天使の名前
「おい、死神! 見ろ、俺は空を飛んでるんだぞ!」
「俺も飛んでるっての。剣聖は、ハンターズネストで降りるのか?」
「ああ。そのつもりだ」
「そうか。なら、無線を繋げる許可をくれ。ちょっと考えてる事があってよ。後で話を聞いてもらいたい」
「これか。了承っと。おお、サハギンがゴミのようだ!」
えらく楽しそうなので、これ以上の邪魔をせずに放置する事にする。
「運び屋、ルーデル。せっかくだから、ハンターズネストに1泊するか?」
「剣聖もいねえと、打ち上げにならねえか。俺はいいぞ」
「賛成だが、これだけの人数が泊まれるのか?」
「部屋はたっくさんあるから、大丈夫だよっ」
「決まりだな。地上に降りりゃ、剣聖も落ち着くだろ」
「あれほど喜んでもらえるのは嬉しいな」
「はしゃぎ過ぎだっての」
ハンターズネストの前に着陸するまで、剣聖はああだこうだと騒いでいた。
全員が降りてウイがヘリを収納すると、ニーニャがハンターズネストに飛び込んでいく。
「婆さん、また世話になるよ」
「ずいぶんと大人数だね。部屋を用意するから、座って待ってな」
「婆さん、犬も入れて大丈夫か?」
「構わないよ。ウイちゃん、キッチンは好きに使っていいからね。大鍋のサハギンスープも配ってやるといい。どうせ、呑んだくれるんだろ?」
「はい。では、お言葉に甘えます」
「婆ちゃん、お部屋の準備手伝うっ」
「ありがとうよ。じゃあ、はじめようかねえ」
レニー以外の女はキッチンに向かい、運び屋がテーブルに飲み物を広げる。なんとも呆れた量だ。
「またすごい量だな」
「乾杯はニーニャ嬢ちゃんと婆さんが戻ってからだな。ルーデルは牛乳割りだろ。死神とレニーと剣聖はどうすんだ?」
「適当に貰うよ。とりあえず、剣聖にギルドの事を話しとく」
婆さんとニーニャが戻る前に、剣聖への説明を終えた。
空母を1つの街のようにして、艦橋をギルドにすると言うと、剣聖は喜んで手を貸すと言ってくれた。
そればかりか、ギャングに搾取されているスラムの商人を紹介してくれるらしい。ギルドへの登録と、真っ当な冒険者への声かけもだ。
「なんだい、飲んでないのかい?」
「お兄ちゃん、お部屋の準備は終わったようー」
「お疲れさん。さあ、婆さんもニーニャも座ってくれ」
「祝いの席に、こんな婆さんが紛れ込んでいいものかねえ」
「お婆さんの赤ワインは用意してあります。どうぞ、遠慮なさらず」
「そうかい。じゃあ、いただこうかねえ」
婆さんとニーニャが席につくと、全員の目が運び屋に向いた。
「俺かよ。俺はもうやったから、次はルーデルだ」
「俺はそういうのダメなんだ。ヒヤマ、頼んだ」
「ガキが音頭を取ってどうすんだよ。レニーか剣聖がやれ」
「え、もう面倒だから飲んでたぞ」
「おまえは。まあ、それでいいか。乾杯」
打ち上げは騒々しくも和やかに進み、夜半にはそれぞれの部屋で就寝した。
婆さんと剣聖に見送られ、ヘリでブロックタウンへ帰る。
使っていない農地の道端にヘリが停められ、道路にそれぞれの車両が出された。
2機の戦闘機も、ヘリの隣に出される。
「農地ははじめてだな。ミツカ、ルーデルの家は用意してあるのか?」
「うん。コンテナじゃない家がまだあるから、いつでも使えるよ」
「なら、町長さんのトコ行くか」
「ヒヤマ、兵員輸送車に乗ってけ。まだ乗った事ねえだろ」
「そういやそうだな。誰が運転すんだ?」
「カリーネだ。俺は銃座だからな」
「なら安心か。町長のトコまで頼む」
「俺は家に戻る。死神、娘を泣かせたら殺しに行くからな」
運び屋がバギーで走り去る。
どうやら、今日からシェパードはうちで暮らすらしい。
夜にでも人間になってもらって、呼び名を決めるか。
「じゃあ、俺達はバイクで兵員輸送車に着いて行く」
「了解。じゃあ、乗せてもらうぞ」
兵員輸送車の後部ハッチを開けると、座る椅子さえない空間だった。
奥の方に青いビニールシートが敷いてあり、どうやらそこに座るらしい。
「こりゃ、殺風景にもほどがあるな」
「強化外骨格パワードスーツを、3体も積む場所ですからね」
「それもそうか」
「出すぞ、ハッチを閉めてくれ」
「おお。そのドア、運転席と繋がってんのか。すぐ閉める」
ハッチを閉めるとすぐに、兵員輸送車は動き出した。
興味があるので、運転席に繋がっているドアを開ける。
運転席と助手席。その後ろにベンチシート。それとちょっとしたスペースに毛布。そしてドアが左右にあった。
「レニー、このドアはなんだ?」
「トイレと水浴び場だぞ」
「豪華だな。このハシゴを上がれば銃座か?」
「おう。試しに撃ってみるといい」
「勘弁してくれ。ブロックタウンを追い出されるっての」
運転席は戦車というより、トラックの物に近いようだ。
「見えてきたか。ありがとうな。ハンキーじゃ、もっとかかった」
「おう。気にするな。しばらく休むから、たまには顔を出せよ?」
「了解。またな」
ルーデルとジュモと一緒に町役場の町長室に顔を出し、ルーデル達の家の鍵を受け取る。念のために告げておきたいと、ルーデルはヘルメットを脱いでジュモの事もオートマタだと紹介したが、町長はニコニコ笑ってそうですかと返しただけだった。
「こっちだよ。農地寄りなんだ」
「そりゃ便利そうだな。ルーデル、ハンガーはどうやって建てる?」
「あの辺りは適当に使っていいと言ってもらえたからな。足場を組んで、ビニールシートでもかぶせるさ」
「それで大丈夫なのか?」
「ああ。理論上は、永遠に飛べるのがこの世界の戦闘機だ」
「とんでもねえな。お、ここか。いい家じゃんか」
「税金のみで、こんな家を・・・」
「良かったな。ハンガーを建てるなら、明日にでも手伝いに行く。じゃあな」
「おう。ありがとう」
4人と1匹で歩き、家に戻ってリビングで寛ぐ。
ソファーに座る俺の太ももには、シェパードが頭を乗せている。
その頭を撫でながら、ウイが淹れてくれたコーヒーを飲んだ。
「家にいる時くらい、人間になってたらどうだ?」
「こう?」
素っ裸の天使が、首を傾げながら言う。
ちょうど手が腰の辺りだったので、俺が抱き寄せているような格好だ。
「髪も切らなきゃな」
「ん・・・」
腰の手を動かして髪をさわると、くすぐったかったのか小さな声を上げる。
「とりあえず、服を着てください。ニーニャちゃんもいるのですよ!」
「服、じゃま」
「いいから着てください。そしたら、髪を切りますから」
「んー。ひやま・・・」
「いいから服着て、髪切ってもらえ。名前をどうすっか考えながらな」
「ひやま、ここいる?」
「ああ。逃げねえから行って来い。ウイ、頼むな?」
「はい。新しい家族ですからね。心配しなくて平気ですよ」
ニーニャは一心不乱に紙に何かを書いているし、ミツカはアサルトライフルの手入れだ。
俺も何かしようかと、網膜ディスプレイにスキルを表示させる。
腕力上昇、体力上昇、アイテムボックス重量の順番で検索。
思っていた以上の数のスキルが、網膜ディスプレイの映し出された。
【ウデキング】パッシブ。腕力20上昇。レベルに応じて、打撃系攻撃威力上昇。
【腕とエプロンと裸足】パッシブ。エプロン装備時に裸足で腕力と体力10倍。
ろくでもないスキルを流し読みしていると、気になるスキルを発見した。
【専用装備化】パッシブ。専用装備登録した武器防具、軽車両を、アイテムボックス重量制限無視で収納できる。
もしかすると、ローザはこのスキルを持っていたのかもしれない。
「ひやま、ひやまっ」
「なんだ、ずいぶん早えな」
ぶかぶかのTシャツだけを身につけた天使は、腰までに切った長い髪の先を束にして、俺の頬をくすぐった。
そのまま隣りに座ったので、網膜ディスプレイのスキル一覧を消す。
「あまり切んなかったんだな。でも、似合ってるぞ」
「ん」
「もっと切ろうと思ったのですが、本人が嫌がったので」
「ウイの黒髪と、天使の銀髪。背丈も同じくれえだし、まるで姉妹みてえだな」
「それより、名前はどうするんですか?」
「不便だよな。本人はなんて呼ばれたいんだ?」
「・・・いぬ?」
「却下。どうすっか」
年下の美少女を犬なんて呼んでたら、それは紛れもない変態だろう。
下手をすれば、その場で撃たれてもおかしくはない。
「その本名は、どうして名付けられたのですか?」
「ままの、おにんぎょうさん」
「人形とは、どんな物ですか?」
「バー・・・」
「あれか! わかったからみなまで言うな!」
「なんで焦ってるんですか。そういえば、姉か妹がそんな名前でしたね。ハーフなのですか?」
「うん」
なんちゃらファミリーみたいなもんか。
なら、人形にちなんだ名前がいいのかもしれない。
「お市、とかか?」
「いつの時代ですか。却下です」
「お松!」
「だから古いですって」
「そう言われても、人形に詳しくねえからなあ」
「市松人形だったのですか。わかりづらい・・・」
ほっとけ。
後は人形ってーと、なんだ。
「ヒナ?」
「それかわいいっ!」
「おお。ニーニャはこれがいいのか」
「うんっ」
「なんとなく、鶏のヒナっぽいからいいんじゃないか?」
「それだとヒヨコだろ、ミツカ」
「語感は悪くないと思いますが、本人はどうなのですか?」
「ヒナ、でいい」
どうやら、あっさり決まってしまったらしい。
アダ名みたいなもんだし別にいいかと、ぬるくなったコーヒーを飲み干した。
「ニーニャ。ずいぶん熱心に、何を書いてたんだ?」
「強化外骨格パワードスーツのデザインだよっ」
「へえ。誰のから組むんだ?」
「剣聖さん、花園のお姉ちゃん達、ヒナお姉ちゃん、運び屋さん、ルーデルさんの順番。うちの1体は、どうするの?」
そうか。俺達にも回ってきたんだったな。
俺にはハルトマンがあるし、ヒナは運び屋の取り分から譲られたらしい。
「考えてなかったな。ウイかミツカが使うか?」
「あたしは、ハンキーがあるからパス」
「私も砲手ですし、ハルトマンの狙撃システムがあれば、観測手はいらないんですよね。保留でいいんじゃないですか?」
「たーくん、使うか?」
「え、僕ですか。思念反応チップが使えないので無理です」
「ニーニャはまだ子供だから、お兄ちゃんみたいに動けないし。じゃあ、予備に取っておくねっ」