柄にもなくセンチメンタル
悪い夢を見ていた。
ニーニャが、あのお兄ちゃんお兄ちゃんとひっついて来る、かわいいかわいいニーニャが、俺に最低って言う夢だ。
そんな事、あるはずがないのにな。
「お、おい。動いたけど、何もなかったような顔をしてるぞ?」
「お待たせしました。なかった事にして、心の平穏を保とうとしてるんですよ。指摘したら可哀想ですから、放っておきましょう」
聞こえてんですけど・・・
「ウイが言うなら、そうしようか。中に乗っていいのかい?」
「ええ。狭いですがどうぞ」
全員が乗り込んだので、たーくんと屋根に乗る。
ハンキーが走りだすと、ラジオが流れ出した。
今日はロックらしい。
好物でテンションが上がっていると、ハッチからニーニャが顔を出す。
たーくんの足に掴まって、そのまま屋根に上がってきた。
「どした、ニーニャ?」
「えっと。さっきはごめんなさい」
「気にしてないから大丈夫だぞ」
「怒ってない?」
「当たり前だ。パワードスーツじゃないのに、そこに座ったら痛いだろ。ほら、胡座の上なら少しは楽だぞ」
俺もパワードスーツを脱いで、胡座の上にニーニャを座らせる。
「えへへ。ちょっと恥ずかしいかなっ」
「そりゃ悪かった。ほら、下りていいぞ」
「ヤダ。このままがいいっ。それよりお兄ちゃん、強化外骨格パワードスーツだけど、どんな感じがいいの?」
「どんな感じって言われてもなあ」
「今のままじゃ乗員が丸見えだから、当然装甲板は貼るでしょ。後はカメラを取り付ければ、重装のパッシブスキルでパワードスーツのヘルメットに接続されるね」
そこまでするんか。
小さくても人型ロボット兵器っぽいから、乗りたかっただけなんだが。
「大変そうだが、いいのか?」
「もっちろん。それで、とりあえず色は?」
「黒かな。パワードスーツでも、隠密とボーナスダメージはあるみてえだから」
「次は形。どんなのがいいの?」
「銃弾を弾く感じ、かな」
「なるほどー。武器は武器制作を伸ばして、最上スキルで作るからね。スナイパーライフルと、サブマシンガンを2つかな」
「そんな事が出来るんかよ。凄えな」
オークの集団を倒すためにニーニャが作った爆弾は、銃なんかよりずっと原始的な物だった。
それが最上スキルでなら、デカイ銃を作れるのか。
「じゃあ、ハンターズネストに着いたら作業に入るから、期待しててねっ」
「ありがとな」
ニーニャを見送り、スキルポイントを重装に振る。
残りポイントは2になってしまったが、これで強化外骨格パワードスーツを使える。
子供の頃に見ていたアニメを想像して、思わずニヤけてしまった。
(ウイ、2段階目のパワードスーツが欲しい。それと、1段階目のこれは、花園に譲ってもいいか?)
(4ポイントで取れますから、私も取って渡しましょうか)
(あたしも取るから、3人分を渡せるな)
(うえっ。今、武器制作の最上スキルを取っちゃったから、ニーニャはポイントが足りないよう)
(花園は前線に出るのは3人だから、ニーニャちゃんのはいいのよ。レベルが上がったら、取りましょうね)
(はぁい。良かったぁ)
優しいな、ニーニャは。
ハッチに顔を突っ込んで、空いているスペースにパワードスーツを出す。
「レニー、良かったらこれを使え。3ポイントで【重装防具装備】を取れば着れる。色はニーニャに変更してもらえばいい」
「おいおい、可動品のパワードスーツなんて、どんだけ払えばいいのかもわかんねえぞ?」
「シティー防衛戦も控えてる。プレゼントだ」
「かあっ。ハーレムの主は気前がいいねえ。また3人でかわいがってやるから、楽しみにしてな」
「レニーさん、ニーニャちゃんの前ですよ。3人分ありますから、とりあえずそれの色を変更してもらって、ああ、アイテムボックスは空きがないんでしたね。私があずかります」
「いや、スキルを取って着て行くよ。これだね、取得っと。おお、凄いなこれは。防御力にHPに、ステータスまで上がるのか」
「レニーさん、色は?」
「そうだな。じゃあ、金色で」
悩みもせずにレニーが言うと、すぐにパワードスーツが金色に塗装された。
「ありがとな、ニーニャ。ヒヤマ、どうだ?」
「あー。いろんな意味で、レニーらしいな。似合ってんぞ」
「次は僕」
ウイが出したパワードスーツを、アリシアが装備する。
選んだ色は、オレンジ色。
正直言って微妙だとは思うが、一応は褒めておく。
カリーネは藤色。
これは、心から褒めた。
肩には、どれも黒で5本の稲穂が描かれている。
「ほんじゃ、俺のを出してくれ」
「はい。ニーニャちゃん、お願いね」
「まーかせてっ」
顔を引っ込め、黒く塗られたパワードスーツを装備して、具合を確かめる。
全体的にランクアップした感じだが、こっちのパワードスーツには固定武装があるようだ。
拳に銃口が付いていて、ここからレーザーを撃てるらしい。トリガーは、なんと思念式。
気になって見てみると、レーザー武器装備時の敏捷力20アップの効果が、しっかり網膜ディスプレイに表示されている。
(こりゃいいな。固定武装がレーザーだ)
(2丁拳銃が、4丁拳銃になったようなものですね)
(そのための、この位置なんだろな。ありがてえ)
(あれ、あたしのは肩にレーザーだよ?)
(ええ。私達3人のは、全部そうですよ。ローザさんは近接武器を使っていたようなので、使い分けていたのでしょう)
ローザ、生きてるうちに会いたかったな。
会った事もない女を懐かしみながらビートに揺られていると、いつの間にか日が暮れていたらしい。
メシと酒を屋根で楽しむ。
ラジオが終わって暇になった頃、都合よくレニーが上がってきた。
「どした?」
「ハーレムの主を、手酌で飲ませちゃいかんと思ってな」
「ニーニャがいるときゃ、なんもしねえぞ?」
「わかってるっての。ウイに聞いたよ。このパワードスーツ、ヒヤマ達と同じ世界から来た女の遺した物なんだってな」
「そうだ。バイクと、強化外骨格パワードスーツもな」
「抱きたかったかい?」
「なんだそりゃ。まあ、会いたかったとは思ってたが・・・」
「やっぱりか。死んだ女に惚れて、ウイ達を泣かしたら許さねえぞ」
ローザが録音したカチューシャを、聴きたいと思って聴けないでいた。
だが、それが惚れた事になるとは思えない。
ラジオ。スティックが鳴る。
ハードな曲が流れだした。
老婆のような声が、泣いてもいいのよと叫んだ。
「俺の前で、泣いてみるかい?」
「やめとくよ。死ぬまでからかわれそうだ」
「ふん。慰めてやるかもしれねえぞ? 優しく甘えさせて、柔らかい体で包み込むんだ」
「悪くねえが、今はダメだな。抱かずに寝れる自信がねえ」
「この好き者が。ほら、もっと飲んで寝ちまえ。花園がいるんだ。どんな敵が来ても、寝てていいんだよ」
注がれた琥珀色の酒を呷る。
喉が焼けたが、心のどこかを慰められた気がした。
「ヒヤマ、起きてください。朝ですよ、ヒヤマ」
「・・・何時だ?」
「もう8時です。ヒヤマが最後ですよ。起きて屋根で、朝食をお願いします」
「わかった・・・」
もう少し寝ていたいが、レニー達もいるので出発を遅らせる事はできない。
渡されたコーヒーとサンドウィッチを持って、屋根に上がる。
「よう。遅かったな」
「おはよう、レニー。昨日は雑魚寝で悪かったな」
「乗せてもらってる立場だ。そのくらいなんでもないさ」
「夕方には、ハンターズネストの対岸だと思う」
「キマエラか。会うのが楽しみだよ。お、出発なのか。動き出したな」
ハンキーが動き出しても、レニーは屋根から動かない。
ブリキのカップと皿を、ウイが取りに来た。
「レニーさん、今日は屋根ですか?」
「タバコを気兼ねなく吸えるからね。妬けるかい?」
「何が出来るでもないので、大丈夫ですよ。これ、ヒヤマと飲んでください」
「何から何まで、悪いね」
ラジオを聞きながらレニーと話していると、暇を感じる事もなく、キマエラ族のバリケードに到着した。
「全員無事か?」
「おう。怪我1つねえぞ」
「大した戦士だ。長老が待っている。報告してやってくれ」
「あいよ」
(もういいぞ。まずは長老に報告だ)
(了解)
ハンキーが動き出すと、レニーは振り返ってまでキマエラ族の戦士を見ている。
「あんま見てやんなって」
「いや、世界は広いな。トイレとか、どうするんだ?」
「子供は出来るらしいぞ。そして、あれが長老だ。目上なんだから、失礼のないようにな」
「ヒヤマに言われちゃおしまいだね。やあ、長老。俺は花園ってパーティーのレニーだ。南でよく狩りをしてる。よろしく頼むよ」
「歓迎しますじゃ。ヒヤマ殿、ウイ殿から顛末は聞きました。本当に、ありがとうございますじゃ」
「俺達はレベル欲しさで動いただけだし、地上のオーガを殺ったのはレニー達だ」
レニーに礼を言いながら、長老は深々と頭を下げる。
「それより、この後はどうすんだ?」
「ウイ殿に、この先は海だと聞きました。海沿いに移動して、小島でも探しますじゃ」
そう言うからには、海を渡る手段もあるのだろう。
だが、このまま放ったらかしていいのか。
「長老は職業持ちだが、無線系のスキルはねえのか?」
「ありますが、それがどうかしましたか?」
「欲しい物や助けが必要なら、いつでも無線を飛ばしてもらいたい。定住地が見つかったら、交易の橋渡しもする。重ねて言うが、全滅するくらいなら俺達を呼んでくれ」
「・・・ありがとうございますじゃ」
たしか、運び屋とルーデルと合流した砂浜から、そう遠くない位置に島があった。あそこにキマエラが住み着くなら、婆さんの船でシティーとの取引もできるだろう。
再会を約して駅を出ると、空は夕焼けに染まっていた。
「久しぶりの外だな。レニー、ハンターズネストに行くなら、ハンキーに乗ってくだろ?」
「いや。そっちこそ、ハンターズネストに行くなら乗ってけよ」
「お。車両をみっけたんか?」
「違う違う。フロートヴィレッジに行くために、いつもゴムボートを持ってるんだ。軍用だから、ロボットも乗れるさ」
「羨ましいな。じゃあ、川に向かうか。ところで、フロートヴィレッジってのは?」
川まではすぐなので、ぞろぞろ歩いて移動する。
今はボートよりも、新しい街の情報が気になって仕方ない。
「名前の通り、湖に浮かぶ村だ。土が少ないんで、穀物がいい値で売れる。帰りは魚を仕入れて、シティーで売るんだよ。この辺りじゃ、小遣い稼ぎに初心者パーティーがやる基本だ」
「俺達はやらねえ方がいいな。へえ、結構しっかりしたボートじゃんか」
「軽くて使いやすいのに頑丈でね。重宝してるよ」
ボートに揺られると、やはりどうしても動かしてみたくなる。
ソワソワしているのを見たレニーが、子供かと言いながら船外機を譲ってくれた。