不殺の帰還兵、就職す
「す、すまない。あまりの言葉に驚いたんだ」
「奥さんもそうみてえだな。とりあえず、座って話そう。ウイ。少し早えが、メシにしようぜ。育ち盛りが、3人もいるんだ。山ほど頼むな」
「はい。では、急いで準備しますね」
シートに座り、灰皿とタバコのカートンを出して、おっさんの前に置く。
2人の少年が、俺のコルトとサブマシンガンを、食い入る様に見詰めている。
「驚いて、名乗るのを忘れていたね。失礼した。私はエルビン・ロッジ。妻のメイシア。双子のグースとグリンに、末娘のリーネだ」
自分の名前が出るごとに、全員が頭を下げる。難しい年頃の少年2人もだ。身なりは貧しそうだが、躾はきちんとしているようだ。
「ここで会ったのも何かの縁。よろしく頼む」
「こちらこそ。若いのに、腕利きの傭兵らしいね。良かったら、この地域の情勢を教えてくれないか?」
「わかった。こっちじゃ俺達みてえなのを、冒険者って呼んでる。この先から来たなら、フロートヴィレッジには?」
「安全そうな街だったので寄ってみたが、貧乏人には用がないと追い返されたよ。船にすら、乗せてもらえなかった」
どうやらフロートヴィレッジは、いけ好かない街らしい。
約束もあるので休暇で訪れるつもりだが、ギルドの支部を置くなんて事は考えない方が良さそうだ。
「そうか。あの丘を越えれば、川が見える。それを遡ればシティーって街があるが、安全な建物内には大金がないと住めない。スラムもあるが、犯罪者ばかりだ」
「やはり、金か・・・」
「そこから南に、俺達が住むブロックタウン。犯罪歴のある人間が立ち入れない街で、24時間体制で警備ロボットが巡回してる。元犯罪者の冒険者が立ち入りを許される事もあるが、犯罪を犯せばその場で射殺だ」
「そんな、夢の様な場所が・・・」
「ちなみに職業持ちを優遇しててな。無料で家を貸してもらえる。税金は1人、月に硬貨5枚」
「どうか紹介してくれないか。子供達を、安全な場所で育てたいんだ!」
呆れるほどの真剣さで、エルビンさんが頭を下げる。奥さんの、メイシアさんもだ。
子供の安全の事となると、親とはこうも必死になれるものなのか。
「ご飯が出来ましたよ」
ウイがそれぞれに、大盛りの大皿と追加の飲み物を渡す。
ステーキにハンバーグ。白身魚のソテー。サラダ。
「スープとパンもありますよ」
スープは丼で、パンは拳程度のものが5つもある。
「なんで俺のも、この量なんだよ・・・」
「うっかりしてたんです。私のもそうですから、お互い頑張りましょう」
「ヒヤマ君、私達はこんな食事を」
「ストップ。余ってる缶詰があるから、出しただけだ。助けると思って食ってくれ。それより、息子達にいつまで我慢させる気だ?」
子供達は生唾を何度も飲み下しながら、料理と父親を交互に見ている。
「・・・グリン、ヨダレが出てるぞ。みんな、ありがたくいただきなさい」
「とりあえず、メシを片付けようか。話はその後だ。ブロックタウンの紹介はするから、安心して食ってくれ」
「ありがたい。恩に着るよ」
パンを割り、半分に切ったハンバーグとサラダを挟む。パンからはみ出しているハンバーグに齧りついたが、パンまでは届かなかった。
(ミツカ、聞いてたか?)
(うん。ブロックタウンは、喜んで受け入れると思うよ)
(まあな。ただ、出来ればギルドの職員として引き込みたい。断るようなら、ブロックタウンで畑でも耕すだろうさ)
(お爺さんだけに任せるのも酷ですから、色良い返事だといいですね)
(ああ。それに双子は、眩しそうに銃を見ていた。ある日突然、なんの準備もなく冒険者になるより、ギルドで働いてレベルを上げて、冒険者に知り合いを作ってからなる方がいい)
苦労して育ててくれた両親や妹の将来のために、冒険者になりたいと思うのは自然な流れだと思う。
それに、銃を見る目には憧れの光があった。親が無理に押さえ付ければ、暴発してしまいそうな気もする。そうなるくらいなら、今の内に冒険者という仕事をきちんと理解しておく方がいい。
「ダメだ。パンを3つで限界だ!」
「いつもツマミもなしに、強いお酒をガブ飲みしてるからです。胃が小さくなってるんですよ。まあ、私も2つで、もう食べられませんが」
「グースとグリンだったよな。俺の分も食わねえか?」
双子が素早く父親を見る。
苦笑しながらエルビンさんが頷くと、嬉しそうに俺の皿を受け取ってくれた。
ウイも娘と母親に、自分の皿を渡している。
「すみませんな。父親の稼ぎが悪いので、美食には縁がなくて」
「職業持ちなのに真っ当に暮らしてきたなら、それだけで尊敬できるさ」
「そうですよ。おかわりはいかがですか?」
「いえ。食べ過ぎて苦しいくらいです。ごちそうさまでした」
「では、コーヒーを出しますね」
全員が食事を終えてから、エルビンさんとタバコを楽しむ。
「さて、まずは着替えか。ウイ、ハンキーの中で奥さんと娘さんを着替えさせてくれ。野郎はここでいいだろ」
「はい。エルビンさん。タライとタオルも出しますから、体を拭ってから着替えてくださいね。着替えはこれです。靴も。サイズが合わなければ、後で違うのを出します。メイシアさん、リーネちゃん、行きましょう」
「ちなみにブロックタウンまで送るのに車両に乗ってもらうし、その格好のままじゃ子供達がイジメられたりもするだろうから、遠慮するのはなしな」
「・・・なぜ、ここまでしてくれるので?」
「遠い親戚みてえなもんだし、安易に殺す事を仕事として選ばなかった尊敬もある。それに、仕事も紹介したいんでな。打算もあるのさ」
エルビンさんはこの世界の人間でないとは言っていないが、あの目を見れば答えはわかる。たぶん、子供達にまだ話すべきではないので、答えは避けたのだろう。
不殺の帰還兵。そんな職業を選んだエルビンさんは、優しい父親なのだと思う。
「仕事とは?」
眼光に意思が見える。
気に入らないなら断るぞと、その目は言っているようだ。
「新しい街を造る。元犯罪者でも更正すれば住める、安全な街だ。住人は、1000」
「なるほど。それで、そこでの仕事とは?」
「街造りに伴い、そっちで言う傭兵の中で、真っ当な人間だけを新しい街に住まわせる。それに身の丈に合った仕事をあてがったり、積極的にパーティーを組ませて、今のとんでもない死亡率を下げたい。ついでに悪さをしてねえか、見張りもする」
「【捕縛術】や【直感】のスキルがある私なら、少しは役に立つか・・・」
「1年は勤務してくれると約束してくれるなら1時的にパーティーを組んで、3レベル上がるまで俺が経験値を稼いで【嘘看破】か【犯罪者察知】を取ってもらう。そして3年勤めるごとに、3レベル上げるのに付き合う。2回目からのスキルポイントの使い道は、自由だ。子供達の将来的にも、いい事だと思うぞ?」
エルビンさんの目が、双子に向いた。やはり、心配しているのだろう。双子はキラキラした目で、俺の話を真剣に聞いている。
「たしかに、いい話ですな・・・」
「ただ、この重爆撃機を飛ばして来た組織は、シティーを狙っている。ブロックタウンと新しい街は、そのシティーと同盟関係にあると思ってくれ。そして新しい街は、シティーのすぐ近くだ。戦争があったのは、つい先日だよ」
「シティー側の被害は?」
「なし。航空機2機と揚陸艇を2艇、それと敵空母を鹵獲してだ。ああ、強化外骨格パワードスーツもかなりいただいたな。航空機や戦車の撃破は、面倒だから計算してねえや」
「なんと・・・」
「あ、被害あった。俺の強化外骨格パワードスーツがコックピットを撃ち抜かれて、即死させられたんだ。んでその直後に、生身で強化外骨格パワードスーツのライフル狙撃して、また死にかけた」
こうして考えると、俺だけ痛い思いをしている気がする。
まあ、運び屋とルーデルはバケモノみたいなもんだから、ミスなんかしないってのもあるのだろう。
「なんと言えばいいか、わかりませんね」
「まあそんなんだから、まだ歩き回って新天地を探すってんなら止めねえ。物資も提供するから、断ってくれてもいいぞ?」
「いいえ。何があってもヒヤマ君は負けはしないと、【直感】が言っています。この3年、あてもなく荒野を歩き回りましたが、こんなにいい街の話は聞きませんでした。許されるなら、是非ともその仕事をさせていただきたい」
「今夜は後ろの車両に乗って休んでもらうから、家族でゆっくり話し合ってくれりゃいい。さあ、着替えてくれ。早くしねえと、女共に裸を見られるぞ?」
言いながら、ローザを収納しに立ち上がる。
男の裸を覗く趣味はないので、遠くの空を見ながら運び屋とルーデルに無線を繋いだ。
(ヒヤマだ。話せるなら返事をくれ)
(おう、どうした?)
(ミツカちゃんから、だいたいは聞いてる。俺は賛成だぞ)
(なら、運び屋に説明だな)
ざっと説明すると、運び屋も賛成してくれた。
(現状、空母をいつ街にできるかわからないからな。いくらか硬貨を渡さないと。ヒヤマ、手持ちはあるのか?)
(俺は小遣い程度しか持ってねえが、ウイは持ってると思う)
(空母を根こそぎ浚っただろ。あん時の俺達の取り分を、そのままギルドの資金にしちまえばいい。換金の手間はかかるが、それでもねえよりはいいだろう)
(それはいいな。面倒だとは思うが、管理はヒヤマ達に頼もう)
(へいへい。で、いくら渡せばいいんだ?)
(3000もありゃいいだろ。給料とは別の、支度金だ)
(そうだな。それだけあれば、ブロックタウンでの暮らしにも困らないだろう)
(了解。無線は、好きな時に切ってくれ。またな)
シートに戻ると、着替えたエルビンさんと目が合った。
奥さんも子供達も、こざっぱりして表情が明るい。
「仕事の事、話したんですか?」
「ええ。全員が賛成してくれました」
「そりゃ良かった。。ウイ、硬貨を3000、エルビンさんに渡してくれ」
「はい。硬貨3000枚、取り出し」
シートの真ん中で硬貨が山になり、崩れて鳴った。
「こ、これは・・・」
「支度金だ。新しい街の準備は、もう少しかかる。3年も放浪してたんなら、ブロックタウンでしばらくのんびりしてくれ。ウイ、空母を漁った時の運び屋とルーデルと俺達の取り分を、ギルドの資金にしろとさ」
「了解です。簿記スキルでも取りたくなりますね」
「事務仕事する美人秘書か。男のロマンだな」
「撃ち殺しますよ?」
「・・・さあ、ハンキーでブロックタウンに向かうぞ。かなり狭いが、エルビンさん達は寝てるといい」
ウイが重爆撃機を回収するのを見てちょっとした騒ぎになったが、なんとか出発する準備は出来た。
「OKです」
「じゃあ、乗ってくれ。新天地にご案内だ」