鉄の巨人は空を仰ぐか
「暗くなって来ましたので、ハルトマンを片付けますよ」
「お姉ちゃん、もう後3分で背面装甲が終わるの。だから5分だけ待って!」
「よし、ウイは俺が死んでも止める。任せろ、ニーニャ!」
「ありがとう、お兄ちゃんっ!」
半袖のTシャツなので、腕まくりするふりをして立ち上がる。
「ホントに殺しますよ?」
「すんませんしたっ。でも、10分だけ待ってやってくれ。な?」
「2人とも、なんで少しづつ時間を伸ばすんですか。・・・3分だけですよ」
「ありがてえ。ニーニャ、ここの工具は片付けるぞ?」
「ありがとう、お兄ちゃん」
先に片付けをある程度は俺がして、3分で作業を終わらせたニーニャもそれに加わる。
すぐに片付けは終わり、ハルトマンを収納して食堂へ戻った。
「お疲れさまー」
「おう、ミツカ。何時まで寝てたんだ?」
「さっき!」
「ミツカお姉ちゃん、寝過ぎだよう」
「たはは。お恥ずかしい」
「お婆さんは台所ですか?」
「うん。手伝うって言ったら、休みなんだから座ってろって怒られた」
ウイは少しだけ悩む素振りを見せたが、椅子に座った。どうやら、婆さんの言葉に甘える事にしたらしい。
すっかり慣れたハンターズネストでの宴会を終えると、明日は朝からニーニャを手伝うと約束して寝る。
まだ寝ているウイとミツカを起こさぬように身支度を整え、部屋を出て食堂を抜けようとすると、エプロン姿の婆さんがいた。
「おや、おはよう。早いんだね」
「おはよう、婆さん。ニーニャに手伝いがしたいと言ったら、お許しが出たんでな。助手としては、先に工具なんかを準備しとこうと」
「そりゃ残念。ニーニャなら、もう準備をはじめてるよ」
「マジか。ウイは、まだ起きそうにねえぞ」
ハンターズネストのドアを開けると、工具箱を左右に置いたニーニャが正座していた。
「お兄ちゃん、おはようっ!」
「お、おう。おはよう。・・・何してんだ?」
「ウイお姉ちゃんを待ってるの!」
「まだ起きそうにねえから、食堂で待ってな。ほら、いちご牛乳やるから」
「やったぁ!」
いちご牛乳の缶を持って中に入ったニーニャと入れ違いに出て、工具箱を邪魔にならない場所に移動する。
「おはよう、ボス」
「おっ。おはよう、たーくん」
あれ?
「たーくんっ!?」
「はい? あ、工具箱を持ちますよ」
「ありがてえ。じゃなくて、なんでそんな流暢に喋ってんだよ?」
「ああ、これですか。昨晩、うーたんが喋るのに飽きたと言いまして。それならと、ニーニャが僕に部品を組みました」
「・・・まあ、話し相手になってくれんのはありがてえかな」
「僕は所詮、ロボットですから。話し相手になれるかどうか」
「ニーニャの前で、そんな言い方は禁止な。泣かれっぞ?」
「それは嫌ですね。そうだ。テーブルに灰皿を置いときましたよ」
礼を言って、テーブルでタバコを吸う。
たーくんは、どこまで進化するんだろう。何年かしたら、巨大ロボットにボスと呼ばれるんじゃねえだろうな。
ハルトマンに乗ってたーくんと戦場を走るところまで妄想が進むと、ドアが開いてウイとニーニャが出てくる。
日の沈むまでニーニャの手伝いをして、なんとかハルトマンの全身を装甲板で覆った。
「おはよう、ニーニャ」
「ちょうど良かった。おはよう、お兄ちゃん。ちょっとこれ見てっ!」
朝、食堂に入るなり渡されたのは、1枚の紙だ。
それには、精悍な顔のロボットの頭部が描かれている。これは、まさか。
「付けるのか?」
「今のハルちゃんは、胸と胴にお兄ちゃんが入る感じでしょ。カメラはたくさん付けたけど、やっぱりメインのカメラは取り付けたいの。そしたら、空や高所の敵を狙いやすいし。ダメ?」
「ダメなもんか。こんなカッコイイのに」
「やったぁ。ありがとう、お兄ちゃん!」
ニーニャの頭を撫でていると、着替えたウイが出てきて、テーブルの紙を取り上げた。
「おはようございます、ヒヤマ、ニーニャちゃん」
「おはよう」
「ウイお姉ちゃん、おはようっ」
「これ、何なんですか?」
「ハルちゃんの頭部!」
額に手を当てたウイは、そのまま椅子に座る。
「非常に言い辛いんですが、それ必要ですか?」
「必要に決まってるだろ。メインカメラをやられただけだっ! とか、やってみたいじゃんか」
「高所の敵や航空機との戦闘には、可動式のカメラは必須だよう。それに360度の視界を、中のパワードスーツかお兄ちゃんの網膜ディスプレイに映せば、それだけ戦いやすくなって怪我も減るもん」
「なるほど。門外漢が口を挟んでごめんなさいね、ニーニャちゃん。それと、ヒヤマは黙っててください。ここに来て、篤い中二病を発症するとか、何を考えてるんですか」
あまりの言われように抗議しようと口を開きかけたが、結構な本気で睨まれたのでやめておく。
「頭部はスキルですぐ出来るけど、取り付けは時間がかかるかな。クレーン出さなきゃだし」
「ハルトマンで取り付けできねえのか? こう、兜でも被るみてえに」
「おおっ。お兄ちゃん、アッタマいい!」
「そうだろそうだろ。中二病なんかじゃねえからな」
「じゃあ、行こっ」
3人とたーくんで外に出て、ウイがハルトマンを出した。
ニーニャがスキルで頭部を作る間に、操縦席を覗いてみる。
そこには、トレーニング器具か健康器具にしか見えない不思議な装置しかなかった。
「なんだこりゃ」
「アスリートが使いそうな器具ですね」
「それ、俺も思った。なんだろな?」
「わかりませんね。ニーニャちゃんを待ちましょう。下手にさわって、壊したら怖いです」
振り返ると、ハルトマンの頭部の前でニヤニヤするニーニャがいた。
「あれも大概だよなあ」
「まあ、ニーニャちゃんはまだ子供ですし・・・」
「ほえ、どうしたの?」
「ああ。ハルトマンを動かしてみようと思ったんだが、操縦席がまったく理解できねえんだ」
「ええっ! スキルがあるのに!?」
言われてみれば、スキルはあるんだよな。
もう1度、操縦席を見る。
「こ、これはっ!」
「どうしたんです?」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
そんな・・・
あまりの絶望感に、膝から崩れ落ちた。
「ヒヤマ!」
「お兄ちゃん!」
「こ、これ、ロボットじゃねえ・・・」
「はあ。強化外骨格パワードスーツですよね?」
「まさか、お兄ちゃんはロボットを操縦したかったの!?」
ニーニャの問いかけに、力なく頷きを返す。
「えっと、意味がわかりません」
「お兄ちゃんはきっと、操縦桿やペダルを操作して、ロボットの操縦がしたかったんだよっ」
「これじゃダメなんですか? 同じロボットにしか見えませんよ」
「ハルちゃんはお兄ちゃんの動きをトレースして動くから、操縦するのとは別なの。それに今、気がついたんだね・・・」
「とりあえず、ヒヤマはローザさんに謝りなさい。せっかく譲ってくれた物の前で、その態度はあんまりです」
言われてみればその通りなので、そのまま土下座してハルトマンに頭を下げる。
しばらくそうしていると、ニーニャにもう大丈夫だからと起き上がらされた。
「じゃあ、頭部を首にあてがってくれる?」
「わかった。ハッチは開けたままでいいな」
「気をつけてくださいね。ヒヤマが手でも滑らせたら、ニーニャちゃんが大怪我するんでしょう」
「お兄ちゃんの筋力で持てる重さなら、静止って念じれば、1ミリも動かないから大丈夫だよ」
「そうみてえだな。他にも、俺の敏捷力が動くスピードの基本になったり、体力がHPの基本になったりするみてえだ」
操縦席に入り、靴のような器具をしっかり取り付ける。
膝にも取り付けると、網膜ディスプレイに脚部OKと文字が出た。
次は腰。これは天井から伸びる鉄の棒に付いた、コルセットのような物だ。腰に通すと、自動でしっかりと締め上げる。
膝と同じパッドのような物を、肩と肘に。手袋は不思議な手触りで、どんな感触にも似ていない。
腕部OK。グリーンの文字が浮かぶと、起動しますか、との文字が続いた。
(起動する。はじめてだからな、少し離れててくれ)
(はい。行きましょう、ニーニャちゃん、たーくん)
(お兄ちゃん、カメラはまだ繋いでないから、テストは後ね。今は、頭部の取り付けだけお願い)
(もちろんだ。ニーニャがいいって言わないうちは、立ち上がりもしねえぞ)
(じゃあ、起動して頭部を首に持って行って)
(あいよ。ハルトマン、起動する)
網膜ディスプレイに、起動姿勢の映像が浮かぶ。
ちょいワル冒険者気取りが、体育座りなんてさせられるのか。
その場で体育座りをすると、MN28・アクティベーションと文字が浮かんだ。
この瞬間から、下手に動けばたやすく誰かを殺してしまうのだろう。
開け放っているハッチから見える頭部に、そろそろと手を伸ばした。
ないものを持ち上げるというのは難しいものだが、そこはコンピュータが補正をしてくれるらしい。握り潰す事も取り落とすもなく、頭部を持ち上げて首に運んだ。
(もう少し右。そこらへん。少しだけ下げたら、カチッとはまる場所があるの)
少し下ろしては持ち上げ、ズラしてまた下ろす。
そんな事を繰り返していると、上からカチンと音がした。
(これかもしんねえ。静止させっから、確認してくれ)
(うんっ。脚立で見るから、ちょっと待ってね)
静止。そう念じると、OK。姿勢を自由にしてください。そう表示された。恐る恐る手を下ろすが、物が落ちた音はしなかった。
(これでいいよー。じゃあ配線を繋いだら、締めて固定するね)
(頼む。気をつけてな。ゆっくりでいいんだ)
(そうですよ、怪我だけはしないでください)
(はぁい)
自由な姿勢でいいと言われても、怖くてあまり動けはしない。
2時間ほど体育座りでボケっとしていたら、ようやくニーニャは作業を終えたらしい。
(システム停止していいのか?)
(うんっ。これからプログラムとか、追加した頭部とヘットギアの連動とかやるから、コックピット借りるね)
(了解。ハルトマン、停止)
手袋から外し、2時間ぶりの地面を踏みしめる。
タバコに火を点けると、ウイが飲み物を渡してくれた。
「サンキュ。冷えた炭酸か。いいね」
「お疲れさまでした。午後には作業を終えるらしいので、ビールはおあずけです」
「本格起動か。正直、怖えな」
「スキルがあるのにですか?」
「転んだだけで惚れた女を殺す生活とか、考えらんねえだろ」
「なるほど。そう考えると、恐ろしい兵器ですね」
「設定で、トレースを無視もさせられるけどな。そうすっと、非常回避までシカトされるらしい」
キュイン。
ハルトマンの首が動き、雲1つない夏空を見上げた。