5人の職業持ち
「ダンさん、ただいま帰りました」
「おかえりなさい。無事で何よりです」
「そういえば、保安官助手って網膜ディスプレイあるのか?」
「ありますよ。最初は戸惑いましたが、もうすっかり慣れました」
それならばと、無線の登録申請をしてみる。
「見えるか?」
「登録申請を承認しますか、と出ましたね」
「近場なら映像や無線を飛ばせるスキルなんだ。俺を介してだがミツカにも繋いだり出来るから、良かったら承認してくれ」
「そりゃ凄い。助かりますよ。承認。コール、って選択肢が出ました」
「それを選択と念じれば、俺に繋がる。映像も念じれば届くから、何かあったら連絡してくれ」
「ありがとうございます」
ダンさんに手を振って、ハンガーまでゆっくり走る。
ハンガーの入り口にローザを停めて中に入ると、床に座って休憩するルーデルとジュモがいた。
「ただいま。運び屋は帰ったんだな」
「おかえり。帰ったよ。3人を、花園の家に送るついでにな」
「強化外骨格パワードスーツの打ち合わせか」
「ヒヤマ。キャンピングカーを出しますので、話は中で。ルーデルさん、ここでいいですか?」
「ああ。そこでいい。すまないな」
キャンピングカーが出され、ウイが鍵を開けて中に入る。
俺達が後を追うと、すでに明かりとクーラーがつけられていた。
「すぐ涼しくなると思います。私は外に出て、タンクの水を補充してきますね」
「頼む。ルーデル。ジュモと中を見て回るといい。落書き以外は、最高の別荘だぞ」
「じゃあ、見せてもらうよ」
1人でリビングに残り、灰皿をいくつか出してタバコを吸う。
ウイよりも先に、ルーデルとジュモが戻った。
牛乳を2本出して、それぞれの前に置く。
「ありがとう。豪華なキャンピングカーだな」
「戦時には泊まり込むだろうしな。好きに使ってくれ」
「助かるよ。ここにいれば、いつでも上がれる」
嬉しそうに言うルーデルは、根っからの飛行機乗りなのだろう。怖くて聞けないが、寝る時も飛んでいたいとか言いかねない。
「タンクは満タンにしてきました。これでしばらくは保つでしょう」
「お疲れさん。アイスコーヒーでいいか?」
「ミルク入りをお願いします。ルーデルさん、これがこのキャンピングカーの鍵です。ニーニャちゃんかミツカにも渡しますので、こちらはお持ちください」
「責任を持って預かるよ」
「それと、缶詰と飲み物のおすそ分けです」
「こんなにか。そっちは大丈夫なのかい?」
「はい。まだまだありますから、なくなる頃にまたお渡しします。ヒヤマのアイテムボックスにも入れておくので、花園の皆さんに渡してくださいね」
「わかった。そういえば、今夜はあっちだったな」
明日からは、ウイと飛行機の残骸を回収して歩く。
出来るなら早い時間から花園の家に行って、睡眠時間を確保したい。3人が相手になると、何度ノックアウトしても最初の1人が立ち上がってくる、ゾンビ戦法を使われて徹夜になったりするのだ。
「噂をすれば、ですね。黄マーカー、7。すぐに行きますか?」
「寝る時間は欲しいからな。花園の都合が良ければ、そうすっかな」
「ヒヤマの稼業も、大変なんだろうなあ」
「稼業ってなんだよ・・・」
「ヒモ稼業デス!」
「おい、ジュモ。もうちょっと濁せ。ヒヤマはこれで、繊細な所があるんだぞ」
「否定できないのが哀しいですね」
好き勝手に言われているうちにミツカ達と花園の3人が来て、無表情のくせにやたら嬉しそうなアリシアに拉致された。
予想通りのゾンビ戦法と死闘を繰り広げ、翌朝に迎えに来てくれたウイとローザで門を出る。
「お疲れのようですね。近場から回収して行きますか?」
「いや、1番遠いのからだ」
「了解です。いつもの道を、海の手前までですね」
「そろそろ暴れてえな。腕が鈍りそうだ」
「そういえば、新しいパワードスーツになってから、生身での戦闘はしてませんね」
「ああ。拳のレーザーの威力も知りてえし、これで不意打ちとか楽しいだろうな」
強化外骨格パワードスーツの銃撃でガラクタになったかと思ったパワードスーツは、スクラップ判定をギリギリで免れ、ニーニャの最上スキルで新品同様に修理されている。
いざという時が来る前に、試しておきたいのは事実だ。
「発想が悪人ですよ。あら、どうして停まるんですか?」
「ハンキーと、兵員輸送車が通れるようにな」
「なるほど。戦車をヒヤマの狙撃で潰せるなら、歩兵はハンキーと兵員輸送車のいい的ですものね」
シティーよりもブロックタウン寄りのこの場所を歩兵が進むなら、シティーは陥落している事になる。
そんな事を許すつもりはないが、それでも備えを怠る訳にはいかない。
ウイとローザから離れてハルトマンを出し、道を塞ぐ車を退かす。
それを繰り返しながら進むので時間を食い、ハンターズネストに到着したのは昼過ぎになった。
ローザを収納して、ハンターズネストに入る。
「よう、死神。オマエも付き合えよ」
「まーたここで飲んでんのかよ、剣聖。婆さん、変わりねえか?」
「ああ。平和なもんさね。シティーに行くなら、船を出すよ」
「それは何より。車両の道を作りながら、海まで行くんだ。だから飲まねえし、船も大丈夫だ」
「なんでえ、仕事かよ」
「落とした航空機を回収にな」
「お婆さん、剣聖さん。良かったら缶詰をどうぞ」
ウイが出した缶詰をかっ込んで、食休みもそこそこに席を立つ。
夜にはブロックタウンに戻る予定なので、ゆっくり休んでいる時間はない。
「死神、ハイエナ野郎には気をつけろよ」
「航空機は、落とした本人の物じゃねえんか?」
「難癖つけて、ちょろまかそうってバカは多いさ」
「面倒くせえな。犯罪者を殺したら、俺も犯罪者になるんか?」
「いや、犯罪者は殺し放題だ。ただ、元犯罪者ならダメぞ。マーカーが赤になれば別だけどな」
「わかった。ありがとうな」
ハンターズネストを出て、ミツカに無線を繋ぐ。
(ローザじゃないか。この映像は、ヒヤマの視線かな)
(ああ。【犯罪者察知】が必要になるかもしんねえ。繋ぎっぱなしにしといていいか?)
(大丈夫だよ。ニーニャちゃんの手伝いって言っても、ほとんど仕事なんてないんだ)
(そんじゃ、頼むな)
ローザで進んでは、ハルトマンで車の残骸を退かすを繰り返す。
遅々とした歩みだが、いつかこの苦労が報われるのかもしれない。
ウイも、文句を言わず付き合ってくれた。
「ヒヤマ、この辺りから東に進みますよ」
「了解。海までは無理だったか」
「逆に、ここまでくらいにしておいた方がいいと思いますよ。上陸後の侵攻を、少しでも遅らせられるでしょうし。ここで待ち構えるなら、遮蔽物にもなります」
「なるほど。それもそうだな」
ガードレールが壊れている所から、乾き切った荒れ地に入る。
ここからは、車の残骸を退かす必要はない。すぐに飛行機の残骸が見えてくるはずだ。
案の定、丘を越えようとしたその瞬間に、荒れ地に横たわる重爆撃機が見えた。
「ハイエナ、ね。きったねえ格好してやがるな」
「あれで冒険者がやれるのでしょうか?」
「さあな。犯罪者ならクリーチャーの餌にすっから、別にどうでもいいだろ」
「殺すつもりで、はじめましてなんて言うつもりですか。無益な争いはやめてくださいよ?」
「相手次第だ。ウイも無線を繋ぐぞ。映像は邪魔だろうから、ウィンドウを閉じとけ」
重爆撃機の壊れた部分に群がる5人は、まだ丘の上の俺達に気づいていない。
ウイ、ミツカ、俺を無線で繋ぐ。
(ミツカ、ここからあの5人が犯罪者かわかるか?)
(名前が見える距離じゃないと無理だよ。それより、スキルポイントが20もあるんだ。【犯罪者察知】の最上スキルまで取ってもいいかな? 見ただけで罪状がわかって、罪の重さに応じて攻撃力が上昇するんだ。ギルド、だっけ? それにも使えるからさ)
(クズ野郎に攻撃力上昇はいいな。ありがてえが、いいのか?)
(もちろんさ。じゃあ、すぐに取るよ。接近をはじめてもいいからね)
(了解。ウイ、ヘルメットはずっとしてろ。話すのは俺だけでいい)
(はい。ですが相手が真っ当な冒険者で、交渉が必要なら口を挟みますよ?)
(【交渉】持ちだもんな。その時は頼む)
ゆっくりとローザを走らせる。
5人と重爆撃機の元に着く前に、ミツカから取得完了と無線が来た。
10メートルまで接近してやっと、1人がローザに気づいて大声を上げる。
壮年の夫婦と、まだ若い子供達だ。少年が2人、少女が1人。驚いた事に、全員が職業持ちだ。
武器は壮年の男の猟銃だけのようだが、敵対すれば面倒な相手かもしれない。
(職業持ちがこんなに。凄いねえ。犯罪者はいない。それどころか、夫婦らしい2人の善行値は凄いよ。間違いなく、善人だね)
そんなもんが数値化されてるのか。
俺なら、人を見る目が変わってしまいそうだ。
(ありがとな。じゃあ、恩を売るか。ウイ、ヘルメットを取っていいぞ)
「悪いな、驚かせたか?」
エンジンを切ると、ウイがローザから降りた。
俺も続いて降り、タバコに火を点ける。
「いや、大丈夫だよ。君達は、この周辺の街の住人かい? 飛行機の残骸を見つけたが、残念ながら乗員はみんな死亡しててね。さっき、埋葬を済ませたところなんだ」
「なるほど。この先のシティーって街が、こいつらの襲撃を受けてな。俺が落とした。使える物を回収するといい。少しなら待つ」
「君のような少年が、こんな航空機を・・・」
驚いているおっさんにタバコを放ると、受け止めて躊躇いながら口に運んだ。ライターの火に顔を寄せ、吸い込んで大きく煙を吐く。
「コーヒーもどうぞ。お子さん達は、スポーツドリンクがいいですね」
ウイが、驚く家族に缶を次々と渡す。
「こ、これ冷たいっ!?」
大きな声を出したのは、ウイより幼く、ニーニャより年上に見える少女だ。大口を開けて目を丸くしているが、歳相応の愛くるしさで、そんな表情もかわいらしいと思えてしまう。
「シートを敷きましたから、この上に座って飲むといいわ。お母さんとお兄さん方も、お座りください」
戸惑う家族だったが、タバコを吸う父親が目を細めて頷くと、安心したようにシートに座った。
俺と同い年か少し下くらいの兄弟は、わざとウイを見ないようにしている。それでも、汚れている頬の赤さは誤魔化せない。
「すまないね。年頃なんだ」
「いいさ。俺達も座ろう。俺はヒヤマ。あっちはウイだ。先に訊くが、この世界の生まれか?」
壮年の男が、弾かれたように俺の瞳を見る。
HPは少ないが、なかなかの眼光だ。