起動できるのか」

「背中に収納箱をくっつけてもらって、駐機スキルも取った。これで探索の幅が広がるぜ」


 嬉しそうに剣聖が言う。

 常にソロで動く剣聖だ。アイテムボックスの容量は、いつもカツカツだろう。

 駐機スキルで盗まれないようにさえしていれば、どこに行くにも強化外骨格パワードスーツを使えるだろう。


「慣らしついでに、ハルトマンと模擬戦でもすっか?」

「良い度胸じゃねえか。銃なしで、この剣聖様に挑むなんてよ」

「そりゃ楽しみだ。カリーネ、アリシア、わかってるね?」

「帰ったらすぐに、仮設闘技場を作るわ。入場料をなしにして人を集めて、飲み食いの屋台で儲けましょう」

「レニーも腕相撲で賭け。僕、骨折を治してさらに儲ける」

「よしよし。楽しみだね」



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