休日と強化外骨格パワードスーツと男のロマン
「おはよう、ニーニャ。もうイジってんのか、強化外骨格パワードスーツ」
「お兄ちゃん、おはよっ。そこのレンチちょうだーい」
ハンターズネストの前の広場で、パワードスーツは体育座りをしている。
その膝下にいるニーニャに、足元のレンチを取って渡した。
「今日中に、関節のチェックと背面装甲を仕上げちゃいたいの」
「スキルで、ポンと完成するんだと思ってた。悪いな」
「機械にさわるの、好きだから」
あまり邪魔しても悪いので、テーブルの椅子に座って見張りを務める。たーくんが護衛をしてるので心配はないのだろうが、自分の装備を作ってもらってるんだからこれくらいはしたい。
と言っても、ラジオを聞きながらタバコを吸って周囲を見回すだけだ。
「ここにいましたか、ヒヤマ。運び屋さんが、訪ねて来るそうですよ」
「シティーになんかあったんか?」
「いいえ。パワードスーツのお礼に、渡したい物があるそうです」
「なんだろな。そういやウイは今日、何をするんだ?」
「読書くらいでしょうか。探索にも持って行けと、お婆さんが本をたくさん貸してくれましたので」
言いながら、ウイは座って本を出した。
ミツカは寝溜めらしいし、今日はのんびりかな。
運び屋が厄介事を持ち込まなければ、の話か。
「楽しみだなあ」
「ヒヤマも、ロボットアニメとか好きだったんですか?」
「エンジンが付いた乗り物が嫌いな男なんて、少数派だと思うぞ」
「そんなものですか。次の仕事は、これが完成してからですね。どこに行くんです?」
「フロートヴィレッジで買い物はどうだ。たぶん、服なんかもあるだろ」
「田舎らしいので品揃えには期待できませんが、毛色の違う商品はありそうですね」
「だろ。たまには俺からも、なんかプレゼントさせてくれ」
鼻歌を歌うウイが、汗をかいたペットボトルを出して強化外骨格パワードスーツに歩み寄る。
ニーニャの水分補給だろう。今日も、酷い暑さだ。
「ニーニャちゃんも喜んでました。フロートヴィレッジには、まだ行った事がないそうです」
「そりゃ良かった。休憩はしねえのかな?」
「日陰で水分補給して、もう少し頑張るそうです。お菓子も置いてきたので、それを食べ終えるまでは動かないでしょう」
ならいいが、あまり無理をさせない意味での見張りもするか。
食堂で昼メシを食い、外に戻ってしばらくすると、直管の排気音が聞こえてきた。
「うるせえな、あのバギー」
「この世界には、車検なんてありませんからね」
「うっひゃー! 死神、こりゃなんだってんだ。映画かアニメの世界に、迷い込んだかと思ったぜ!」
「まずエンジンを切れっての。そしてシェパードを出せ、今すぐにだ」
「・・・俺がシートベルトを外さなきゃいいんだが、怒るよな?」
シェパードが吠える。
かなり嫌そうに、運び屋はシートベルトを外した。
飛びついてきたシェパードを抱き上げ、キスをして撫で回す。
「ウイ嬢ちゃん、もう終わったか?」
「まだです。なんかすいません、うちの節操なしが・・・」
「もう諦めた。目を閉じてりゃいいと、最近は思えるようになったぜ」
「それは、何と言うか。あ、終わりましたよ」
運び屋が向かい側に座ったらしいが、俺もシェパードも一瞥すらしない。お互いの目を見たままだ。
「見つめ合ってんじゃねえっ!」
テーブルを叩く音がしたので、仕方なく運び屋を見る。
手を傷めてはいないようだ。
ちっ。
「おい、なんで舌打ちしやがった?」
「なんでもねえって。パワードスーツ、使ってねえのか」
「ここぞって時に使うんだよ。あんなもんはな」
「運び屋さんとわんちゃんだ。こんにちはーっ」
「よう、ニーニャ嬢ちゃん、今日も別嬪さんだなあ」
「ほえ、ペッピンさん? バギーに最上スキルを使って、いろいろ見ておくね。改造が必要なトコはないの?」
「ありがてえ。改造は大丈夫だ。パッシブスキルで、さんざん強化してあるからな」
「はぁい。じゃあ、先にやっちゃうね」
ウイが出したコーヒーを断り、運び屋はビールを出した。
「かあっ。美味え。ほら、死神も飲め」
「あー。じゃあ、飲んじまうか。ありがとよ」
暑い夏、真昼の日差しに焼かれて飲むビール、マズイはずがない。
「美味えなあ。・・・南のショッピングセンターに、主に死なれたUIがいてよ」
「純UIか?」
「ああ、そう区別すんのか。ウイと違って、神に創られたと言ってたな」
「それで?」
「こっちに招かれた女の職業は、重装クリーチャー使い。配下のクリーチャーが意識を野生に支配されそうだってんで、最後の理性で殺されに来た。そしたらこの強化外骨格パワードスーツと、V型エンジンのバイクを譲られた」
「鷲を殺すなってのは、ルーデルから聞いた。俺達に回ってきたパワードスーツも、その女のもんか」
録音機器をテーブルに出し、再生ボタンを押す。
何度聞いても、胸を抉られる歌声。
ローザに乗って、峠でも攻めたい気分だ。
最後の言葉まで聞いて、それをアイテムボックスに戻した。
「物哀しいカチューシャだったな」
「そうだな・・・」
ウイが立ち上がって、ローザを強化外骨格パワードスーツの前に出した。
「いい単車だ。だが、俺が触れるのを拒んでるな」
「運び屋さんも、機械の言葉がわかるのっ!?」
「ニーニャ嬢ちゃんみてえに、声が聞こえるんじゃねえんだ。長い事、単車や四輪を見てるとな、なんとなくわかるのさ」
「整備は終わったよ。調子が悪くなったら、また見せてね」
「ありがとうな。助かったよ」
改造に戻るニーニャを見送ると、運び屋の真剣な眼差しが俺を射抜いた。
「陸王に乗る、白い死神か。親友はルーデル。・・・仕組まれてるみてえな、気味の悪さだ」
「捨てた名前もな・・・」
口に出さない名前。そのピースが加わると、陰謀説は真実味を増す。
「死神は、どう考えてんだ?」
「作為的な物は感じるが、誘導されてるとも思えねえ。年もバラバラだしな。運び屋は?」
「似たようなもんかな。駒を配置して、近場だから出会ったら面白え。そんな風に楽しんでる、そんな感じがする」
「・・・考えてもしょうがねえか」
「その死んだ女の名は?」
「ローザ。今は、そのバイクをそう呼んでる」
「なら決まりだ。誘導はされてねえ。遊んで配置したんだな」
ローザ。ありふれた名前だ。
記憶を探っては見たが、思い当たるフシはない。
「北の狙撃兵だ。大戦で戦死したはずだが、だからこっちでも死んでるって訳じゃねえだろ」
「神のお遊び、か。決めた。強化外骨格パワードスーツのコールサインは、ハルトマンだ」
「神に悪気はねえのかもな。って、黒いパワードスーツにそのコールサインかよ。機体が黒じゃねえんだがな。ああ、そういやここまで来た目的を忘れてた。これはパワードスーツの礼だ。使ってくれ」
テーブルに山のように積まれたのは、危険物と書かれた箱だった。
1つ開けて中を見ると、対物ライフルの銃弾が並んでいる。
「こりゃ・・・」
「対物ライフルを使ってんだろ。イワンに見せたら、これに間違いないって言ってたぜ」
「使ってる。それも、30発をウイのスキルで詰め直してだ。薬莢がヘタったら、もう使えねえと覚悟してたんだ」
「なら良かった。俺には必要ねえからな。遠慮なく使え」
これは、何より嬉しい贈り物だ。
「助かる。ありがとう」
「気にすんな。さて、俺達は行く」
「もう行くんか」
「このまま斥候に出るのさ」
「単騎で大丈夫かよ?」
「誰に言ってんだ、ひよっこ。じゃあな」
「ロートル。って、睨むんじゃねえよ。気をつけてな」
「そっちもな。ほら、行くぞ」
最後に撫でてキスをして、名残惜しそうなシェパードの背を押す。
「もう大丈夫ですよ、運び屋さん」
「手間をかける・・・」
「謝るのはこっちですから」
そんなに愛犬と俺が仲良くするのを見たくないのかと不思議がっているうちに、シェパードを乗せたバギーは飛び出していった。
「あれ、運び屋さんとわんちゃん、帰ったんだね」
「ああ。ニーニャも休憩しな」
「はぁい。わ、弾がたくさんだねえ」
「そういや、ハルトマンの・・・」
「ハルトマン?」
「ああ、強化外骨格パワードスーツのコールサインだ。さっき決めた」
「いい名前だねっ!」
「そりゃ良かった。ハルトマンの武器を作るって言ってたよな。弾はどうするんだ?」
ピシリ。
そんな音が聞こえた気がする。
固まったニーニャの顔の前で手を振ってみたが、反応はなかった。
「えーっと。盾と剣と槍とモーニングスター、なんですかこれ、パイルバンカー? なんかは、ローザさんのがありますよ」
「パイルバンカーで!」
「・・・なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「男のロマンだ!」
「なんとなく、パイルバンカーという武器の、目指すところがわかった気がします」
さすがウイ。あの良さをわかってくれるか。
「お、お姉ちゃん、これよりおっきな銃弾とか作れたりしない?」
「おっ、再起動したか」
「ごめんね。薬莢がない銃弾は作れないの」
「だ、だよねえ。どうしよ・・・」
「パイルバンカーもあるし、銃を作るなら、この銃弾を使えばいいだけじゃねえんか?」
「ほえ、パイルバンカー?」
「これですよ」
立ち上がったウイが、ハンキーより少し小さな鉄の塊を出した。
そばに寄って杭を探す。あった。
俺の腕より太いそれを掴む。
動かしてみると、しっかり動いてくれた。
「やった。固定式じゃねえ!」
「お兄ちゃん、ちょっと見せてっ!」
俺を押しのけたニーニャが、杭を木槌で叩く。
1つ頷いて、箱の隅々まで調べはじめた。
「固定式じゃない、とは?」
「パイルバンカーにもいろいろあってな。拳の上に杭を固定しただけのものもあれば、杭を至近距離から射出するものもある。俺が好きなのは、杭を火薬で打ち込みはするが、杭は止まって何度も打てるヤツだ」
「お兄ちゃん、これはまさにそれだよ」
「よっしゃっ!」
「しかも、炸薬は思念式トリガー。16発のマガジンを使い切ったら、固定式になるみたい」
「いいねえ。わかってるねえ、ローザ」
ウイのため息が聞こえたので、優しく肩を抱くと振り払われた。