銀の王子と軽戦闘機
シティーの屋根は広い。
やって来たウイがまず出したのは、ハンキーとバーベキューセットだった。
「おい、いつ敵の航空機が来るかわかんねえんだ。ウイ達は、中で待ってろ」
「いえ。剣聖や花園も来るそうなので、戦争開始まではここです。ジュモとシェパードも、説得するそうですよ」
見ると、シェパードは運び屋の腕を咬みながら唸っていた。
ジュモは仁王立ちで、座っているルーデルに何事かまくし立てている。
それ、説得じゃなくね?
残念ながら、どちらも勝ち目はありそうにない。
「バケモノみてえなHPしてんのに、相方には勝てねえんだな・・・」
「それが世の真理なのですよ。あれで勝ってしまうようでは、男性として度量不足です」
「そんなもんかね」
話しながらも、北の空から目は離さない。
対物ライフルの射程と、パイロットが死亡した偵察機が滑空する距離。俺には計算なんて出来やしないが、場合によっては何人も死ぬ。なんの罪もない、民間人がだ。
「では、お待ちかねの、新しいスナイパーライフルです」
そう言って北向きにウイが出したのは、スナイパーライフルと言うより戦車の主砲のようにゴツイ、ロングバレルの銃だった。
2脚のバイポッドの太さが、その重量を物語っている。
「なんだ、こりゃ・・・」
「80ミリ砲弾を使用するスナイパーライフルです」
「砲弾って言っちゃってっから、80ミリ砲だろうが!」
「さあ?」
これなら大型爆撃機でさえ落とせそうだが、果たしてこれをスナイパーライフルと呼んで良いものなのだろうか。
「とりあえず、ハルトマンを出してくれ。保持したまま移動可能か試して、射程も見る」
「はい。耳栓が必要でしょうか?」
「さあな。射撃前に、ハンキーに入るか、離れて耳を塞ぐかすればいいさ」
ハルトマンが左膝を立てた胡座、右腕のパイルバンカーを地に着けた姿勢で現れると、運び屋とルーデルが感嘆の声を上げた。
「たまんねえな、こりゃ!」
「見事な外骨格パワードスーツだな。正規軍で採用したいくらいの造形だ。ニーニャちゃんは、天才ってやつか」
「スナイパーライフルを試す。鼓膜を傷めないように頼む」
「おう。ぶちかませ」
「ボウリング場のピンでも狙うといい。当時を思い出すから、邪魔だと思ってたんだ」
「初デートで行ったとかか? きっちり撃ち抜いてやるさ。それよりニーニャ、この冗談みてえなリボルバーはなんだ?」
「え、50ミリ徹甲弾リボルバーだよ。ご先祖様が作ったのが、弾がなくて倉庫に眠ってたんだけど、わんちゃんが砲弾を持ってたから、ハルちゃんに装備させたのっ!」
50ミリって、作った奴は正気か。
それは、腰の後ろに取り付けられている。
位置的に右手で使えというのだろうが、パイルバンカーもあるのに、マトモに狙えるのだろうか。
試すしかないかと、ハルトマンに乗り込んで起動させる。
(目が光ったぞ、このマニア野郎が!)
(ヒヤマ。これは何と言うか、心が震えるな!)
なんでお前らが嬉しそうなんだよ。
スナイパーライフルを持ち上げる。動くだけなら可能だが、とても走れやしない。
次は、リボルバーだ。
右手で抜いて、左右に構えてみる。
これなら、何とか使えそうだ。
外部スピーカー、オン。
「80ミリを試す。耳を塞ぐか、ハンキーに入ってくれ」
伏せて、スコープのないスナイパーライフルを構える。
振り向くと、モニターに映る全員が両手で耳を塞いでいた。
ボウリング場のピンの看板。
カメラがズームした映像に、照門と照星まで映っている。
撃つ前に、命中するとわかった。
前にも、こんな事があった気がする。その時も、狙いは外さなかったはずだ。
トリガーを絞る。
「おわっ!」
伏せながらもストックを当てた肩に体重を乗せていたのに、ハルトマンは衝撃で後ずさった。
スナイパーライフルを押して、ハルトマンも下がった分だけ前進する。
マガジンを外して弾を補充しようとすると、アイテムボックスに入りきらず、屋根に転がった薬莢が見えた。
ウイが出した砲弾箱から1発を取り、マガジンに詰めてスナイパーライフルに戻す。
スナイパーライフルの前で胡座をかき、パイルバンカーを地面に付けてハルトマンを停止した。
ハッチを開けて降りると、興奮したニーニャが飛びついてくる。
パワードスーツとパワードスーツが当たって、かなりの音が出た。
「お兄ちゃん、狙撃モードどうだったかなっ?」
「最高だ。レティクルじゃなくて、照門と照星が映るのな。いい仕事だ。ありがとう、ニーニャ」
「良かったあ! スコープはスキルで作れなかったから、不安だったの」
「スコープなしであれを撃ち抜くとは、白い死神って職業は伊達じゃねえな」
「良くぞやってくれた。さすがだな、ヒヤマ」
「ニーニャがプログラミングした、狙撃システムのおかげだ」
「ほう。ニーニャ嬢ちゃん、良くやった」
「やはり天才だな・・・」
「えへへっ。お兄ちゃんのためなら、これくらいなんでもないよっ!」
顔を見合わせた運び屋とルーデルが、変態を見る目で俺を見ていた。
ルーデルまでかよ・・・
「こうなると、俺の仕事は狙撃か?」
「ルーデルが航空機を手に入れられるか次第だが、序盤はそうだろうな」
「このスナイパーライフルなら、ここから装甲の薄い場所も狙える。戦車が来ても、ヒヤマがいれば安心だ」
「俺も下で戦いてえんだがな・・・」
「死神がいないうちは、俺のバギーが装甲車の護衛に付く。なんとかこらえてくれ」
「世話をかけるが、よろしく頼む」
全員で昼食となったが、その途中で剣聖が顔を出した。
ジャスティスマンあたりに、ここを聞いたらしい。
「な、なんだこの巨人はっ!?」
「久しぶりだなあ、剣聖。とりあえず、座ってメシ食え。はじめて会う面子を紹介する」
「おう。噂の運び屋と、銀の王子だよな?」
その単語を聞いた瞬間、運び屋の背に隠れてヘルメットを装備しようとしていたルーデルが、それを落としてカラカラと音を立てた。
ヘルメットを装備するのも忘れて、呆然と剣聖を見ている。
「お、グールの人だったか。俺は、シティーの冒険者だ。剣聖でいい。よろしくな、男前」
「驚かないのか。それより、運び屋となんだって?」
「通り名か? 銀の王子、メイド連れて全身鎧だからじゃねえか?」
ルーデルが、何も言わずに俺を見る。
「いや、どうしようもねえから。俺なんか、死神ハーレムだぞ?」
「すかさず俺に、助けを求めるんじゃねえよ。運び屋って通り名がついた、勝ち組の俺に」
「くっ。断固として抗議する!」
誰にだよ。
「まあいいじゃねえか。俺は運び屋。相棒はシェパードでいい。名前は捨てたんでな。呼ばれたら、ブチ切れて撃つかもしれん。気をつけてくれ」
「おっかねえな。せいぜい気をつけるよ」
「航空機が海辺を旋回してたってだけの状況だが、このままシティーにいるのか?」
「ああ。ジャスティスマンから、報酬も受け取ったからな」
「わかった。動きがあれば、誰かが無線を飛ばす。宿にいるんだろ?」
「たぶんな。それより、この鉄の巨人は何なんだよ?」
剣聖が見上げるハルトマンは、無頼な感じの佇まいで北を睨んでいる。
「パワードスーツだ。コイツのスナイパーライフルで、敵の車両や航空機を落とす」
「へえ。勝ち目がねえって訳じゃねえんだな。期待してるぜ」
「最善は尽くす」
昼食を終えた剣聖は、男でもひっかけてくると言い残して出て行った。
「その、彼は・・・」
「そういう事。セクハラ発言はするが、無理に口説いては来ないから気にすんな」
「人は見かけによらないな・・・」
そのまま何事もなく夜になったが、屋根と同色の広いテントは女性陣に接収され、男はハンキーで寝る事になった。
そして3日が経ち、花園が屋根に顔を出した。
「よう、ヒヤマ。運び屋は久しぶりだね。銀の王子は、はじめましてだ」
「・・・俺は、ルーデル。こっちがジュモ。お願いだから、その呼び方はやめてくれ」
「そうかい。ちょうど俺達は、グールシティーの帰りだ。あっちに知り合いはいるのかい?」
「いや、今回の件が落ち着いたら、見物に行くつもりだ」
「なるほど。そう言えば、知り合いにこれをもらったんだ。良かったら食ってくれ」
「これは、国軍のレーションじゃないか。しかも、空軍の士官用だぞ」
「へえ。じゃあ、懐かしいだろ。良かったじゃんか。俺からも礼を言うよ、レニー」
「ありがとう。今夜のツマミにさせてもらうよ」
ウイが運んできたバーベキューが配られ、運び屋がビールを山のように出す。レニー達も飲みはじめるが、寝起きの俺と運び屋の次に就寝時間のルーデルは飲めない。
「見せつけるみてえに飲みやがって」
「まったくだ」
「交代制って言い出したのは死神だろうが。ああ、美味え」
「ヒヤマッ!」
対物ライフルを構える。
「航空機、視認。運び屋とルーデル以外はシティーに入れ」
敵はまだ遠い。ここで撃っても、弾の無駄だ。
「私は残りますよ。観測手がいなければ、距離や風速が表示されません」
「わかった。ただ、オレがハルトマンに乗ったら、ハンキーに入れよ?」
「はい。距離、1万を切ります」
「地上部隊なし。偵察か」
「だろうな。ルーデル、あれは偵察機か?」
「軽戦闘機だ。固定武装は、12ミリと30ミリ」
「もっと接近しねえと、職業持ちかどうかわかんねえな」
「双眼鏡の倍率を上げます。・・・機体のHP5000。搭乗者HP72。職業、ありません」
なら、俺達が見えてはいないだろう。気づく前に、狙撃で仕留められるかの勝負だ。
「単座か?」
「ああ。HPは少ないが、良く動くんだ」
「距離3000で狙撃する。パイロットのアタマを撃ち抜けばいいのか?」
「そうだ。後は、運だな」
「ジャスティスマンには伝えたぞ。サイレンが、ここまで聞こえらあ」
錐揉みでもして落ちれば大破。
滑空して不時着でもするように落ちればいいが、それがスラムやシティーに突っ込んだら大惨事だ。
「神にでも祈るか」
「中破までなら、なんとか修理可能だ」
「距離、5000を切ります」
「気づくんじゃねえぞ、頼むからよ」
「距離、4000」
いつでも撃てる。
風も、穏やかなもんだ。
「距離、3000。狙撃、どうぞ」