スラムの兄妹
「行っていいかと、聞いているんだ」
「・・・送って行く。場所はわかるのか?」
「結構だ。惨めで酷たらしい死に様を見るのは、兄である僕だけでいい」
「生きている可能性があるだろう。怪我でもしてたら医者を呼ぶから、黙って乗ってけ」
「気休めはやめてくれ。だいたい・・・」
(ヒヤマ。死んだ奴らの昨日の犯罪は、誘拐と脅迫。それに犯罪者相手の、リンチ殺人だけだよ)
「ウイ、ハンキーを出せ! あんちゃん。こいつら、昨日は誘拐と脅迫、それと犯罪者相手のリンチ殺人だけしかしてねえってよ!」
ウイが押してきたローザを収納する。
ハンキーを出したウイは、足早に双発の機体と積み上げられた部品を収納した。
「妹が人質になったのは、昨日の夕方。なら、妹は・・・」
「無事な可能性は高い。見張りに仲間が残ってても、死んじゃいねえだろう」
「こいつらのパーティーは、これで全員だ。妹はたまり場に閉じ込めて鍵をかけたって」
「なら、急いで行くぞ。スラムか?」
「ああ。橋寄りの廃墟だ。頼む、1秒でも早く!」
「いいから喋ってねえで乗れ。行くぞ、ウイ!」
「その前に、パワードスーツを収納して、顔と頭を水で流してください。ほら、水筒の水をかけますから」
「ああ、もう。時間がねえってのに!」
「おい冒険者、とりあえずしゃがめ。僕が髪を、ワシャワシャしてやるから!」
「キモいわ、ボケェ!」
自分で返り血を洗って、ハンキーに飛び乗る。
青年とウイが乗り込んだのを確認して、荒っぽくクラッチを繋いだ。
「2時間もかからずに着く。あんちゃん、名前は?」
「ヨハン。ありがとう、助かったよ」
「礼は妹の無事を確認してからだ。俺はヒヤマ。そっちがウイだ」
「もしかして、死神ハーレムのアイツなのかい?」
「気に入らねえ通り名だがな」
「だからチンピラ冒険者なんて、素手で余裕なのか」
「乗機の強化外骨格パワードスーツが、右手に重い固定武器を付けってっからよ。バランスが悪くて銃を持ち難いから、素手の攻撃スキルもあるんだ」
ブチ切れていたとはいえ、新規取得スキルはなかなか使えるようだ。
今までの俺でも、素手で殺せたとは思うが、ああも見事に頭部を粉砕できたとは思えない。
「ふむ。興味深いな」
「道路の残骸をどかしといて正解だったな。剣聖と花園に無線を繋ぐ。ウイも聞くか?」
「いいえ。大丈夫ですので、気にしないでください。どちらかシティーにいてくれれば良いですね」
「まったくだ」
河原に赤マーカーが揺れたが、サハギンが1匹だけだ。
素通りして、剣聖と花園の3人に無線を飛ばす。
(ヒヤマだ。話せる奴は、返事をくれ)
返事が来るまでの間がもどかしい。
どちらかがシティーにいるなら、頭を下げてスラムに向かってもらうつもりだ。
(剣聖だ。ハンターズネストは今日も快適だぜ)
(婆さんトコか。ならいい。いきなり悪かったな、剣聖)
(レニー、3人一緒だよ。そんなに慌てて、どうしたんだ?)
(今、どこにいる?)
(スラムの黄金の稲穂亭だよ)
(でかした! スラムを安全に移動できるか?)
(そりゃな。ここらで花園に逆らおうって奴らは少数だよ)
(知り合いの妹が、橋寄りの廃墟に拉致られてる。頼むから、力を貸してくれ。俺達は、2時間以内に到着する)
ツイてる。
花園なら、万が一見張りがいても容易く蹴散らすだろう。
それにアリシアがいれば、妹が怪我をしていても治療が出来る。
(すぐに向かう。詳しい場所は?)
(ありがてえ。すぐにナビする)
「あんちゃん、じゃねえ、ヨハン。信頼できる冒険者、花園ってのがスラムにいた。すぐに向かってくれるってえから、詳しい場所を教えろ!」
「レニー達が・・・」
「ほうけてねえで、早く言え!」
「あ、ああ。大通りを、橋に向かう」
「伝えた。それでっ!?」
レニー達はもう、黄金の稲穂亭を飛び出したらしい。
他人のために動く事に、なんの躊躇いもないようだ。この世界にあいつらがいて、そして出会えて良かった。
「レニーなら、酔いどれパンツマンが寝てる場所の、向かいの廃墟だと言えばわかると思う」
(酔いどれパンツマンって知ってっか?)
(ああ。服まで売って飲んじまう爺さんだ。場所もわかるぞ)
(その向かいだそうだ。頼む)
(了解。3分で着く。朗報を待ってな!)
「3分で到着するってよ」
「ありがたい・・・」
「良かったですね。レニーさん達なら、上手くやってくれるでしょう。後は待つだけです」
3時間にも感じる3分が過ぎると、僅かなノイズが聞こえた。
気をつけていなければ気にもならない、無線が飛んできた証拠だ。
「来たぞっ!」
(こちらレニー。保護完了。ドアを蹴破ったら、ティコが寝っ転がって雑誌を読みながら、菓子を食ってたぞ・・・)
ティコとは、ヨハンの妹の事だろう。
しかし拉致られていたと言うのに、雑誌読んで菓子食ってたとは。
「あー。無事に保護したってよ。ドアを蹴破ったら、雑誌読んで菓子食ってたって、レニーが呆れてら」
「ありがとう、本当にありがとう!」
「豪胆な妹さんですね。でも、良かったです」
(レニー、ありがとうな。怪我はねえのか?)
(あるはずねえよ。いいから、とっととこっちに来いって)
「怪我もねえってよ」
ヨハンが大きく息を吐く音が聞こえた。
無事に保護。
そう言われたら次の心配は、乱暴されていないかだろう。
レニーは口は悪いが、頭はいい。怪我がないと言ったのならば、無事だったはずだ。
(申し訳ねえが兄貴を連れて行くまで、黄金の稲穂亭で休ませててくれねえか?)
(了解。ヨハンに、ぶん殴るから覚悟してろって言っといてくれ)
(知り合いだったんだな。伝えとくよ。ありがとうな)
(いいさ。これも、女の甲斐性ってやつだ)
激しく間違っていると思うが、それを言うのはやめておいた。
「レニーから伝言。ぶん殴るから覚悟してろってよ」
「うあ・・・」
有言実行。レニーならやるだろう。
ヨハンは見るからに戦う男ではないが、妹が大切ならば戦うしかない時もあるはずだ。
ぶん殴られて反省して、少しは考えを改めた方がいい。
無言のままのヨハンを乗せて、ウイと話しながら黄金の稲穂亭までハンキーを走らせた。
「さあ、感動のご対面だ」
「ティコには会いたいが、レニーには会いたくない・・・」
「ハンキーも収納しましたし、早く入りましょう。妹さんも、心配していると思いますよ?」
「そんな殊勝な妹じゃない。僕はいつも・・・」
「はいはい。いいから行くぞ、怪我で済んだら、アリシアが治してくれっからよ」
ヨハンの首根っこを掴んで、黄金の稲穂亭のドアを開ける。
客は少ない。ボックス席にレニー達3人と、緑の髪の小柄な少女が座っていた。
「それ、死ぬ可能性があるのを示唆してるんじゃないかっ!」
「はい、1名様ごあんなーい」
「ああっ。バカ兄貴だー。そしてパワードスーツの人、すっごく好み!」
どうやらティコという妹は、かなり活発な少女のようだ。缶詰のパフェのクリームを口の周りに付けて、スプーンでヨハンをビシッと指している。
「良かったですね。隠しスキルなしで好かれましたよ、ヒヤマ」
「何気にはじめての経験だよな」
「そうでもないと思いますけど。ああ、いい笑顔で恐怖を煽りますね、レニーさん」
レニーは立ち上がり、満面の笑みでヨハンをロックオンして接近している。
両肩を押さえて、しっかりとヨハンを固定して待つ。
「レ、レニー、これはその・・・」
「歯を食いしばれっ!」
諦めたヨハンが歯を食いしばるのが、肩を押さえる感触でわかった。
「ぐっぼべらっ!」
「歯を食いしばらせての腹蹴り。さすがですね」
「ばひゃぅ!」
「あ、しっかり殴るんですね」
もういいだろうと肩を離すと、その瞬間にヨハンは崩れ落ちた。
ティコが大声で爆笑している。大した妹だ。
「手間をかけたな、レニー。本当にありがとうな」
「いや、礼を言うのはこっちさ。このバカを、助けてもらったんだ」
「ずいぶんと、仲が良さそうだもんな」
「妬けるかい?」
答えづらい問いだ。
こういうのは、スルーするのが最良だと経験から学んでいる。
「クズ野郎達は殺したが、こんなのはよくあるのか?」
「日常茶飯事だ。だからこの兄妹もブロックタウンに誘ったんだが、引っ越しが嫌だと駄々をこねてね。いい機会だから、帰りに無理矢理連れてくよ」
「それがいいな。武器を使わねえなら、スラムは危険だろう」
「ああ、そうかそうか。おいヨハン、隠蔽を解け。ティコもだ」
「はーい」
「っ、と、いた・・・」
なんの事かと黙って見ていたが、2人の名前の横に文字が浮かんで驚いた。
「こりゃ・・・」
「隠蔽スキルですか。ティコちゃんが無事だったのは、防御系か何かのスキルもあったからなのですね」
時忘れの研究者と、オアシスの踊り子。
最近はエルビンさん達とも出会い、職業持ちはいるところにはいると実感していたが、この兄妹もそうだったとは。
「なんで職業持ちが、あんなクズ野郎の言うなりになってたんだ?」
「それは、その・・・」
「このバカは、戦闘スキルを取得してねえのさ。前にレベル上げに連れ出したが、そのスキルポイントも、すべて研究スキルにぶっ込みやがった」
「どうしようもねえな・・・」
「まったくだ。ティコはその時に取った個人シェルターだかのスキルで無事だったってのに、それを助けるべき兄貴がこれじゃね。話にならねえっての」
全員の怒気を感じ取ったのか、ヨハンは正座して頭を下げた。
家族も守れねえでどうすると言いかかったが、それは戦える人間の意見でしかない。
人間にはそれぞれ、出来る事と出来ない事があるのだ。
ヨハンがなんの研究をしているのかは知らないが、それはきっと俺には出来ない事なのだろう。
「なんで引っ越ししたくなかったんだ?」
「・・・集めた機械やコンピューターを、置いていけってレニーが」
隣のウイを見ると、何も言わずに頷いてくれた。
「それを持って行けるなら、兄妹でブロックタウンに来るんだな?」
「ああ。でも・・・」
「空母よりでかくなきゃ大丈夫だ。さっさと案内をしろ」
「恩に着るよ。ヒヤマ、ウイ」
「気にすんな。ここで暮らすなんて、あまりにも妹が不憫だ」
「そうですね。さあ、行きましょう」
「俺達も行って、そのまま兵員輸送車でブロックタウンだな」
「え。部屋汚いからまた今度で・・・」
「付き合いたての女子か、テメエは!」