ボーンヤードの呪術師
音もなく、光も漏らさずハンキーは進む。
直線ではスコープを覗くが、まだ次の駅は見えていない。
(今までの駅の間隔からすると、このカーブを抜けたら見えそうだな)
(そうですね。狙撃して、その後でハンキーを進めますか?)
(そのつもりでいてくれ。本当なら、隠密で斥候に出たいんだがな)
(危険すぎます。オーガもオーガゾンビも感知力は低そうですが、何かあってから後悔しても遅いんですよ?)
(わかってるさ。何をするにも慎重に。それが、この世界で生き残る秘訣だ。でも、ハンキーで突っ込んで、敵に囲まれるのは怖えな)
(【轢殺ドラッグレース】のリキャストタイムは終わってる。スピードは落ちるらしいけど、バックでも使えるから大丈夫だよ)
あんなスキルをバックギアで使用して、ハンキーは大丈夫なのだろうか。
(お兄ちゃん、ハンキーちゃんなら大丈夫だよっ)
(そうか。ありがとな。カーブを抜けるぞ)
スピードを落として、ハンキーが直線に入った。
(いた。止めてくれ)
駅のホームに、篝火が揺らめいている。
線路のあるべき場所には、オーガ兵の死体。
その前に立つオーガは、手に長い杖のような鉄パイプを持っていた。
(なるほどな。オーガ兵の死体と、生きているオーガシャーマン。げ。死体になんか刺したら、死体が起き上がりやがった。ありゃあ、弓矢かな。オーガシャーマンから、狙撃で片付けるぞ)
(了解。終わったら、すぐにハンキーに入ってくださいね)
(ああ。オーガシャーマンのHPは1200。かなりのレベルみてえだ。対物ライフルで狙撃する)
スナイパーライフルを対物ライフルに変え、しっかり足場を確認して【ファーストヒット】と念じた。
レティクルの十文字は、オーガシャーマンの眼球を捉えている。
オーガゾンビが歩き出す前に、そっとトリガーを引いた。
反動を逃がしながら覗いていたスコープに、驚いた表情のオーガシャーマンが見える。HPは、毛ほども減っていない。
「マジかよっ!」
左右を見回すオーガシャーマンに、次弾を撃ち込む。
オーガシャーマンのHPバーから、300というダメージの数字が跳ねる。
まだ弾の残るマガジンを投げ捨てた。
(間に合えっ! 【ワンマガジンタイムストップ】!)
マガジンを叩き込んだ瞬間、無線で叫んだ。
ホームに逃げようとするオーガシャーマンが、走り出す格好で止まる。灰色に染まった篝火の明かりが、オーガシャーマンを照らしている。
慎重に、それでも素早く、対物ライフルを撃つ。
3発で、オーガシャーマンのHPバーは砕け散った。
パッパラー。
立ち上がって動かないオーガゾンビも、ついでに撃ち殺す。
息を潜めて、他に敵がいないか舐めるように見る。念入りにだ。
マガジンを交換する前に、暗闇が色を取り戻した。
(ヒヤマ、状況を!)
(初撃を防がれた。オーガシャーマンのスキルだと推測される。すぐに次弾でダメージが通るか確認。300ダメージだったが、オーガシャーマンが逃亡を図ったので【ワンマガジンタイムストップ】で倒した。起きたばかりのオーガゾンビもな)
(逃げる事を知ってるなんて、手強いクリーチャーですね。どうしますか?)
(銃声が届いていれば、すぐにオーガ兵が来るだろ。わざと無駄撃ちするから、少しだけ待とう)
(了解)
どこに狙いをつけるでもなく、対物ライフルをスナイパーライフルに変更して撃つ。
それにしても、スキル持ちのクリーチャーとは、厄介な敵もいたもんだ。
謎の組織と戦争になれば、当然敵の職業持ちとも戦う事になる。それに比べたらまだマシだと、自分に言い聞かせながらスナイパーライフルを構えて待つ。
そこに、オーガ兵の集団が現れた。篝火から松明に火を移して、周囲を警戒しているようだ。
オーガシャーマンの死体を見つけて、拝むような仕草をしているのもいる。
(オーガ兵が来た。かなり丁重に、オーガシャーマンの死体をホームに運んだよ。こちらに敵がいると教えるぞ?)
(ええ。狙撃、どうぞ)
HPの多いオーガ兵を選んで撃ち倒す。
1匹のオーガ兵がこちらを指さすと、集団がそのまま走りだした。
(来るぞ)
(双眼鏡で見ています。早く中に!)
(あいよ。後は任せたぜ、砲手さん)
言いながら、松明を持って先頭を走るオーガ兵を撃ち抜いた。
ハンキーの中に移動し、しっかりとロックしてニーニャと逆の銃眼に付く。
ニーニャはホームに篝火があった左だ。どうやら、やる気満々らしい。
(攻撃、開始します)
(おう。派手にやってくれ)
パッパラー。
軽機関銃の弁当箱を確認しながら、視界の隅の赤マーカーが減るのを見る。
オーガ兵がハンキーに取り付くのは、弾切れでマガジン交換か、オーバーヒートを避けるために撃ち方を止めた時だろう。
パッパラー。
(オーガ兵の全滅を確認。総数28でした)
(弾切れもオーバーヒートもなしかよ。あれだけ派手に撃ったんだ。すぐに次が来るだろ)
(弾は私の自動装填スキルがありますし、ガトリングガンはニーニャちゃんが改良した特別製です。話してる間に、もう銃身は冷却されましたよ)
(そりゃ凄えな。戦争でも頼りになりそうだ)
(冷却水が高性能だからねー)
(水冷式なのか。トンデモ科学だよなあ)
(じゃなかったら、わざわざ砲塔にしないよう)
そうか。ハンキーの装備として改造したなら、冷却システムは車両改造スキルの効果か。
(ニーニャがいてくれて良かったな)
(ええ、本当に。新手が来ました)
(大漁だな。さっきもレベルが3も来たんだ。どんどんやってくれ)
(了解。攻撃開始)
パッパラー。
さっそくのレベルアップ。
ウイの指切り射撃が続く。経験値バーが、面白いほど色づいて振り切れそうになる。
パッパラー。
(妙ですね。オーガ兵は、まるで何かから逃げているような動きです)
(クリーチャー同士の縄張り争いならいいが、違うならシティーを狙う軍や、狩りに出た冒険者の可能性もある。よく確認してから撃ってくれ)
(はい。攻撃を継続します)
そこからはレベルアップやスキルポイントの使い道よりも、オーガが何から逃げているのかを考えた。
たしかなのは、半端な相手ではないという事だけだろう。
(ウイ、疲れたら代わるぞ?)
(大丈夫ですよ。32匹を片付けました。後続を待ちますか?)
(ああ。ミツカ、ついでにハンキーの向きを変えといてくれ。軍隊が相手なら、距離を稼ぎたい)
(了解。ほーらよっと)
レベルを確認すると、53まで上がっていた。
スキルポイントは11。まさかっ!
「お、お兄ちゃん、大丈夫? 今、ビクンッってなったよ?」
「ニーニャ、大変だ。ローザの強化外骨格パワードスーツを覚えてるか?」
「それは覚えてるよ。どうしたの?」
「俺、スキルポイント振ればアレ着れる」
「うわあっ。スッゴイ!」
「スキルを伸ばすのですか?」
「あるのに使わねえのは、もったいねえじゃんか」
「本当は、ロボットに乗りたいだけでしょうに」
バレてるか。
だが、男の夢が実現する時が来たのだ。痙攣するほど喜んで何が悪い。
(来ました!)
(観察報告を頼む)
浮き立つアタマを切り替えて、ウイの言葉を待つ。
(・・・あれは、レニーさん達ですね)
(マジかよ。無線で呼びかけて、ハンキーでそっちに行くが、攻撃するなと伝えてくれ)
(了解です)
どうやら、地下鉄構内でのレベリングはここまでのようだ。
(伝えました。ミツカ、食用に出来そうなオーガを収納するので、ホームまでお願いします)
ハッチから出るウイに付き合って、オーガを回収しながら歩く。
オーガシャーマンの死体まで来ると、ホームからアリシアが飛びついてきた。
「ヒヤマ、なんでここに?」
「よう、アリシア。レニーとカリーネも久しぶりだな」
お姫様だっこでアリシアを下ろし、タバコを出すと寄って来たレニーと火を分け合う。
(ウイ、長老に無線。仲間の信用できる冒険者に、キマエラ族の事を話していいかと)
(了解。お待ちください。・・・任せるそうです)
(ありがとな)
「ふうっ。戦闘後のタバコが美味え。それにしても、お互い誤射しなくて良かった。レニー、説明するが聞く時間はあるのか?」
「上は大雑把にだが漁った。大丈夫だぞ」
「仕事が早えな。どっこいしょっと。ほら、アリシアとウイもホームに上がれ。休憩しながら話そう」
ホームに上がってアリシアとウイを引き上げると、ハンキーがバックでホームに横付けされた。
ニーニャとミツカも、手を取って引き上げる。たーくんは、ジャンプ1発でホームに上がった。俺よりやる事カッコイイな。
車座になって座り、ウイが出したアイスコーヒーを飲む。
「ハンターズネストの対岸のあたりに、遺跡を見つけたんだがな。そこにいたのは、半分人間で半分機械の、キマエラ族って連中だった。そんでオーガゾンビに襲われて全滅しそうだってんで、経験値の欲しい俺達が出張ってきた。そっちは?」
「いつものオーガ狩りさ。運良く集落を発見したんで皆殺しにしてたが、オーガファイターってのが手強くてね。やっと倒して探索してたら、ここに着いたんだよ」
「そうか。こっちはオーガシャーマンってのが、死体をオーガゾンビにして地下鉄、このトンネルな。ここに放ってた」
「ふうん。それより、もうアイテムボックスの容量がいっぱいなんだ。ハンターズネストの対岸なら、乗せてってくれよ。キマエラってのも見たいし」
「怖がったり、はしねえか。迫害されて逃げて来た一族だ。イジメんじゃねえぞ?」
「当たり前だっての。じゃあ、世話になるよ」
タバコとコーヒーを楽しみながら、ウイに無線で長老と連絡を取ってもらう。
花園をあの駅から外に出していいか。答えはイエス。
オーガシャーマンの存在を説明して、安全になったここを塞ぐか。答えはノー。
「確認すべきは、こんなとこか」
「そうですね。出発するなら、少し進んで昼食にしましょう。ここは臭います」
「そういや、臭えな。俺とたーくんは屋根だ。便所は大丈夫か?」
「すぐそこにトイレがあったぞ。水も流れたし、綺麗なもんだった」
「レニーさん、ありがとうございます。ミツカ、ニーニャちゃん、行きましょう」
「たっぷり出してくんだぞ?」
「お兄ちゃん、サイテー」
「ハハハ。言うじゃないかニーニャ。ああ、タバコくれ。切らしてんだ。・・・ヒヤマ、ヒヤマ?」
「固まってますね」
「落ち着いてんじゃねえよ、カリーネ。おい、ウイ。ヒヤマが硬直しちまったぞ!?」
「デリカシーがないヒヤマには、良い薬ですよ。放っておいたら、そのうち動くでしょう」