シュトゥーカ大佐、空へ
トリガーを引く。
轟音。
軽戦闘機の翼が揺れた。
スコープには、首から上が吹っ飛んだ男。
「そのままだ。落ちるなっ!」
ルーデルの叫びに応えるように、軽戦闘機はゆっくりと高度を下げている。
「俺は行くぞ!」
「気をつけてなー」
「敵がいたら狙撃しとくよ」
「頼んだ!」
ルーデルが走り出す。
ニーニャ達が、入れ違いに戻って来た。
ジュモがいないのは、義足のルーデルを後部シートに乗せてバイクを運転するからだろう。
「テンションたっけえな、ルーデル」
「そりゃそうだろ。生粋のパイロットだったらしいからな」
「へえ。やっぱ、急降下爆撃機だったんか?」
「それが、汎用機でなんでもこなしてたらしい。陸戦になれば、それも指揮してたってよ」
「・・・どのみち敵わねえや」
「10年もすりゃ、死神は俺達を追い抜くさ。軽戦は、どうにかなりそうだな」
滑空していた軽戦闘機は、シティーの西の荒野に落ちようとしている。
あれなら、中破までいくかいかないかだろう。
「こっちにも、戦闘機が加わる。それもバケモノ級だ。運び屋は、この戦争をどう予想する?」
「初戦だからな。こっちの勝ちさ。敵の航空機と車両は、死神とルーデルで片付ける。歩兵は、俺とロボットがやるだろ。降伏を勧めたほどだ。あちらさんの戦力は無限じゃねえ」
「次があるかどうかだよな。ハルトマンで、軽戦闘機の周囲を索敵する。生身じゃ、マーカー識別の範囲外だ」
「おう。頼んだ」
背後に停めてあるハルトマンを起動させ、重い80ミリをのそのそ引きずって歩く。
西の角にそれを置いてから、狙撃モードで敵を探した。
(ウイ。ルーデルに軽戦闘機の周囲に敵影なし、と伝えてくれ)
(了解)
今度は、スラムの瓦礫から軽戦闘機まで。そう思っていると、メイドとパワードスーツを乗せたバイクが、砂煙を上げているのが見えた。
塹壕や土嚢を避けて、素晴らしいスピードでバイクが走る。
(お兄ちゃん。シティーには滑走路も駐機場もないけど、どうするんだろねー)
(考えてなかったな。ミツカ、親父さんは農地の道とハンガーの土地を、使わせてくれると思うか?)
(安全なら大丈夫だと思うよ。道に人がいたら、着陸を待ってくれるとか)
(ルーデルなら大丈夫だろ。ウイ、町長さんに聞いてみてくれ)
(はい。ブロックタウンの防衛戦力が増えるのですから、断りはしないでしょう)
ルーデルはブロックタウンに居を構えると決めてくれたが、戦争を前にシティーを離れられず、まだブロックタウンの門を潜っていない。
早く戦争を終わらせて、ブロックタウンでゆっくり酒でも飲みたいもんだ。
(どうだ、死神?)
(もう軽戦闘機に取り付いて、死体をどかしてスキル使ったりしてる。ジュモは1人で戻ったみてえだ。そっちは?)
(静かなもんさ。こっちを舐めて、単座機での単機偵察に間違いねえな)
(次の捜索機はどうする?)
(来るだろうが、数次第だな。職業持ちが来るなら、逃した方がいいかもしれん)
(軽戦闘機でハルトマンぶら下げて空母を狙撃、とか無理か?)
(さすがに無理だと思うぞ。それに空母を沈めてえなら、空爆か沿岸からの砲撃でいいだろ)
(押し寄せる敵を片付けたら、ルーデルとタイミング合わせて試すか)
網膜ディスプレイに、新しいウインドウが現れる。何かと思ってそれを意識すると、ルーデルが嬉しそうに軽戦闘機に乗り込むのが見えた。
(もう飛ぶらしいぞ)
(もうちょっと、我慢できねえのかって。どこに下りる気なんだか)
(ブロックタウンの農道を、滑走路にしていいか問い合わせ中だ。ルーデルに伝えてくれ)
(わかった)
軽戦闘機はプロペラを回しているが離陸はせず、スラムの手前まで移動して停止した。
スラムの道に、砂煙が見える。ズームして見ると、それは恐ろしいスピードで走るメイドさんだった。
開いたままのキャノピー。
ジャンプしたジュモが、ルーデルの背におんぶされるような格好でコックピットに収まった。
ルーデルが親指を立てて、拳を突き上げる。
ジュモがキャノピーを閉めて、軽戦闘機は動き出した。
(お待たせしました。着陸前に放送で、住民を退避させるそうですよ。滑走路は、農地の大通りです)
(ありがとな。運び屋にそう伝えてくれ)
(了解)
ルーデルの軽戦闘機は、すでに離陸して上空を旋回している。
翼を取り戻した猛禽ってところか、嬉しそうにしやがって。
(ああもう、忙しいな。ルーデルがニーニャ嬢ちゃんに、爆弾を作れねえかとさ。ブロックタウンの説明は、ウイ嬢ちゃんに任せていいか?)
(了解。ニーニャからの返答も、ウイからルーデルに無線で伝えてもらう)
(ありがてえ。ジャスティスマンと剣聖に無線飛ばして、レニー達にも説明しながら見張りだからよ。頼むわ)
(あいよ。俺もそっち戻る)
重いスナイパーライフルを動かしながら、爆弾を作れるかニーニャに聞いておく。OKとの事なので、ウイにルーデルとの通信を任せた。
川沿いの幹線道路を狙撃しやすい位置で伏せ、外部スピーカーをオンにする。
「待たせた。もう寝ていいぞ、運び屋」
「いや、この状況で寝られるわきゃねえだろ」
「ヒヤマ。ルーデルさん達は、荒野に下りて爆弾を搭載するそうです。その後で、コックピットで待機か空母を攻撃したいと」
「どうすんだ、運び屋?」
「奴が生きてるシュトゥーカ大佐だとしても、軽戦に爆弾積んで、単機で空母を沈めて来いとは言えねえだろ。ブロックタウンかここで、待機でいいんじゃねえか。とりあえず、爆弾は外しといてよ」
「説得は任せた」
「普段はクールなのに、なんか面倒なテンションなんだよな、今のルーデル」
警告音が流れ、カメラが切り替わる。
金色のパワードスーツを着たレニーが、ハルトマンの腰を拳で叩いていた。
「どした、レニー?」
「いや、どのくらいの力で殴れば、ダメージが通るのかなってよ」
「ハルトマンで試すんじゃねえよ。危ねえから離れろ」
ハッチの上に寝転んでいる体勢のまま、下手に動かないように意識し続けるのは面倒だ。気を抜いてコロリと姿勢を変えれば、いくらレニーでもぺちゃんこになるだろう。
「死神、話はついたぞ。軽戦闘機には警備ロボットを出して、ルーデルはここで待機だ」
「そりゃ良かった。ほら、ヤクザキックやめて離れろって、レニー」
「なあ、ガトリングガン撃ち込んでいいか?」
「ダメに決まってんだろ」
静止モードにして、灰皿とタバコを出す。
次の航空機が来るのは夜になる前か、明日の夜明け後だろう。
敵地での墜落事故を想定した捜索なら、職業持ちが来てもおかしくはない。
運び屋の判断には従うつもりだが、落とせるなら落とした方がいいと思っている。
単機ならハッチを開いて対物ライフル。僚機がいたり編隊を組んでいるなら、ハルトマンのスナイパーライフルで狙撃だ。
しばらく北の空を睨んでいると、戻ったルーデル達が双眼鏡で軽戦闘機を見ていた。
「おかえり、ルーデル」
「ただいま。なあ、ここに空母の着艦装置を取り付けないか? 面積は足りてるだろ」
「持ってんなら、ジャスティスマンに許可を取ればいいさ」
「あるわけが、ああ。あるじゃないか。空母からぶんどって来る。運び屋、ちょっと付き合え」
「ふざけんな。ホントにやりそうで怖え。いいから俺を寝かせろ」
「そういや、交代の時間だったな。じゃあ、俺の寝る時間を削って行こう!」
「俺は行かねえからな。牛乳やるから、大人しく見張りをしてろ」
飛んできたミルクボトルをキャッチして、ルーデルがそれに口をつける。
・・・飲むんかよ。
ハルトマンを座らせて、北の空にカメラを固定した。
ルーデルはジュモとじゃれているので、コックピットで見張りをしてても良さそうだ。
(ヒヤマ、降りないのですか?)
(さっきの軽戦闘機が帰投しなけりゃ、捜索機を出す可能性は高い。ウイ達も、出来ればシティーの中にいてくれ)
(拒否だそうです)
考える時間もなく拒否って。
まあいいかと、ラジオとつけてタバコを吸う。
本当に危険なら、ルーデルが退避を指示するはずだ。
(ヒヤマ、カメラで見張るのか?)
(ああ。陽が落ちるまでここにいるよ。悪いが、下の連中への退避指示は任せる)
(任せてくれ。敵が手強くても数が多くても、俺は分捕ったミアットで上がるからな)
あの軽戦闘機、ミアットってのか。
どこぞの国の飛行機みてえだな・・・
そういえば、こちらの世界地図を見た事がない。
雨が降らず、乾燥した暑い地域。勝手に中東辺りの地域にあたると思っていたが、本当のところは知らなかった。
(夕暮れが美しいですね)
(ホント。綺麗だね)
(こんな色のモノアイもいいねー)
(捜索は明日の朝か。超エネルギーバッテリーがあるから、航続距離もとんでもねえんだろうからな)
(夜間の偵察はないと?)
(俺なら夜を待つ。職業持ちを出すなら、深夜だろうな)
(気の休まる暇がありませんね)
(ウイもスキル取って、ローザで俺と偵察に行くか?)
返事がないのを不審に思っていると、ウイの小さな笑い声が聞こえてきた。
(どした?)
(いえ。そういえば、ヒヤマのパッシブスキルは、私にも適用されるはずだと思い出しまして)
(ああ。神様の贈り物か。じゃあ、取らなくていいんだな)
(いいえ。スキルツリーの中に、1つでもアクティブスキルがあるとダメみたいです)
(なるほど。じゃあ、【第一種軍事車両免許】はないんだな。つか、パッシブのみのツリーなんて俺にはねえじゃねえか)
ハッチを開けて跳び下りる。
ジュモを背中に貼り付けたルーデルに近づいて、牛乳とアイスコーヒーを2つ出した。
「ジュモも牛乳がいいのデス」
「了解。ほら」
「悪いな、ヒヤマ。どうした?」
「いや、俺がウイとバイクで偵察に出ようかなと」
「やっぱりか。俺もミアットで偵察に出ようとしたが、運び屋に止められたんだよ。運び屋のバギー以外にも車両があると知られれば、派遣部隊の油断は消えて、さらには増援を呼ばれるかもしれないと」
「・・・待つしかねえんか。じゃあ、ハルトマンに戻るよ」
「気長に待とう。まだ、始まってもいないんだ」
「了解。言われてみれば、初陣ってやつなんだな」
こちらに来てすぐ、人を殺した。
ヒャッハーは人ではなくクリーチャー扱いで1匹2匹と数えるが、俺としてはあれは人殺しだと思っている。アザラシ兵も、殺した。昼間のパイロットもだ。
それでも、そんな殺しと戦争は、まったくの別物だと思っていた方がいいだろう。
戦場の空気に呑まれるな。
そう自分に言い聞かせながら、ハルトマンのコックピットに戻った。