ロマンの重さ
昼メシを食って作業に戻り、2時間もするとニーニャがコックピットから降りた。
「終わったよー。武器はまだ計算が終わってないから、この状態でテストしてもらっていい?」
「了解。離れててくれ」
午前と同じ起動準備だが、最後にヘットギアをかぶった。
パワードスーツのままハルトマンを動かすなら、ヘルメットは取らなければならないらしい。
(ヘットギアにしたんだな)
(うん。パワードスーツのヘルメットを連動させようかとも思ったんだけど、思念反応チップがあまってたから、それを組み込んだの。日常的な動きなら、思うだけで動くと思う)
(そりゃ凄え。思うだけで歩くんだろ?)
(うん。でも、激しい動きは無理なの。リロードを思念でさせたかったから、これにしてみた)
(さすがだな、リロードが思うだけで出来るのは助かる。じゃあ、起動するぞ)
体育座り。
MN28・アクティベーション。
エンジンは付いていない。
超エネルギーバッテリーの電力で、俺が動いた通りにハルトマンが動くだけだ。
(起動すると同時に、目が光ったりするのか?)
(光る意味がわかりません。隠密が解けるじゃないですか)
(でも、カッコイイよう。起動の時だけ、光らせようかなあ)
起動した瞬間から、俺の目はコックピット内部の無機質な景色を見てはいない。
目に映るのは、ハンターズネスト前の広場。右に川。左に荒れた幹線道路。
(視覚同調はどう?)
(完璧だ。ハルトマンの目が、俺の目になったみてえだぞ)
(それはメインカメラの映像ね。別ウインドウで、背後や足元も見れるよ。マーカーを写したら、自動で適したカメラの映像が開くの。選択やキャンセルも思念式)
(なんつーか、天才って言葉じゃ足りねえな。人類の宝だぞ、ニーニャ)
(大げさだって、お兄ちゃん。じゃあ、立ってみて)
(了解。周囲確認。お、カメラ映像で、黄と赤マーカーがないかコンピュータが確認してくれるんか。視認もOK。行くぞ)
両手をついて、ゆっくりと立ち上がる。
怖くてろくに動けないが、景色は最高だ。
(凄え。巨人になった気分だ)
(私達が見上げているのは、鉄の巨人ですもの)
(お兄ちゃん、道路に歩いてみて)
(コックピットの壁にぶつかんねえよな? 床が動くとは知識で知ってるが、ちっと怖えぞ)
スポーツジムにあるランニングマシンの発展形。どんな激しい動きにも対応するというが、怖いものは怖い。
ちなみに、ジャンプや転がるなどの動きは、そのつもりで体を動かせば、腰のコルセットに繋がる鉄の棒が動きをシミュレートしつつ俺の体を止めてくれるらしい。
つまりは、ハルトマンの視線で、ハルトマンになったつもりで動けばいいだけだ。
わかってても、怖えんだよなあ。
(さあ、ニーニャを信じて。歩くっ!)
(了解。視界がこれならやれるはずだ)
あ、ハルトマン大地に立つって言い忘れた!
まあいいかと、1歩目を踏み出す。
(おおっ。滑らかな動きっ。さっすがお兄ちゃん!)
(ニーニャの腕がいいんだよ)
2歩目からは、気楽に動けた。
道路まで出て、マーカーがないか確認する。
(全方位マーカーなし。腕とかも1通り試していいか?)
(もちろん。激しい動きも試してみて)
(気をつけてくださいね、ヒヤマ)
(おはよ。ああ、よく寝たー)
(まだ寝てたんか、ミツカ)
寝起きのミツカも無線の会話に参加したので、雑談しながら各部の動作チェックをする。
最後には走り回ったり車の残骸を飛び越えたりしたが、何の問題もなかった。
(お兄ちゃん、どう?)
(最高だ。レスポンスに何の不満もない。ホントにありがとうな、ニーニャ)
(どういたしましてっ)
(眩しいー。おおっ、カッコイイ。男前になったなあ、ヒヤマ)
(ぬかせ、ネボスケ。1番近い道路を塞いでる車の残骸、どかしてやろうと思ったがやめるか)
(うあ。冗談だって。動かせるなら頼むよ。迂回が面倒で仕方なかったんだ)
(あいよ。持ち上げられなくても、引きずるくれえ出来るだろ)
100メートルほど走り、道を塞いでいる車の残骸に手をかける。
持ち上げようとすると、腕に重みが来た。
(おわっ。なんだこりゃ)
(どしたの、お兄ちゃん?)
(車をどかそうとしたんだが、腕に重みを感じる)
(思念反応チップが、脳に干渉して重みを感じるんだよ。武器とかも重さがあるから、パイルバンカーを使うなら覚悟はしてね)
マジか。だが、重いからとパイルバンカーを諦めるつもりはない。
(脳に悪影響を及ぼすとかはないんですか?)
(うんっ。一般人でも影響ないから、頑丈な職業持ちならもっと安全)
(ならいいのですが・・・)
(ニーニャちゃん、まさか痛みまでヒヤマに来るの?)
(それはしないよう)
(ならいいか。ヒヤマ、動かせそうかい?)
(もう持ち上げて、投げ捨てたぞ。かなりのパワーだ)
(なら遊んでないで、早く戻ってください)
(了解。ハルトマン、帰投する)
ただ道路を戻っても楽しくないので、河原にジャンプする。
すっ飛ぶ景色は、今まで乗ったどんな乗り物とも違うものだ。似ているとすれば、バイクで転んで宙を舞った時の景色か。
砂利て滑って尻餅をついたが、轟音の割にHPは減っていない。
(何をやってるんですかっ!)
(ひっ。あ、いや、その・・・)
(どうしたんだい、ウイ?)
(今、転びましたよね、ヒヤマ?)
(えーっと。まあ、ちょっとな)
(お兄ちゃん、怪我はない?)
(大丈夫だ。HPも減ってねえ。ただ、自分の体が勝手にすっ転んで驚いた。すぐ戻る)
滑るものだと思って歩くと、もう転んだりはしなかった。生身で歩く時と同じだ。
ハンターズネストの敷地は、河原より数メートル高い。
思い切り膝を曲げて、飛び乗るようにジャンプした。
敷地のかなり上まで跳んで、音を立てて着地する。
(うるさいって、ヒヤマ)
(わりい。どのくらい垂直跳び出来るか、確認したくてな。ニーニャ、さっきの場所にさっきの体勢で停めればいいんか?)
(その前にお兄ちゃん。ざっと計算してみたんだけど、パイルバンカー装備すると、かなりバランス悪くなるよ。普通の人なら、戦闘行為どころか真っすぐ歩けない)
パイルバンカーのためなら、多少のバランスの悪さには目をつぶるが、走れないほど重いなら諦めるしかないかもしれない。
(仮止めして、動いてみてから決めていいか? 走れないなら、パイルバンカーはなしだ)
(わかった。じゃあ、ウイお姉ちゃんに出してもらうから、その近くに座って付ける方の腕を出して)
ウイが広場の真ん中にパイルバンカーを出したが、ミツカとニーニャまでそこに立っている。そこにいられたら怖えっての。
(少し離れてくれ)
(はぁい)
充分に距離を取ってもらったので、パイルバンカーの前に胡座をかく。
(右腕がいいんだが、腕は表裏どっちだ?)
(どっちもだから、拳を立てて肘をついてっ)
(こうか?)
(うん。それで静止させてて)
静止と念じて、体を起こして待つ。
アサルトライフルよりも大きなドリルを出したニーニャが、それをハルトマンの腕に突き刺した。
(うひゃっ)
(はい、痛くないからねえー。ちょっとだけ我慢しようねえー)
(そうは言われても、自分の腕が抉られてるみてえでな・・・)
(見なきゃいいじゃありませんか)
(無茶を言うな。気になるってーの)
(ヒヤマ、ヒヤマ。火花だぞ。それに嫌な音だ。ゾワッとするぞ)
(報告すんなボケ! ハッチを開けるぞ)
(タバコかな。コックピットで吸って平気だよ)
それならと、ハッチを開けずにタバコを吸う。
せっかくクーラーで涼しいのに、わざわざ暑くしたいとは思わない。
アイスコーヒーを1缶飲んでタバコを消すと、ニーニャがドリルを収納した。
いつの間にか、あんな機械も収納できる筋力と体力になってたんだな。
はじめて会った時のようにかわいらしいが、もう1流の冒険者だ。
(今度は、パイルバンカーの上に腕の表を乗せてー)
(思念動作を試す。離れてくれ)
あっけないほど簡単に腕は動き、パイルバンカーの上に動いた。
(えーっとね、あと20センチ下)
近づいて言ったニーニャは、そこから動こうとはしない。
顔を見ると、大丈夫だとでも言うように頷いた。
これは、慣れろと言う事か。
覚悟を決めて、20センチ右腕を動かすと念じる。
(うん、ピッタリ。静止しててねー)
大きく息を吐いて、静止モードに入る。
ラジオでもあればなと思うと、テクノっぽい歌が流れた。
(ラジオもあるんか)
(うんっ。たーくんも一緒には乗れないから、付けたんだよっ)
(ありがとうな)
流れる歌の歌詞は、ロボットだって頑張ってるんだといった物だ。
まったくその通りだ。そう思いながら、だらしなくシャツを着崩すミツカの胸元を盗み見る。あれ、てっぺん見えてんじゃねえか。そう思うと、カメラがズームしてたわわな果実を写した。
ナイスだ、ハルトマン!
(ミツカ、出歯亀の気配がします。ボタンをきちんと留めなさい)
(なんだそれ。まあ、ボタンはするけど)
舌打ちしてカメラを戻すと、ウイがこちらを睨んでいる。
(完成っ。離れるから、動きに支障がないか確認してー)
(了解。離れたら道路まで出る)
いざ立ち上がろうとすると、あまりの重さでバランスを崩しかけた。
(やっぱり重すぎて無理?)
(いや、体が覚えた。もう大丈夫だと思う)
重さはあるが、対物ライフルを片手で持つほどではない。
これなら、戦闘も可能だろう。
格闘技なんて、小学生の時の日本拳法しか知らないが、道路の真ん中で手足を振り回す。
ジャンプ。これも問題ない。
(行けそうだ)
(なら、パイルバンカーはそれでいいね。銃は、お兄ちゃんの言うコルトとサブマシンガンだったら、どっち?)
(サブマシンガンがいいが、材料とか大丈夫か?)
(ウイお姉ちゃんに、たくさんもらったから大丈夫。出来たよー)
(はやっ。今、取りに行く)
広場に戻ると、ニーニャの身長ほどのサブマシンガンが置かれていた。それに、マガジンが10くらいか。
(ホルスターを付けるから座ってー)
(了解。手間をかける)
左腰に固定式ホルスター、右腰にマガジン入れが取り付けられる。
俺の筋力と体力では、アイテムボックスに3つしかマガジンが入らなかったからだ。銃弾は重さをカウントされないが、マガジンは別らしい。
3つずつアイテムボックスに入れて【対応マガジン自動装填】のスキルで弾を込め、マガジン入れに詰めていく。
(ハルちゃん完成っ!)
(ありがとうな。ニーニャ。大切に使うよ)
(では、アイテムボックスに収納しますので、脱いでください)
(試し撃ちするには、弾がもったいねえもんな。しかし、俺のアイテムボックスに入れられりゃあなあ。服みてえに、瞬時に着られるのに)
(ローザさんは重装職だったので、筋力と体力が充分だったのでしょうね)
(なるほどな。降りるぞ)