戦争の終わり
「まず、空母はどうする?」
「こんなの貰っても困りますよ。誰か欲しい人はいないのですか?」
ウイの問いに、答えはない。たしかにこんな物は、あっても邪魔なだけだろう。
「誰も使わねえなら、シティーの川に浮かべて、滑走路兼マンションにしたらどうだ?」
「管理はどうすんだよ?」
「ジャスティスマンに丸投げするに決まってんだろ。スラムの住民でルールを守れる人間だけを住ませりゃ、治安も良くなる」
「ギャングを排除するいい機会かもな。じゃあ、空母はそれで。飛行機とヘリは、ルーデルにでいいよな?」
全員が頷く。貰っても飛ばせないし、整備スキルと操縦スキルを伸ばすのは大変だろう。
「待ってくれ。俺とジュモが、貰い過ぎじゃないか?」
「そうでもねえだろ。死神は揚陸艇か?」
「出来れば1艇、回して欲しい」
「反対意見は?」
揚陸艇があれば、必要な時にキマエラ族の元に行ける。
「ねえみてえだな。レニーはもう1つの揚陸艇と兵員輸送車なら、どっちがいいんだ?」
「俺達は仕事してねえからな。いらねえよ」
「それはダメだ。この戦争は、ジャスティスマンから名指しで依頼された冒険者のヤマだ。鹵獲品は山分けに決まってる。剣聖にも無線で話してるからな。あいつはどっちでもいいらしい」
「おい、ヒヤマ。いいと思うか?」
「当たり前だろうが。好きな方を貰っとけ」
「なら、兵員輸送車だろうなあ」
悩みもせずにレニーは言い、兵員輸送車が花園。揚陸艇が剣聖の物と決まった。
「そして俺だが、強化外骨格パワードスーツが欲しい」
「おう。じゃあ、運び屋にはあれ全部で」
「そんないらねえっての。たしか8体くれえあるだろ。2でいい」
「それじゃ運び屋の取り分が少な過ぎだろう」
「なら、空母は運び屋の物ってのはどうだ?」
「それはいいな。娘に財産を残してやれるじゃないか」
「それだと貰い過ぎじゃねえか?」
「さっき俺もそう言ったのに、押し切ったのは運び屋だろう。船室は安く貸し出せばいいんだから、貰っておくといい」
「強化外骨格パワードスーツは残り6か。ルーデルに1。花園に3。剣聖に1。うちに1でどうだ?」
「だから俺達は貰い過ぎだと・・・」
「はいはい。今度は俺が押し切る番な。じゃ、これくらいか」
恨めしげに見られても、痛くも痒くもねえっての。
「待ってください。敵歩兵や捕虜の武器。それに強化外骨格パワードスーツの武器もありますよ」
「強化外骨格パワードスーツの武器は、それぞれに渡せばいい。歩兵武器はどうすっか。死神、なんかねえか?」
「レニー。日雇いで参加した冒険者は、どのくらいいるんだ?」
「15だぞ。腰抜けばかりで、思ったより集まらなかった」
「ミツカに見てもらって、犯罪者じゃない奴には1丁ずつ配ったらどうだ。残りは、爺さん達の生活費にするためにカチューシャの婆さんに売ってよ」
「いいな。反対意見は?」
誰も何も言わない。
「なら、分配は終わりだ。お疲れさんな。ブロックタウンに戻ったら、打ち上げと行こうぜ」
「終わったかあ。誰も死ななくて良かった・・・」
「おかしいな。俺の記憶じゃいっぺん死んで、嫁に愛想を尽かされかかった、バカがいた気がするんだが」
「そう言ってやるな、運び屋。義理の息子になるんだろ」
「・・・言うな。ちょっとだけ後悔してんだからよ。身持ちの堅い凄腕なんて、そうはいねえんだよなあ」
「そうでした。扶養家族が増えるんでしたね」
「これで何人だ? えーっと。ウイにミツカ、ニーニャ。俺達花園の3人にかわいこちゃんで、7人か。さすがの種馬っぷりだなあ、ヒヤマ」
全員が呆れたように俺を見るが、誰1人として俺から口説いてねえんだと言いたい。声を大にしてだ。
「あー。それよりあれだ。強化外骨格パワードスーツは、ちゃんとニーニャに装甲板を張ってもらってから乗れよ? ルーデルのは、複座にしてもらうといい」
「ああ。そういやイジってもらわんとな。材料も必要だろうから、空母の不要な部分はウイ嬢ちゃんに収納してもらうか」
「それと、落とした航空機の残骸も使えるぞ」
「じゃあ、しばらくはニーニャにブロックタウンで強化外骨格パワードスーツを改造して貰って、俺とウイはローザで航空機の残骸を集めて回るか」
「俺達親子も出るぞ。手分けすりゃ、少しは早く終わるだろ」
「・・・ニーニャちゃんは了解だそうです。そしてお爺さんの島の住民ですが、食事を終えたら緊張の糸が切れて、とても移動できる状態ではないそうですよ」
それもそうかと、甲板にハンキーと兵員輸送車を出してもらった。
「女性は兵員輸送車。ハンキーは男性ですね」
「今回は男共が頑張ったからな。花園が見張りをするから、酒なり女なり楽しむといい」
「そりゃありがてえ。ルーデル、死神、飲もうぜ」
「いや、さすがに悪い気がするぞ」
「俺はいっぺん死んだバカだからなあ」
「まあ、いいじゃないですか。お酒、出しますね」
ウイが酒瓶を出してくれたが、3人で飲むには多すぎる量だ。
今回の戦争を指揮した運び屋への、礼代わりなのかもしれない。
「お、原材料がジャガイモなら、アクアビットじゃねえか。ルーデル、コイツを牛乳で割ると美味えんだ。作ってやるから、飲んでみろ」
「いや、だから俺はいつでも飛べるように・・・」
「いいじゃんか、ルーデル。ウイからの礼だ。撃墜王へのな。運び屋、俺にオススメは?」
「ドライなマティーニを作ってやる。ベルモットを10分の1滴だ」
「10分の1滴って、どうやって作るってんだよ」
「俺はこのブランデーだな。ほらよ、乾杯」
やけに手早く作られた酒を受け取り、軽くグラスを掲げた。
運び屋もルーデルも、同じ仕草をしている。
「何に乾杯すっか」
「山賊顔の指揮官と、伝説の飛行機乗りにだ」
「いや、ヒヤマのデビュー戦に乾杯だろう」
「そうだな。初陣でおっ死んだバカに、乾杯!」
「乾杯!」
「いや、こんな同意しづらい乾杯があるかよ・・・」
はじめて飲むマティーニという酒は、言葉に出来ない複雑な香りがした。
アルコール度数は、相当なものだろう。
「本当に美味いな、これは。飲み過ぎてしまいそうだぞ」
「このマティーニってのも悪くねえ。香りも強さも、ハンパじゃねえのがいい」
「気に入ったなら何よりだ。それにしても、見事に殺されたもんだよなあ」
「うっせえよ・・・」
「仕方ないさ。俺もヒヤマの視界をウインドウ表示させてたが、まったく気づかなかったぞ」
「倉庫に入った時に、違和感は感じたんだけどなあ。知らないうちに正面からズドン、だよ。大穴の向こうで笑顔のまま固まった顔面に、お返ししてやったけどよ」
「まあ、まだスキルも完成してねえだろうからな。次は気をつければいいさ」
見えない敵に、どう気をつけろってんだ。
そうやって飲みながらダベっていると、朝陽が海原を照らし始めた。
「朝か。俺は少し寝るぞ。ヘリを動かすのに、酒を抜いておきたい」
「お疲れさん。ゆっくり寝てくれ。爺さん達も、まだまだ起きねえだろう」
「ルーデル、昨日はありがとう。ハンキーで寝てくれ」
「気にするな。おやすみ」
とうにマティーニは飲み干している。
何度もそのままグラスに注いだジンのボトルを傾けると、それでちょうど空になった。
「もうねえや。運び屋はまだ飲むのか?」
「潰れるまで飲む。だから、タバコはやらねえんだ」
「なるほど。なあ、次は来ると思うか?」
「わからん。東海岸への侵攻。その初手が、空母とあの艦長だからな。人質を取って艦長をやらして、その人質ごと空母に押し込んで出撃だ。人手が足りてないと見るか、捨て駒をぶつけて来たと見るかだ」
「こっちから攻めるには、兵力が足りねえもんな」
「オマエがこの辺りを支配下において、王国でも建てれば別だろうがな」
「運び屋とルーデルに殺される、そんな未来しか見えねえな」
いつも思ってはいたが、今回の戦いで2人との力の差を思い知らされた。
「殺さねえさ。俺もルーデルも、手伝うと思うぜ」
「なら、王様はルーデルだな。寿命も長えし、グールと手を取り合って勢力を伸ばせる」
「いいねえ。建国は、男のロマンだ」
「ところで、人間とグールって仲が悪いのか?」
「俺達がいた地域じゃ、グールは見なかったな」
「地域によってグールになったかならなかったか、違いがあるのか」
この近くには、グールの街がある。
ルーデルはまだ訪ねてはいないらしいが、ニーニャの婆さんは付き合いがあると言っていた。
やることがなくなったら、訪ねてみてもいいかもしれない。俺達を受け入れてくれるのならだが。
「死神は、これからどうすんだ?」
「ニーニャの護衛をミツカにしてもらって、俺とウイは鉄を集めて回る。ルーデルのハンガーも建てなきゃならねえだろ。それから・・・」
「いや、そうじゃなくてよ。なにをして生きていくんだ?」
義理の父。
そんな言葉が頭に浮かんで、急に気恥ずかしくなった。
それでも、答えなければならないだろう。真剣にだ。
「・・・俺は、強くなりたい。今回だって、スキルがなきゃ死んでただろ。俺が死んだら、女達が泣く。生きてても、俺がこのまま弱かったら、どんな目に遭うかわからない。だから、強くなる。アンタよりもだ」
「頑張りな。俺はもう、リタイアだ。戦争になりゃ出るが、ブロックタウンで本屋をやる」
「そうか・・・」
運び屋は少なくとも、40以上の年齢に見える。
この世界に来て10年。どんな思いで、娘を守って生きてきたのか。
そしてその最愛の娘を、どんな思いで俺に託したのだろう。
「お疲れさん。放り出された場所が場所だ。大変だったんだろうな」
「そうでもねえさ。あっちでも、ろくな生き方をしちゃいなかったんだ」
「名のある任侠と言われても、違和感はねえな」
「日本にいたのは、20までだ。危険な国を渡り歩いているうちに、あの子の母親と出会った」
何があったと訊いても、運び屋は語らないだろう。
ウイは俺がこの世界の神に、願いを届けたと言った。
運び屋も、何かを祈ったのだろう。それは、俺が簡単に訊ねていい事ではない。
「あのよ・・・」
「ん。なんだ?」
「その、あの子が俺を好いていてくれる限り、大切にするよ」
「あたりめえだ。スキルの効果だからやめろつってんのに、はじめて見てからずっと、朝から晩まで死神の話ばかりだ。あれはこっちじゃ犬の姿にしかなってなかったから、恋愛のれの字も知らなくてな。だまし討ちみてえに押し付けたが、気持ちは本物だよ。せいぜいかわいがってやってくれ」
「約束する」