敵の正体
話し合いの結果、空母には全員で行く事になったようだ。
強化外骨格パワードスーツを4体も輸送できるヘリは、全員が乗っても余裕があるらしい。
(士官クラスが職業持ちの可能性とかねえんか?)
(ないとは言えねえ。だから花園と嬢ちゃん達は、俺達が安全を確保するまで、甲板で兵員輸送車の中だ)
(俺や女連中に気を使ってんなら、気にしねえでいいんだぞ? なんなら、シティーに戻してもいいんだ)
(いや、投降する兵に、女がいないとも限らねえ。出来ればいて欲しいんだ)
たしかに女性兵士がいるなら、ハゲかかった山賊顔のおっさんと、パワードスーツでヘルメットを取らない男と、パワードスーツで口と目つきの悪いガキに、降伏しますとは言えないかもしれない。
(・・・すっげえ納得した)
(うっせえよ。じゃあ、いいんだな?)
(おう。それよりヘリの輸送機構部品は、敵の強化外骨格パワードスーツの規格だろ。スナイパーライフルが重いのもあるし、大丈夫なのか?)
(ヘリはルーデルが改造してるぞ。4体を輸送可能なまま、中央にスナイパーライフルを持ったハルトマンや、重量物を吊り下げるアームをつけるらしい。それが終わったら、ニーニャ嬢ちゃんがアームに合わせてハルトマンをイジるってよ)
(了解。敵に動きなし。艦橋の職業持ちも、黙ってこちらを見ているだけだ)
艦橋の老人は、身じろぎもせずこちらを見ている。まるで、俺がいつでも撃てるのを知っているみたいにだ。
撃ってくれ。そう言われている気もする。
静止モードでタバコを吸いながら、アイスコーヒーを開けた。
空母の全景を映す網膜ディスプレイの右上、老人をターゲットする小さなウインドウが気になって仕方ない。
なぜ、戦争なんかに加担しているんだ。
頑迷そうな皺だらけの顔に、問いかけてみたいと思った。
(お兄ちゃん、ハルちゃんの背中を改造するねっ)
(おう。ちょうど静止モードだ。敵が動いたら声をかけるから、よろしく頼むな)
(はぁい。背中にリュックサックを背負った感じになるから、お兄ちゃんの筋力が上がったら、大砲とか背負わせたいねえ)
(夢が広がるなあ)
(死神は、最終的に何になりてえんだ・・・)
(ラスボスを、宇宙で倒す主人公だな)
(オマエみてえな、チンピラ主人公がいてたまるかよ)
(大将が山賊にしか見えねえもんな・・・)
(空母を直して、海賊王でも目指すか)
あれほどの空母なら、ブロックタウンとシティーの住民を乗せて、新天地だって目指せる。
ジャスティスマンが住民をまとめ、運び屋とルーデルが船を守る。遺跡があれば俺が揚陸艇で上陸して、物資を調達。
(妄想したら、えらい楽しそうだったからやめた)
(まあ、俺もいい歳だからなあ。現実には無理だろう)
(艦橋で言えばいいじゃんか。ブロックタウンか、なにもかも皆、懐かしい・・・)
(人を勝手に殺すんじゃねえ、クソガキ)
(終わったようー)
(お疲れさん。ありがとな、ニーニャ)
(助かるぜ。じゃあ、ルーデル。まずは降伏勧告を頼む)
(了解。ハンキーの投光機を借りるぞ)
しばらく待っていると、艦橋の老人が動いた。
投光機の光。
俺には何もわからないが、几帳面そうな光り方をしている。
(敵空母より返信。我が艦の命令書には降伏を許さずとあるが、残る乗組員は武装もせずに格納庫に集合している。我が首に免じて、寛大なる処置を望む)
(汚え首なんぞいらねえから、艦長は甲板に来いと伝えてくれ。終わったら行くぞ)
ウイが車両をアイテムボックスに入れ、全員がヘリに乗り込んでいく。手を振るニーニャに手を振り返し、ハルトマンを直立させてスナイパーライフルを持った。
(ヒヤマ、少しだけ動かないでいてくれ。アームが噛んだら離陸する)
(了解。いつでもいいぞ)
スナイパーライフルは、3門の主砲に向けたままだ。
機銃も見えているので、接近すればそこからも目は離せない。
体が持ち上げられる感覚。
思わず離れていく地面に意識が行きかけるが、すぐに主砲と機銃を睨む。
見る間に空母は近づき、その巨体の上にヘリが到達した。
(高度5メートルで切り離す。大丈夫だよな?)
(ここからだっていいぞ。着地後は、主砲の前に陣取る)
(ヒヤマ、俺とウイで主砲内をクリアリングするぞ)
心配じゃないとは言えないが、レニーがいればなんとでもなるだろう。普段はあれでも、戦場では腕っこきのガンナーだ。
(兵士がいるならもう撃ってるとは思うが、気をつけてな)
(はい。ヒヤマも気をつけて)
(切り離すぞ)
(了解、やってくれ)
浮遊感。
甲板に出てきている老人に見られながら着地して走り、主砲にスナイパーライフルを突きつける。
「誰もおらぬというのに・・・」
老人の呟きを集音マイクが拾ったが、構わずにそのままの姿勢でレニーとウイを待つ。俺には俺の、役割があるのだ。
(着陸完了。俺は安全が確認されるまで、いつでも飛べるようにコックピットで待機する)
(頼む。俺は爺さんと話してくる)
(ウイ、行くぞ!)
(はいっ)
走るウイが砲塔に取り付けられたドアの脇にしゃがみ、正面でレニーがガトリングガンを構えた。
頷き合い、ウイがドアを開ける。レニーから砲塔内に踏み込み、2人はすぐ見えなくなってしまう。
(砲塔内、クリア)
(ヒヤマ、機銃も見るか?)
(銃座はこっちから見えてる。必要ねえ)
(了解。ヘリに戻る)
銃口を下げて、老人と運び屋に近づく。
「死神。これから航空機用エレベーターで、生き残りを甲板に上げる」
「なら、サブマシンガンだな」
スナイパーライフルをヘリの隣に置き、サブマシンガンを抜く。
「それがよ、生き残りは女子供ばかりだそうだ。兵隊は逃げ出そうとして、全員ルーデルに沈められちまったらしい」
「軍艦に女子供かよ・・・ ウイ、メシと服の用意を。HPが減ってなくても、全員に『ドクターX』を注射しろ」
「え、はい。すぐに準備します」
「ワシが艦長でいる間は、女子供がなぶられる事はなかったのです」
「それでもだ。移民なら受け入れられる可能性はあるが、病人ならどうかわからん」
「ヒヤマ。うちのアリシアなら、病人を見分けるし治療もできるぞ」
「さすが衛生兵だな。アリシア、頼めるか?」
「うん。来たらすぐにやる」
ヘリのそばにいたアリシアが、トコトコ歩いて動き出したエレベーターに向かう。
それを追い越して、エレベーターを覗いた。
立っていられる者の方が少なく、麻袋のような襤褸をまとっている。数は、100まではいないだろう。
「衰弱が酷い。アリシア、処置を頼むぞ」
「わかった。死んでなければ、助けてあげられると思う」
「炊き出し、はじめます。アリシアさん、水やタオル、新しい服や下着はここに出します」
女は全員がエレベーターまで来て、食事の用意をはじめている。疲れ果てた女子供に、アリシアが声をかけるのが見えた。
(ルーデル、もう大丈夫そうだ)
(わかった。俺も老人のところに行くよ)
(死神も来てくれ。そこじゃ、子供が怯えちまう)
(了解。そっちでハルトマンを降りる)
ヘリの隣にハルトマンを停め、車座になって座る輪に加わる。
コーヒーとタバコを出して、それぞれに渡した。
「お若いのですな。いっそ撃ってくれぬかと、強化外骨格パワードスーツを見ておりました」
「殺す相手は、自分で決めるのさ」
煙を燻らせながら、老人の話を聞く。
平和な島に、突然現れた軍艦。
島を接収するという通達に男達は怒り、勇敢に戦いを挑んで殺された。
集められた女子供を、兵士達が取り囲む。
歩み出た女性士官が、空母を運用して東海岸の街を攻め落とせば、女子供に危害は加えないと約束した。
断ればどうなるかは、飢えた獣のような兵士達の目を見ずともわかる。
そして、東海岸到着。
数少ないパワードスーツ部隊と揚陸艇が消息を絶ち、連絡機を直近の基地に飛ばした。それは北から西海岸に向かうちょうど中間地点の小島で、戦力はほぼ皆無らしい。
連絡機はそこから西海岸の本拠地まで飛び、重爆撃機を連れて戻った。
重爆撃機の到着と同時に、戦闘が開始される。
航空機はあっという間に全滅し、上陸部隊も全滅した。
艦長のお目付け役で実質的指揮官の職業持ちが、部下の強化外骨格パワードスーツ部隊を待機させて上陸。
不可視スキルで、ハルトマンを仕留めたと同時に戦死。
ヘリと強化外骨格パワードスーツ部隊が追撃に出たが、それもたやすく全滅。
逃げ出そうにも実質的指揮官がいない上、スクリューを破壊されて身動きがとれなくなる。
俺達が埠頭に現れると、残った兵は武器や物資を積めるだけ積んで、航空機や船舶で脱出を図る。だが、それはすべてルーデルに沈められた。
「大変でしたな、ご老人」
「それでも、ワシがいなければ空母は動かせませんから。なんとか、女子供は無事でした」
「これからどうすんだ?」
「裁きはワシが受けますので、どうか女子供には・・・」
「ああ。アンタが攻めようとした街の責任者と無線で話したが、俺達の好きにしていいってよ。連れてっても、スラムに放逐するだけだとさ」
「そうですか。島はもう、奴らの基地になっております。帰る場所すらありませぬ」
そこまで聞いて無線でウイとミツカを呼ぶと、すぐにやって来て俺の隣りに座った。
「どうしたんです?」
「ミツカ。爺さんと女子供を、ブロックタウンで受け入れねえか?」
「犯罪者はいないし、病気もアリシアが治した。問題なく受け入れられると思うよ」
「なら、ウイは町長さんに連絡して了解をとってくれ。もう寝てるなら、明日の朝でいい」
「わかりました。お爺さん、少しお待ちください」
「あたしは、お爺ちゃんのゴハンを取って来るよ」
立ち上がったミツカは、ステンレスの深皿とスプーンを持って戻ってきた。
「缶詰のパンとスープのパン粥だけど、アリシアが弱っている胃にはこれがいいって。どうぞ」
「ありがとうございます。何から何まで、なんとお礼を言えばよいか・・・」
「気にしないでください。これからは、同じ街の住人なんですから」
「OKか」
「はい。住居も仕事も、明日の朝から手配するそうです」
「ありがとうございます。ワシは、女子供に新しい街で暮らせると、伝えてやりたいのですが」
「おう。教えてやってくれ。それと、遠慮して言い出せないが必要な物なんかがあれば、爺さんから言うといい」
「お爺ちゃん、あたしも戻って手伝うから行こう」
「ミツカ嬢ちゃん、ついでにレニーを呼んでくれ。今回の分け前を話し合う」
飛行機とヘリ、兵員輸送車に揚陸艇。それと強化外骨格パワードスーツに、空母まである。
誰も金には困っていないだろうが、貰える物は貰うはずだ。
レニーはウイの隣に座ると、当たり前のように俺のタバコを抜いて火を点けた。